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第40話 出発の朝


 マグナスの工房を出たニルたちは、そのまま冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの扉を開けると、いつもと変わらぬ喧騒が出迎える。

 大きなコルクボードの前で依頼を探す冒険者たち。受付に並んで報告をする者たち。併設された食堂で酒を飲みながら談笑する者たち。

 オルビアンの冒険者ギルドは、今日も賑やかだ。


「あら、いらっしゃい」


 受付のカウンターに立つ女性が、ニルたちに気づいて声をかけた。

 この受付嬢とは何度か顔を合わせているが、ニルは名前までは知らない。もしかすると、ガルスなら知っているかもしれないが。


「よう。鉄錆の砂漠の依頼、まだ残ってるか?」


 ニルの問いに、受付嬢は「ああ、あれね」と頷いた。


「鉱石鯨の採取依頼でしょ? まだあるわよ。人気はあるんだけど、船持ちのグループが複数出してるから枠は多いのよね」

「なら良かった。詳しく聞かせてもらえるか?」


 ニルの言葉に受付嬢は「まだ張り出してない新品よ」と笑いながら、机の棚からまだインクの匂いが残っていそうな真新しい依頼書を取り出した。


「依頼主は『砂漠渡りの船団』 鉄錆の砂漠で鉱石鯨の採取をやってるグループね」

「砂漠渡りの船団…… そのまんまな名前だな」


 ガルスが苦笑すると、受付嬢も「分かりやすからいいじゃない」と笑った。


「で、依頼内容は【鉱石鯨の採取作業の護衛】ね。といっても、鉱石鯨は人を襲わないから、実際には作業の手伝いがメインって事になってるわ」

「護衛じゃなくて、手伝いなのか?」


 ニルの疑問に、受付嬢は「そうなのよ」と頷く。


「鉱石鯨は基本的に無害なんだけど、たまに砂漠の魔物が寄ってくることがあるの。その時の護衛と、あとは採取作業を手伝ってもらうって形ね」

『なるほど。では、危険度は高くないのですね?』


 クロードの問いに、受付嬢は「ええ、そうなるわね」と答えた。


「報酬がお金じゃないから、初心者向けじゃないわね。でも、船を持ってるグループが全部やってくれるから、実際の危険度は初心者向けではあるわ」

「へえ、報酬は現物か。どんなのが貰えるんだ?」


 ガルスが興味深そうにそう聞くと、受付嬢は依頼書を指差した。


「採取した鉱石の一部。鉄錆の砂漠に持ち込んだ金属と同じ量だけ、鉱石を持ち帰れる。精錬してみるまで組成が分からないらしいから、運の要素が強いわね」

『同じ量…… 重さだけが基準なのでしょうか?』


 クロードの問いに、受付嬢は「それは考えた事なかったわね」と考え込む。そうして産まれた少しだけの沈黙に、ギルドの中の喧騒がほんの少しだけ五人の間に入り込む。


「……少なくとも、この依頼主の注文は重さだけね。現地に行けば、もしかすると詳しく聞けるかもしれないけど」

「なるほど。なら悪くないな」


 ニルが納得したように頷くと、受付嬢は「ちなみに」と続けた。


「鉄錆の砂漠まで行って、鉱石鯨を見つけて、採取してから帰ってくる流れよ。簡単だからって2、3日で終わるって訳じゃないから、そこは注意してね」

「普通の遠征って話ですよね。了解です!」


 ステラの言葉に続くように、ガルスが「ああ、そう言えば」と。何かを思い出したような感じで言葉を続ける。


「屑鉄を持っていく必要があるって聞いたんだが。どれぐらいの量が必要なんだ?」


 ガルスの言葉に、受付嬢は「欲しいと思った量だけよ」とくすりと笑う。


「言ったでしょ。置いていったのと同じ重さだけ、鉱石鯨の採取物を持ち帰れるの。欲しいと思う量だけ持っていけばいいわ」

「まじで? そんなに取れるのか?」


 受付嬢はガルスの言葉を聞いて、こいつマジか、みたいな感じに呆れている。じとっとした目は、ガルスの実力を知っているからこそ出てしまったものなのだろうか。


「馬鹿みたいに持っていくつもり? 常識的な量にしてよね? うちのギルドの常識まで疑われるんだから」

「いやいや、そんな目で見なくても分かってるって」

「ガルスさん、力持ちですからね」

「ステラの優しさが沁みるわ」

「……まあ、持ち込み過ぎる分には怒られる事はないから、持っていく分には止めないわ。人数で割ったらそんなに取れないと思ったから、忠告しただけ」


 ガルスが目の前でステラを褒め出した所為か、受付嬢は面白く無さそうにそう言った。ガルスも「冗談だよ、いつも助かってるって」と遅すぎるフォローを入れている。このフォローが意味があったかどうか分かるのは、少なくとも今ではないのだろう。


『持ち込み過ぎても大丈夫ということは、鉱物の廃棄場のようにも使うことが可能なのでしょうか?』

「それはまあ……できると思うけど、やる意味はないと思うわよ?」

『なるほど…… すみません、変なことを聞いてしまいました』

「でもまあ、クロードの疑問はちょっと分かるわ。取りすぎるのがダメなら、増やしちゃうのは良いんじゃないか? って話だろ」

「やる意味がなくね?」

「適当に持って帰れるようになる、でどうだ」


 ニルとガルスの軽口を聞きながら、受付嬢は「冗談にならないからね、それ?」と注意するように口を尖らせる。その表情は、先ほどの馬鹿話をしていた時に比べ、幾分かの真剣さを含んでいた。


「砂漠鯨は【鉄錆の砂漠】にある生態系の頂点よ。人種のことはイチイチ敵として認識していないけど、やり過ぎて砂漠の外に出てきたら、近くの町かどこかの山が砂漠に沈むことになる。気を付けすぎて悪いって事はないんだから」

『山が砂漠に…… 鉱石鯨とは、それほどの存在なのですか』

「凄いとは聞くわね。まあ温厚というか、多分大きすぎて色々区別がつかないから、イチイチ狙われるってこともないんだけど」


 受付嬢の言葉に、ニルたちは顔を見合わせた。

 しかし、見渡した時の表情に否定的な雰囲気はない。どちらかと言えば興味が勝っており、次の言葉も何となく理解はできた。……ニルもそうだからという、若干願望めいた予測もあった訳だが。


「どう思う?」

「悪くないんじゃないか?」

「私も賛成です。楽しそうですし」

『同じく、異論はありません』


 四人の意見が一致して、ニルは受付嬢に向き直った。


「じゃあそう言う訳で、この依頼を受けさせてくれ」

「了解。ここにサインをお願いね」


 受付嬢が差し出した依頼書に、ニルがサインをする。


「出発は明後日の朝。港の第三埠頭に集合してね。船団の人たちが待ってるから、合流してくれたら流れについていったら大丈夫よ」

「了解だ」


 依頼を受けたニルたちは、受付嬢に背を向ける。

 そしてニルたちが話し終わるのを待っていたのか、入れ替わるように別の冒険者が彼女の元へと並ぶのだった。




  ◇




 そして翌日、ニルたちは出発の準備に追われていた。


「装備の確認は終わったか?」

「ああ、問題ない。てか水って多めで良いよな? 砂漠だし」

「良いんじゃね? 俺はそのつもりだし」


 ニルの問いにガルスが「やっぱだよなぁ」と頭をかいて、旅具の調整を継続する。ニルは「もう屑鉄以外は水で良くね?」と言い出したが、ガルスは「飯どうすんだよ」と呆れている。


「ステラはどうだ?」

「砂漠なら日差しが強いと思うので、脱水症状の時に使う薬は幾つか持ちました。夜の行動は無いと思いますけど、一応は防寒装備も。こっちは最悪、防塵用として使い終わっても良いかなと思ってます」

『ニルとガルスよりも、ステラの方が冒険者のようですね』


 ニルの言葉にすらすらと答えるステラの言葉に、クロードは面白そうにそう言った。そんなクロードに、ステラは「ニルさんとガルスさんが、重たい物を持ってくれてるからですから!」とワタついているが、ニルとガルスは面白がって笑うだけだ。


「それじゃあ、あとは屑鉄だな」


 ニルはそう言って、部屋の隅に鎮座する鉄くずを指差した。


「これ、マグナスさんに貰ってきたやつだな」

「ああ。『工房にある屑鉄は全部持って行って良いぞ』って言われたから、遠慮なく貰ってきた」


 ガルスが笑いながら答えると、ステラが「お父さん、太っ腹でしたね」と嬉しそうに言った。実際、屑鉄とは言え重さを基準にすればそれなりの金額にはなる。マグナスの厚意は、素直に嬉しいものだった。


『この量で足りるのしょうか?』

「行った事ないから分からんな。どれぐらいの大きさとか、重さが取れるのかもわからんし。まあ、過不足があれば次回以降でも良んじゃないか?」

『確かに。それもそうですね』


 クロードの問いに、ニルは準備は終わったなといった感じで頷いた。


「よし、準備は万端だな」

「俺はまだだけどな。流石に明日の朝には終わるが」

「楽しみですね!」

『私も、鉱石鯨を観測できるのが楽しみです』


 四人がそんな会話をしていると、階下からデウェの声が聞こえた。


「あんたら、居るかい?」

「なんだ?」


 ニルが部屋の扉を開けると、デウェが扉の前に立っていた。彼女はその手に一通の手紙を持っており、これが用事だとばかりに、それをニルたちに差し出す。


「ニルに手紙が届いてるよ。バルトランって人からだ」

「バルトランさんから?」

「また手紙か。何かあったのかな」


 ニルは階下に出ると、デウェから手紙を受け取った。

 手紙を渡したデウェは「確かに渡したからね」と言って背中を向けて、代わりにニルとガルスは顔を見合わせる。

 そしてニルが少しだけ緊張しながら封を開けると、中には丁寧な字で書かれた手紙が入っていた。


「なになに……――


 ――『日の盃のおかげで、町が少し明るくなった』


 ニルが声に出して読むと、ガルスとステラも隣に来て手紙を覗き込む。


 ――『月の台地の民との交易が、再開できるかもしれない』


「おお、良かったじゃないか」

「ですね。バルトランさんたち、元気そうでよかったです」


 ガルスとステラが嬉しそうに笑うと、ニルは続きを読み上げた。


 ――『もし君たちが月の台地に興味があれば、紹介状を書く用意がある。いつでも声をかけてくれ』


 ――……ということだ」


 手紙を読み終えたニルはガルスを、そしてステラを見た。


「月の台地ですか」

「ちょっと気にはなるな。行ってみるか?」


 ガルスの問いに、ニルは少し考えてから首を横に振った。


「いや、今じゃなくてもいいだろ。いつか行くかもしれないけど」

「まあそうなるか。急ぐ話でもないしな」

『そうですね。私は、この手紙の内容が喜ばしく思います』

「私もそう思いますよ!」


 クロードとステラの言葉に、ニルとガルスは笑う。死ぬかもという思いもしたが、苦労が報われた。この手紙の内容に、四人は確かにそう思う事ができた。


「なんだ、お前ら優しいな」

『当然です』

「でも、ほんとにその通りですよ。町が明るくなったなら、 良かったです!」

「ああ。お前が頑張ったおかげだな」


 嬉しそう笑うステラにニルがそう言うと、彼女は「はいっ」と元気良く頷いた。


「月の台地との交易も、再開できるといいですね」

「だな。いつか、俺たちも行ってみたいもんだ」


 ニルの言葉に、ステラは「ぜひ行きましょう」と笑った。


「でも、まずは明日の依頼ですね」

「そうだな。じゃあ今日は早めに寝るか」

「賛成です」


 四人は笑って、それぞれの寝床に戻るのだった。




  ◇



 翌朝、港は朝日に照らされて輝いていた。

 朝の海から流れる冷たい潮風が緩やかに吹く第三埠頭には、何隻かの船が停泊しているが、一番に賑わっているのはニルたちが乗る予定の船であった。


「へぇ、かなり人が居るな」

「ぽいな。あれが砂漠渡りの船団か?」

「同業者じゃないでしょうか? 皆、屑鉄を持ってますし」


 ニルが指差した先には、数人の男女が集まっていた。

 きっと、今回の冒険の仲間たちなのだろう。


「まあ聞けばわかるか。んじゃ、行くか」

「おう」

「はい!」

『楽しみです』


 四人は彼らの元へと歩き出した。


 ――青い空が、どこまでも広がっていた。


 鉄嶺の町で見た、黒い穴の浮かぶ空ではない。


 ただ青く、どこまでも続く空。


 ニルたちは笑って、次の冒険へと歩き出した。



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