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「お前の瓶詰め遊びなど不要だ」と婚約破棄されたので、星の綺麗な観測塔へ引っ越しました~焼く聖女と還す聖女、正しかったのはどちらでしょう?~

作者: uta
掲載日:2026/08/31

「星屑の聖女ヴィオラ、貴様との婚約を破棄する!」


夜会の壇上。シャンデリアの光が眩しく降り注ぐ中、王太子アルデバランの指がまっすぐ私に突きつけられた。


(ああ、ようやく言ってくれた)


私は――ヴィオラ・ステラは、内心でそっと息を吐いた。


前世の私は、天文台の観測員だった。夜勤明けにコンビニのプリンを楽しみに歩いていたら、過労であっけなく倒れて死んだ。星ばかり見上げて、地上の付き合いは苦手なまま。


その性分は、どうやら転生しても変わらなかったらしい。


「お前の祈りは暗い。陰気だ。そのくせ、病を派手に焼き払うこともできぬ」


アルデバラン殿下の隣には、金色の光を纏った対抗聖女ミラが得意げに微笑んでいる。


「殿下、わたくしの光ならばこの通り。星屑など、一瞬で焼き払ってごらんにいれますわ」


「そうだ、ミラの光は美しい。お前の瓶詰め遊びなど不要だ。聖女の任を解き、修道院送りとする!」


瓶詰め遊び。


(……そう呼びますか、これを)


私は袖の中に手を添えた。そこには、これまで患者から抜き取り、封じてきた無数の星屑の硝子瓶が、静かに、優しく光っている。


この光の意味も知らずに。


私は静かに一礼した。


「――そうですか。承知いたしました」


喚かない。縋らない。


「……なに? 弁明も、嘆願もないのか」


「ございません。それでは、失礼いたします」


踵を返す私の背に、ミラの声が刺さる。


「まあ、やはり陰気な女。最後まで愛想の一つもないのね」


(知らんがな)


私はただ、綺麗に星へ還してあげたかっただけなのに。


袖の中の硝子瓶が、ちりん、と鳴った気がした。



馬車は修道院へ向かう街道を進んでいた。


窓の外を流れる景色を眺めながら、私は前世の几帳面さで書き溜めたカルテの束を膝の上で撫でる。


星屑病。


この世界の不治の病。夜空から零れた星屑を体に宿すと、光に灼かれて衰弱死する。


そして――治療法は、たった一つ。


星屑は、焼いて消せるものじゃない。封じて、安置して、時間をかけて空へ還す。それだけが唯一の道。私のギフト《星摘み》だけが、それを叶えられる。


ミラの光魔法は違う。あれは星屑の表面の光だけを焼き飛ばしているにすぎない。患者は数ヶ月後、必ず再発する。そして、死ぬ。


再発率、百パーセント。


そのデータを、私は観測員だった前世の癖で、全患者分きっちり記録していた。


(……見せかけの光に、みんな騙されて)


馬車の御者に、私は静かに告げた。


「行き先を変えてください。国境の観測塔へ」


「し、しかし聖女様、修道院は――」


「もう、我慢しないんです」


「……よろしいので? 王命に背くことに……」


「焼く光と、還す光。どちらが正しいか。いずれ、あの方々が自分で気づきます」


私はカルテの束を抱きしめた。


「その日まで、私は私の空で、私の仕事をするだけです」


綺麗に星へ還してあげたかっただけ。その願いを、この国は「遊び」と嗤った。


ならば――星の綺麗な、国境の観測塔で。



国境の観測塔に着いた夜、私は初めて彼に会った。


褐色の肌に、紅玉のような双眸。こめかみからは漆黒の角。屈強な巨躯を包む鎧は、深紅。


『冷酷無比の竜殺し』――辺境を守る竜人将軍レグルス・ドラゴニア。


その噂の男が、塔の屋上で。


夜空を見上げて、人目も憚らず、ぼろぼろと涙を流していた。


私は無言でその隣に立った。彼はびくりと肩を震わせ、慌てて顔を背ける。


「み、見るな。……俺は、その、目にゴミが」


(涙、滝みたいに出てますが)


「星が、お好きなんですか」


「…………妹が」


低く、湿った声だった。


「妹が、星屑病で死んだ。光魔法の聖女に治療してもらったのに、数ヶ月後に再発して……焼かれるみたいに、苦しんで、死んだ」


私は袖から硝子瓶を取り出した。中で星屑が、ふわりと柔らかな光を放つ。


「……これを」


レグルスの目が、大きく見開かれた。


「その光は……なんだ。焼く光とは、違う。柔らかい……」


「星屑を、焼かずに封じたものです。空へ還すための」


彼は震える手を伸ばし、そっと瓶に触れた。


「……焼か、ない……妹も、こうやって……看取ってやれたのか」


「ええ。焼かなくても、還してあげられます」


巨躯が、崩れるように膝をつく。


「……すまない。俺は、冷酷無比の竜殺しと呼ばれる男だぞ。それが……こんな、無様な」


(この人は、ちゃんと知っている。焼く光と、還す光の違いを)


「無様ではありません。むしろ、正しい涙です」


大の男が、子供のように泣きじゃくった。


星が、いつもより近く感じた夜だった。



その頃、王都では異変が起きていた。


ミラに『治療』された患者たちが、次々と再発し始めていたのだ。


観測塔にも、リゲル爺さん――塔の老管理人を通じて、噂が届く。


「聖女様。王都じゃあ、治ったはずの病人がバタバタ倒れとるそうで」


星が好きで、夜な夜な空を見上げる穏やかな老人は、しわがれた声で続けた。


「聖女様の光は、焼かねぇ光ですなぁ。……あの光魔法とは、違う」


「ええ。焼く光は、いつか必ず戻ってきます」


「それがですな、聖女様。とんでもねぇ報せが……王太子殿下ご自身が、発病なさったと」


「……あの方が」


「ミラ様が派手に光を放ったそうですが……焼けねぇどころか、みるみる悪くなる一方だとか」


社交の場で無理に星屑に触れ、体に宿してしまったのだという。


ミラは光を放った。派手に、華々しく、いつものように。


だが、焼けない。それどころか、星屑は光を吸って、みるみる悪化していく。


「なぜ!? なぜ焼けないのっ!?」


ミラの絶叫が、王宮に響き渡ったという。


私は窓辺で夜空を見上げていた。


(知らんがな。焼けないのは当たり前です。あなたは最初から、何も治していない)


光の正体も知らず、称賛にだけ酔いしれてきた。その報いが、今、来ただけの話。


「聖女様。もし……王家が頼ってきたら、どうなさる」


リゲル爺さんの問いに、私は静かに答えた。


「さあ。まずは、瓶詰め遊びのお値段を、伺わないと」


「ふぉっ、ふぉっ……こりゃあ手厳しい」


爺さんが、喉を鳴らして笑った。



観測塔の扉が、乱暴に叩かれた。


現れたのは、青ざめた王太子アルデバランと、髪を振り乱したミラだった。


かつて壇上から私に指を突きつけた男が、今は星屑に灼かれ、床に膝をついている。


「頼む、ヴィオラ! 俺を助けてくれ!」


私は硝子瓶を掲げ、その柔らかな光を彼に見せた。


そして、静かに問う。


「……瓶詰め遊び、でしたよね?」


アルデバランの顔が、凍りついた。


「そ、それは……」


「不要だと、おっしゃいました。陰気だと。祈りが暗いと」


「あれは……あれは言葉の綾で……」


私は淡々と、机の上にカルテの束を広げた。


全患者分の記録。ミラに『治療』された者たちの、再発の記録。


「ご覧ください。ミラ様の光魔法で治療された患者――再発率、百パーセント」


「なっ……百、パーセントだと……?」


「一人も、治っていません。焼いていただけです。表面の光だけを。患者は数ヶ月後に必ず再発し、死ぬ。……これは治療ではなく、延命ですらない。ただの見せかけです」


ミラが、真っ青になって叫んだ。


「う、嘘よ! そんな記録、捏造に決まって――」


「ではあなたは、自分の魔法が何を焼いているか、説明できますか?」


「そ、それは……光を、焼いて……」


「星屑の、どの部分を? 焼いた後、患者の体内で何が起きるか、観察したことは?」


「そ、そんなこと……わたくしは、ただ、治せていたのよ……治せていたはずなのよ……!」


ミラは、何も答えられなかった。


「自分の魔法の本質を、あなたは最初から、何一つ理解していなかった。それだけのことです」


私は指一本、汚さない。ただ、記録と、真実だけを、静かに突きつける。


扉の外には、いつの間にか患者の遺族たちが集まっていた。リゲル爺さんが、真実を世に広めてくれていたのだ。


「皆さん、こちらへ。これが……あなた方の探していた、真実の記録ですじゃ」


「返せ……娘を返せ! 治ったって言ったじゃないか!」


遺族たちの糾弾の中、ミラは崩れ落ちた。


「違う、違うのよ……わたくしは花形聖女で……称賛されて……あぁ……」


花形聖女の失墜だった。



私は膝をつくアルデバランの前に立った。


彼の体は、もう星屑に深く灼かれている。放っておけば、数日ももたないだろう。


「……救って、くれるのか」


「ええ」


私は静かにギフト《星摘み》を発動する。


「《星摘み》。……動かないでください」


指先を彼の胸にかざすと、体内に宿った星屑が、ゆらりと浮かび上がってきた。光の粒を、そっと、丁寧に、硝子瓶の中へ導く。


ちりん、と瓶が鳴った。


アルデバランの顔に、みるみる血の気が戻っていく。


「……体が、軽く……助かった、のか。俺は」


「命だけは。……あなたを救うのは、聖女としての義務です。愛ではなく」


彼の顔が、歪んだ。


「ヴィオラ……俺は、間違っていた。戻ってきて――」


「――言いません」


「……え」


「戻ってきてくれとは、言わないでください。王都より、こちらの空のほうが、ずっと星が綺麗なので」


アルデバランは、もう何も言えなかった。


全てを失った王太子は、床に伏したまま、震えていた。


私は瓶を袖にしまい、彼に背を向ける。


「お帰りください。ここは、還す者の場所です。焼く者の来る場所ではありません」


扉の向こうへ、彼らは去っていった。


私は、一度も振り返らなかった。



それから、私は観測塔に残った。


封じてきた無数の星屑を、少しずつ夜空へ還す仕事を始めたのだ。


その夜。私とレグルスは、塔の屋上に並んで立っていた。


私が硝子瓶の蓋を、一つ、また一つと開けていく。


解き放たれた星屑が、ふわり、ふわりと、光の粒になって夜空へ昇っていく。数えきれないほどの光が、天へ還っていく。


隣で、レグルスが、また泣いていた。


「……綺麗だ」


「ええ」


「なあ、ヴィオラ。妹も……あの中に、いるか」


私は、彼の妹から抜き取った星屑を封じた、小さな瓶をそっと掲げた。


「この瓶です。……あなたの妹さんの、星屑」


「……開けて、くれるのか」


蓋を開ける。柔らかな光が、まっすぐ夜空へ昇っていった。


「ええ。ちゃんと、還してあげました」


「……っ、あ……」


レグルスが、堪えきれずに膝をつき、両手で顔を覆った。大の男の嗚咽が、星空に溶けていく。


私は、その隣にそっと腰を下ろした。


「……焼かずに、看取れましたね。今からでも」


「……ああ。ああ……ありがとう、ヴィオラ」


少し離れた場所で、リゲル爺さんが微笑ましそうに私たちを見守っている。


(ふぉっ……お二人さん、実にお似合いじゃて)


そんな声が聞こえた気がして、私は少しだけ、耳が熱くなった。


(そういえば――前世でも、こんなふうに星を見上げていたっけ)


コンビニのプリンには、二度と会えなかったけれど。


この空は、あの頃見上げていた空より、ずっと、ずっと綺麗だ。


遠い王都では――全てを失った王太子が、夜空を見上げて、後悔に震えているという。


(知らんがな、である)


星屑を封じた硝子瓶は、断罪の証であり、救済の器であり、そして――私の、新しい人生の灯だった。


「レグルス様。明日も、還しましょうか」


「……ああ。手伝わせてくれ」


涙もろい将軍が、無骨に頷いた。


星が、ひとつ、またひとつ、夜空へ還っていく。


この観測塔での小さな暮らしは、まだ始まったばかりだ。

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