疑ってみることも大切です
やっと他の登場人物と話をさせる事が出来ました。
「さて、問題はこれね」
今、私の目の前には繊細な細工の指輪が一つ。
モチーフは蝶々。
細いリングに、羽根を広げた形の蝶が付いている。
はっきり言って、着けてみたい。可愛い。
でも考えてみよう。良く、考えてみよう。
これは魔術とやらの掛けられた代物。
しかも素材が色の濃い琥珀、のようなもの。
声を大にして『謎の物質』と言いたいのよ。
本当に、身に付けて大丈夫なのかな?
「私の趣味にぴったりなことも罠っぽい」
そもそも、喚び出される人の性別や年齢は、来るまでは分からないはず。
それなのに、このデザイン。さらにはこのサイズ。
「…小指にしか入らない?」
怖い。
「――よし、決めた」
確かあれは化粧ポーチに入ってたはず。
「うん、異常は無いみたいね」
指輪は、化粧ポーチにあった毛抜きで挟むことで、直接触れることを回避!
我ながら素敵なアイデア。
「とにかく、誰か人を見つけよう。で、言葉が通じなかったら指輪を付ける…しか、無いよね」
ただ、この状態はさぞかし奇妙に映るんだろうなぁ。
(これは、異世界での第一印象は変わりものに決まったかな)
溜め息を付くために、思い切り息を吸い込んだ瞬間――
ガヂャッ! ドン!
「陛下! 一体どういうおつもりで…す、な、え? どなたですか?」
うはぁ…
「あれぇ? もしかしてぇ、召喚された子ぉ?」
「…こんな場所に喚びだされていたのか。しかし、これで一安心だな」
「あぁ、なるほど。あの細工された召喚式は、ここに喚びだす為のモノだったのですね。
…私が、挨拶すべきかしら?」
ちょっ!
「ちょっと待ってください! あの、すみません。自分の見たものを納得できないというか、消化できないというか…とにかく、ちょっと私に時間をください!」
どうしよう!
何から整理しよう?
とにかく少し距離を取りたいの!
『…』
あぁ、何て素直な人たち。本当に黙ってくれた。
て、言うか…
「言葉、通じるじゃない」
そうだ。
やっぱり! 騙されるところだった!
「何とおっしゃったのでしょう?
あの、持っていらっしゃる指輪を着けると言葉が分かるのですが…と言っても、分からないのですよね。
困りましたね…」
「え? 分かりますよ? ちゃんと通じてます」
「んー、無理にはめちゃえばぁ? 話し掛けても分からないんだし、その方が早いんじゃない?」
「だから分かりますってば」
「無理矢理はダメです。こんなに若い女性ですよ? 怖がせたらパニックになってしまうかも知れません」
「うー」
(これって…私は聞き取れるのに、この人たちには聞き取れないってこと?)
何とも判断し難い。まだ罠である可能性を捨てられない。
(とりあえず、このまま少し様子を見ようかな? 考えを整理させる時間もほしいし)
そうだそうだ、私ばっかり困るなんて不公平だ。この人たちだって、少しはわたわたすればいいんだ。
「しかし、ジェスチャーだけで指輪のことを伝えられるのか? それに、何だか持ち方もおかしいぞ」
(それにしても…すごい格好だなぁ)
私のいた部屋に入ってきたのは3人。
金髪に青い垂れ目の、学ランを着た王子風中学生。
長いブロンドをポニーテールにし、銀縁眼鏡をかけた
スケスケ衣装美女。
絵本に出てくる魔女のローブを着た大男は、フードのせいで顔見えません。
濃い!
「指輪を挟んでるあれぇ、安全? 守護の指輪を壊されたくなかったら、言う通りにしろぉ、とかだったらどうするぅ?」
「それは困ります! どうかお止めください」
学ランはしゃべり方独特だなぁ。それに比べて、スケスケさんは終始ですます調。
「誰か指輪を持っていないか? 言葉が伝わらなければどうしようもない。
指輪を付けるところを見せてみよう。何なら、私が付けて見せてもいい」
魔女ローブは偉そうな話し方だけど、そう悪い人でもなさそう? 本当に私の言っていることが分からないんだったら、これ以上この人たちにだけしゃべらせるのも申し訳ないな。
「少々お待ちください。用意してまいります」
「あー、じゃあ俺がするよぉ。持ってるからぁ」
「すまないな。
しかし、これが本当に召喚式に選ばれた者か? 何んとも鈍そうな顔をしているが」
申しわ…鈍そう?
「あははぁ、確かにぃ。
有識者って感じも執政官って感じもしないよねぇ。
強いて言うならぁ、日向ぼっこしてるエルエルに似てるかなぁ」
「聞こえてらっしゃらないからって失礼ですよ」
「しかし、確かに似ている。
あの毛並みに小ささ、何よりあの顔立ち…そっくりだ」
今決めた。後から必ず、エルエルとやらがどんな生き物か確認する!
でも、これで確信が持てた。きっと、この人たちに私の言ってることは聞き取れない。
だからこそ、私も同じく聞き取れないと思ってこんな話ができるんだろうから。
だから、
「…はぁ」
さっき付き損ねた溜め息を、長々たっぷりついてから、素敵リングを左の小指にはめた。
「初めまして。
天宮 救です。分かりますか?」
「あぁ、良かったです。分かりますよ。貴女は、私の言葉が分かりますか?」
「はい。
えっと…私」
そうだ。何から話せばいいんだろう?
自分がここにいる事情については理解しているが、そこから先は…あ!
「あの、王様からのお手紙を預かっているのですが…ちょっと待ってくださいね」
えぇっと、誰に渡せばいいんだっけ?
私宛の手紙は消えちゃったから、腹心さんの名前が分からない。
当然、記憶にもない。
「えーと、王様の腹心の方に渡すようにとのことなんですが、名前を忘れてしまって…ご存知ですか?」
「大丈夫ですよ、恐らく私たちのことですので。
拝見させていただいてよろしいですか?」
ええぇ!?
「あ、はい。これです」
(学ランとスケスケと魔女ローブが腹心!?)
確か、腹心の三人を頼りなさい。みたいなことを書いてなかった? え? つまり、この人たちを頼るってこと?
「えぇ…不安」
「なんだ? 何か言ったか」
「何でもありません。
独り言です」
「すみません、少しお待ちいただけますか? 先に手紙に目を通してしまいますので」
「ねぇ、今さらだけど本人はどうしたのさぁ? なんで手紙?」
『………』
3人につられて、思わず私まで室内を見回しちゃった。
私、知ってるんだけどね?
探し物をしに行ったみたいですよって、伝えた方がいいかと思ったけど、
「…レティー、すぐに警備についていた騎士団員を呼んでください」
「なんてことだ…こんなこと、あり得ない」
「なにさぁ。何だか、その手紙の内容聞きたくないんだけどぉ?」
「パルが、逃げました」
ちょっと、伝えられなさそうな感じ。
て言うか―――
「え? 逃げたって…誰がですか?」
人に会うことはできた。言葉の壁も乗り越えた。
さぁ、次はお互いに情報交換が必要ですね?
エルエル
羊に似た動物。ふわふわの体毛とちょっとつぶれた鼻が特徴。
ナーと鳴く。無害。