陽を照す〈3〉
シーサ。
歳は、わずか4才の女児。
〈マグネット天地団〉が企画した《育成プロジェクト》の選ばれし子供。
父親は、陽光隊員のロウス。母親は〈団体〉職員のエターナ。
本来ならば、両親の愛情をいっぱいにうけての時を過ごしているだろう。
だが、現実は……。
それでも、シーサは『子供』らしく、今を生きていた。
『子供』だから『子供』でいる時が、人生の中で一番に夢をみて輝ける。
タクト=ハインの、心の中の呟きだったーー。
======
エターナは、再びシーサの額に掌をのせると呼吸をととのえて“力”を抜く『唱』を口吟む。
シーサは目蓋を綴じて、母が唄う声に耳を澄ませて聞いていた。
エターナが高らかと鳴る鐘のように川のせせらぎのように澄みきらせ唄う声は、見守るタクト=ハインの思い出を溢れさせた。
母が唄った子守唄……。
幼い頃、真夜中に目を覚まして暗闇が恐いと咽び泣く度に、決まって母があたたかく抱きしめて、唄ってくれた。
唄の調は微妙に違うが、どこか似ている。
感覚が、思考がだんだんと『当時』へと、タクトの想いが膨らんでいた。
「おい、タクトッ! しゃんとしろ」
頬に鋭い痛み。タクトは、何事かと云わんばかりの眼差しをルーク=バースに向けた。
「タクトは姉上の歌声に聴き酔いしれたのだろう。しかし、派手な起こされ方をされたタクトには堪ったものではない」
苦笑いをするアルマに、タクトは顔を真っ赤にさせるしか方法がなかったーー。
「アルマ」と、エターナの呼び掛けにアルマはうなずいた。
エターナの右の手のひらに、薄紫色の球体が淡く瞬いて乗っていた。アルマが両手で包み込むと泡が弾ける音がして、燃え盛る炎のような形が表れた。そして、アルマは『炎』の掌でタッカの右アキレス腱に突き刺す矢を握り締める。
「〈闇〉を中和させた。バース、タクト。呼吸をととのえて“絆の力”を開放させよう」
アルマはバースとタクトを呼ぶ。
「“絆の力”とは、粋ないい方だよな」
「はい、バースさん。僕、胸がいっぱいです」
バースとタクトは笑みを湛えあい、アルマの傍へ歩み寄った。
三人は、掌を矢に重ね合わせていく。
矢は、虹色に輝く鍵の形と変わったーーーー。
======
アルマの掌の中で『虹色の鍵』は輝きを止めなかった。
「“闇の矢”がこのような形になるのは、姉上はどう思われますか」
アルマの問い掛けに、エターナは笑みを湛えるばかりで何もこたえようとはしなかった。
「黙ってるところを見ると、何かを知っているだろうがな。アルマ、取りあえず俺たちでそいつの使い道を考えよう」
バースはエターナを見据え、アルマに言う。
「タッカさんが助かった。先ずは、そっちに安心をすることですよね? エターナさん」
「その通りよ、タクトさん。ほら、顔色も随分と良いわ。もう、心配はいりませんよ」
タクトはタッカを見ていた。エターナもタクトと同じくタッカを見ながら言う。
「バース、俺は今回の件でどうしても伝えたいことがある。聞いてくれるか?」
タッカはベッドから上半身を起こして、バースに手を差し出す。
「やなこった。そして、おまえの手もお断りだ」
バースは腕を胸元で組んでタッカに顎を突き出す。
「それは、失礼した。ならば、直接『本人』にうち明かすことにしよう」
タッカはさらに上半身を乗り出して、前方に立つアルマの右腕を掴む。
アルマはタッカに引き寄せられて、あっという間の出来事だった。
アルマの唇がタッカの唇で塞がれる。
エターナはとっさにシーサの両目を両手で塞ぐ、バースは頬を痙攣させる、タクトは口を大きく開くでタッカが取った行動に驚きを隠せない態度を、其其が次々に示していく。
「タッカ。今、おまえは何をした」
「ご覧の通りだ、アルマ。キミがあまりにも美しくて堪らないと、俺なりの挨拶をしただけだ」
タッカは「にやり」と歯を見せて笑い、まだ握りしめている腕を掌へと手繰り寄せ、甲に唇を押し当てる。
ーー〈花畑〉にいってこいっ!
アルマは右膝を腰の位置の高さに止めて、ブーツを履いたまま脚を振り上げる。靴底は、タッカの鳩尾に命中してタッカの身体はベッドの上から室内の床に転げ落ちていった。
ーーアルマさんっ! 直ちに口と手の消毒をしましょうっ!!
ーー“闇”が完全に抜けきってなかった。タッカ、口に塩を詰めてやるからじっとしてろっ!
タクトは消毒薬を湿らせた脱脂綿でアルマの口を拭い、バースは救護室のデスクの上に乗る〈食塩〉とラベルが貼る瓶の赤い蓋を開いてタッカの口の中に……。
あまりにも凄まじい光景だと、エターナはシーサの手を引いて救護室を出ていったーー。
タッカは“闇”から救われた。だが、ルーク=バースはこれで終わりではないと知っていた。
『先』を目指す為に、突破口を見出だす。
その為に、今一度闘いをする。
相手は、ハーゲ=ヤビン。
「ロウス、俺だ。タッカへの処置は成功したが、直ぐには起こせない。……ああ、夜食は奴が目を覚ました時で良いだろう。俺はひと息つきたい、最高級の珈琲豆を挽いてくれるか? そうだ、俺はーー」
ーーおまえが淹れた珈琲が、世界で一番旨い……。
ロウスと通信を交わすバースの瞳に、一点の曇りもなかったーー。




