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僕はセインさんに、ライラが玩具箱であること、ライラが僕の代わりに魔法を使えるということ、明日はライラと初級階層と中級階層の浅いところを攻略しにいくことを告げる。
セインさんは一言、気をつけてね、と。
彼女は、あの時のことで僕を怒ろうとしないし、責めようとしない。
僕を自分の子供のように、まるで母親のように接している。接してくれている。
前の家族を、出てきた家の人達の記憶を、あの時のショックで無くして、余り覚えていない僕を思って、母親らしく振る舞っているのだろうけど、探索者生命を絶たせてしまったという罪悪感からその気遣いは僕にとってーーーあの時の直後は嬉しかったけど、罪悪感をさらに重くさせるものにしかならない。
いつか、何の気遣いも、遠慮もなく、普通の親子のように話したいと思う。
それが僕にとっても、セインさんにとっても、互いに幸せな形だと思うから……。
僕はセインさんのいる部屋から出る。
扉を開けると、フェルトリエさんがいた。
フェルトリエさん……フェルトリエ・クシャム、セインさんと同じ種族のエルフの女性で、かつてセインさんと同じクランに属していたが、彼女の除名と共に脱退した。セインさんを慕っており、最初はセインさんに怪我を負わせた僕と、フェルトリエさんの間にはとても深い溝があったが、それは時間が経過すると共になくなっていった。
今では普通に話せるようになっている。
「……途中から、話は聞いていた……災難だったな……いや、幸運だったと言うべきか……」
「僕は幸運だったと思いますよ。信頼できる仲間ができましたから。というより、聞いていたなら中へ入って来ればよかったのに」
「……いや、あの人はお前と話しているときはすごく楽しそうだ……私が混じって、あの人の大事な時間を短くさせてしまいたくない」
「セインさんはそんなこと気にしないと思いますよ。そんな風に思われる方が嫌だと思います」
「…………そうだな……アーツ、今のことは忘れてくれ……もう寝ろ、子供は寝る時間だ……」
「子供扱いしないでくださいよ、もうすぐ15歳ですよ」
「……フフッ……十分子供だよ、お前は……」
そう言っていつもの無表情からは想像できない、微笑ましいものを見るような、優しい目をして笑うフェルトリエさんに一瞬目を奪われる。
窓から射し込む月明かりが、彼女を照らす。
褐色の肌に、首まで伸びている紫色の髪。顔立ちは、やはりエルフ。20代か、それ以下にしか見えない。
「……ああそうだ、セイン様に用事があったんだった……アーツ、早く寝ろよ……おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
フェルトリエさんがセインさんのいる部屋に入ったのを見届け、僕は二階にある自分の部屋へ向かう。
「『清き身は自信を癒す……洗浄』」
初級魔法より下位に属する、基礎魔法の中の生活魔法のひとつを使い、体の汚れを取り除く。
「ふう、今日はいろいろあったなぁ」
ベッドに腰掛け、白色になった髪をいじる。あふぅ、とあくびが出る。フェルトリエさんの忠告通りに寝るとしよう。
ふと思う、ライラに睡眠は必要なのか、食事は必要なのかと。
(ライラ、ライラも寝たりするの?)
(…………………………)
返事がないただの箱のようだ。
「じゃなくて、寝ているのかな」
それなら食事も必要そうだ。まあ、フェルトリエさんなら作ってくれているだろう。
さて、寝よう。
「……おやすみなさい」
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角度的に月明かりが射し込まない暗い部屋。女性は一人、ぽつりと呟く。
「……アーツが……人型になれる神器を……」
彼女の瞳は迷いに揺れたあと、何かを決意したような、そんな意志のある強い目をしていた。
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カチャカチャカチャカチャカチャカチャ
金属が擦れあう音がして僕は目を覚ます。
「ん……、何、が!?」
左側に、左手首を何かが、いや、人が触っている。
僕は寝ぼけた意識を覚醒させ、人影から距離を取る。
「誰だ!」
月は雲でかくれてしまっているのか、人影の顔は見えない。
人影は質問に答える気配も、何か行動しようとする気配もない。
しばらく沈黙が続く。やがて月の光が人影を照らす。ゆっくり、ゆっくり肩から顔にかけて光があたってゆく。
人影の正体は……
「フェ、フェルトリエさん……何を……」
彼女は悲しそうな、泣きそうな目をしていた。
「……アーツ、お前は何故……そんな高価な物を持っていながら……売りに、いかない?それを売った金があれば……『完全再生薬』なんて買えるだろう……もう一度、聞く……お前は何故それを、その箱を、売りにいかない?」
わかった。それだけでわかった。
なぜ彼女がここにいるのか。
そして何をしていたのか。
何故そんなことをしようとしていたのか。
わかってしまった。
彼女は玩具箱をとって、売りに行こうとしたのだ。他でもない、セインさんのために。
そして僕は、答えられなかった。フェルトリエさんの質問に。
何故売りにいかないのか。
ライラが、人型になったことで道具として見ることができなかったから?
ーーーそれもある。
でも違う、本当の理由は惜しかったからだ。ライラを手放すのが。嫌だったからだ。せっかくてに入れたレアな神器が他の人の手にわたってしまうのが。
そう、そんな理由。自己中心的な、そんな理由。
本当にセインさんのことを考えていたなら、ライラを売って『完全再生薬』を買うお金を入手するべきだった。
命を救ってもらいながら、普通の人生を生きづらくさせてしまいながら、6年間育ててもらいながら、そこまでしてもらいながら、僕は結局自分を一番に考えていた。
「……答えられないのか……まあいい……すまない、アーツ……『睡魔』」
マズい!フェルトリエさんの神器、『貯魔法』だ。
あらかじめ魔法を発動するための魔法陣を書いておくことで、魔法の発動時間を短縮することができる、タイプ<本>の神器だ。
僕はフェルトリエさんの『睡魔』をダイレクトに食らう。
さっき起きたばかりなのに、睡魔が襲ってくる。
ああ……
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カチャカチャカチャカチャ
「……外れない……もう……腕を切るしか……いや、流石に……余った金で『半再生薬』を買えば……うっ!」
箱が突然光だす。
「フェルトリエとやら、腕を切る必要などないぞ。ライラがはずしてやる。本当に短かかったが、主に痛い思いをさせるわけにはいかないんだ」
「……玩具箱……さん、すまない」
「なに、フェルトリエが謝る理由などない、貴様は『道具を、所有者を倒して、入手した』だけなのだから。よくある場面なのだろう?」
「……ああ、少なくは、ない……」
「なら、早く行こう、アーツが起きてしまうぞ」
「……そう、だな……」
「フェルトリエ、アーツに伝言を頼む。魔力を取るだけとって悪かった。あと……………………と」
「……ああ、必ず伝えよう、彼ならきっとやってくれるだろう」
「なら、いい。また会おう、主アーツ。外に出してくれたこと感謝する、ありがとう」
こうして、彼女たちは部屋の外へ出ていった。