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第41話 鉄錆の砂漠へ


 朝日を浴びてた港は、きらきらと静かに輝いている。

 そんな静かな朝日に照らされた港の一角では、それとは対照的にがやがやとした喧騒が響いている。屑鉄を背負った集団が、喋りながら集まっている所為だ。

 そしてニルたちも、今からその一員として集団に加わることになる。


「すまん、ちょっと良いか?」

「お? どうした?」

「いや、ここが鉱石鯨の採取依頼の出発場所で間違ってないかを教えて欲しくてな。同業者っぽかったから、声をかけたんだよ」


 いかにも気の良さそうな日に焼けた中年の男を見つけ、ニルは道を尋ねる様な感じで声をかけた。そこまで話せば向こうも気が付いたらしく、「なるほど」と頷きニヤリと笑った。


「ならワシに声をかけたのは大正解だ! ワシの名はダリオ。砂漠渡りの船団を仕切っている!」


 そう言って、日に焼けた中年の男――ダリオと名乗った彼は、豪快な笑みを浮かべならがニルに手を差し出してきた。


 そんな彼を、ニルは改めて視線に収めた。

 がっしりとした体格に、長年の風雨に晒されたような深い皺と黒い肌。腰には短剣と、見慣れない形の道具袋を下げられており——その背中には、ニルたちと同じような屑鉄を背負っているのが、少しだけ親近感を沸かせる。


「なんだ、団長さんだったのか。俺の名前はニルヴァード。ニルが愛称だから、そう呼んで欲しい。それとこいつはクロード。武器じゃないから、よろしく頼む」

『初めまして、ダリオ。クロードと申します』


 そう言ってニルが背中の大剣をコツンと叩くと、クロードもダリオに声をかける。

 そんなクロードにダリオは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに豪快に笑ってみせた。珍しいものを見たといった感じに、同時に興味深いといった感じで。


「喋る剣とは、こりゃまた珍しい同行者だ! よろしく頼むぞ、クロード!」

「ちなみに、俺はガルス。こっちがステラな。ダリオさん、よろしく」

「ステラです! 今回はよろしくお願いします!」


 ガルスとステラの挨拶に、ダリオも「よろしく頼むぞ」と豪快に笑った。


「しかし剣の同行者も珍しいが、こんなお嬢さんの同行も珍しいな。かわいらしいナリしてるが、魔法が使えるのか?」

「い、いえ! そう言う訳じゃないですからね!?」


 ワタワタとダリオの言葉を否定するステラの様子に、ニルとガルスは面白そうに笑って「うちの癒し枠を、頭の良い脳筋と一緒にしないでくれよ」と、ダリオに向かって軽口に近いフォローを投げる。

 すると彼は、ニルの言葉に何を勘違いしたのか「なるほど、回復の魔法か」と真剣な顔で頷いている。どうやらダリオの中では『冒険者の女性というのは、魔法を使うもの』という考えがあるらしい。


『ダリオ、魔法から離れるべきです。ステラは魔法を使えません』

「なに? なら普通のお嬢さんってことか?」


 クロードはそんな様子のダリオに訂正を入れると、ダリオは「そんなことがあるのか?」とばかりに驚いた表情でステラを見る。そのダリオの視線を受けて、ステラは「そうです!」と力強く頷いた。


「私は普通のお嬢さんですよ!」

「普通のお嬢さんってのも、ちょっと変だけどな」

「まあ、ステラの自己紹介としてならこれは間違ってないだろ」


 若干おかしなテンションになっているステラに、ニルとガルスはまあ彼女の性格をよく表した自己紹介だよ、と揶揄うように笑っている。

 そしてダリオも、クロードの言葉に「いやぁ、すまんかったな!」と全く悪気が無さそうに笑っている。謝られている筈のステラだけが、これはデウェと似たタイプだとでも考えるように、距離をどうするか悩んでいるような苦笑いで誤魔化していた。


「まあ、なんにしてもよろしく頼むぞ! 危険は殆どないが、鉱石鯨を追いかけるのはとにかくスピードが勝負だ。振り落とされないように気を付けるんだぞ?」

「あ、はい! 了解しました!」


 ダリオの言葉にステラが元気に頷き、彼は満足そうに頷いた。

 そうしてダリオが話し終わるのを待っていたのか、近くに控えていた男が「団長、そろそろ……」と小さな声で肩を叩く。

 それを受けてダリオも「おう、もう時間か」と小さく頷いた。


「それじゃあ一旦お別れだ。続きは船の中で話そう」


 そう言って返事を待たずに歩き出したダリオは、船の前まで移動する。そして「砂漠渡りの船団のダリオだ!」と、纏まりのない喧騒を纏め上げるように、港に響くような大声をあげた。


「今日はよく集まってくれた! ここから海路と陸路で進み、夕暮れには砂漠に着く流れになる! 長旅だが頑張ってくれ! あそこの荷物が積まれたら出発だ!」


 ダリオが指差した場所には、もうすぐ積み終わるであろう荷物が少しだけ残されている。


「準備ができたと思った者から、船に乗り込んでくれ! ただし、取り残されんようにな!」


 豪快に笑ったその言葉を最後に、ダリオは誰よりも早く波で揺れている船に乗り込んだ。彼の後にはダリオに声をかけた男が続き、作られた人の流れに乗る様な形でどんどんと人が船に乗り込んでいく。

 乗船用の板が、ぎしりぎしりと軋みを上げる頻度が上がる。それはニルたちに、これから始まる冒険の予感を感じさせる。


「なるほど。こりゃ確かに、人の流れについていったら問題無さそうだな」

「だな。はぐれないようにしようぜ」

『ステラ、はぐれないようにしてください』

「勿論ですとも!」


 人の流れに続くように、逸れないように。

 ニルたちもダリオに続くように、船に乗り込むのだった。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 出発した船は穏やかな海を進み、やがて内陸の港町が見えてきた。

 

 そこは錆色の大地を背にした町なのだろう。

 砂漠への入り口として栄えているらしく、港の——陸の部分には、馬車ではなく魔導船が何隻も停泊している。夕焼けに照らされた船体が鈍く光を反射しているその様子は、まるで背の低い壁が並んでいるようにも見える。


 そして港から——普通の船を降りたニルたちを待っていたのは、『砂漠渡りの船団』が所有する魔導船だった。


「これが魔導船ですか……」

「すげぇな……」


 港から少し離れたその場所には商船のような中型の旗艦と、それに従う小型のボート数隻が並んでいる。

 見た目は、確かに木造の船だ。

 しかし夕焼けを受けてキラリと光る外観は、どこか普通の船とは違う雰囲気を漂わせていた。


 陸という固定した場所にあるからだろうか。平らな腹は金属で作られ、その金属の上に木製の船本体が乗っているような感じだ。

 風を受ける帆もあるが、それは風を受けて進むためというよりも、帆の中心に描かれたマークを掲げるための物なのだろう。支柱の数の割に帆は少なく、船体を縦に貫く太いロープは何も吊るさずに固定されている。


『これは……外装の材質が、特殊? いや組成が違う?』


 その違和感に、スキャンをかけたクロードが最初に気が付いた。

 木造に見えるが、おそらくは違う。材質が均一ではない。


 元の素材は、確かに木材だったのだろう。

 しかし幾度もの航海を経て、柔らかな木材が砂と鉄に表面を削られながらそれを吸い込み、徐々に入れ替わっていったかのようだ。木材が砂と鉄を纏い、少しずつ変質していった結果がこれで——


 クロードには——それがまるで、巨大な金属の腹を持つ木獣のように感じられた。


「ほう、クロード。お前さん、違いが分かるのか」


 呟かれるように零されたクロードの言葉を拾ったのは、ダリオだった。

 見込みのある初心者を見つけたような、あるいは同好の士を見つけたような雰囲気の笑みは、見るからにウンチクを語りたくてしょうがないというような感じである。


「これは鉄錆の砂漠を駆ける魔導船だけが持つ、特殊な素材だ。【ユグドラ材】っていってな。植物のしなりと、鉱石の固さを併せ持つ。支柱も、実は半分ぐらいこの素材を作るために抱えてるんだ。まあ、ちょいとした仕掛けはあるんだが……」

「へぇ、そうなのか。でもなんか…… 凄いな」

「ですね。何といいますか……見た事のない凄さ、て感じです」


 ダリオの言葉に感心しながら、しかし漠然と「凄い」という感覚しか言葉に出来ないガルスとステラに、ダリオは「凄いのが分かれば伝わっとる!」と豪快に笑う。


「それではすまんが、先に挨拶をさせてもらうぞ」


 ニルたちに言いたいことを言ったからか、それとも話足りない気持ちを振り切ったのか。ダリオはニルたちの返事を待たずに離れていき「注目!」と、夕焼けの中に響く声を張り上げた。


「今日はこの港で一泊する! 明日の朝にはこいつを使って、鉄錆の砂漠まで出発だ! 向こうに見えてる、真ん中が不自然に削れた山脈が目的地だ! 遠くに見えるが、魔導船なら夕暮れには着く! あっちで一泊してから採取に移る事になるから、次にゆっくりできるのはここに戻って来た時だ! まずは、簡単にルールを説明させてもらう!」


 そこまでを一息で話したダリオは、一拍置くように周囲を見渡す。


「鉱石鯨の採取物を持ち帰るために、同じ重さの屑鉄を砂漠に捨てる! 基本的にはこれだけだ! 一応、この屑鉄は鉱石鯨の採取物を求めたお仲間への撒き餌でもあるがな!」


 ダリオはそのまま、呼吸を整えるように冒険者を見渡す。


「一先ずは以上だ! 明日の朝まで自由に過ごしてくれ!」


 彼の演説が終わると、『砂漠渡りの船団』の面々が声を上げている。


「こっちは宿屋に行くグループだ。休みたい奴は付いて来いよ~」

「魔導船について聞きたいことがあるやつは、今のうちに何でも聞いておいてくれ」

「宿屋の名前は『砂漠への休息所』だ。依頼人数分の部屋はある筈だから、変なのが紛れ込んでなければ寝床は足りてるぞ」

「飯を先に食いたいなら、俺について来てくれ。ついてこなくても、この港は鉄錆の砂漠への入り口だから、荷物を持っていても文句は言われんからな~ 好きに選んでくれ」

「ユグドラ材の販売もそろそろできるかもしれないから、商売の話をしたいのはこっちな。航海が終わってからの話になるから、素材の仕上がりもその目で見れるぞ」


 ダリオは先陣を切る様に魔導船の説明グループに合流しており、砂漠渡りの船団の何人かはダリオの言葉を待たずに宿屋と飯屋を目指すようだった。

 そんな引率の面々の動きに、冒険者たちも思い思いに散らばっていく。

 俺はあっち、私はこっちと。ニルたちには意外であったが、どうやら商売の話をしたいグループも一定数いるらしく、人の流れはかなり奇麗に分かれている。



 冒険者が消えていく港町に目をやれば、夕日に照らされた町並みが目に移る。

 砂漠への入り口の拠点らしく、屑鉄を背負った人々が行き交っている。屑鉄を背負っていないのは、この町に居を構える住人だろうか。それとも、ユグドラ材を求めてきた商人か。

 店の入り口にある看板には「砂漠渡り歓迎」の文字。飯屋からは、鉄錆を落とすためなのか、嗅ぎ慣れない匂いが混じった料理の香りが漂ってくる。


 ――鉄錆の砂漠と共に生きる町の、独特な活気があった。


「俺たちはどうする?」


 ガヤガヤと動き出した人の波から離れる様に立っていたニルたちは、ダリオに近かったという理由だけで魔導船の説明を聞くグループに振り分けられたような形になってしまっている。


『私は、ダリオの話を聞いてみたいですね』

「私もです! よく分からないですけど、とりあえず面白いので!」

「二人の意見に乗って良いんじゃね? 俺も興味あるし」

「実は俺も」


 そうしてニルたちは、ダリオの背中を追った。


 夕焼けの中、魔導船の説明を聞きながら——ステラは、砂漠の方角を見上げた。

 地平線の向こうには、今はまだ森しか見えない。

 しかし一部が不自然に削れたような山脈は既にみる事ができており、ここからあそこに行くのだ、という興奮と不安が混ざったような期待が胸に灯っている。


「明日が、楽しみですね」


 小さく呟いたその言葉に、ニルたちは笑って頷いた。




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