表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/67

第12話 役割

 翌朝、あの情報屋は本当に現れた。


 市場の端、荷車の影に寄りかかるように立っている。昨日と同じ、軽い笑み。だが今日は、ただ声をかけに来た顔ではなかった。


「いい仕事あるよ」


 ガルドが眉をひそめる。

「昨日も聞いた」


「今日は中身まで持ってきた。四人使いで、一刻。銀貨八枚」


 エルンの目が上がった。

「四人で、八枚?」


「そう。荷物は重い。運び先は中心区。裏口まで。揉め事なし、長居なし」


 中心区、と聞いてガルドの顔つきが少し変わる。貧民街の荷運びが気軽に入れる場所ではない。危険ではなくても、面倒の匂いはする。


「怪しいですね」

 エルンが言った。

「単価が高すぎます」


「だから顔が広い人間の出番ってわけ」

 情報屋は肩をすくめた。

「信頼できる人手が足りない。表から雇うほどでもない。ちょうどいい半端仕事」


 カイルは黙っていた。

 銀貨二枚。四人分なら確かに悪くない。だが本当に価値があるのは金額ではなかった。


 四人使い。


 その言葉だけで、もう形が見え始めている。


「お前、名前は」

 ガルドがぶっきらぼうに言う。


 情報屋は少しだけ目を細めた。

「今さら? ミラ。呼びやすいように呼んで」


「信用できねぇな」

「よく言われる」


 即答だった。嘘のない返しに、ガルドが鼻を鳴らす。


「行くかどうかは、条件次第です」

 エルンが一歩出る。

「荷の数、距離、時間、受け取り方法。事前に分からないなら、受けません」


「五箱。往復なし。運び切り。裏口で受領確認、その場で銀貨八枚」

 ミラは指を折って答えた。

「一人二枚。文句ないでしょ」


 そこで初めて、エルンは口を閉じた。

 数字が合ったからだ。


 結局、断る理由はなくなった。


 運び先は中心区の屋敷街、その外れにある石造りの蔵だった。屋敷そのものではない。だが門番付きの搬入口で、雑用仕事としては十分すぎるほど場違いだ。


 最初の一箱を持った瞬間、役割が自然に決まった。


 前に立つのはガルドだった。

 何も言わなくてもそうなる。門番も使用人も、まずあの体格を見る。目をそらすか、警戒するか、そのどちらかだ。


「こっちだ。足止めるな」

 ぶっきらぼうに言いながら、ガルドは誰より先に狭い通路へ入る。


 エルンは後ろで箱の印を確認していた。

「順番を変えないでください。受領印がずれたら面倒です」

 面倒、という言葉にだけ妙な重みがある。


 ミラは搬入口の男と話している。

 軽い調子のまま、相手に喋らせる。必要なことだけ聞き出して、余計な敵意は買わない。笑っているのに、無駄がなかった。


 カイルは最後尾で箱を支えた。

 重さを逃がし、足元を見て、誰かの動きが引っかかりそうなら少しだけ位置をずらす。


 それだけだった。


 それだけのはずなのに、一度も滞らなかった。


 ガルドが道を開ける。

 エルンが手順を守らせる。

 ミラが外と中を繋ぐ。


 足りないところに、誰かが自然に入る。


 最後の箱を置いたとき、受け取りの男が銀貨を卓の上に置いた。重い音が八つ。


 ガルドが四枚まとめて掴みそうになった瞬間、エルンが言う。

「分けるなら均等です。一人二枚」


「分かってるよ」

 ガルドは苛立った声で返したが、結局は卓に戻した。


 ミラが笑う。

「偉い偉い。じゃ、取り分ね」


 自分の二枚を取り、エルンが二枚を取り、ガルドが二枚を掴む。


 最後に残った二枚が、卓の端に置かれた。


 一瞬だけ、誰も手を伸ばさなかった。


 カイルは自分に向けられた視線がないことを確かめてから、その二枚を取った。

 礼も言わない。ただ受け取るだけ。雑用係が自分の分を持つ。それ以上でも、それ以下でもない。


「案外、使えたな」

 ガルドが前を向いたまま言う。


 誰に向けた言葉か、曖昧だった。

 だがカイルは答えなかった。


 その必要はなかった。


 町へ戻る道で、エルンがぼそりと呟く。

「効率は悪くないです。前を張る人間、確認する人間、話を通す人間、補助に回る人間。分けた方が速い」


「でしょ?」

 ミラが得意げに笑う。

「人って、向いてるとこに置いた方が楽なんだよ」


 ガルドは鼻を鳴らした。

「面倒くせぇ理屈は知らねぇ。だが、さっきみてぇなのは嫌いじゃねぇな」


 その会話を、カイルは少し後ろで聞いていた。


 誰も命令していない。

 なのに、もう形だけはできている。


 役割。

 それは信頼より先に生まれるらしい。


 カイルは手の中の銀貨を握る。

 冷たい重みが、妙に確かだった。


 人は信用できない。

 だが、配置は信用しなくていい。


 そこに置けば、勝手に噛み合うことがある。


「……次も、うまくいくかもしれませんね」


 小さく漏らした声は、誰にも拾われなかった。


 それでよかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


続きが気になる方は

ブックマークしていただけると嬉しいです。


評価ポイントも励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ