影を縫う
ルーク=バースは闇に染まる空間へ目を凝らす。僅かに解き放つ己れの“光”を手掛りに方向を捉える。
「タクト、バンドッ!」
バースが合図をすると蒼と灰色の“光”が渦を巻きながら闇の奥深くを貫いて、衝突する硬い音が響く。
赤々と焚く炎が灯となり、辺り一面は淡い朱色に塗り替えられる。
「アニキ、的が外れてしまった」
「〈敵〉は“影”を脱いで逃げたのだ。おまえ達の“力”はきっちりと命中をしていた」
バースが落胆をするバンドをなだめている様子をタクトは焼くような喉の痛みに耐えながら見る。
「採掘をして拾いそびれた『資源』が燃えちまった。長く煙を吸い込むのは身体に悪い。上手い作戦で〈敵〉は待ち構えていたな」
バースは軍服の上着を脱ぐと、背中を丸めて咳き込むタクトの頭に被せる。
「バースさんは平気なのですか」
「こんな状況はまだ序の口だ。怯めば負ける、変えたいことはそのまま、振り返る暇なんてない。バンド、おまえも嫌というほど味わって今のおまえになった」
「ああ、忘れてはいない。今の俺にしてくれたのはアニキだからな」
「タッカさんにうんと恩着せがましくしましょうね」
タクトは腕を伸ばすとバースとバンドの背中に掌を乗せて“蒼の光”を注ぎ込む。
燻る残り火と煙を舞い上がらせながら、バース達は“加速”をして遺跡の暗い路を真っ直ぐと翔ぶように駆けていくーー。
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「バースさん、此処も〈敵〉の仕業なのでしょうか」
タクトは、目の前に広がる無惨に崩れて散らばる錆び付いた階段らしき鉄筋についてバースへと口を突く。
「こいつはタイマンが調子に乗ってほいほいと昇って落っこちた跡だ。俺の“力”を使う隙なんて無いほどに、あっという間だった」
「タイマンさんの骨折の原因はーー」
「間抜けな話だ。タクト、先を急ぐぞ」
「アニキ、壁に穴が空いてる。もしかしたら、さっき出会した〈敵〉が通ったのではないのか」
吹き抜けとなっている建屋内に雲の隙間から月明かりが足下を照らす。
バースはバンドが指を差す方向を見ると、粘りを含ませる黒い液体が雫となって形を留める煉瓦で積まれる壁の隙間を這う。
「タクト、バンド。此方は俺がくい止めとくから、おまえ達で穴ぐらから彼奴を引きずり出してこい」
バースは腰を落として脇を固めると、足元に辿り着く『粘液』に向けて掌から“橙の光”を放出させる。
「駄目です。皆でタッカさんを助けるのです」
タクトはバースの腕を掴み、バンドへと“加速”をしてさらに飛翔をする。
「アニキ、タクトが正しい。俺達はあんたが消える何てのを二度と見たくない」
バンドは息を吐くと正面に見える穴へとバースとタクトを放り投げて、後を追うように飛び込んでいく。
「ふっ」と、バースの笑い声がして、タクトは唇を噛み締める。
「バースさん、僕はですねーー」
「おう、どうしたタクト」
バースはタクトの言葉を遮るかのように口を突く。
「いえ、今は止します」
「今言うことは後からだと忘れるぞ」
「ならば、今忘れます」
「お二人さん、そこまでだ。目の前を見てみろ」
「ほいほい、バンド殿。仰せの通りに従います」
「暗くてよく見えません。バンドさん、何を見つけたのかを教えてください」
「タクト、尻が邪魔だ」
壁とタクトの腰に挟まれるバースは藻掻いて鼻息を吹かす。
「妙な場所だ」
「そうだな、バンド。例えるならば、虫の巣。捕まえた獲物を貯蔵する為の部屋を似せてる」
「バースさん。僕、変な物を踏み潰しました」
「タクト、どんな感触がした」
「弾力性があって生温くて粘り気を含ませてます」
「おい、俺の服で拭うな」
「ごめんなさい。つい、わざとですバンドさん」
「タクト、暗闇ではしゃぐな」
「僕、気付いたのですが、誰も携帯照明灯を持ってきてなかったのですね」
「今さら言うな。付け加えるがそんなもの使わなくてもこうしてだなーー」
バースは全身を“橙の光”で輝かせる。
「おいおい、何も“力”を無駄に使うことをしなくても良いだろう」
「バンド、気遣いはありがたいが俺の“光”がどうなっているのか見てみろ」
「吸引器でも有るのか」
バンドは帯状となって穴の奥へと吸い込まれるバースの“光”を見つめて呟く。
「闘うにもこんなに狭い所では自分の“力”でやられてしまいそうです」
タクトは目を擦り、膝に貼り付く粘着力がある物質を人差し指で掬う。
「タクト、何とかなる。バンド、名付けて〈ハエ取りリボン作戦〉を一丁ぶっかますぞ」
「随分と楽しそうだな、アニキ。タクト、俺の“力”でおまえの“加速”を増してやるから手を念入りにべっとりとさせろ」
「はあっ?」と、タクトは険相になっているとバンドから解き放される“灰色の光”が被る。
「バースさん、僕には何のことかはさっぱりです」
「タクト、おまえがくっつけているのは〈影鳥黐〉だ。利用する価値はある」
ーータッカを捕まえてこい……。
「……。了解」
タクトは“蒼い光”で辺り一面を照らしながら、真っ直ぐと駿足をするーー。