第12話 役割
翌朝、あの情報屋は本当に現れた。
市場の端、荷車の影に寄りかかるように立っている。昨日と同じ、軽い笑み。だが今日は、ただ声をかけに来た顔ではなかった。
「いい仕事あるよ」
ガルドが眉をひそめる。
「昨日も聞いた」
「今日は中身まで持ってきた。四人使いで、一刻。銀貨八枚」
エルンの目が上がった。
「四人で、八枚?」
「そう。荷物は重い。運び先は中心区。裏口まで。揉め事なし、長居なし」
中心区、と聞いてガルドの顔つきが少し変わる。貧民街の荷運びが気軽に入れる場所ではない。危険ではなくても、面倒の匂いはする。
「怪しいですね」
エルンが言った。
「単価が高すぎます」
「だから顔が広い人間の出番ってわけ」
情報屋は肩をすくめた。
「信頼できる人手が足りない。表から雇うほどでもない。ちょうどいい半端仕事」
カイルは黙っていた。
銀貨二枚。四人分なら確かに悪くない。だが本当に価値があるのは金額ではなかった。
四人使い。
その言葉だけで、もう形が見え始めている。
「お前、名前は」
ガルドがぶっきらぼうに言う。
情報屋は少しだけ目を細めた。
「今さら? ミラ。呼びやすいように呼んで」
「信用できねぇな」
「よく言われる」
即答だった。嘘のない返しに、ガルドが鼻を鳴らす。
「行くかどうかは、条件次第です」
エルンが一歩出る。
「荷の数、距離、時間、受け取り方法。事前に分からないなら、受けません」
「五箱。往復なし。運び切り。裏口で受領確認、その場で銀貨八枚」
ミラは指を折って答えた。
「一人二枚。文句ないでしょ」
そこで初めて、エルンは口を閉じた。
数字が合ったからだ。
結局、断る理由はなくなった。
運び先は中心区の屋敷街、その外れにある石造りの蔵だった。屋敷そのものではない。だが門番付きの搬入口で、雑用仕事としては十分すぎるほど場違いだ。
最初の一箱を持った瞬間、役割が自然に決まった。
前に立つのはガルドだった。
何も言わなくてもそうなる。門番も使用人も、まずあの体格を見る。目をそらすか、警戒するか、そのどちらかだ。
「こっちだ。足止めるな」
ぶっきらぼうに言いながら、ガルドは誰より先に狭い通路へ入る。
エルンは後ろで箱の印を確認していた。
「順番を変えないでください。受領印がずれたら面倒です」
面倒、という言葉にだけ妙な重みがある。
ミラは搬入口の男と話している。
軽い調子のまま、相手に喋らせる。必要なことだけ聞き出して、余計な敵意は買わない。笑っているのに、無駄がなかった。
カイルは最後尾で箱を支えた。
重さを逃がし、足元を見て、誰かの動きが引っかかりそうなら少しだけ位置をずらす。
それだけだった。
それだけのはずなのに、一度も滞らなかった。
ガルドが道を開ける。
エルンが手順を守らせる。
ミラが外と中を繋ぐ。
足りないところに、誰かが自然に入る。
最後の箱を置いたとき、受け取りの男が銀貨を卓の上に置いた。重い音が八つ。
ガルドが四枚まとめて掴みそうになった瞬間、エルンが言う。
「分けるなら均等です。一人二枚」
「分かってるよ」
ガルドは苛立った声で返したが、結局は卓に戻した。
ミラが笑う。
「偉い偉い。じゃ、取り分ね」
自分の二枚を取り、エルンが二枚を取り、ガルドが二枚を掴む。
最後に残った二枚が、卓の端に置かれた。
一瞬だけ、誰も手を伸ばさなかった。
カイルは自分に向けられた視線がないことを確かめてから、その二枚を取った。
礼も言わない。ただ受け取るだけ。雑用係が自分の分を持つ。それ以上でも、それ以下でもない。
「案外、使えたな」
ガルドが前を向いたまま言う。
誰に向けた言葉か、曖昧だった。
だがカイルは答えなかった。
その必要はなかった。
町へ戻る道で、エルンがぼそりと呟く。
「効率は悪くないです。前を張る人間、確認する人間、話を通す人間、補助に回る人間。分けた方が速い」
「でしょ?」
ミラが得意げに笑う。
「人って、向いてるとこに置いた方が楽なんだよ」
ガルドは鼻を鳴らした。
「面倒くせぇ理屈は知らねぇ。だが、さっきみてぇなのは嫌いじゃねぇな」
その会話を、カイルは少し後ろで聞いていた。
誰も命令していない。
なのに、もう形だけはできている。
役割。
それは信頼より先に生まれるらしい。
カイルは手の中の銀貨を握る。
冷たい重みが、妙に確かだった。
人は信用できない。
だが、配置は信用しなくていい。
そこに置けば、勝手に噛み合うことがある。
「……次も、うまくいくかもしれませんね」
小さく漏らした声は、誰にも拾われなかった。
それでよかった。
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