第43話 鉱石鯨の採取物
夜が明け、鉄錆の砂漠に朝が訪れた。
朝日に照らされた砂の海には、まるで霜が降りたような様子で無数の鉱石が輝いている。
夜間の警戒にあたっていた船団の面々は、甲板で眠そうに欠伸をしている。しかしやはり慣れているのか、目を覚ました冒険者たちと入れ替わるように、それぞれの持ち場に戻っていった。
昨夜に中型船で寝ていたニルたちも、朝食を終えて甲板に集まっている。
「お前ら! 今日が本番だ! よろしく頼むぞ!」
ダリオの大きな声が、冷たい砂漠の空気を震わせた。船団の長の言葉を合図に、魔導船が昨日と同じように地面から浮かび上がる。そのまま緩やかに地面を滑り、鉄錆の砂漠へとその船体が足を踏み入れた。
昨日と同じように、緩やかに砂漠渡りの船団は進んでいき——そして今回は、それだけでは終わらなかった。
「お前ら、なんかに捕まっとけよ!」
ダリオの言葉に、ニルたちは手すりをしっかりと握った。
「さあ……野郎ども、第二駆動に切り替えろ!」
ダリオの言葉と共に、ごうんっ、と響いた音が切り替わった。
突如浮力を失った魔導船が、まるで水に沈むように鉄錆の大地へと浸水する。
板のように平らだった船体の底は、魔力で形作られた刀身のような逆三角形が展開されている。まるで鉄錆の地を切り裂く刃のように、船の左右に砂と鉱石と青い魔力を勢いよく巻き上げながら、錆びた大地を疾走を開始する。
その速度は、ほんの少し前までの比ではない。
先ほどまでの移動が歩きに近いと例えるならば、今のこれは全力疾走に近い。
ごうんっ、ごうんっ、と低く響いていた木獣の鼓動も、今はキィーンと甲高い音に代わっている。切り裂いた砂と共に空気を吸い込んで、青白い魔力をキラキラと輝く砂煙と共に巻き上げ砂漠を走る。
その姿はまるで、水のない大地の上で、水切りの後だけが尾を引いているかのようだ。
「はははっ! どうだ、ニル! これが鉄錆の砂漠を渡る魔導船の第二駆動だ!」
「ちょっ…… なんだよ、この速度!?」
「おっさんっ、これは言ってくれないと危ないやつだろ!」
「そうですよ!」
「良い反応だ! そういうのが見たかったんだよ、ワシは!」
ニルたち冒険者は、魔導船の手すりにしがみついている。
この状況になって、ようやく気付かされる。魔導船の甲板に手すりが多かったのは、テントを張りやすくするためなどではない。この形態での移動があったからなのだ。
更に恐ろしいことに、ニルたちの乗る中型船も確かに早いが、それを取り囲む小型艇はさらに早い。
軽いが故に安定感に欠けているのか、うねうねと僅かに蛇行するような軌跡を描いているが、それでもその速度は中型船の上を行く。遅いぞとばかりに先行し、青白い尾を引きながら砂煙を巻き上げる。
『浮遊のための魔力を、全て推進に? だとしても、この出力を出すための燃料はどこから……』
「この大地からだ!」
クロードの疑問に、ダリオは顔にかかる砂を振り払いながらニヤリと笑う。
「第二駆動は、でかい魔力がある場所じゃないと使えん! ここ専用だ!」
ダリオの笑みが深まり、徐々に砂漠を移動する砂嵐が近づく。
追いついている。
砂嵐によって可視化された、小さな嵐のような大きさと速度で熱砂の海を泳ぐ鉱石鯨の領域に、人種が操る青い軌跡が徐々に食いついていく。
そして、近づくことで気が付ける。
砂嵐の中心から、時折何かがゴトリゴトリと転がり落ちていることに。
固い岩のようにも見える鉱石鯨の剝落物が、鉄錆の砂嵐に呑まれるように音もなく転がると、魔導船の先を行く魔物たちがそれに向かって飛びついた。
小型のサメのような、あるいは大型の魚のような——クロードが釣りの時に密かに望んでいたような、普通ではなさそうな魚に見える魔物たちが、餌に群がるように勢いよく食らいついている。
「今のが見えたか!? あの転がった鉱石を回収するのが、目的だ!」
「横から奪うのかよ!?」
「バカ言うな! 俺たちが最初に触れなかったら無視だ!」
ダリオの言葉を肯定するように、先行する小型艇は転がっているそれらを、障害物であるかのように無視して砂嵐の中を疾走する。
「同業者はこの砂漠の魔物だぞ! 食いつかれたら一瞬で骨も残らん!」
「なら、どうやって採取するんだよ!」
「言っただろうが! 一番に触るんだよ!」
青い尾を引き疾走する小型艇の一つが、砂嵐の中に転がった比較的小さな剝落物を、蛇行の反動を使って中型船に向かってふわりと浮かせる様に跳ね上げた。
ダリオが操る中型船は、投げられたそれを魔力で編まれた三角帆で——というよりは、魔力による推進方向を調整で勢いを殺すように——器用に受けとめた。飛んできた勢いを失いながら、青い魔力を纏って甲板に転がる人の胴体ほどの大きさのそれを見て、ステラは絶叫を上げてダリオは笑みを深める。
「乱暴すぎでは!?」
「こうでもしないと触れん! お前らが落ちるぐらいなら捨てて良いが、さっさと倉庫に運んでくれ! 次は襲撃が来るぞ!」
餌を求めて、魔物の群れがダリオ達の船に近づいてくる。
砂漠に刻まれた筋が、こちらに向かってくる。しかしそれが中型船に接触するよりも早く、小型艇が筋に割り込んだ。
そして持ち込んでいた屑鉄を、砂漠に向かって放り投げる。
鉄錆の大地に転がった屑鉄に魔物たちが食らいつき、そうしている間に魔物たちの筋が減る。
「屑鉄が必要ってこういうことかよ!?」
「貰ったもんの代わりでもある、ケチるなよ!」
小型艇は魔物の疾走を邪魔するような軌跡を描き、砂漠を駆けるダリオの船は、彼らがこじ開けた魔物の群れの間を砂煙を巻き上げながら通り抜ける。
危機は脱した。
しかしそうしている間に、鉄錆の砂漠を走る砂嵐との距離は再び離れていた。しかも、今度は砂漠を駆ける魔物とのデッドヒートが追加される。
「さあ、同業者もこっちに気付いたな! 本番はここからだ! お前ら、気合入れろよ!」
—―ダリオの言葉と共に、ごうんっ、と空気が低く震える。
それを合図に、『砂漠渡りの船団』は再び一丸となって砂嵐に向かって疾走を開始する。冒険者たちは手すりにつかまりながら、重心を落として前を向く。
そして発生するのは、砂の上を駆け抜ける高速戦。
小型艇が中型船を取り囲む様な陣形を維持したままに、三艇が時間差で先行する。
青白い砂嵐を噴き上げながら砂漠を切り裂く三本の刃が、魔物たちを牽制しながら中型船の進む道を作り出す。
鉱石鯨の潜行によって隆起して、さらさらと崩れながら一部が不自然に固まった鉄錆の砂漠を駆けながら、しかし中型船は揺るがない。
地表へ食らいつく獣のように、揺れもせず跳ねる事もなく、ただ船底で力強く大地を左右に切り開いて疾走する。
――ざりっ、ガリッ、がたん、と。
船全体に地面を削る様な嫌な音と、魔力部分の脈動が混ざったような低音が響く。それは大地の表面を撫でるのではなく、大地そのものに深く切り込む実感がある音だった。
「次が来たぞ! 採取準備だ!」
先行する一艇が、再び鉱石鯨の剝落物を跳ね上げた。
ダリオは器用に受け止めて、甲板に転がったそれを冒険者たちが倉庫に運ぶ。
「おっさん、これって採取って言うのかよ!?」
「ワシのシマじゃ言うんだよ!」
ガルスの言葉をダリオが豪快に笑い飛ばしている間にも、先行する小型艇が時折鉱石を投げ込んでくる。
ダリオはそれを、器用に中型船を左右に振りながら、ある程度速度を合わせて受け止めていく。護衛する小型艇は剝落物を受け入れるたびに屑鉄を撒いて、獰猛に襲い来る魔物たちを躱しながら疾走を続ける。
「これじゃ、いつまでたっても距離が縮まらないんじゃないのか!?」
「焦るな、ニル! そろそろ来るはずだ!」
「何がだよ!」
「見りゃ分かる!」
――ダリオの言葉に答えるように。突如として、追いかけていた砂嵐の高さが上がった。
次に起こったのは、砂嵐が吹き付けるようなものではない。細かく砕かれた鉱石が土砂降りのように降り注ぎ、きらきらと光を反射しながら甲板に降り積もる。
「来たぞ! お前ら、一気に抜けろ!」
ダリオ達と並走しながら鉱石鯨の剥落物を漁りあっていた魔物たちは、鉱石の土砂降りが発生していた地点に群がっている。ダリオ達はそれをしり目に、集団から抜けるように一気に鉱石鯨が作り出す砂嵐に近づいた。
「今のは!?」
『鉱石の土砂降りです!』
「ほう、クロードは分かるのか! ありゃ鉱石鯨が吐き出すカスみたいなもんだが、魔物にとっちゃごちそうだ! 俺たちには使えんがな! だがあっちに気を取られてくれるから、一気に近づける!」
中型船を中心に小型艇も一纏まりとなって疾走する。
青白い砂煙が一塊となって砂嵐に突っ込むその姿は、遠くから見ればまるで砂漠の中に水が流れているようにも見える筈だ。
「さあ、突っ込むぞ!」
—―ごうっ、と。
前から吹き付けていたばかりであった砂嵐に追いついた船団は、ダリオの言葉と同時に砂嵐の中に突っ込んだ。
そして同時に感じるのは、砂嵐が横殴りに流れて来ていたこと。
遠くからでは漠然としか感じる事ができなかったが、砂と鉱石の混じった乱気流のような砂嵐を生み出している“何か”がこの中心にいるのだと、即座に理解する。
「しっかり捕まっとけ! 砂嵐の中は剝落物も多いが、地面が流動しとる!」
「大丈夫なのかよ、それ!」
「大丈夫じゃなかったら死んどるだろ!」
魔導船たちは、砂嵐をものともせずに砂漠を走る。
そしてこの砂嵐の中には魔物は入ってこないのか、先ほどとはやり方を変えて剝落物の回収が始まる。
砂嵐の外で見せた放り投げるような、中型船に向かって投げる様な回収ではない。
小型艇が二艇で一組となり、そこに張ったロープで鉱石をごそりとこし取り、それを回収しては中型船に積んでいくような流れ作業だ。
中型船の護衛をしていた小型艇も積んでいた屑鉄を全て捨て、砂嵐の中では護衛をやめて回収に専念している。
ここにきてようやく、高速で進む魔導船の甲板が荒々しい採取場に変貌する。
「さあ、積め積め!」
船を操縦するダリオの声が、砂嵐の中に響く。
ニルたちも流れ作業に加わり採取を行っていると——再び、砂嵐が吹き上がった。
――同時に、遂に鉱石鯨が砂嵐の中からその威容を現した。
それはまさしく、砂漠を滑る鋼の小山であった。
ダリオの操る中型船の倍に近い巨躯。
体を覆う表皮は様々な色合いが交じり合い、同時に風雨によって削られた巨岩のように荒々しい。
鉱石鯨の進行方向に向かって開いた口は大きく、その口が上下に動いて砂を取り込んだかと思えば、体中から同じ量の砂が血液のように勢いよく吐き出されている。
体中から勢いよく吐き出される砂によって体を覆う固そうな表皮が削れ、ゴドン、と地面に落ちる。しかし巻き起こされた砂嵐と砂の津波によって、巨大な剝落物は一瞬で砂漠の中に埋もれてしまう。
『これが…… 鉱石鯨……』
息をするだけで地形が変わる。
鉱石鯨とは文字通りにそう言う存在なのだと理解して、クロードはそれ以上の言葉を続けられなかった。
ニルも、ガルスも、そしてステラも。皆が同じ気持ちである。
口を動かすだけで砂漠を削り、息を吐くだけで砂嵐を巻き起こし、通り過ぎるだけで固い大地が砂漠に埋もれていく。
想像をはるかに超えたその姿は、なるほど。確かに鉄錆の砂漠の生態系の頂点と呼ぶに相応しい。
「お前ら、ぼさっとするな! そろそろ離れないと奥に行きすぎちまう!」
ダリオの言葉に、ニルたちは我に返った。周りの冒険者たちも同じように、はっと気が付いたように手を動かし始める。
「すまん!」
「謝るのは後で良いから手を動かせ!」
小型艇は、ぽつぽつと採取を終わらせて砂嵐に突入した際のようにダリオの船に近づいている。突入時と同じ陣形だ。
一塊となって、鉱石鯨から離れようとしている。
「よぉし、出るぞ!」
横殴りに吹き付けていた砂嵐から、船団が脱出する。
袂を分かった砂嵐の中に、かすかに鉱石鯨の巨体が見えたような気がした。息をするような自然さで、彼らは砂漠を削り続けている。
「……すごかったな」
「ああ、本当にな」
「何と言いますか…… たしかにあれは、どうにかできるとは思えませんね」
『これは確かに、魔導船がこのような状態になるのに納得です』
遠くに過ぎ去っていく砂嵐を呆然と眺めながらニルが呟くと、ガルスも同意するように笑った。砂嵐でボロボロになった四人の——特にステラの——様子を見ながら、クロードは若干気の毒そうにそう付け加える。
「だがまあ、楽しかったわ」
「そうだろう? だからこの採取はやめられん」
ダリオの豪快な笑い声が響く中、魔導船は、静かに砂漠の外へ向かって走り始めた。




