陽を照す〈2〉
ルーク=バースは、タクト=ハインとバンドを連れて【センダ坑遺跡】からタッカを奪還した。
暫くの休息を経て、残される課題に今、立ち向かうーー。
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タッカは救護室に居た。
傍にハケンラットがついていた。
ハケンラットは顔を汗まみれにさせて、自身の“力”をタッカの右のアキレス腱に注ぎ込めていた。
「来たな、だんな。そっと、あねさんにべっぴんさんも来っとはぶったまがった」
ハケンラットは救護室の扉が開く音に振り向いた。
「ハケンラット、すまなかったな。あとは俺たちに任せて身体を休ませろ」
バースは笑みを湛えて退室しろと、右の親指を扉に向けてハケンラットを促した。
「なんてや? だんな、なんばすっとね」
ハケンラットは太い眉毛を吊り上げ、まつ毛が長く伸びる上目蓋をあげてさげてのまばたきをしながら声を裏返して言う。
「タッカに突き刺す“矢”を抜く。他に何があると言うのだ」
アルマが呆れた顔を剥けて、溜息を吐いた。
「ほんなこつねっ! ばってん、そっばすんには、あっがいっとばい。おどんだって考えた。ばってん、ばってん……」
ハケンラットはうつむいて肩を震わせた。握りしめる拳は硬く、爪が食い込んで指の間から血が滲んでいた。
ーーそれはあなたたちが暮らす国の法律。他国である此処では、しれっと……いえーー。
「誰も咎めたりは致しませんよ」
エターナの言うことに、真っ先に驚きを隠せない顔をしたのはアルマだった。
「あね……うえ?」
「アルマ、あなたの性格はお父様ゆずりね。でも、私はいつもお父様に反発してた。黙って家を飛び出てロウスと一緒になってから一度も顔をあわせることはなかった……。あなたと、お父様。そして、そしてーー」
エターナの頬に目から溢れる涙の雫が滴る。
「ヨメさん、積もる話はあとからじっくりと語ればいいから、やるべきことを済ませよう」
バースは「ふん」と、鼻から息を吹き、救護室の扉へと視線を剥ける。
「お話しは、お済みですか?」
タクトがシーサを抱えて立っていた。
「あ」と、エターナは小さく声をだすと、背中を丸めてアルマの背後へと回った。
「姉上、どうされたのですか」
「いえ、私は……」
アルマは笑みを湛えて「シーサ、こっちにいらっしゃい」と、シーサを手招きした。
シーサはタクトと目を合わせて、ゆっくりと救護室の床につま先から降りる。タクトはシーサに繋ぐ掌を解して「いってらっしゃい」と、優しく声を掛けた。
「シーサ、母君に声をかけてやりなさい」
アルマはシーサを抱き寄せると目線に合わせて腰をおろし、シーサの耳元に囁いた。
シーサはおろおろとした仕草をして、口を強く縛る。視線を救護室のあちこちと向けて、目を合わせるタクトの笑みに応えるようにうなずいた。
シーサはエターナへ歩み寄り、顔をあげる。
「シーサ……。ごめんなさい、ごめんなさい」
エターナはシーサが差し出す掌を両手で優しく包み込み、さらに腕の中へと引き寄せて……深く、深く抱き締めた。
室内に穏やかで、柔らかい空気が満ち溢れる。
誰もが母と子の安らぎの時を見守っていたーー。
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アルマはふと、救護室のベッドを見る。
タッカが顔面蒼白で目を半開きにしながら吸う息に噎せて激しく吐いて、横たわっていた。
「気分はどうだ」
「ああ……。あまりよくないぞ、と。俺もとうとう駄目だな、アルマが二人いるように見える……」
タッカはアルマに声を掛けられると、息を絶え絶えしながら言う。
「ロウスのヨメだ。おまえも色ボケをぶっかまして会っただろう」
アルマは苦笑いをした。
「エターナです」
身に纏う服の袂を掌で掴み口元に押しあてるエターナはアルマの右隣に歩み寄ると、タッカと目を合わせて会釈をした。
「ほう、あの時の『天女』は貴女だったのですか。間近で見つめると、益益お美しいではありませんか」
「あら、随分とお口が上手いかたですね。でも、妹のアルマと私の区別が出来ないのは残念ですけどね」
「へ?」と、タッカは嬉々とした顔を青くさせた。
「さっさと“矢”を抜くぞ、姉上。そして、タッカ。その間抜け面はなんだっ!」
アルマは頬を痙攣させて指の関節を一気に鳴らす。
「はいはい。では、気をとり直して始めましょう」
エターナは「くすくす」と、笑みを湛える。そして、シーサを手招きする。
室内が静まり、エターナに誰もが注目する。
「“闇”を中和させます。タクトさんのご提示に賛同を致しまして、シーサより“習得の力”を抜きます。そしてーー」
「僕とアルマさん、バースさんの“力”と抜き取った“力”を混ぜてタッカさんに刺さる“矢“を引き抜く。どうして、僕たちなのですか」
「同志を思う気持ちとあなたたちの『絆』が強く、優しく、清らかな“光の力”は“闇”を吹き飛ばしてくれる。そう、あの国に本当の陽の花を咲かすことも出来ると、私は……。少し、おしゃべりをしてしまいました。シーサ、少しのあいだおりこうさんにしていてね」
エターナから微笑みが消えて、シーサの額にエターナの右の掌が柔らかく押し当てられる。
「すう」と、エターナは呼吸をととのえる。掌は黄金色に輝いて、すぐに瞬きが止まった。
「どうした、姉上」
アルマがエターナの様子にたまりかねて訊く。
「いやだ、この子ったら……。もうひとつ“力”を習得していたわ」
エターナはおろおろと、アルマを見て言う。
「“治癒の力”でしょう。僕がアルマさんから預かった“力”が詰まったカプセルを『あの時』シーサに注いだ。きっと、そうに違いない」
タクトが咄嗟に口を突く。
「なんという娘だ。目で見るだけでなく、触れた“力”まで習得するとは……。姉上、もたもたせずにシーサからーー」
ーー待て、抜くのは“習得の力”だろう。俺から言いたいことがある。
「タッカ、無駄に喋るな」
「真面目に言っているのだ」
タッカに言いかけることを遮られ、アルマは眉を吊り上げていた。
「タッカ、聞こう」と、バースがアルマを背後にすると、ベッドに横たわるタッカに歯を見せながら言う。
「小さなレディーから“力”を抜く前に俺の“防御の力”をプレゼントしたい。母君よ、お嬢さんがこれまで習得した“力”は、お嬢さんが自身を守る為に絶対に必要だ。将来本物のレディーになる時に、いらぬ虫よけに必ず役にたつと、な」
「……。だとよ、ヨメさん」
「はい」と、エターナは静かにうなずいた。
「さあ、小さなレディーよ。手を差し伸べてくれ」
タッカはシーサに腕を伸ばして掌を広げた。
「『おじちゃん』の手をにぎるの?」
シーサの無邪気なひと言で、室内に高らかと笑い声が響き渡る。
ーーせめて『おじさま』と呼んで欲しい……。
がっかりといわんばかりにタッカは、うつ伏せ状態で繰り返し呟いた。
そして、シーサは握りしめるタッカの掌から“防御の力”を習得したーー。