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伝説語りのニルヴァード  作者: 健康な人
1章:三人の出会い
7/7

7話 マッピング

「そういや、クロードはマッピングの魔法について知りたいんだよな?」


 合流した三人はメインホールを目指しながら、通路を歩いていた。

 三人が合流できたからか、それとも脱出が目に見える距離になったからか。なんにしても、その雰囲気は軽い。


『ええ。私のデータベースには魔法の概念がありません。ニルからその概念を聞き、ずっと気になっていました。私の電源代わりにもなっていますし』


 クロードの言葉に、ガルスは「なるほどねえ」と納得の言葉を出したが、かなり驚いているようだった。


「てことはクロードは、大破壊より前に作られたって事か。なんか凄いな」

「その凄いクロードに、お前の魔法を教えてくれ。俺、マッピングの魔法使えないし」

「なんか反応が軽いよな、お前。これって地味に凄い事じゃないか、とか思わない訳?」

「地味でも派手でも、マッピングの説明してくれるなら何でも良いよ。なあ、クロード?」

『そうですね。今の私では、この状況が地味なのか派手なのか、その判断が付きません』


 少し考えてからそう答えたクロードに、ニルが「ほら見ろ~」なんて言いながら言葉を添える。


「ガルスさんよ。クロードは俺と違って真面目なんだ、聞かれた事には答えてやってくれよな」

「君はね、俺が悪いみたいな空気を作ろうとしないでもらえる?」

『冗談ですよ、ガルス。魔法は気になりますが、今は脱出を優先して貰って構いません』

「なんか、そう言われると余計に心に来るんだが……」

『そうなのでしょうか? 申し訳ありません』


 クロードにそんなつもりはないのだが、その言葉は的確にガルスの良心を擽っていた。ガルスは内心で、ニルとクロードの組み合わせには苦労させられそうだな、と考えながら、口を開いた。


「説明するよりも、見せた方が早いだろ【マッピング】」


 足を止めたガルスが地面に手を付きそう言うと、直径2メートルほどの大きさの地図が、腰のあたりの高さで地面から浮かび上がる様に現れた。


『これは――』


 理解の出来ない――まさに魔法と言うしかない現象に、クロードは驚き反応が止まる。


「これがマッピングの魔法だ。俺が認識してる空間を、俺を中心に再現する。まあ、見えてなかったり気付いてなかったりする部分は表示されないんだが」

「もうちょっと説明っぽく言ってくれよ……」


 細かい癖に、こういう説明は大雑把すぎる。

 ニルが呆れて訂正を入れると、ガルスはバツが悪くなって頭をかいた。

 ――ちなみにだが、ガルスの説明が雑な理由の一つは、ニルが自分に興味のない話を真面目に話を聞かないからでもあったりもする。


「あー…… すまんな。良い言葉を見つけられないかもしれないが、それでも構わないか?」

『ええ、是非聞かせてください』


 クロードの声には、興奮が滲んでいる。


「えーっとだな。このマッピングの魔法は、俺を中心に半径100メートルぐらいの距離の、俺が歩いた場所を疑似的に再現する魔法だ。まあ、魔法で作った地図みたいなもんだな。縮尺は……大体1/50ぐらいだな」

『縮尺が正確ではないのでしょうか?』


 マップを視覚化する際に必要な情報が曖昧である事に、クロードは疑問の言葉を投げる。


「感覚的にはこの魔法、俺が見たイメージの立体化に近いからな。俺が作ったこの手書きの地図も、ルートは分かるが縮尺は分からないだろ?」

『それは――いえ、説明を最後まで聞かせてください』

「了解。なんかすまんな」


 そしてガルスは「説明を続けるぞ?」と、手書きの地図を取り出すと「例えばだが」と言いながら、マッピングと地図を照らし合わせる。


「俺がストーンベアから逃げた通路は、俺の手書きの地図には載ってない。このルートだな」


 ガルスが持つ手書きの地図には、確かに空白が存在している。


「でも、マッピングの魔法は違う。俺の意識下での空間認識と記憶を、この地図の上に疑似的に再現してるから、ストーンベアから逃げてる最中のルートも表示される事になる」


 そしてガルスが指差したマッピングには、確かに手書きの地図には存在しない通路が書き込まれている。


「ただ、マッピングの魔法はあくまでも意識下での認識を地図に落とし込んでいるだけなんだ。このマッピングのルートに、俺が気付いていない道があっても表示されない」

『具体的には、どのような道の場合なのでしょうか?』

「よくあるのは、亀裂の先に空間がある時なんかだな。亀裂が壁の向こうに通じる道でも、俺が“亀裂”として認識してるなら、マッピングには通路として表示されない」


 具体的な説明を求めるクロードの問いに、ガルスが補足を入れる。

 そして茶化すように、そんなガルスの言葉にニルが補足を入れた。


「だから、普通に道を見逃す時もあるんだよな」

「それは仕方ないだろ。てか、俺じゃなくてお前が気付いても良いんだぜ?」

『――これは、信じられない技術です』


 何でもない事のようにやり取りするような二人に対し、クロードの声はかなり興奮していた。


『空間認識、三次元スキャン、リアルタイム演算、そして視覚化。それを一人の人間が、魔力だけで。しかも移動しながら――』


『旧文明では、大型施設と専門のチームが必要だった技術です』


 ――ちなみにニルはクロードを背中に背負っているから全く気付いていなかったが、クロードは現在高負荷処理でマッピングの魔法を解析していた。

 彼からすれば、そう言うレベルの魔法だと感じていたのだ。


「え、マジで? 俺って凄いの?」

「凄いけど、4、5人に1人ぐらいは使えるレベルの凄さじゃない?」

『いえ、認識を訂正するべきです。これは高度な空間認識能力を持ち、複雑な情報を即座に処理しなければ不可能な技術の筈』


 少しの間を置いて、クロードは言葉を続けた。


『ガルス。あなたは、十分に“凄い”です』

「やっぱそうだよな? いやぁ、クロード君はニルと違って話が分かるねぇ」


 ガルスが得意げに頷く。


『それと、確認させて欲しいのですが』

「他にも何かあったか?」

『ニルはマッピングを使えないと言いましたが――4、5人に1人は使える、とも発言しました。という事は、この技術は“珍しい”が“異常”ではない、という事でしょうか?』


 クロードの言葉にニルとガルスは顔を見合わせて、同時に頷く。


「4、5人は言い過ぎたかもしれないが、まあ10人ぐらいに声をかけたら1人ぐらいは使える奴がいるのは間違いない」

「だな。演算ってのに関係あるのか分からないが、魔法が得意な連中なら2、3人に1人ぐらいは使えると思う。ザックリ言えば4、5人に1人ってのは、まあ外れてないとは思うな」


 ニルがシビアに言葉を訂正し、ガルスが補正する。

 真面目に話をするときの何時もの二人のやり取りに、クロードは『なるほど』と理解を示す。


『――ガルス、提案があります』

「ん? 何だ?」

『あなたのマッピング魔法に、私が持つ施設の情報を重ねることはできませんか?』

「……どういうことだ?」


 クロードの提案に、ガルスが首を傾げる。


『私は施設の完全な地図データを保有しています。しかし、それを表示する手段がありません』


 クロードは確かに存在するし道案内のアドバイスもしてくれている。しかし端末画面を失ったため、地図データを表示する事は出来なくなっている。


『一方、あなたのマッピングは空間を視覚化できる。もし、私のデータをあなたの魔法に"投影"できれば――』

「おい、それって――」


 クロードの言葉に、ガルスは何かに気づいたような表情を変える。


「未探索の場所も、地図に表示できるってことか?」

『理論的には可能です。ただし、魔力の干渉リスクが考えられるのですが――』


 クロードが考えられるリスクを提示しようとしたが、ガルスはクロードの言葉を「それは気にしなくて良い」と遮った。


「このマッピングが崩れても、俺の記憶は消えたりしないからな。もう一回出せばそれで済む話だ。やってみるしかねぇアイディアだよ。俺はどうすればいい?」


 旧文明の技術と、魔法の融合。

 突如目の前に提示されたそんな話に、ガルスはすぐさま食い付いていた。その声音は、興奮を隠せていない。


『――私には魔法の知識がないので、魔法知識のあるガルスの意見も聞かせてください』


 ――クロードの高負荷処理が続く。


『現在“私”となっている魔法合金は電気信号を魔力に変換し、魔力を再び電気信号に戻す双方向変換媒体としての特性を持ちます。つまり、ガルスが電気信号として感じ取る事ができる魔力データを私が出力し、受け取った電気信号が魔力に変質する際に圧縮解凍されるデータ形式を疑似再現する事が可能であると判断できます――』


 ――クロードのそれは聞き取りやすい声のトーンと速度ではあるが、少なくともニルは彼が言っている事が全く理解できなかった。


『――ガルスは、どのように判断しますか?』


 クロードの言葉を途中から理解するのをやめたニルが、チラッとガルスを見た。彼は、良い笑顔で笑っている。


「なんか、デカい事言ってすまん。やっぱ無理かも……」

『――少しだけビリッっとするのを我慢してくれたら、マップ上に私が持つ施設情報の反映が可能と考えています。我慢は可能でしょうか?』

「おっしゃ、任せてくれ!」


 そして簡単な言葉に訂正したクロードの言葉に、ガルスは力強く頷いた。


「お前も、大概切り替え早いよな」

「それ言うなら、お前は話を聞いてたのか?」

「聞いてないけど、それが何だよ?」

「開き直るなよ」


 殆ど最初から話を聞いていないニルは自分の事を棚に上げているが、今回のクロードの問いに答えられる存在がそう多くはないだろうというのは、流石に二人にも想像できた。


『では、ガルス。私の刀身に触れて貰えますか?』

「了解」


 クロードに言われるままに、ガルスが刀身に触れる。


「いつっ……って、なんだこれ。情報が流れ込んで――」


 マッピングの地図が、何度か電源を落として付けるのを繰り返すように、一瞬明滅した。

 そして――


「これは――」


 ガルスのマッピングに、今まで見えなかった通路が浮かび上がっていく。

 壁の向こうの未探索の空間。崩落も含めた、この施設の全容が現れる。


『成功です。縮尺が1/50になってしまいましたが、私の施設データを、あなたのマッピングに投影できました』


 三人の目の前に広がるのは、完全な施設データだ。

 流石にマッピングの範囲外までは表示されていないが、魔法と科学の完璧な融合がここにあった。


「すげえ――めちゃくちゃ便利だな、これ!」

「クロード、これって他の場所でも使えるのか?」

『条件次第ですが――私がスキャン可能な範囲であれば、理論上は可能です。縮尺は怪しいのですが』

「それはどうでも良いって!」

「だな。これは凄いぞ」

『――了解しました。あなたたちの流儀に倣う事にします』


 新しい力を手に入れた三人は、思い思いに思考を巡らせ最短ルートを確認する。


「最短での脱出ルートは――これか?」


 普段からマッピングをしているからか、ガルスの言葉が早かった。彼がなぞったルートは、メインホールを抜けて外へ向かうルートだ。たしかに、最短距離に見える。


『施設の管理電源の消失により、完全に稼働を停止している箇所があります。少し補正が必要と判断します。多少迂回する事になりますが、こちらの緊急用経路を使用して脱出を行いましょう』


 クロードから青白い光が流れると、キラキラと光りに照らされたルートが表示される。


『崩落による操作不能の可能性はありますが、おそらくこのルートが最短での脱出経路になります』

「なるほどね。……ちなみに、この光ってる点はなんだ?」


 ガルスが納得するように頷きながら、光る点についての疑問を投げる。


『それは施設内の生体反応です。位置情報の更新が出来ていませんが』

「今いる位置から近い点がお前だな。俺たちはこれを頼りに合流したって訳」

「はぁ、なるほどね。あのぐらいの時間で合流できたのは、そういうカラクリがあった訳か」


 ガルスはふむふむと頷きながら、地図を読み解こうとしている。


「うん? クロード。この空間ってなんだ?」


 ガルスが指差した空間は、脱出ルートから少し離れた場所だった。

 他と比べて少しばかり立派に見える設備が、崩落を逃れているように見える。


『そこは研究区画ですね』

「研究区画? 何があるんだ?」

『本来、私を抽出するには専用の結晶型記憶媒体が必要でした。その研究区画には、その専用の結晶型記憶媒体の予備が残っている可能性があります』

「……もしかして、他にも?」

『何かしらの研究物、技術が残されている可能性はあります』


 クロードの言葉に、ニルとガルスが固まる。

 ニルはその可能性をすっかり失念していた、と気が付いて。そしてガルスは、クロードとの共同作業の重大性に今更ながらに気が付いて。


「……なあ。もしかしなくてもこれって、お宝の位置が書かれた完璧な地図を手に入れたってのとほぼ同じ意味じゃないか?」

「偶然だな、ガルス。俺も同じことを考えてた」


 ――ガルスの視線がすいっ、と動く。


「これ……研究区画はメインホールから少し離れた位置にあるよな? 生体反応とも離れてる。最後の更新はいつだ?」

『5分ほど前になります』

「……なら、ちょっとぐらいの寄り道は行けるんじゃないか?」


 ガルスの言う事には一理ある。

 目の前にお宝があり、しかもそれを取りに行くリスクは低いというのだ。普段から目に見えないリスクを背負う冒険者としての目線で考えるなら、かなりの好条件だと言えるのは間違いない。

 しかし――


「いや、でもこの一つだけ離れてる反応が何か分からないんだ。くっ付いてるこっちの2つはストーンベアだろうが、流石に正体の分からない敵からの奇襲を考えながら探索ってのはリスクが高いぞ」


 ――そう言うニルの言い分にも、一理はあった。

 開けた空間との戦闘とは違い、ここで戦えば確実に閉所での戦闘になる。ストーンベアとの戦闘の様に、面で制圧されてしまえば勝率は一気に低くなるのが事実であった。戦闘の可能性がある以上、考慮すべき問題ではある。


「それに、三人で太陽を見ようって約束したばっかりだ。ポーションも使ってる。また来られるんだから、一回町に帰るのが無難だ」

「……確かにそうだな。悪い、欲出したわ」


『――二人とも。このようなルートはどうでしょうか?』


 ニルとガルスはお互いに一理あるなと思いながら思考して、今回の探索を諦める方向で合意しかけた。しかしクロードが、ポツリと零すように提案する。


『メインホールから、一度旧運搬路に戻り、メインホールへ続く扉の反対側にある緊急脱出扉を開きます。ここから緊急用経路を逆走する事で、研究区画の裏側へ到達できます。そこから研究区画に入るためには扉がありますが、構造的には人一人が通れる程度の簡易的な防火扉です。仮に扉が無事であっても、ニルの力で押す事が出来れば、取っ手部分をロックする機構を破壊して中への侵入は可能と思われます』

「……俺よりは、ガルスの方が単純な力は強い。俺でやれるかもって程度なら、お前なら多分壊せるだろ」

「だが、生体反応ってのがなぁ…… 壊した時に音が響くかもだし……」


 探索に乗り気だったガルスが少し渋り、リスクを提示していたニルが成功の可能性を考え始めている。お互いの言い分を聞いたからこそ発生する、思考の変移。


『先ほど提示したルートであれば、研究区画にある緊急用経路を使い、そのまま外に出る事が出来ます。多少遠回りにはなりますが、約5分前に第三層で反応を確認したDと接触する可能性は殆どありません』


 ――クロードが新たに提示したルートを、二人は「むぅ」と唸りながら視線で追い始める。


 悩み始めた二人に向かい、クロードは『また、こうも考えられます』と言葉を続ける。


『ニルには、私のアルゴリズムをこの施設より持ち出す方法を聞かれました。なので私は、最も高い可能性として“おそらく研究区画には、私を抽出する専用の結晶型記憶媒体が残されている可能性がある”情報提示を行いました。しかし実際問題として考えた場合、結晶型記憶媒体が大型ではない事も考慮に入れると、結晶記憶媒体が持ち出されて現存しない可能性は非常に高いです』


「……言われてみると、確かにこの施設に死体は無かったな」


 ニルの言葉ガルスは頷き、自分の考えで補強する。

 結晶型記憶媒体がどのような物かは分からない。だが施設の脱出に犠牲が出ない程度の時間的余裕があったと考えるなら、持ち出しやすい上に高価なものが残されている可能性は低いと考えざるを得ない。


「爪痕とか壊された機械とかもあった。あれをストーンベアがやったとなると、大昔に機械生命体に襲われてバイオ燃料にされたって線も薄そうだ」


 ――情報が出そろう。


 ニルとガルスは、しばし黙り込んで考えた。

 研究区画への誘惑。リスクとリターンの天秤。


「……この際だ。行くか?」

「ああ。多分大丈夫だろ」


 ニルが静かに確認し、ガルスが短く頷く。

 移動を始めようとする二人に、クロードは躊躇うように言葉を続ける。


『結晶型記憶媒体は、おそらくもう残っていません。ですが、もし残っていたら……』

「ああ、分かってる」


 ニルが剣の柄を撫でた。

 クロードから再び結晶型記憶媒体という名前を聞いた時点で、すぐにピンと来た。


「お前が言ってた、自分の足で歩くってやつ。結晶型記憶媒体があれば、機械人形(オートマタ)を動かせるかもしれない」

『はい。可能であれば、歩いてみたいのです。あなた達二人と、並んで』

「嬉しい事言ってくれるじゃないか。やる気も上がるな」

「だな。じゃあ、行こうぜ」


 三人は、研究区画へと向かった。



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