1話
周囲は闇に包まれていた。
夜の散策路を照らすはずの数十本の街灯は、寿命が尽きたかのようにすべて消え、
空高く浮かぶ月の光でさえ、雲に遮られているのか、何一つ見えない。
まるで、光という概念そのものが存在しない夜――そんな空虚な暗闇だった。
下水特有の臭気と、鼻を突く腐臭が混ざり合った異様な匂いに刺激され、
イナオカはゆっくりと目を覚ました。
目を開けてからもしばらく、沈黙と漆黒の闇は続いていた。
本当に目を開けているのか、それともまだ閉じたままなのか、判別すらつかない。
手探りでポケットを漁り、スマートフォンを探したが、どこにも見当たらない。
突如として投げ込まれた異常な状況に、逃げ出そうとする思考を必死に押さえ込みながら、
イナオカは慎重に周囲を探るように手を前へ伸ばした。
幸い、すぐ目の前に壁があった。
壁に手をついたまま、ちゃぷり、と水音を立てながら立ち上がる。
起き上がった瞬間、何かに強く打たれたかのように頭が一瞬ぐらりとしたが、すぐに治まった。
どうにか立ち上がったものの、視界は依然として真っ暗だったため、
イナオカは軽率に前へ進むことができなかった。
それでも、いつまでも同じ場所に立ち尽くしているわけにもいかない。
壁に手を添えたまま、慎重に、一歩ずつ前へ進む。
やがて、闇に目が慣れてきたのか、
巨大な洞窟の輪郭が、徐々に浮かび上がってきた。
足元には、浅い水が長く溜まっている。
思わず、身体が小さく震える。
先ほどから前方から吹き付けてくる冷たい風が、
まるで身体の芯まで凍らせようとするかのように、容赦なく肌を刺した。
イナオカは腕で自分の身体を抱きしめ、歯を鳴らしながら進む。
服が濡れているせいか、体温が急速に奪われていくのがはっきりとわかった。
それでも足を止めるわけにはいかない。
ここから抜け出す――ただその一心で、寒さに耐えながら黙々と歩き続けた。
風に逆らい、歩き、歩き続けていると、
ふと、前方に小さな光が見えた気がした。
それは、まるで暗い海の地平線に差し込み、
夜を塗り替えようとする夜明けの光のようだった。
イナオカは一瞬、呆然とその光を見つめ、
次の瞬間には、光のある方へと走り出していた。
背後で吹き荒れる冷たい風を置き去りにし、
あの光こそが外へ通じる出口から差し込んだものだと、疑いなく信じて。
無我夢中で走り続けた。
だがなぜか、前へ進んでいるはずなのに、
同じ場所を踏みしめているような感覚が拭えなかった。
それでも、走るのをやめなかった。
思考をすべて捨て、
ただ「光に辿り着く」という一点だけを目的に、ひたすら走り続けた。
やがて、光に到達する。
洞窟全体が、徐々に明るさを増していくのを感じた。
目を刺すほどの眩い閃光の、その先にあったのは――
外へ続く通路ではなく、行き止まりの空間だった。
抱いていた確信の分だけ、虚無が全身を満たし、
重くなった身体を支えきれず、イナオカはその場に崩れ落ちた。
大きな衝撃に、すぐには顔を上げることができなかった。
それでもイナオカは気持ちを立て直し、ゆっくりと顔を上げて周囲を見渡した。
学校の教室よりひと回り小さいほどのその空間の中央には、何かに覆われた“形”があった。
「……なんだ、これ?」
イナオカは不思議そうに、その形の周囲を歩き回りながら、あちこちから観察した。
淡く明るい紫色を帯びたその形は、外殻がわずかに透けており、はっきりとは見えないものの、中の様子がぼんやりと確認できた。
さらに近づき、手をかざして中を覗き込む。
その内部には、人ほどの大きさをした黒い影が、ふわりふわりと漂っていた。
もっとよく見ようと、イナオカは身を乗り出す。
すると、黒い影は一瞬だけ蠢き、やがて動きを止めた。
それは、果ての見えない広大な宇宙の中で、
行き場を失ったまま虚空を漂い続け、苦しんでいる遭難者の姿そのものだった。
「……人? おい、大丈夫ですか! しっかりしてください!」
「…………」
「どうして、こんなところに人が……」
殻の中にいる人物は、先ほどよりもさらに苦しそうに、身体を大きくよじらせた。
誰なのかもわからない相手だったが、それでもイナオカは、
――なんとしてでも、この人を外に出さなければならない。
そう強く思った。
周囲を見渡してみたが、転がっているのは石ばかりで、役に立ちそうなものは見当たらない。
とっさに思いついた方法として、イナオカは近くの石を拾い上げ、殻に向かって投げつけた。
だが、石は触れた瞬間に細かく砕け、粉となって散ってしまった。
一瞬たじろいだものの、殻の中で苦しむ姿を見ていると、焦りが胸を締め付ける。
次々と石を投げ続けたが、傷一つつくことなく、すべて粉々になるだけだった。
今度は近づいて拳で殴りつけ、
さらには身体ごとぶつかってみたが――
まるで卵で岩を叩くようなもので、びくともしない。
だが、不思議なことに、
何度ぶつかっても、身体には一切の痛みがなかった。
数分間、休むこともなくあらゆる手段を試した末、
イナオカはついに力尽き、その場に座り込んだ。
――誰か、他の人を呼んできたほうがいいんじゃないか。
そんな考えが一瞬よぎる。
だが、自分がどうやってここへ来たのか、
そもそもここがどこなのかすら、まったく思い出せない。
思い返せば、目を覚ましたときには暗闇の中に横たわっていて、
壁伝いに歩き続け、光を見つけて外へ続く通路だと思い込んだ先にあったのは、
今こうして立っている、出口などどこにも存在しない、閉塞した空間だけだった。
状況を示す手がかりが何一つないまま、
圧迫感がじわじわと頭を締め付けてくる。
次第に意識が霞み、視界が大きく歪んだ。
無数の思考が、行き場もなく頭の中を漂い続ける。
再び強いめまいに襲われ、激しい頭痛が走る。
ついには正気を保てなくなり、
目の前の景色が、にじんで揺れるほどになった。
――その瞬間。
両耳元で、澄み切った鈴の音が鳴り響いた。
同時に、首元に何かが掛けられたような感触が走る。
混乱の中でも、イナオカは反射的に視線を落とし、
自分の首に掛かっているものを見つめた。
その瞬間――
凄まじい光が、溢れ出した。
まだ日本語が下手で翻訳機に依存して文を書いたので、誤訳があるかも知れません。 多少変な翻訳部分があっても些細なハプニングだと思ってくださって面白く見てください。




