緑の好敵手
ルーク=バースはアルマを追うために、列車を降りる。
タクト=ハインは二人が戻ってくると信じて、ロウスの妻であるエターナと待つことを選ぶ。
エターナは〈団体職員〉であるにも関わらず、自ら集った16名の子供が向かう場所の為に護衛をする〈陽光隊〉を翻弄させたと、疑いを持たれてしまう。
ほぼ、立ち往生の紅い列車。
順風満帆とはいかない〈陽光隊〉の護衛任務。
時だけが虚しく流れるーー。
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タクト=ハインは、エターナの顔をじっと見る。
柔和な雰囲気である一方、人を振り回す一面があると思うと信用が出来ない。
「タクトさん、貴方が私を疑うのも仕方がないでしょうね?」
エターナが突いた言葉にタクトは我に返ると、どんな話題を持ちかけようかと焦りを含ませながら、ロウスが淹れた紅茶を一口啜るが喉に通る前に咽び吐く。
「ごめんなさい、エターナさん」
タクトはテーブルに置く1枚の紙ナフキンを掌で掴み、紅茶の飛沫を拭うがあっという間に朱色の水気が吸い込まれてはちぎれるを表す。
「反応が解りやすいわ」
「僕、散々ですよ。でもーー」
「どうされたのですか?」
「貴女は、口が固くてバースさんが手こずっている。此処まで自分を防御されている人は、恐らくアルマさんと互角でしょうね?」
「アルマ……さん。あの方は十分に強いと思いますけど?」
「強いから、守るも堅い人です」
「話の途中ですまないが、子供達に食事をさせなければーー」
ロウスが、楕円形のフレームの眼鏡の淵を右の人差し指で持ち上げて言う。
「それは、大変っ! あなた、私もお手伝いを致します」
「心配は要らない、キミの料理は……。もとい、僕だけでも用意は間に合うから、別の車両に移動してくれるだけで良い」
「救護室に行きましょう。ご案内します、エターナさん」
ロウスがエターナの申し出を断るが気になるタクトは、エターナを連れて救護室に向かうーー。
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「構わないばいた。タイマン、此処ば出てはいよ」
救護室で待機するハケンラットがタクトから事情を聴くと、ベッドに横になってるタイマンの左脚を掴み引きずり下ろす。
「……。ハケンラット、今ので骨がおかしくなったぞ」
「がっちりとギプスが固まっとるとに、言い掛りばすっとは見ぐるしかばいたっ! はよ、自分の部屋に行ってはいよ」
床の上で虫が腹を見せるような姿をするタイマンに、エターナが近付く。
「怪我をされているのですね? しかも、大昔の医療法での治療は、何か意味があるのでしょうか」
「べっぴんさん“治癒の力”は外科治療が難しいのがあっとばいた。治療箇所に“力”を当てるに加減ばすっとは、今のおどんでは無理があっと」
「ハケンラットさんにしては、らしくない言い方ですね?」
「タクト、おどんは完璧ではなかとよ。ばってん、医学の歴史におったリョウカ=ヨネは、一度に百人の患者を治療する“力”を持っとったらしかばいた。生きとったら、おどんは弟子にしてはいよと、押し掛けるばいた」
ハケンラットはベッドの上に被る埃を素手で払い落とすと、エターナに腰を下ろすようにと手招きする。
「ありがとうございます。でも、この人を追い払ってまでのお気遣いは流石にーー」
「気にせんではいよ。タイマン、出っ時は『あとぜき』せなんよっ!」
「あとぜき?」
「ハケンラットの故郷の言葉で『閉める』と、言うらしい」
タイマンはタクトの肩に掌を乗せてエターナに言うと、救護室の扉を開いて脚を引きずりながら一人で去っていく。
ぴしゃりと、扉が閉まる音のあとに続けるように、タクトが息を大きく吐く。
「バースさん達、まだ戻って来ませんね?」
「私についてと【国】に辿り着く為のお話し合いで疲れたのでしょう。息抜きをアルマ……さんとされていると思います」
タクトはエターナの話し方がぎこちないと思いながら、こんな話題を持ちかけようと決める。
「ところでエターナさんは、アルマさんをご存じなのでしょうか?」
「理由は何処からかしら? タクトさん」
「幾つかあります。ひとつは、お顔立ちがよく似てる。もうひとつは、お二人の髪飾りが同じ装飾で施されていた」
「頭の回転が良いですね?」
「……。僕、相手を決め付けるのは苦手です。できれば、エターナさんからのお言葉を聴きたい。あ、ハケンラットさんがいますが、僕達だけの話しは例えバースさんでも喋らない方です」
「ははは。ダンナのことだけん、べっぴんさんの顎を無理矢理動かそうとしとったごたんな?」
「その通りですよ、ハケンラットさん」
タクトは顔をくしゃりと萎ませて、ハケンラットの言うことに相づちをする。
「私的事は、後からでもお話し致します。そういえば、あなた達の『同志』のお一人が大変な事になっているのでしたよね?」
「はい……。タッカさんが今頃どうしているのかな? と、思いはしていたのですが、バースさんが矢鱈と貴女に食って掛かっていたし、アルマさんだって倒れてしまったとかでそっちのけになってました」
「タッカさんという方は、日頃どんなご様子なのですか?」
「僕が言うのも何ですが〈陽光隊〉の皆の中では自分が一番のように振る舞う方です」
「ダンナとは、張り合ってるところがあっばいた」
「でも、時には頼れる存在。だから、バースさんと行動を共に出来ると私は思います」
タクトはハケンラットと目を合わせると、頷きながら前髪に手櫛をする。
「正直に言えば、タッカさんを置いて逃げたようで僕は嫌だった。バースさんが冷たい人だと恨んでしまいました」
「タクトさん。こんな言い方をすると失礼ですが、バースさんは〈陽光隊〉の責任者ですよね?〈仕事〉となれば、何を優先にしないといけないのかが付きまといます。小さな感情でも、任務への影響は大きくなる。其処は、今のうちに受け止めましょう」
「頭ではわかっているのですが、それでも僕はーー」
タクトは唇を噛み締めて肩を震わせる。目と鼻につんとする痛みが掛け巡り、声を押し込めては息を吐くを繰り返す。
「タクトさん、ご自身を追い詰めないで。私もタッカさんを助けるお手伝いを致します。宜しいですか?」
エターナがタクトの背中を掌でさすりながら言う。
「はい、ありがとうございます」と、言うタクトは頬を涙で濡らしながらエターナの柔らかく、尚且つ穏やかな眼差しを見つめるーー。