第39話 次の準備へ
翌日、ニルたちはマグナスの工房を訪れていた。
店の表から入るとステラが店番をしており、「おはようございます!」とあいさつをしてくれた。
「おはよう、ステラ。マグナスさんは裏か?」
「ですね。ガルスさんがゴールさんの鎧の話があるみたい、て伝えたらあっちで待ってるって言ってましたよ」
『それで、代わりにステラが店番ですか』
「そうです! まあ、皆さんが来たので店番もここまでですけど」
普段マグナスが座っている場所で本を読んでいたらしいステラは、本を机の隅に立てかけてニルたちの方に近づいた。
「それじゃあ、裏に行きましょうか」
「おう、危ないかもしれないからステラが先頭な」
「マジかよ。普通逆だろ、それ」
「私はこのダンジョンを知り尽くしていますからね、たまには私が先頭でも構いませんとも!」
そしてニルとガルスを引き連れて店を出たステラは、表のドアに【工房にて作業中。裏口にお声がけください】と書かれた札を引っかけた。
「お二人は知らないと思いますが、この札を使えば中に人が居なくてもよくなります」
「まさかステラがその札を使えるとはな…… 俺もガルスも使えないわ……」
『私も使えません。ステラ、やりますね』
「というか、最初からそれ使えばよくね?」
「ノリの悪いやつだ」
「ほんとにそれですよ。というか、私だけで話聞いても分かる訳ないじゃないですか」
四人は軽口を叩きながら、ステラを先頭に裏口から入る。
マグナスは、前回のようにゴールの鎧の前にいた。しかし今回は調べるような感じではなく、何かを確認しているかのようだった。
「おう、来たか」
ニルたちに気づいたマグナスは、手を止めて振り返った。
「おはよう、マグナスさん」
「ああ、おはよう。ステラから話は聞いたが、やばかったようだな」
「そうなんだよ。冗談じゃなく死んだと思った」
「軽口が叩けるなら、もう大丈夫そうだな」
マグナスは笑いながら頷くと「まあ座れ」と椅子を指さして自分も腰を下ろした。そんな彼に続いてニルとガルスも腰を下ろし、最後にステラが適当な場所に腰を下ろす。
「それで、今日はどうした? ゴールの防具の材質が分かった、とステラは言っていたが」
「それもあるんだけど、まずは換金レートの話を聞きたいんだ」
ニルの言葉に、マグナスは「鉄嶺の町から持ち帰った金の話か」と納得するように頷いた。
「金から精製黄金へのレートだが、重さで言えばだいたい10対1ってところだな」
「10対1?」
おそらく、昨日のうちにステラからある程度の話を聞いていたのだろう。あまり取り扱うことがない筈の金属だが、用意していたようなスムーズさで答えが返ってくる。
しかしステラはと言えば、イマイチぴんと来ていないらしい。つまりどれぐらいの価値なのだ? とばかりに首を傾げており、マグナスはそんな様子に笑っている。
「ステラにはあまり馴染みがないだろうが、精製黄金は金を魔力溶媒に溶かして再精製を繰り返して作るんだ。金と違って固いし、魔力の通りも良い。まあ、高級品だな」
マグナスの説明にクロードは『なるほど、そのようなものがあるのですか……』と納得したようにしており、ステラは「高いのは知ってるし!」と反応している。
『……すみません、マグナス。一つだけ聞いても良いでしょうか?』
「おう、なんだ?」
『もしかしてオリハルコンというのは、魔力を蓄える用途としても使用できるのでしょうか?』
「空色の大剣みたいに使いたいのか? もしそうなら、まあ、使えるとは思うぞ。使う意味があるかは分からんが」
『いえ、そのような意味ではないので大丈夫です。ありがとうございます』
クロードの感謝を受けて、マグナスは不思議そうに「そうか?」と首を傾げる。クロードが何を考えてそう聞いたのかは分からなかったが、そんな二人のやり取りを見ていたニルは、苦笑しながらクロードに問いかける。
「気になったことがあったら言ってくれよ?」
『いえ……もしかすると、子機のように使えるのではないか、と感じまして』
「子機…… てのは、なんだ?」
そしてニルは、クロードが発した聞き慣れない言葉に首を傾げた。
『私の端末……いえ、能力を削った分身のようなものですね』
「おお! そんなことができるんですか!?」
『いえ。考えてみれば、「私」ではなくなった「私」に何ができるのか、思いつきませんでした』
「……またクロードが難しいことを言ったってのは分かった」
「……同じくです」
ガルスとステラは渋い顔をしながら、そう締めくくった。そんな三人のやり取りを見ていたニルは「とりあえず話を戻していいか?」と苦笑する。
「つまり、俺たちが持って帰った金の量でどれぐらいになるんだ?」
「そうだな…… まあ、武具一個分の精製黄金は作れるだろうな。二つ目も、まあ作りたい物によるがいけるだろう」
マグナスの言葉に、精製黄金の武器の値段を知っているニルとガルスは顔を見合わせ拳を合した。二人のその様子に、具体的な価値が分からないステラとクロードも期待が膨らむ。
「思ってた以上だったな」
「バルトランさん、随分と弾んでくれたんですね」
『報酬として、適切だったということでしょう』
クロードの言葉に、ニルは「そうかもな」と笑って頷いた。きっと、バルトランが言っていた通りだ。感謝と誠意を精一杯で表してくれたのだろう。
「それで、精製黄金を作って欲しいのか?」
マグナスの問いに、ニルは少し考えてから首を横に振った。
「いや、とりあえずはいいよ。自分で使うか、売るかも決めてないし」
「それもそうか。まあ、何か作るときは言ってくれ。精製に時間はかかるからな。なんなら、今のうちにインゴットにしておいてやろうか?」
そう言って笑ったマグナスに、ニルは助かるよと頭を下げる。
「頼む。いつもありがとうな、マグナス」
「ステラのパーティーメンバーだ、気にするな」
ニルとマグナスがそこまで話して一区切りがついたところで、ガルスが次の話題を持ち出すように口を開いた。
「マグナスさん、あと一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ゴールの装備品の話だよ。あの素材、【熔鉄】っていうらしいんだ。聞いた事ないか?」
ガルスの言葉に、マグナスの表情がいくらか真剣なものに変わった。ようやくその話が来たか、と。心のどこかで構えていたような顔つきである。
「熔鉄か。鉄嶺の町で聞けた話なんだよな?」
「だな。バルトランさんっていう、町の代表の人から聞いたんだ」
ガルスの説明に、マグナスは「なるほどな」と腕を組んで考え込んだ。眉間に皺を寄せた難しそうな視線が、ゴールの鎧に向く。
「お前たちが鉄の国に行ってる間も、ずっとあいつを調べてたんだ。熔鉄と言うのか……たしかに、そんな名前が付いていてもおかしくはない」
『名前で納得できるものなのですか?』
名前を聞いただけである種の納得のような雰囲気を滲ませるマグナスに、クロードはそう聞いた。そんなクロードに、マグナスは「ある程度だがな」と少しだけ笑う。
「見た事も聞いた事もない素材だったが、調べてみて分かったことがあってな。溝から、炎が噴き出していたんだろう?」
「そうそう。真っ赤な炎が、鎧全体を覆ってたんですよね」
『私も観測しています。熱エネルギーが、運動エネルギーや質量を伴った炎に変換されていました』
ステラとクロードの言葉に、マグナスは「そうだ」と頷いた。
「この鎧は、魔力を炎に変換する性質を持ってるんだ。おそらく、後天的な術式じゃなくて素材が持つ先天的な性質だ。ステラから、ゴールの短剣が日の盃ってやつの魔力を吸って火を上げた、てのを聞いて確信した」
マグナスの言葉に、ニルたちは顔を見合わせた。そんなことが可能なのかと、目の前で見たが若干信じ切れていないような雰囲気である。
「魔力を炎に変換……それって、誰でも使えるってことか?」
「ああ。日の盃の現象を聞く感じ、魔力さえあればいけるんだろう」
マグナスは腕を組んで、少し考えるように間を置いてから言葉を続ける。
「普通、炎を出すにはそれ用の何か必要だ。魔法使いが呪文を唱えて魔力を炎に変えたり、ワシらが作るような魔道具がそれだ。だがこの鎧は、それを『自動で』やってくれる」
「自動で?」
「そうだ。イメージ的には、素材が生きているようなもんだ。魔力を吸って、炎を吐く。この素材に息をさせてやろうとすれば——まあ使おうとする側は、魔力を流し込むだけでいい。それで、素材が勝手に呼吸をする」
ニルたちに伝わるように言葉を選んで説明を続けるマグナスの言葉に、ガルスが「マジか」と驚いた声を上げた。
そんなガルスに、マグナスは「ただし——」と話を続ける。
「魔力の消費が激しい。お前さん、この短剣を使った時にどうなった?」
マグナスがガルスの腰に差してあるゴールの短剣を指差す。
「……息切れがやばかった。魔力が抜けていく感じがして、体が軽くなったのかと思ったぐらいだ」
「だろうな。この仕組みには、魔道具や術式のような『効率』が一切ない。まあ、当たり前だ。炎を出すのは、あくまで素材の性質による現象だからな」
マグナスの言葉に、ガルスは「なるほどな」と納得したように頷いた。
その説明に、かなり納得する部分がある。分類的には魔道具や魔法の武器になるのだろう。しかしより正確に表現したければ、確かに「素材が生きている」と表現された方がしっくりくる。
「てことは、結局は今まで通りか。使えるけど、長くは使えないと」
「そういうことだ。だがその炎をゴールがやったように、何かしらの『形』に留めることで問題は解決するのではないか、とは思うのだが……」
『そのようなことが可能なのですか?』
「可能ではあるのだろう。ゴールの鎧は、50年近く動き続けておった。つまり、何かしら『呼吸を持続させる方法』のようなものがあるとは思うんだが……」
マグナスは少しだけ考え込むように言葉を区切り、一拍置いてから口を開く。
「ガルス、お前さんゴールの短剣は、ゴールに殴られた時に魔力を吸いあげたと言っておったよな?」
「ああ、そうだな」
「おそらくだが、その時に武器に『火が入った』のだろう。息を吹き返した、と言っても良い。だからまあ、お前さんもその武器を『生きている』と思って使え。もしかすると、何か応えてくれるかもしれん」
『ゴールの短剣も、私のようになるのですか?』
自分と同じような存在が産まれると思ったのか、クロードの疑問は少しだけ嬉しそうに聞こえた。しかしマグナスは、「お前さん程の上等にはならんだろうな」と苦笑する。その返答に、クロードは『残念です……』と気落ちしていた。
「こんなことしか言えなくてすまんな」
「いや、それが分かっただけで十分だ」
マグナスはそこで一息ついて、視線をニルに向けた。
「で、ここからがワシの側の本題なんだが――」
マグナスは改めて姿勢を正した。
「お前たち、鉄の国の装備品は全部金に換えたんだろう?」
「ああ。バルトランさんが買い取ってくれた」
「なら、もしバルトランと装備品のやり取りをするなら、ワシを間に入れてくれんか? お前さんたちも、その気はあると聞いてな」
マグナスの提案に、ニルは「話が早くて助かるよ」と笑った。
実際その話は、マグナスに頼もうとしていたからだ。ステラのおかげで話がスムーズにいっており、非常に話が楽である。
「正直、詳しい話をされても分からんからな。本当に助かる」
「ワシも気になるからな。何か分かった時は、ステラに伝えれば良いのだろう?」
「だな。それで頼むよ」
「ですね、伝言なら任せてくれて良いですよ!」
ステラが元気よく答えると、マグナスは満足そうに笑った。
そして今までの話を区切る様に、「それよりも、そろそろ面白い時期が来ていてな」と言葉を続けた。
「面白い時期?」
「ああ。【鉄錆の砂漠】で、鉱石鯨の採取をやる時期でな。お前さんたちも行ってみてはどうか、と思ったんだ」
マグナスの言葉に、ニルたちは「鉱石鯨?」と首を傾げた。マグナスの口ぶりからは有名な存在に聞こえるが、少なくともニルたちは聞いた事のない名前であった。
そしてステラも知らないらしいのだから、どうやらオルビアン周辺での話ではないらしいことも予想がつく。
「お父さん。鉱石鯨って、なに?」
「砂漠を泳ぐ巨大な魔法生物だ。体表から鉱石を排出するんだよ」
マグナスの説明に、ガルスが「へぇ」と興味深そうに声を上げて、ステラが投げた質問を引き継ぐ。
「鉱石を排出するのか。それって、採取できるってことか?」
「ああ。船を持ってるグループがいてな。そいつらが鉱石鯨に張り付いて、採取をしているんだ」
『船? 砂漠で船を運用するのですか?』
クロードの疑問に、マグナスは「そうだ」と頷いた。
「鉄錆の砂漠は、錆と鉱石が積もって砂漠みたいになってる場所でな。そこを、魔導船で走るんだ」
『魔導船…… 以前、交易都市カイサリアで見たようなものですか?』
「あれよりはずっと小さい。イメージ的には、魔導船で砂漠を走る感じだ」
「最初からそう言ってくれよ、それならわかりやすい」
「いや、すまんな」
クロードが興味を示すと、マグナスは笑った。
以前にカイサリアの空を飛んで魔導戦艦は、今回話に出た魔導船よりもずっとずっと大きい。それこそ、あちらの大きさを町に例えるなら、今回の魔導船は村が良いところという規模感だろう。
「ただまあ、お前さんたちなら気に入りそうだ、と思ってな。で、その鉱石鯨の採取依頼が出ている時期が今ということだ」
マグナスの説明に、ニルたちは顔を見合わせた。
「どう思う?」
「面白そうじゃないか」
「危険度は?」
それが気になる、とばかりにずばりと質問するガルスの言葉に、マグナスは「危険はほぼない」と笑って答える。
「鉱石鯨は人間を襲わないからな。船さえあれば、かなり安全な依頼だ」
「へぇ。それなら、ちょっと話を聞いても良いな」
「だな。楽な依頼が良いって話だったし、丁度いいわ」
「私も賛成です。次は怖くない冒険がいいですよ」
『私もステラに同意します。鉱石鯨も魔導の船も、どちらも気になりますので』
四人の意見が一致して、マグナスは満足そうに笑った。
「なら、ギルドに行ってみるといい。詳しい話はそこで聞けるだろう」
「了解だ。ありがとうよ、マグナスさん」
立ち去ろうとするニルたちに、マグナスは「そうだ、言い忘れとった」と、声をかけた。
「もし行くなら、屑鉄の準備はしておけ。鉱石は、鉱石鯨の餌でもあるからな。持って行った屑鉄を捨ててきて、代わりに鉱石鯨の採取物を持って帰る形になる」
「なんだ、そんなのが必要なのか」
「鉱石鯨が泳いどる砂漠は、鉱石鯨の餌を取り過ぎた国の跡地だったという笑い話があるだけだ。別に気を付ける必要はないが、鉱石鯨に関わっとる連中は気にしてる」
『……やはり、この世界の魔法生物は危険なのですね』
「やり過ぎないなら問題はない」
「なら問題ないな」
「ですね」
クロードの言葉にマグナスはからからと笑って答え、ニルは立ち上がった。ガルスとステラも、それに続く。
四人は工房を出て、次の依頼に向かって足を向けるのだった。




