大輪の盾〈3〉
タクト=ハインは足取りを重く、車両の通路に靴を鳴らしていた。ルーク=バースとエターナの嫌悪なやり取りも理由だが、今向かう『場所』に気が滅入ると、燻らせる。
ーーアルマを呼んでこい。
わざわざ迎えに行く必要があるのだろうか? 何も、自分に役目を押し付けなくてもと、バースの指示に納得しなかった。
反発すれば、必ず説教をする。バースの性格を知るタクトは、幾度も経験をしていた。
ふらり、ふらりと、辿り着いた処はアルマの個室。
扉をノックする前に息を大きく吐いて、名を呼ぶーー。
『さっさと入ってこい』
扉越しからアルマの促しにタクトは躊躇う。錠が解除されるまでの間、拭い切れない出来事を振り返っていた。
アルマの個室を自ら訪れたのは、二度目だった。扉を開いて広がる『光景』に息を呑んだ。
幼い頃、母の子守唄と共に語る“発光虫”を彷彿させるアルマの“感情の光”を初めて見る。
そして、アルマの手向けに拒むことなく受け止めた。
『あの時』もアルマは“光の粒”を飛ばした。再び列車を降りようとするバースを懸命に阻止する姿が痛々しく、同時に怒りも覚えた。
アルマに向ける“情”が思い出にならない、傷にもならない。
もどかしいが時が流れるを待つしかないと、タクトはひたすら自分に言い聞かせるーー。
「あ、お邪魔します」
恐る恐る扉を開いて背中を丸めながら入室する。窓側に備えるベッドで腰掛けるアルマの微笑に戸惑い堪らず引き返そうと態勢をすると、襟首を掴む感触に抵抗することなく、傍に腰を下ろしていった。
「バースは私を切り札に選んだのだ」
タクトが語る食堂車での経緯に、アルマは溜息混じりで言う。
「アルマさん、僕は反対です。バースさんは貴女を使ってまで何かを聞き出そうとしている。流石にうんざりですよ」
「燻っていたら、いつまでたっても先に進めない」
アルマはサイドテーブルに置く髪留めで髪を束ねる。
「あれ? アルマさんの髪留めも同じ模様だ」
「なんだと?」
アルマの険相にタクトは身を竦めるが、更に言い続ける。
「ああ、偶然でしょう。きっと、エターナさんも何処かのお店で見つけたとか、作った人が同じとか。そう、きっとそうですよ!」
「行くぞ、タクト」
タクトの腕を掴むアルマ。弾丸の如く、食堂車に駆けていくーー。
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「なるほど。如何にも口が上手くて、事を掻き回すが特技とする顔だ」
アルマはエターナと目を合わせると、眉を吊り上げながら口を突く。
「口の悪さは個性的。貴女の自由過ぎる性分は誰も止められないと、申し上げます」
エターナの『切り返し』にアルマは拳を握り締める。
「待て、アルマ。それに、ヨメさん。訊くことはまだ山積みだが、おまえ達を並べた意味は解るか?」
バースがアルマを阻止しながら言うと、エターナは髪飾りを外して掌の上に乗せて差し出していく。
「髪を下ろしたら、やっぱり似てますね?」
「タクト、俺はそんなこと知ったことじゃない。メインは、こいつが掌の中で転がしている『品』だ」
バースはアルマと目を合わせる。そして、指を差しての促しにアルマは唇を噛み締めながら、指先を髪に絡ませる。
アルマは髪を束ねる留め具を、エターナが持つ髪飾りに翳すと、浮かび上がる“大輪の象”の茜色の光に、誰もが照されていったーー。




