二人に恋愛禁止と言ったのを反省して濃い目のキスをしてもらった
「ねえ、副部長」
部長が私に尋ねた。
「なに?」
「あの二人、何も進展しないよね?」
ある居酒屋の個室、大学のサークルの新歓コンパでのこと。男子は二人だけ。悠真と湊。
悠真は真面目で誠実な人柄がにじみ出ている。湊は、かわいいものが好きな女子に人気が出るタイプだった。
この二人は「友達以上恋人未満」とも言えるが、そんなレベルではない。ほぼ恋人だ。限りなく恋人だ。
少し前のこと。二人が雑談しながら歩いているのに出くわした。
その時、湊が階段でつまづいて転んだ。普通なら「大丈夫か?」と心配するか「おっちょこちょいだな」と言うかになると思うし、手を差し出してもおかしくない。しかし悠真は、数秒考えていた。
……え、なんで?そこ考えるところじゃない。
考えた結果だろう、悠真は手を差し出した。いいかんじだよと思ったら、すぐひっこめた。
……なんでひっこめるの!?
そう思ったら、悠真はまた手を差し出した。顔がそっぽ向いてるし、「だだだだ、大丈夫か」とかどもってるし。
湊は悠真の手を取って、立ち上がった。
「ありがとうね」
湊が笑顔で言う。悠真は「いやいいよ」と言ったが、顔はそっぽを向いたままなうえ、顔が赤くなっていた。
そして悠真が周囲を見る。と、私と目があった。突然気を付けの姿勢。「すみません!」と大声で言って、最敬礼した。
私は突然の大声にかなり驚いた。湊も驚いてた。
こういうのが続いているので、サークル内では「そっとしておこう」という雰囲気が強かった。ただし同時に「早くくっつきなよ!」と思う者も多かった。
こんな二人がくっつかないのは、私のせいだ。
「二人は恋愛禁止」
私は言った。
女子を呼び込むには、さわやか男子。ほら、同じサークルの仲間になると「もしかして」があるかもと思いませんか?人寄せパンダのつもりだった。いや、絶対取れないクレーンゲームの景品みたいなもの。なんと卑怯な。
本当は、それぞれが女子とくっつくのを防ぐためだった。まさか悠真と湊がここまで秘めたる愛(ただしダダ洩れ)をはぐくむとは思わなかった。
「あの子たち、正直可哀想よね……痛々しい……」
「うん……。こんなことになるとは思わなかった。面目ない……」
私は頭を下げた。
私は、グラスのウーロン茶をあおってから、続けた。
「他人様の恋愛に口出しするのが間違ってた。これは本当に思い上がってた。悠真くんと湊くんには謝る、ここからだけど」
そう言ってまた私は頭を下げた。
――ふっふっふっ。
しかし私は不敵な笑みを浮かべつつ顔を上げた。
「ふっふっふっ。そのための新歓コンパなのだ」
私は王様ゲーム用の割り箸を取り出した。
その場で割り箸に数字とかを書くのが普通なんだろうけど、それでは思い通りに進まない。不正は承知のうえだ。
そして、いい具合にみんなが饒舌になってきているのも予定通り。注意力は減少しているはずだ。私は、二十歳未満と同じようにウーロン茶とかアップルジュースを飲んで「その時」を待っていたのだ。
「突然ですが!王様ゲームを始めます!」
みんな首をかしげていた。私がひときわ強い拍手をした。みんなも合わせてくれて、ぱらぱらと拍手が聞こえた。新入生も合わせて拍手してくれた。
私は部長に割り箸を委ねた。その際、部長に耳打ちした。
「私、悠真君、湊君の順で」
部長は驚いたけど、少なくとも私が悪だくみしているのは察してくれた。
まず、私が引いた。正確には引いたふりをした。今私の手の中にある割り箸には、王冠が描かれている。
部長がみんなに声をかけた。
「では引いてください」
部長は悠真の前に割り箸の束を差し出した。悠真が引いた。隣の湊も引いた。他の部員も引いた。
私が持ってきた割り箸は、下端の周囲に色を塗っている。数字は見えないけど色は見える。
悠真は黒、湊は青だった。対応表も覚えている。これならいける――
王様の私は高らかに宣言した。
「二番が四番にキスしてください」
悠真は目を見開いた。湊は「え」とだけ言って口を手で覆った。
「誰、二番?四番は?」
私はわざとらしくならないよう注意しながらみんなに聞いた。
悠真と湊はすぐに自己申告してくれた。
そして二人が向かい合った。しかし、なかなかキスしない。というかできるわけがないよね、私たちが見つめてるんだから。
「じゃあみんな机に伏せよう!」
部長が号令をかけた。そしてみんな突っ伏した。
――これまでの経緯を知らずにこのシーンを見ると明らかに怪しい。居酒屋の一室で、男子が二人向かい合って、女子は全員突っ伏している。
多分二人は私たちが伏せたのを確認したのだろう。
「いいか?」
悠真が聞いた。
――真面目だ。キスしたことにして終わらせてもいいのに……。あ、でも私の思惑に乗ってくれたのかも知れない。
少しおいて、湊が頷いた気配だけ感じた。
こんなに居酒屋がうるさいとは思わなかった。向こうで大笑いしてるおっさん黙れ。
衣擦れの音が微かに聞こえた。長い吐息も聞こえた。どちらかが立てた音かは知らないけど、どんどんと「その瞬間」が近付いているのは分かった。
「んっ……」
湊のくぐもった声が聞こえた。
私たちの大半は顔を上げた。目の前では、真面目な好青年とかわいい系男子とが……キスしていた。
隣にいた子がスマホを触り出したので、手で制した。これはここだけのものにしておこう。画像でなく、みんなの記憶に残そう。伝わるといいな。野次馬の言うことでもないけど。
彼女は理解してくれた。こくりとうなずいた気配があった。そして、スマホを机に置いたようだ。彼女がどんな表情をしてたかなんて分かるわけがない。だってみんな二人から目が離せなかったから。
二人とも目を閉じていた。
悠真はぐいぐいと攻めるタイプのようだ。必死になって湊の口の中を探っているのが分かる。右手は湊の背中に、左手は腰に回して、しっかりホールドしていた。
湊は目を閉じて、悠真の舌に応えているようだった。ときどき「ん…」という声が漏れ聞こえる。手は悠真の腰にあったが、次第に上に動いていった。
一度悠真は口を離した。二人の口から吐息が漏れた。悠真は照れをみせつつも優しく湊を見詰めた。湊は夢見心地のようだった。潤んだ目で悠真を見つめ返していた。
もう私たちは空気だった。いや空気でなければならない。この二人を邪魔してはいけない。そう思った。たぶん部員も新入生もみんなそう思っていたと信じたい。
そして、悠真が再び湊に唇を寄せた。湊は目を閉じた。
え?ちょ、待っ……二回目いくの!?
私は心底驚いた。どうにか踏ん張れたけど、喉から間の抜けた声が出てたかも知れなかった。
――そして、二人の唇が重なり合った。
もう私は手を口に当てて黙って見守っているしかなかった。
悠真は湊の肩に手を回して強く抱きしめた。さらに湊の背中をさするように手が何度も上下に動いた。湊は、両手とも悠真のシャツの胸元を握り締めていた。
もう一回ご褒美もらえてます。あ、違う。二人は愛し合ってるのですね……。
しばらくして二人の動きが止まった。
二人の顔が近い。お互いに見つめ合っている。キスの余韻を二人で味わっているように見えた。湊が恥ずかしそうに上目遣いで悠真を見た。すぐに視線を落として、上げて、また落として、上げた。そして、湊は悠真の胸に顔を埋め、身体を預けた。
どれだけ時間が経ったかは分からないけど、二人にとっては多分、これまでの思いが爆発したのだと思う。濃密な愛の誓いだった。ごめん、悠真くん、湊くん。ここまで激しくなるとは思いませんでした。
「あ、そろそろ、王様ゲーム終了ってことで……」
沈黙を破ったのは部長だった。二人は、私たちがいることを思い出したようで、驚いた表情で私たちを見た。でも、すぐにまた二人が顔を見合わせた。悠真は頭を掻き、湊は恥ずかしそうにうつむいた。
その後、これまで全く経験したことのないぐらいに静かな飲み会になった。二人は照れながら隣り合って座っている。女子たちは誰も話さない。私はウーロン茶をちびりちびりと口にしていたが、何も言葉にできなかった。話し出すと絶対ヤバい。何を言い出すか自分でも分からなかった。ただ時間が過ぎ、店員さんの「ラストオーダーです」という声が聞こえるまで、沈黙が続いた。
私は会計を終えて居酒屋の外に出ると、みんな私を待っていた。
「先輩、飲んでないのに一番盛り上がってましたよね?」
後輩の子に言われた。私はあいまいな笑みを浮かべながら、ぎこちなく頷いた。確かにノリノリでしたし、あなたたちみんなじっと見てたけど、みんなの前で認めるのには勇気がいるんです。
その後は誰も話さなくなった。
でも、さみしいわけではなかった。みんなそれぞれに暖かい思いを心に持って家路に着こうとしている……ハイ、言い過ぎました。いいもの見せてもらいましたありがとうございましたみたいな感じです。
「じゃあ、そろそろ解散しようか……」
部長が頑張って発言してくれた。
私は新入生の女子を捕まえて声をかけた。
「ごめんね。なんていうか、こんなことになって……」
「え?大丈夫ですよ。ていうか楽しかったですよ」
新入生は笑顔で答えてくれた。せめてもの救いだと思った。たぶんドン引きだろうと思うけど、こうやって表面上でも取り繕ってくれたら十分だ。
新入生が続けて言った。
「あのお二人、今夜は発情するんですかね?」
前言撤回。
この子、私より上手だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
本作は、昼過ぎに構想が浮かんでから、帰宅後に後先考えずに書いてしまいました。
大学の名前?→しらね。
サークルは何?→しらね。
キスは?→二回はする!しかも二回目は進んでする!
こんな感じでした。
なんでこう R が付くと筆が早くなるんだろうね?
アホだなと呆れながらも、ちょっと面白いかなと思ってくれる方が、きっといらっしゃると信じつつ。




