第6話 マッピング:後編
「すげえ――めちゃくちゃ便利だな、これ!」
「クロード、これって他の場所でも使えるのか?」
『条件次第ですが――私がスキャン可能な範囲であれば、理論上は可能です』
魔法と科学が混ざって使えた新しい力を目の前に、三人は思い思いに思考を巡らせ最短ルートを確認する。
クロードは青白い光でマップを照らし、ニルは腕を組んで覗き込んでいる。ガルスは逆にマッピングを、遠くから眺めるように上体を引いて全体を眺める。そしてニルとガルスの位置が入れ替わり、細部の確認を行う。
「最短での脱出ルートは――これか?」
普段からマッピングをしているからか、沈黙を破ったのはガルスの言葉だった。
彼がなぞったルートは、メインホールを抜けて外へ向かうルートだ。なるほどたしかに、示されるとそのルートが最短距離に見える。
『施設の管理電源の消失により、完全に稼働を停止している箇所があります。少し補正が必要と判断できます。多少迂回する事になりますが、こちらの緊急用経路を使用して脱出を行いましょう』
クロードから青白い光が流れると、キラキラと光りに照らされたルートが表示される。
『崩落による操作不能の可能性はありますが、おそらくこのルートが最短での脱出経路になります』
「なるほどね。……ちなみに、この光ってる点はなんだ?」
ガルスが納得するように頷きながら、光る点についての疑問を投げる。
『それは施設内の生体反応です。位置情報の更新が出来ていませんが』
「今いる位置から近い点がお前だな」
「はぁ、なるほどね」
ガルスはふむふむと頷きながら、腕を組んで地図に視線を落とした。
彼の興味は完全になったマップデータに向いており、細かく地図を読み解こうとしているのが見て取れる。
丁度良いからとニルは地図の話をガルスに任せ、固まっていた肩や腕を軽く回した。全く知らない者から見ると不誠実にも見えたかもしれないニルの行為は、ガルスならば悪いようにはならないだろうという、信頼の証でもある。
そして少なくとも、この場でそれを不快に思う者はいなかった。
「……うん? クロード。この空間ってなんだ?」
バキバキと肩を鳴らしていたニルは、ガルスの声に動きを止めた。
彼が指差した空間は、脱出ルートから少し離れた場所だった。マップ上では、他より立派な区画に見える。
ニルは思わず、ガルスと目を合わせた。
そこは他と比べて少しばかり立派に見える設備が、崩落を逃れて残されているようにも見える。
『そこは研究区画ですね』
「研究区画? 何があるんだ?」
『本来、私を抽出するには専用の結晶型記憶媒体が必要でした。その研究区画には、その専用の結晶型記憶媒体の予備が残っている可能性があります』
「……もしかして、他にも?」
『何かしらの研究物、技術が残されている可能性はあります』
クロードの言葉に、ニルとガルスが驚く。
ニルはその可能性をすっかり失念していた、と気が付いて。そしてガルスは、クロードとの共同作業の重大性に今更ながらに気が付いて。
「……なあ。もしかしなくてもこれって、お宝の位置が書かれた完璧な地図を手に入れたってのとほぼ同じ意味じゃないか?」
「偶然だな、ガルス。俺も同じことを考えてた」
――ガルスの視線がすいっ、と動く。
「これ……研究区画はメインホールから少し離れた位置にあるよな? 生体反応とも離れてる。最後の更新はいつだ?」
『5分ほど前になります』
「……なら、ちょっとぐらいの寄り道は行けるんじゃないか?」
ガルスの言う事には一理ある。
目の前にお宝があり、しかもそれを取りに行くリスクは低いというのだ。普段から目に見えないリスクを背負う冒険者としての目線で考えるなら、かなりの好条件だと言えるのは間違いない。
「いや、でもこの一つだけ離れてる反応が何か分からないんだ。くっ付いてるこっちの二つはストーンベアだろうけど、正体の分からない敵を意識して探索ってのはリスクが高いぞ」
「なんだ、何が居るか分かってなかったのか?」
『はい。このスキャンは熱源を感知しています。正体は不明のままです』
「なるほどね。なら確かに、こっちには触りたくないな」
ニルの言い分にクロードが同意したことで、ガルスも納得したようだ。
「それに、三人で太陽を見ようって約束したばっかりだ。ガルスはポーションも使ってる。来ようと思えばまた来られるんだから、一旦は町に帰るのが無難だろ」
「確かにそうだな。そっちでいくか」
『――二人とも。新しいルート提示を行っても良いでしょうか?』
クロードのその声に、ニルとガルスは顔をあげた。
今回の探索を諦める方向で合意しかけた二人の間に、クロードがポツリと零すように提案を差し込んでくる。その声には、二人の気持ちを分析する冷静さと温かさがあった。
『メインホールから、一度旧運搬路に戻り、メインホールへ続く扉の反対側にある緊急脱出扉を開きます。ここから緊急用経路を逆走する事で、研究区画の裏側へ到達できます。そこから研究区画に入るためには扉がありますが、構造的には人一人が通れる程度の簡易的な防火扉です。仮に扉が無事であっても、ニルの力で押す事が出来れば、取っ手部分をロックする機構を破壊して中への侵入は可能と思われます』
クロードの提案を聞き、ニルとガルスは目を合わせた。
「……俺よりは、ガルスの方が単純な力は強い。俺でやれるかもって程度なら、お前なら多分壊せるだろ」
「だが、生体反応ってのがなぁ…… 壊した時に音が響くかもだし……」
探索に乗り気だったガルスが少し渋り、リスクを提示していたニルが成功の可能性を考え始めている。それはお互いの言い分を聞いたからこそ発生する、思考の変移だった。
『先ほど提示したルートであれば、研究区画にある緊急用経路を使い、そのまま外に出る事が出来ます。多少遠回りにはなりますが、約5分前に第三層で反応を確認したDと接触する可能性は殆どありません』
――クロードが新たに提示したルートを、二人は「むぅ」と唸りながら視線で追い始める。
再び、二人は悩み始める。
そんな彼らに、クロードは『また、こうも考えられます』と、聞き取りやすい声音でゆっくりと言葉を続けた。
『ニルには、私のアルゴリズムをこの施設より持ち出す方法を聞かれました。なので私は、最も高い可能性として“おそらく研究区画には、私を抽出する専用の結晶型記憶媒体が残されている可能性がある”情報提示を行いました。しかし実際問題として考えた場合、結晶型記憶媒体が大型ではない事も考慮に入れると、結晶記憶媒体が持ち出されて現存しない可能性は非常に高いです』
クロードの言葉に、二人は納得するように頷いた。
「……言われてみると、確かにこの施設に死体は無かったな」
「だな。言われてみればって感じだが」
ニルの言葉にガルスは頷き、己の考えを補強する。
結晶型記憶媒体がどのような物かは分からない。だが施設の脱出に犠牲が出ない程度の時間的余裕があったと考えるなら、持ち出しやすい上に高価なものが残されている可能性は低いと考えざるを得ない。
「爪痕とか壊された機械とかもあった。あれをストーンベアがやったとなると、大昔に機械生命体に襲われたって線も薄そうだ」
――情報が出そろう。
ニルとガルスは、しばし黙り込んで考えた。
研究区画への誘惑。
リスクとリターンの間で揺れ続ける二人の心の天秤は、少しの静寂となって周囲を満たす。
「……俺は、この際だから行っとくに一票だ。ニルはどうだ?」
ガルスが、ゆっくりと口を開いた。
確認するようなその視線は、お前はどうする? とばかりにニルに向いている。
「……俺も行くに一票。というか、悪いが行かせてくれないか」
「俺は良いけど、さっき反対してなかったか?」
ガルスが少しだけ慎重にそう確認すると、ニルはむしろ行きたいと言い始めている。話がすんなりと進んだことにガルスは首を傾げたが、ニルは「ちょっと思いついたんだが」と言葉を続ける。
「結晶型記憶媒体があれば、クロードが機械人形を動かせるかもしれないと思ってな。こんな機会そうそうないし、見ておきたい」
「そう言うことか。さっさとそう言えよ」
『二人とも……』
ニルの言葉に、当たり前のようにガルスが同意する。
その様子に言葉に詰まらせたようにクロードに、ニルはからりと笑いかけた。
「感謝はしなくて良いぜ。元々、お前の手柄だ」
「半分は俺だって言ってくれよ」
「それならクロード助けたのは俺だから、均等にってことで良いか?」
軽口を叩きながら、ニルは剣の柄を軽く撫でた。
クロードの『はい、勿論構いません』という言葉と決まりだなと笑い合い、三人は研究区画へと向かうのだった。




