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第38話 青い空の下で


 オルビアンに戻った時、ニルたちが最初にしたことは、宿屋の自室で報酬を確認することであった。


「……うん、ちゃんと入ってるな」


 ニルは革袋の中身を確認して、ごとりと重たい音と共に袋を置くと満足そうに頷く。彼の横では、ガルスも自分の分を確認している。金が入った袋はやはり、重たそうに見える。


「しかし金が報酬とはな。しばらくは金に困らんかもしれんな、これ」

「まあ、精製黄金(オリハルコン)のレートに直さないとだから、換金に一手間かかるがな」

「それを差っ引いてもの額になるだろ、この量は」


 ニルとガルスの軽口を見ながら、ステラも「ですよねぇ……」と、袋の口を開けて自分の取り分を眺めている。


「私も、こんなに纏まった量の金を見るのは初めてです。お父さんに聞かないとだけど、これだけあれば武器一つ分ぐらいの精製黄金(オリハルコン)も作れるかも……」

『皆さんが高いと感じるのなら、報酬としては適切だったのだと思います。あの依頼は、本当に命がけでしたから』


 使い道が思いついてないようなステラの言葉に、クロードも同意する。

 ニルも、完全に同意である。事実、今回の依頼は命がけだった。暴竜の瞳に出会った時は、本気で死んだと思ったものだ。だが精製黄金(オリハルコン)が手に入ったとなるのであれば、危険を冒した甲斐はあった。

 使うにしても、売るにしても、である。


「でもまあ、死ななかった。バルトランさんとも縁ができたし、俺的には結果的には良い依頼だったって思えるよ」

「そうだな。まあ、流石に次は楽な依頼がいいけどな」

「確かに、それは間違いないです……」


 とはいえ、危険ではあった。

 ガルスとステラの言葉に、ニルは「俺もそう思う」と笑って頷く。そして、改めて「次は絶対に行かない」と、肩を落として苦笑をこぼす。

 そんなニルの様子に、ガルスとステラも「同じく」と渋い顔をして同意している。


「そういや、次はどうする? この金を元手になんかやるか?」

「いや……ちょっと息抜きにしないか? せっかくオルビアンに戻ったんだし」

「息抜きですか?」


 ガルスは、ニルが商売をやりたがっていた話を思い出してそう提案したが、ニルは一先ず商売への興味を失っているようだった。

 息抜きをしようと、軽い調子のニルの提案に「はて?」といった感じでステラは疑問を浮かべる。ガルスも「例えばどんなだよ?」と首を傾げる。


「釣りとか、どうだ?」

「釣り? また唐突だな」

「唐突じゃないって。ずっと考えてたんだよ」

『そうだったのですか?』


 ガルスはニルの発言に、「また思いつきが始まったよ」といった感じで呆れている。対してクロードは、真面目な感じでニルに質問を投げていた。


「クロード、そうなんだよ。だってさ、オルビアンって港じゃんか。釣りスポットぐらいあるだろって、ずっと気になってたんだ」


 そう言われると、確かになるほどとは思うし、気にもなる。ニルの言葉にガルスは「まあ、そう言われると気になるか」と腕を組んだ。

 そして少しだけ考えたが、ニルの言葉を否定する意味も理由もないこと思い至った。


「まあ良いか。俺も、久しぶりにゆっくりしたいし」

「ステラはどうだ? 釣りとかやったことあるか?」

「えっと……川釣りなら、少しだけ。海はやったことないですね」

『ということは、釣りスポットの探索から開始ですか』


 ステラの返答に『なるほど……』と納得しているクロードの様子に、ニルは「逆に丁度いいだろ」と笑みを深めた。


「んじゃ、俺は釣りで決まりな」

「俺もニルに付き合うわ。ちょっとぼーっとしたい」

「私は…… うーん…… しばらくオルビアンを開けていましたし、キーラさんの薬草の採取をやっておきたい気もするのですが」


 ガルスはニルの提案にすぐに乗ったが、ステラは少し悩んでいる。やらなければならない事を、と。そんな事を考えているようだった。

 しかしそんなステラに、前向きな堕落の誘惑を仕掛けるように、ニルは明るい表情で言葉を返す。


「それなら、先にそっちを回る感じでいいぞ。薬草採取ついでに、魚に使える香料とか手に入るかもだし」

『ステラは料理も出来るので、そちらの方が良い結果になるかと』

「……そうですね。薬草採取の後に釣りに行くなら、問題ないです」


 ステラが同意したことで、ニルは「決まりだな」と軽く笑った。悪気は全く無さそうだ。まあ、実際に悪いことをした訳ではないのだが。


「んじゃ、行くか。道具ってどっかで借りれるのか?」

「考えてなかったのかよ」

「デウェさんなら借りられる場所を知ってるかもですよ」

「なら、デウェさんに聞くか」

『……一瞬、ニルなら、私を釣り竿にする、ぐらいのことは言うのかと身構えてしまいました』


 クロードの冗談とも本気ともつかない言葉に、ニルは「いや、流石に言わんって」と言って笑うが、ガルスは「でも言いそうってのは分かるわ」と苦笑している。

 そうして軽い感じで話をしながら、四人はまずはデウェの元へと向かうのだった。




  ◇




 港は、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた。

 行き交う商人たち、荷物を運ぶ人夫たち、そして遠くに見える船の帆。

 オルビアンの日常が、そこにあった。


「ここで良いか?」


 ニルが指差したのは、港の端にある石積みの堤防だった。

 沖に向かって突き出したそこには、既に何人かの釣り人がいてのんびりと糸を垂らしている。

 同時に海からの脅威を見張る見張り台や、兵士の姿もちらほらと見えている。その威容はオルビアンが交易の中心であると同時に、海からの防衛拠点である、ということをニルたちに再確認させてくれた。


「良いんじゃないか? ここなら、巡回の邪魔にもならないだろうし」


 ニルの言葉にガルスが頷いて、釣り道具を準備し始める。

 ステラも竿を手に取ったが、どこか手つきが危なっかしい。薬草の扱いには慣れているが、確かに釣りについては初心者なのだろう事がよく分かる。


「ステラ、餌はこうやって付けるんだぞ」

「おお。ありがとうございます、ガルスさん」


 ガルスが手際よく餌を付けてやると、ステラは「器用ですね」と感心するような声で頷いている。


「んじゃ、投げてみろ。こう、軽く振るだけでいいから」

「はい……ほぃ、っと」


 ステラが竿を振ると、餌が水面に落ちる。

 少し近すぎる気もするが、ステラは真剣に揺れている水面を見ている。まあ、指摘するのは無粋だろう。


「よし、じゃあ俺も、っと」


 ニルも竿を構えて、軽く投げる。

 餌が水面に落ちて、ゆっくりと暗闇に沈んでいく。


『ニル、魚の習性について推測が必要ですか?』

「いや、大丈夫だ」


 クロードの申し出を、ニルは笑いながら却下した。


「まあ、たまにのことだ。ゆっくりしようぜ」

『なるほど。了解しました』

「クロード、お前の方が大変そうだな」


 ガルスがステラとニルを見比べるようににやにや笑ってそう言うも、クロードは『いえ、そうでもありません』と、ガルスの言葉を否定した。


『少しだけ、知恵の樹の言葉を思い出していました』

「不必要がどうのこうのって話だったよな?」

『はい。本質的に魚を釣ることは、大事ではないのかと。勿論、釣れたら嬉しいのでしょうが』

「要するに、難しく考えたくないって話なんだが」

『それで構いません。あっていますから』


 そんな軽口を叩きながら、四人はのんびりと釣り糸を垂らすのだった。




  ◇




 日が少しずつ位置を変える間、四人は黙って釣り糸を垂らしていた。

 波の音、風の音、遠くで響く船乗りたちの声。

 穏やかな音が、心地よく耳に届く。


「……なあ」


 やがて、ぼーっと釣糸を垂らしていたガルスが口を開いた。


「改めて思うけどさ、よく生きて帰れたよな」

「だな。正直、暴竜の瞳が出た時は死んだかと思ったわ」


 ニルの言葉に、ステラも「私もです……」と小さく頷く。


「あの瞳、本当に怖かったです。バルトランさんが見られたら死ぬって言ってたの、あれは本当だったんだってよく分かりました」

『視線だけで石畳が砕けていました。原理が全く分かりませんが、確かにあれに見られていたら、私たちは確実に死んでいたでしょう』

「やっぱりクロードでもそう思った?」

『はい。あれは……確かに「終わる」と感じました。理屈は説明できませんが』


 クロードの言葉に、三人は思わず顔を見合わせた。

 クロードは、鉄の国で黒い穴を見た際に「怖くない、困惑が勝る」と言っていた。そんな彼が「終わる」と思った。やはり暴竜のあの瞳は、何か根本的な部分が——それこそ、生命体としての位階とでも表現する何かが違うのだろう。


「まあ……でも、生きてるし」

「そうだな。マジで今回は運が良かったわ」

「というか、あの瞳に関しては出てくる前から鳥肌立ったしな」

「でも、バルトランさんには喜んでもらえましたよ!」

「ああ、それもあるわな」


 ニルとガルスは、恐怖を誤魔化すように軽口を言った。それに続くように宣言されたステラの言葉に、二人は恐怖を飲み込み納得するように笑みを浮かべた。


「そういえばステラ、お前すごかったよな」

「え? そうですか?」

「いや、最初はあんなに反対してたのに、最後には『任せろって言いたいタイプなんですよ』だろ? あれ、ちょっと格好良かったぞ」


 ガルスの言葉に、ステラの顔が赤くなる。


「そ、それは……改めて言われると、恥ずかしいのですが……」

「でも本当だぞ。まあ、冒険者に向いてるなって思うことは、実はちょくちょくあったけど」


 照れているステラに、ニルは何気なしにそんな言葉をかける。俺は分かってたぜ、とでも言いださないばかりの得意げな表情である。


「あれ? そうなんですか?」

「初めて会った時から、向いてるんじゃないか、と思ってた部分はある」

「また始まったよ」

「いやいや、ほんとだって」

『ニル、流石に無理があるかと』

「誰も信じてくれねぇ……」


 ステラのきょとんとした返事に、ニルが同意しガルスが笑う。

 そんな三人のやり取りを見て、ステラは少しだけ考えてから、くすりと笑った。


「……そうだったら、嬉しいです」

『ステラは十分に成長しているかと。危険を理解しながら、依頼を成功させる。それが冒険者だと思います』


 クロードの言葉に、ステラは「ありがとうございます」と嬉しそうに答えた。


「でもまあ、次はもうちょっと楽な依頼がいいよな」

「賛成。あれはちょっとやばすぎたわ」

「私も賛成です! 次は楽しいのにしましょう、楽しいのに!」

『そうですね。息抜きが必要かと』


 四人の意見が一致したところで――


「あっ、釣れてませんか、これ!?」


 ステラの竿が大きくしなっていた。


「おお、ステラ! 引け引け!」

「は、はいっ!」


 ガルスの指示に従って、ステラが竿を引く。

 水面がバシャリと跳ねて、銀色の魚が飛び出した。まるまると太ったその姿は、オルビアン近海の穏やかさを象徴しているかのようであった。


「やった! 釣れました!」

「おお、結構デカいな」

「初めてでこれは上出来だぞ、ステラ」


 ステラに釣り上げられながらも、魚は最後まで抵抗を諦めないとばかりにびちびちと体を震わせている。そんな命の重さに糸が暴れ、竿がしなる。

 一発目でこれは中々の成果だとニルとガルスが感心する中、ステラは嬉しそうに手元にやって来た魚を見つめている。


『なるほど、普通の魚なのですね』

「魚に普通とかあるのか?」


 納得する様にステラの成果物を評価したクロードを、ニルは「何言ってんだこいつ」といった感じでツッコミを入れる。


『いえ。もしかすると、全く知らない魚が釣れるのではないか、と考えていました』

「なるほど。そう言う意味じゃ残念だったな」


 クロードの少し残念そうな声に、四人は笑った。


「さて、それじゃあ次はクロードの知らない魚が釣れるといいな」

「もしかすると機械生命体が釣れるかもだぜ」

『機械生命体が釣れるのですか?』

「食いつく事はありますね。重たくて糸が切れますけど」


 ステラの言葉に、クロードは『なるほど、ガルスの冗談ですか』と納得する。


『では釣りに関しては、機械生命体は外道ということですか』

「なんか凄い聞こえが悪いな、それ」

「でも釣れても食えないし、実際外道だぜ?」

「余計に悪くなったわ」


 ステラの釣果をバケツに入れて、四人は再び海を眺める。


 そこには、水平線で混ざり合う青い二つが広がっていた。




  ◇




 日が傾くまで釣りを続けた四人は、夜に宿屋の食堂で魚を食べていた。

 ステラは釣った魚をデウェに渡して焼いてもらっており、ニルとガルスに分けている形である。折角だからと他にもいくつかの魚料理を追加で頼み、四人で海の幸を突いていた。

 そんな夜食の中でニルは、口の中の物を飲み込んでから口を開いた。


「そういや明日だけどさ、マグナスさんの所に行かないか?」

「別に良いけど、なんでだ?」

「換金レートの話が聞きたいから」

「ああ、そういう」


 ニルの提案に、ガルスは「確かに聞いとかないとだな」と頷いた。深く気にしていなかったが、確かに報酬がどれぐらいの額になるのか、何を出来るのかは確認する必要があった。


「というか、マグナスさんところには俺も用事があるわ」

「あれ? そうなんですか?」

「ゴールの鎧、素材が分からないって言ってただろ? 熔鉄って素材だってのは、伝えといた方が役に立つかもだからな」


 ガルスの言葉にステラが「なるほど」と納得すると、ニルは「それならついでにさ」と言葉を続ける。


「いっそマグナスさんには、バルトランさんと装備品のやり取りをしてもらっても良いかもだな。正直、専門的な話は分からんし」

『確かに。間に入るより、任せてしまった方が良い可能性はありますね』

「たしかに、それが良いかもしれませんね。何か分かれば私がニルさんたちを探せば良いだけですし」


 四人の意見が一致して、明日の予定が決まった。


「んじゃ、決まりだな」


 そう言ってニルは笑い、力強くグラスを掲げた。


「今日は、生きて帰れたことに乾杯だ!」

「おう!」

「乾杯です!」

『乾杯』


 机に置かれた一つのグラスに三つのグラスが軽く触れて音が鳴ると共に、四人の笑い声が食堂に響く。

 明日もまた、新しい一日が始まる。

 これはきっと、そんな騒がしさだった。



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