橙と紅の灯
ルーク=バースは直立不動の姿勢で、天井を照らす茜の大輪に焦点を合わせる。
ぱきり、ぱきりと、飴細工を砕くに似た音。
甘くふくよかな華の薫り。
ーー人の想いは虚ろく。でも、ルークは真っ直ぐと貫く“光”があるの。倒れても立ち上がる勇気が貴方の“力”……。
聞き覚えがある囁きにバースは我に返ると、視線をアルマに剥ける。
「“光”に……。威力がない」
アルマが落胆を含ませて言うと、浮かぶ大輪は花びらが散るように瞬きを失う。
「アルマッ!」
バースが叫ぶ先に食堂車を飛び出すアルマの姿があった。
「バースさん、何故立ち止まるのですか?」
タクト=ハインは、アルマを追うバースに付いていくつもりだった。車両の出入口を塞がれて、堪らず口を突く。
「すまない、俺だけであいつを呼び戻したい」
背中を丸めながら尚且つ声を震わせるバースは、右肘でタクトを弾き飛ばすと車両の扉を閉めて駿足の音を響かせる。
「そんなっ! 待ってください」
「タクトさん、バースさんを信じましょう」
手首に指先が絡む感触と穏やかな声に振り向くタクトは、エターナと目を合わせると口を閉ざしたまま首肯く。
「大丈夫です、二人の絆はけして途切れない」
「僕も解っていた筈なのに、本音は燻っていた」
「帰りを待つ間、貴方の頭の中を整理整頓のお手伝いを致しましょう」
「お気持ちだけで十分です」
「タクト、おまえはレモンティーで良かったな?」
「はい、ロウスさん。お願いします」
ロウスが淹れる茶を、タクトとエターナは言葉を交わしながら堪能するーー。
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「アルマッ! 行くな、戻れっ」
バースは列車を降りて、草原を掻き分けながら駆けるアルマを追い続けていた。
「来るなっ! 私に関わるなっ」
振り向き様にアルマは叫び、息を切らす事なく全速前進する。
「待てとーー」
ーー言ってるだろうっ!
バースは一度脚を止めて腰を下ろす姿勢を取ると、全身を橙の色に染める。そして、足元の草葉がどうっと、吹くつむじ風と共に夕映え目掛けて舞い上がる。
アルマの前方を、両腕を伸ばして手を広げるバースが待ち構えていた。
一点の曇りがない瞳、固く綴じる口元。アルマは真っ直ぐとしたバースの形相を視線から反らすはおろか、飛脚を止めて避ける事も出来ず顔が先に腕の中へ埋もれ、脚と脚が絡まりながら草葉に吸い込まれるように落ちていく。
「バース、おまえは何の方法で私の前を塞いだのだ?」
「“転送の力”だ。使ったあとは腹が減るから嫌だが、おまえの為に仕方なく発動させたっ!」
「馬鹿野郎……」と、アルマが呟くと、バースの腕が更に深く手繰り寄せる。
「散々俺に泣きついてのひと言が其れかよ?」
「止すのだ。私の心が揺れてしまう」
「誰もいない。良いから、じっとしろ」
バースとアルマは宵の明星が瞬く空を仰ぐ。
吐く息は風の音に掻き消され、鈴の音を奏でる虫が草の根から這い上がる。
「何処に行くつもりだったのだよ?」
「……。私は、これ以上おまえを捲き込みたくなかった」
「違う。あの時、おまえとヨメさんしか知らない『何か』の“力”が消えていた。そっちにショックを受けた様子だったぞ?」
「私はーー」
「腹減った。ロウスの飯を食べながら、続きを話してくれ」
「難関より目先の食欲か?」
「ぶーっ! 俺は、どちらかと言えばーー」
ーー待て、どさくさに紛れて何をする……。
アルマの吐息をバースは口に含み、温もりを求めると、双方の瞬く光、灯のように夜の帳を照らすーー。




