紅、闇に堕ちる
アルマは陽光隊と対峙するハーゲ=ヤビンに“闇”が入り込んでいると嘆く。
一方、何気ないひと言がアルマを苦しめたとタクト=ハインは際悩む。
目指す志しを誇りにして臨戦に挑むルーク=バース達に、更なる難関が立ち塞がりつつあった……。
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「アルマさん、今おっしゃった事を詳しく教えて下さい」
タクトはアルマの背中に掌を押し当て小刻みの振動を受け止めながら“闇”について訊いていた。
一方、アルマの咽びは止まることなく、掌で顔を覆い被せる指の隙間から溢す涙の雫がバース達から解き放される“力の光”が照らされて、星の瞬きのように輝いては消えるを繰り返していた。
「私がいけないのだ。あのお方を……。私の為にあのお方はーー」
「お願いです、僕にだって責任がある。貴女が泣く姿をバースさんが心配します」
「バース? 駄目、止めないとバースまで捲き込んでしまう」
アルマはタクトが支える腕を解して“紅の光”を輝かせる。
ーー止めてっ! ち……えーーーー。
紅い華の花びらを散らすように“光”を空に舞い上がらせていたーー。
アルマは解き放されたハーゲの“闇”を背中に受けて朦朧状態になりながらバースを腕の中に手繰り寄せる。
愛する者の名を幾度も呼ぶ声はか細く、掌は双方が転倒しても解れない光景がタクトの中で糸がぷつりと音を響かせて千切れる感覚を迸る。
「タッカ、ザンル。タクトを取り押さえろっ!」
タクトが“加速の力”を発動させる最中、バースが叫ぶと胴体をタッカの腕が巻かれて両脚にザンルが絡みつく。
「お二人とも離してくださいっ!」
タクトは声を荒く尚且つ藻掻きながらハーゲを睨みつけて、コンクリート張りのプラットフォームの足場に頬を押し当てていた。
「タクト、彼奴はおまえでは絶対に倒せないっ! バース、此処は俺が食い止めるからアルマを連れて撤退するのだ」
「タッカさん、たった今ご自分で言った事忘れたのですか!」
「貴様は馬鹿か!“闇の力”を未熟なおまえが喰らえば魂が何処に飛ばされるのかわからないのだ。ザンル、たの…む。タ…ク、トの癇癪を……止めーー」
タッカの腕が解れ、ザンルがタクトを押さえ込みながら後退りするとバース達の元に辿り着く。
「タッカ、アナタが命懸けを見せたのは随分前だったワね?」
「今思い出す事ではないだろう? 出来るだけ遠くに逃げろ……。でないと、こいつがまた狙いを……さだ……め……る」
タクトはザンルの絡む腕の隙間から見るタッカの姿に息が止まるような衝撃を覚える。
黒煙を解き放し上斜めに羽根を向けてタッカの左アキレス腱に刺さる一本の棒からタクトは堪らず目を逸らす。
「ザンルさん、タッカさんの左足に刺さっているのは何ですか?」
「大大将から放たれた“闇の矢”は狙った獲物の魂を抜き取る作用があるの。だから、アルマちゃんは大将を庇った」
「だったら、アルマさんがっ!」
「アルマは何故か気絶だけで済んでいる。タクト、癪だがタッカに任せて撤退するぞっ!」
「そんなっ! タッカさんを置いて逃げるのなんて、バースさんらしくない」
「言う通りにしろっ! ザンル、風を呼んで俺達を〔紅い風〕に飛ばすのだ」
「オッケイよ、大将」
ザンルは“紫の光”を全身に輝かせると“力の帯”を空に向けて解き放す。
葡萄の薫りを含ませた風が吹き込み身体を寄せ合うバース達はふわりと空中に舞い上がり、羽ばたく鳥の如く飛翔していった。
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「心配せんでよか。ちいと身体に負担がかかっとるごたんけん、だんながケアばしてあげなっせ」
「ああ、一旦アルマを個室に連れていく。ハケンラット、タクトを頼む」
バースはアルマをベッドから抱き上げると救護室を去っていく。
「タクト、あたもちいと休むばいた」
「ハケンラットさん、アルマさんは“闇”を浴びた。僕にはどんな事か解らない。タッカさんも同じ目に合ってしまった」
「まずは頭ん中ば空っぽにしなっせ。タッカは“防御の力”である程度の“闇”ば跳ね返しとる筈ばいた。アネさんが元気になったところで追々の事ば、だんなを交えて話し合うばいた」
ベッドに横たわるタクトの額にハケンラットの“白の光”が注ぎ込まれ、室内に寝息が静かに解き放されていった。
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「バース……」
頬に指先の感触を覚えるバースはアルマの囁きと共に目蓋を開いていく。
「無茶するなよ。俺が奴の攻撃を避けそびれるもんか」
「待って、もう少し此のままでいて……」
バースはアルマに添い寝をしていた。指先がアルマの髪を掬うと身体は更に絡み合い、室内に幻想的な瞬きが拡がっていく。
「もう、大丈夫だろう? タクトが気になる。起きてくれ、アルマ」
「タクトに何かあったのか?」
「タッカを置いて列車に戻ったからな。俺、絶対に恨まれた」
「そんなことは、私が阻止する」
タンクトップとズボンを身に纏うアルマはバースを押し退けてベッドから飛び降りると、壁に設置されている通信機が着信音を鳴り響かせる。
「俺が出る」とバースはアルマから受話器を受け取り指示を送って通信を終わらせると、椅子に掛けていた軍服の上着の袖に腕を通してベルトを腰に巻き付ける。
「アルマはまだ、部屋で待機しとけ」
「さっきは起きろだっただろうっ!」
「よく見たら顔が青い。後で必ず呼ぶから言うことを聞いてくれ」
「誰とどんなやり取りしていたくらいは白状するのだ」
眉を吊り上げるアルマにバースは笑みを湛える。
「ロウスが《客》を連れて帰ってきた。ちょっくら『事情聴取』の真似事をする」
バースはアルマに口づけをすると、靴を鳴らして個室の扉を潜り抜けていく。
「場を……。辨えろ」
部屋に残るアルマが頬を朱色に染めながらぽつりと呟いた。




