納得できなければとことん戦いましょう
「今この国にとって一番の問題は、食糧難だ」
「具体的に申し上げますと…このままでは次の春を迎えることが出来ません。国民は、皆餓死します」
「餓死…ですか」
どうしよう。ノートに書くの怖いんですけど。
会議とのことだったので、鞄からノート(意識して政経のノートを選んでしまった)と筆入れを出し、執務机に広げた。
学ランことレティーさん(短身なのか今から成長期なのかは不明)は私の斜め後ろに、魔女ローブことファンさん(ローブから出てるのは手だけ中身は謎)は机の前に、それぞれ仁王立ち。
スケスケのカレンさん(性格と服装にギャップ有り)はソファーで何やら作業しながらの参加。
(会議の参加者は冗談みたいな見た目なのに、話してる内容が重すぎ…)
「一番の問題は、農業従事階層の数が圧倒的に少ないことだ」
(問題は、農業じゅう―――ん?)
「えっと…耳慣れない言葉があったんですが。
農業従事階層って何ですか?」
「それはだな」
「待ってください、ファン書記官。
救様、こちらに教材を用意いたしました。まずは何より、この世界について知っていただくべきかと思いまして」
テーブルには地図やら本やらが広げてある。お勉強の為に準備してたのか。
「わかり―――」
ました。
という前に、
「そんな暇はない」
あれ?
「一刻も早く食糧問題に着手しなければ、命に関わる。今はまず、どうやって人員を確保し、どのように開墾を進めるかを決定する必要がある。
早急に、だ」
「私は反対です。
救様はまだ、この国の制度や体制をご存じではありません。そんな状態で策を考えろだなんて…いくらなんでも横暴です。
現に、救様は身分制についてもご存じないようでしたし―――」
(みっ!?)
「だが!」
「ちょっ、ちょっと待ってください! この世界には、身分制度が残ってるんですか?」
私を置いてヒートアップしていた言い合いに、声を張り上げて待ったをかけた。だって、これはちょっと聞き捨てならない言葉じゃない?
「へぇえ? つまりぃ、執政官の世界にはぁ、身分制度ないってことぉ?」
「はい。
私の世界では、身分差はなく平等であることが基本です。職業も、自分で選ぶことが出来ます。
あの……提案なんですが、これを機に身分制度を廃止にしませんか? それで、皆で協力して農業やるんです。あ、もちろん私も頑張りますから―――」
「却下だ」
「…え?」
「確かに、マクリーン術師長の言うとおりだな。先ずは、執政官殿にこの世界を知ってもらう必要があるようだ」
(今、却下って言った? 何で? 何がダメ?)
「何故ダメなんですか? 食糧がなくて、人手不足なんですよね。なら、身分で仕事を分けないで皆でやるしかないじゃないですか。
簡単な話ですよね?」
「そんなに簡単な話ではない。
いいか? この国は、身分によって国に納める税金が違っている。身分の高いものは相応の仕事があり、収入があり、高い税金を払う。そうして国を成り立たせてきた。
只でさえ難民の対処に困っているのに…この上身分制度を廃止にしたら秩序が乱れる」
「納得出来ません」
「―――何だと?」
「では聞きますが…身分制度を保ったままどうやって農業従事階層を増やすんですか? 難民って、他の国から逃げてきた人達ですよね?
まさか、その人達を強制的に農業従事階層にするんですか?」
頭に血が上ってる自覚はある。でもファンさんの言ってることは到底納得出来そうにない。
「あぁ、なるほど。さすがは執政官殿。
その案なら問題を一気に解決できますね」
!!?
(あったまきた!)
「…カレンさん、すぐに住民票を作ってください。
名前、住所、年齢、性別、家族の有無、職業、出身国を調べて記録するんです」
「え、あの! 救様?」
「私の世界にある制度ですが、計画に必要不可欠なのでなるべく早くお願いします。
レティーさん、この後私を農地まで案内してもらえますか?」
「いいけどさぁ……何しに行くわけぇ?」
「畑を耕して、種なり苗なり植えます」
「なっ! あなたはそんな事をするために喚ばれたのではない。
執政官として、国の導き手として……指針となってもらうために!」
「ファンさんは何にもわかってないです!
ここで答えの出ない問題に悩むふりをしてたって、野菜は育たないんです。生きていけないんです。
それなら、土に触っている方がよっぽど生産性があります。生き残る確率を上げるには、体を動かすしかないんじゃないですか?」
「言わせておけばっ!」
「それから――もう1ついいですか?
体制を変えるつもりはないとのことでしたけど……つもりがないのに、なんで私を喚んだりしたんですか?」
「っ!?」
「変化を望まないんだったら、自分たちで解決すればよかったんじゃないですか?」
「救様っ! それは違います!」
「……マクリーン術師長、構わない。
いいだろう、その目で現実を確かめてくるといい。執政官殿には、言葉で説明するよりも良く分かるだろうからな!」
「ひゃぁっ!」
バタンッ!!
「……信じられない。
いくら頭に来たからって、ここで出て行ったら何の解決にもならないじゃないですか! 大体、あの態度は何なんでしょうね! 私仮にも上司なんですが」
「救様! どうか、今だけはそっとしておいていただけますか?
それよりも……ご指示のあった住民票についてですが、この国にも似たような記録制度がございます。
それでは不足でしょうか?」
「そうなんですか――ではお聞きしますが、今日の時点で国の総人口は何人ですか? それから、他国からの難民の数は?」
「え……それは。
申し訳ありません。分かりません」
「カレンさん、今の正確な情報が欲しいんです。
お願いします」
「かしこまりました」
カレンさんは頭を深く下げた後、足早に執務室を出て行った。
急に、執務室が静かになる。
あ、やばい……。
(ダメダメ! 泣くんじゃない)
ゆっくり深呼吸。
(きっと……私はカレンさんたちの言うことを聞くべきなんだろうな)
それは分かってる。
でも、私にだって譲れないことがあるの。だから、
「レティーさん、お願いしてもいいですか」
「了ぉ解ぃ」
今回のことは、びしっときちっと、戦うんだから!
(どんなことだって、やって出来ないことはない。でも、やらなきゃ絶対に出来ない)
ファンさんの言う『現実』がどんなものかは分からないけど――
さぁ、しっかりこの目で確かめに行きましょうか?
レティーの独特な話し方はかなり初期に出来上がっていたのですが、今ひどく後悔してます。
手書きの下書きと違って、入力の面倒なこと!
あぁ、次回はほとんどレティーと救の会話しかないというのに……。(自業自得)