1-8
あのあと、ホームに戻ってもセインさんを見かけなかったから、もう寝てたんだと思う。
セインさんの使っていた車椅子がセインさんの部屋の外にあったことから、車椅子を必要としない状態、つまりは普通の状態に戻ったんだと思う。
すぐに五体満足のセインさんを見たかったけど、見て安心したかったけど、寝室に勝手に入るのもどうかと思ったし、第一、フェルトリエさんに止められたので明日(今日?)、寝て起きてからにしようと思った。
とりあえず、フェルトリエさんに寝ろと言われたので、寝ることにしよう。正直一回寝たのでそこまで眠気があるわけでもないんだけど。
まあ、人間暗い中で目を閉じていたら眠くなるわけで、気がついたら寝ていたわけで。
そして、長い一日がやっと終わったわけで。
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「……ツ、アーツ、起きなさい」
眠りに入った時間が大分遅かったからか、あまり気持ちがいいとは言えない状態で起こされた。
ーーー誰に?
いや、僕はこの声を知っている。この六年間ずっと聞いてきたはずだ。
そう、セインさんの声だ。
セインさんが僕を起こしにくることは一度もなかった。二階にある僕の部屋は車椅子では上がれないから。
じゃあ何で来ているんだろうか?
僕は目を開ける。
眠たいからか、頭がポヤポヤしている。
でも、目の前にいたセインさん、両手両足揃っているセインさんを見て、寝ぼけた意識は飛び、覚醒した。
「あ、の、セイン、さん元に戻っ……」
「ダメよ、今言う言葉はそれじゃないでしょ」
「え、え、え?」
なんだか頭が回らない。
「私はアーツを起こしに来て、あなたは起きた。さあ、朝の挨拶は?」
「えっと、おはようございます」
「はい、おはよう」
セインさんはニコニコしている、随分楽しそうに。見ているこっちまで笑顔になりそうな、そんな表情だった。
「今日の朝ごはんは私が作ってみたの。いつもあなたやフェルトリエが作っていたしね。フェルトリエはもう下で待っているから早く来なさいね」
そう言ってセインさんは鼻唄を歌いながら部屋から出ていった。
なんだろう、元に戻ったセインさんを見ていると、とても、とても嬉しい感じがする。
せっかくの朝食が冷めてしまってはもったいないので、早く行かないと。
部屋を出ようとして思い出した。
(ライラ、ライラー起きてる?)
(ぅん?なんだ、何かあったか?)
(ライラってご飯とか食べるの?)
「食べるに決まっているだろう!」
おおっと、一瞬で人型になった。ビックリするのでいきなりはやめてほしい。
「じゃあ、いこうか」
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セインさんはもともとライラを頭数に入れていたのか、量はちゃんとあった。あったのだが……
味が微妙
別に食べられないというわけではなく、だからといって進んで食べようとは思わない、そんなおいしさ。
そんなみんなの雰囲気を察したのか、セインさんはこう言った。
「……まあ、ね。六年間のブランクがあるから……ね」
「……一言、申し上げますと、以前から、このような腕前でした……」
「ちょっと!フェルトリエ!」
顔を赤くして恥ずかしがっているセインさんがなんだかおかしい。つい笑ってしまう。
こんなにも明るい食卓がこの六年間のうちにあっただろうか。なんだか、家族みたいで、ただただ嬉しい。
「もう!まあ、秘密のスパイスがあるのよ。はい、これをかけてみて」
そう言ってセインさんは筒状の容器を僕に渡す。振ってみると粉が入っているみたい。とりあえず言われた通りにかけてみる。
「!!」
お、おいしい!今まで食べてきた中で一番おいしいかもしれない。何がおいしいとかは表現できないけど、味は変わってないけど、すごくおいしい。
「ほら、ライラも!」
「!!なんだこれは!」
「ね!すごいよね!」
「これは店を開いてもやっていけるぞ!」
ライラも大絶賛。
フェルトリエさんもライラから受け取ってかけ、食べていた。
しばらく驚いた顔をしていたが、急に何かを考え始め、容器をじっと見つめる。
「……セイン様、これ、神器ですね……」
そう言った瞬間、セインさんが得意気な顔のまま固まった。
僕とライラは「え?」と言う顔でセインさんを見る。
「よ、よし!みんな食べ終わったところで!街に行きましょう!」
言われてから、自分達がご飯を完食していることに気がついた。
……神器の力の凄さを改めて実感した。
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玄関を出ると、『何でも屋』ーージュドさんがいた。
「どもー無能者君。何でも屋でーす。神器とお金を受け取りに来ちゃた☆」
しゃべり方がキモウザイ。
「そのしゃべり方は何ですか」
「いやー見た目麗しいお姉さま方がいるから印象をよくしようとね」
「印象最悪だぞ」
「ガキに興味はありませーん」
「飛ばすぞ!」
しばらくライラとジュドさんが言い争いしていたけど、時間がもったいないので本題に入ることにした。
あ、でも神器はライラの中に入っている。
「じゃあ、神器をとってきます。お金はいくらですか?」
「千万」
「はあ!?ちょっと多すぎませんか!」
「これでも初回限定良心価格だぜ?それともこれを使って解決した出来事は無能者君にとって千万以下だったと?」
「くっ……」
でも正直言って千万も持ってない。
「……金は、私が払おう……アーツ、神器をとってこい……」
「す、すみませんフェルトリエさん。ライラも来て」
僕とライラはホームに入って、神器を取りだし、外に出た。
「これですよね、ありがとうございました」
「はいはい毎度あり。また何かあったらよろしくー」
ジュドさんは神器を受けとると、帰っていった。
「ホントにすみません。千万も」
「……別にいい、か、か、家ぞ……なら当然だ……」
「え?なんて言いました?」
「そうよね。家族なら当然よね」
せっかく聞こえないふりで流そうとしたのに失敗に終わった。
「気をとり直して、買い物に行きましょう!」
「おー!」
ライラとセインさん元気だなぁ。
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「セインさんなんだか明るくなりましたよね」
「……いや、元々、あんな感じだった……どちらかと言えば、この、六年の方が、私にとって、不自然だった……」
「へー、こっちの方が話しやすくて、僕は好きですね」
「……そういうことは、本人に、言ってくれ……」
「本人に言えないからここで言ってるんですよ」
「……お前は、エルフの五感を、過小評価している……」
「え?」
どういうことですか?と続けようとしたけど、背中から衝撃、もといセインさんに抱きつかれたため、中断された。
「え?なんて?なんていったのアーツ?もう一回言ってみて?私のことなんて?」
「べ、別に何も言ってませんって」
「好きって言ってみて!私のこと好きってもう一回言って!」
「聞こえてるじゃないですか!」
しばらく言って言わないの口論を繰り広げていたけど、言うまで話さないと言われたので、もう一度好きと言うことになった。
別に嫌いな訳でもないし、好きなのだが、本人を前に言うのは、なんというか、こう、恥ずかしかった。顔は真っ赤だろう。
それから、買い物をしたり、ご飯を食べたりした。最近はダンジョン以外行っていなかった僕にとって、実に充実した日だと思う。
街からホームに戻ると、フェルトリエさんがこれからのことを話始めた。
「……アーツは、これから入学試験まで、私が、体術と、剣術を教える……ライラは、セイン様に、魔法を習うことになる……いいな」
ライラは眠そうに目を擦っていたが、それを聞いた瞬間、え?と、ビックリしていた。
「……学園で、いつ、どんな危機に陥るか、わからない……アーツだけではなく、ライラ、お前も強くなる必要がある……」
「ライラちゃん、一緒に頑張りましょうね」
「はーい」
今日だけでライラとセインさんは随分仲良くなったようだ。
話も終わり、あとは寝るだけになった。ライラは箱に戻り、セインさんも部屋に戻った。今いるのは僕とフェルトリエさんの二人だ。
「……アーツ、寝る前に、これを飲め……私の体の動きが、感覚で解るようになる……」
「わかりました」
渡されたカプセルを飲む。
…………………………特に変化はない。
「何も起こらないんですが」
「……いい、私が剣技を見せたら、見たことがあるような、感覚になる……それだけだ……明日からは早い……早く寝ろ……」
「はい、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
正直、学園とかどうでもいいけど、強くなれるのなら、頑張ろうとおもう。