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第42話 魔導船での道行


 その日、港の人の波は夜明けと共に動き始めた。


「よし、全員集まったな!」


 ダリオの声が、朝靄の残る港に響く。

 魔導船の周りには、昨夜宿で顔を合わせた冒険者たちが集まっていた。何人かは眠そうに欠伸をしているが、ほとんどの者は期待に満ちた表情で船を見上げている。


「いよいよ出発だ! 各船に分かれて乗り込んでくれ! その辺のお前らはワシの船だ!」


 ダリオがそう言って、ニルたちが居たあたりのグループを指差す。

 そして当然だが。ダリオの船とは、クロードと一緒に見惚れていた中型の魔導船のことだ。この巨大な木獣の背に乗れることに、ニルたちは確かに興奮しながらダリオの言葉に力強く頷く。


 選ばれなかったグループが、不満そうに3、4人のグループに分けられて機動力重視らしい小型魔導船に引っ張られていくが、ニルたちは彼らからの恨めしそうな視線は無視することにした。中型船に乗れた。大事なのはそれである。


「さあ、乗り込め! 命綱は忘れるなよ!」


 船に乗り込むと、甲板にはロープが何本も張られていた。

 船団の男が「これを付けて、あのロープと繋いどけ」と。命綱となるロープと、それを繋ぐ保護具のようなものを手渡してくる。同時に、ゴーグルと口元を覆うマスクも手渡された。

 ニルたちは袋のない紐だけの背負い袋のようなその保護具を受け取り、腰にしっかりと結んだ。


「……なんだか、少し恥ずかしいのですが」


 それは、構造上どうしてもそうなってしまうのだろう。今回の保護具は、ステラが装着すると胸の部分が強調されるようになっている。


「お嬢さん、恥ずかしくてもちゃんとつけろよ!」

「命綱だからな!」

「…………」


 そんな周りの様子を無視するように、ステラは防寒用として持ってきていた分厚い外套を無言で羽織った。

 しかし、冒険者たちのテンションは高いままだ。「明日も当然この配置なんだよな!?」と、テンションを上げている連中もいる。


「……ダリオさん。あんた、まさかこれわざとやったのか?」

「当たり前だろ。褒められてるんだから、お嬢さんも嬉しいだろ? 連中のやる気も上がって、悪い事は何もない」


 ニルの言葉を、ダリオは全く悪気がないような調子であっさりと認めた。

 ステラはそんなダリオに呆れるような視線を向けている。先日オルビアンでの初顔合わせから決めかねていた距離感が、確定した瞬間であった。


「すみません。次からダリオさんのこと、おっさんって呼んで良いですか?」

「勿論構わんぞ! 思えばワシも、結構いい歳のおっさんだからな!」

「なあニル。俺さ、細かい事気にしないやつが一番強い気がしてきたわ」

「ガルス、それ俺も思ってた」

『私としては、二人にはそのままでいて欲しいですね』

「私もそう思います」


 そうしている間に、それぞれの船の準備が整う。

 人の動きがある程度納まったのを確認して、ダリオが声を張り上げた。


「準備はいいか!」


 ひときわ大きなダリオの声が、朝の冷たい港に響く。

 周囲の小型艇からも、「準備完了!」という声が次々と上がった。


「よし——それじゃあ、行くぞ! お前ら、炉を動かせ!」


 ダリオが船首に立ち、周囲には聞こえないような小ささで何かを呟いた瞬間、船底に刻まれた魔法陣が青白く光り始める。


 —―ごうんっ、と。


 木製の獣がうなりを上げるように、船の中心から空気を震わせる分厚い鐘を付いた様な低い音が港を揺らした。ダリオの大声でも逃げなかった渡り鳥たちが羽音と共に空に逃げ出し、魔導船が僅かに地面から離れるように宙に浮かぶ。

 船体を縦に貫く太いロープは何もなかった筈なのに、目覚めた木獣が呼吸をするように、そのロープには可視化された魔力で編まれた三角帆が幾つも張られている。おそらくその帆は、魔導船が宙を進むための姿勢制御を担っているのだろう。


「さあ、出発だ!」


 ダリオの声と共に、『砂漠渡りの船団』が動き出す。

 まるで穏やかな風になったような速度で、周囲の景色が横へ滑るように動き出す。ステラが身に着けたばかりの外套の端がはためき、長い髪が風に遊ばれるようにふわりと流れる。


「おおー! すげーな! まじで飛んでるぞ!?」

「しかもこれ、結構早いな!」

「ですね! ダリオさん、これ凄いですよ!」

「なんだ。お嬢さん、ワシはおっさんって呼ぶんじゃなかったのか?」

「チャラで良いですよ!」


 ニルも、ガルスも、ステラも。

 初めて乗った魔導船の動きに興奮している。凄い凄いと騒いでいるが、クロードは目の前の現象に驚いていた。


『この空気の揺らぎは……魔力術式だけではない? 心臓部は、エンジンに近い構造?』

「なんだ、クロードは難しいことを気にするんだな」


 魔導船の理屈を理解しようとするクロードに、ダリオは苦笑する。


「ワシは理屈より、こいつが生きてるって感覚の方が好きでな」


 ダリオは船体を撫でた。


「旧文明の演説に、こんな言葉があったんだ。『轟音は詠唱。排気は息吹。流れる油は血流だ』ってな。機械ってのは生きてるんだって、その言葉で簡単に理解できたもんだ」


 —―ごうんっ、と。


 ダリオの言葉に応えるように、魔導船の心臓部がうなりを上げた。


「相棒もこう言ってるぜ。まあ気楽に構えてくれよ、クロード。気になるようなら、心臓部は後で幾らでも見せてやる」

「そうだぜクロード。ほら、見ろよあそこ。なんかの遺跡があるぞ?」

『了解しました、ニル。どの遺跡でしょうか?』


 ダリオの言葉を聞いていたのか、いなかったのか。

 ニルはクロードの柄を叩きながらそう言って、森の一部を指さした。塔のような——電波塔にも見える施設が、森の中から突き出している。


「あそこはやめとけ。この辺の連中は近寄らん」


 クロードの代わりにダリオがニルの言葉に答え、陸を滑る船旅は続く。




  ◇




 朝の冷たかった日差しは、夕焼けに差し掛かろうとしていた。


 太陽の動きに合わせるように周囲に広がる森も薄れ、岩が剝き出しになった草地の少ない荒地が広がるようになり——やがて、山脈の麓でもある錆色の大地が見え始める。


「さあ、着いたぞ。ここが鉄錆の砂漠だ」


 そうしてニルたちが辿り着いたのは、広大な砂漠であった。

 しかし、ただの砂漠で無いのは見て取れる。砂に混ざる様に、夕焼けを反射してきらきらと輝く新しい鉱石と、赤錆びた鉱石が交じり合うように広がっている。

 そして砂漠は削れた山脈の向こう側まで続いており、砂漠の所々では密度の高い砂嵐のような吹き上がりが見て取れた。


「ダリオさん。あの砂嵐が、鉱石鯨なのか?」

「ああ、そうだ。分かりやすいだろ?」


 ニルがダリオにそう聞くと、彼は笑ってそう言った。

 しかしガルスとステラはダリオの言葉に納得と驚愕が混在したように頷いているが、若干不満そうである。


「分かりやすくはあるけど、姿は見えないんだな」

「ですね。もっとこう、見た瞬間に分かるのかと思ってました」

『ですが、あの速度…… おそらく、かなりの速さに思えますが』


 そしてクロードは、別のことを気にしていた。

 様々な鉱石と砂が混じった鉄錆の砂漠の砂嵐は「それを起こしている何かが居る」ということしか分からない。しかしその中に何が居るのかまでは分からないが、遠目からでもかなりの速度で動いていることは理解できた。


『魔導船も素晴らしかったのですが、追いつけるのでしょうか?』

「この船の『仕掛け』があるから問題ねぇ。お嬢さんも、保護具を付けておいてよかったって思える仕掛けだ」


 クロードのそんな疑問に、ダリオは笑みを深めた。その質問を待っていたのだと。よくぞ聞いてくれたといわんばかりの表情をしているが、しかしニヤニヤと笑いながら勿体ぶった言葉を返す。


「なんだよ、ダリオさん。勿体ぶらずに教えてくれよ」

「嫌だよ。お前らの反応、面白いからな。明日まで我慢しろ。他の奴らにも聞くなよ? ワシが楽しめんからな」

「横暴だぜ、おっさん」


 ガルスが「ええ……」と言った感じで呆れながら反論するも、ダリオはまったく気にしていない。それどころか「その話は、もうチャラになっとる」と開き直って笑っている。


「だからおっさんとは言わせん。キャプテンと呼べ、キャプテンと」

『キャプテンさん、採取をするのは明日の朝からなのですよね?』

「そうなる。とりあえず、野営の準備に移るか」


 クロードの言葉に答えたダリオは、来た時と同じように船の船首に立って何かを呟いた。すると魔導船はごうん、ごうんと音を立てながら、地面に降り立つ。


「よぉーし、到着だ! 夜襲の警戒は『砂漠渡りの船団』でやるから、冒険者は野営の準備だ! 道具はそれぞれの船に備え付けてあるから、道中に説明を受けた通りに頼む!」


 ダリオの言葉に、それぞれが一斉に動き出す。

 そしてこれは、やはり適材適所というやつなのだろう。ニルを含めて旅慣れている冒険者連中は、瞬く間に簡易的な休憩場所を中型船の上に備えたり、船の周りに焚火の準備をおこなったりして野営の準備を終わらせる。

 ステラは夕食の準備組に参加している。ニルたちが野営の準備を終えて日が完全に落ち切る直前頃には、野営にしては豪華と言える夕食が出来上がっていた。



 そうして皆で思い思いの場所に陣取り、焚火で暖を取りながら夕食を食べる。

 ニルたちは、ダリオの近くの焚火で暖を取りながら談笑していた。



「そう言えばダリオさん。鉱石鯨ってこの砂漠にすんでるのか?」

「あ、それちょっと気になります。というか、この砂漠ってどこまで続いてるんですか? あの山の向こう側までは、全部砂漠に見えましたけど」


 夕食だけでは足りなかったニルが持ち込んだ干し肉を焚火で炙りながら、そんな疑問を口にした。ニルの疑問に乗っかる様に、ステラも感じていた疑問を上乗せする。


「ニルもお嬢さんも、どっちも似たような返事になるな。まず鉱石鯨だが、こいつらは世界中を移動してるのさ。この砂漠も、俺たちが鉄錆の砂漠って呼んでるだけで、元はあの山脈の一部だったらしい。鉱石鯨の回遊ルートになっちまったみたいで、見ての通りに削れたんだと」


 月に照らされた山脈を眺めながら、ダリオは面白そうな顔で言葉を続ける。


「あの山脈の向こうには、この砂漠みたいな光景がずっと続いてるんだ。前にここを調べに来てた学者は【砂漠の道】って呼んでたが、そんな道が世界中にあるんだ」

「へぇ、なるほどね」

「まあ、調べに行った学者も船団の連中も、次に会うことはなかったが」

『……やはり、危険な場所ではないのでしょうか?』


 何の気なしに続けられたダリオの言葉に、クロードは慎重にそう聞いた。しかしダリオは、クロードの言葉を「そうかもしれんな」と認めながらからりと笑う。


「まあこんな世界だ。奥に行けば行くほど危ないなんざ、考えれば分かるだろ。ここらで採取してる分には問題ねぇさ。ワシも、いつかはあの砂漠の向こうに行ってみたいって気はあるんだがな」

「なんだよ、キャプテンも冒険好きか?」

「冒険が好きじゃねぇ船乗りが居るかよ」


 ガルスが揶揄うようにそう言うと、ダリオは揶揄いを吹き飛ばすように豪快に笑う。そのままぐいっと酒を一杯煽り、酒臭い息を大きく吐く。


「死にに行きたいんじゃねぇぞ? ただまあ、鉄錆の砂漠みたいな場所はいくつかあるんだ。方向さえ間違えなけりゃ、どっかに辿り着けるんじゃないかっては誰でも考えるだろ。もしこの道を使えるようになりゃ、大儲けできるんだぜ?」

「確かに、海路じゃ運搬できないような場所にたどり着ける、ってのは間違いないわな」


 ニルがダリオの言葉に同意すると、彼は「そうだろ?」と笑みを深める。


『キャプテンは、何か勝算があるのですか?』

「まあな。最新の魔道具と、この船の『仕掛け』があればいける」

「へぇ、仕掛けか」


 ガルスがチラリとダリオを見るが、彼はニヤニヤしながら「そうだ、仕掛けだ」とだけ短く答えて、何も言わない。この瞬間が楽しいのだと、明らかに顔に書いている。


「そうだ、じゃねー。そこまで言ったなら教えてくれよ~」

「ダメだ。明日まで言わんと決めとる」

「教えてくださいよ、ダリオさん!」

「お嬢さんの頼みでも聞けんなぁ」

「おっさん、意地悪だろ」

「若いやつに意地悪したくなる年なのさ。おっさんだからな」


 ガルスも、ステラも、そしてニルも。

 三人の質問を「知らんなぁ」といった感じでダリオが無視している間に、周りは既に休憩の流れになっている。冒険者はニルたちの乗っていた中型船に乗り込み始めており、『砂漠渡りの船団』は甲板の上から周囲を警戒するように見張り始めている。


「そろそろいい時間のようだな。明日は採取で働いてもらうから、今日はもう休め」


 ダリオの言葉に、ニルたちは船に戻った。


 甲板に上がると、砂漠の向こうが見える。

 月明かりに照らされた錆色の大地——その奥で、今も砂嵐が上がっている。


 鉱石鯨が、動いている。


「……でかいなぁ」


 少しだけ足を止めて、ニルが呟いた。その遠目からでも分かる圧倒的な存在感が、どんなものであるのか今からワクワクしてしまっているように。


「明日、あれを追いかけるんだよな」

「ああ。楽しみだな」

「追いかけるだけじゃないから、しっかり動いてくれよ」


 ニルの言葉にガルスが笑い、ステラが頷く。

 クロードは静かにニルの背中で揺られ、ダリオは笑ってそう言った。


 ——明日、いよいよ鉱石鯨に出会う。




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