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第33話 鉄嶺の町


 荷馬車に積まれた商売道具が、ガラガラとした音と共にぐらぐらと揺れる。

 ニルたちと同じぐらいの速度で進む荷馬車に座った商人は、「鉄嶺の町」まで行くのだと聞いた時、からからと笑っていた。


「あの町に行くなんて、物好きな人たちもいたもんだ」

「それを言ったら、あんただって『鉄嶺の町』に行こうとしてるじゃないか」

「ワタシはちょっとした売買だからね。冒険者として町に入るのは話が違うさ」


 商人の言葉に、ニルが「そうなのか?」と返せば、商人は「そうなのさ」と笑って言葉を返す。


「わざわざあの町に行くって事は、あれだろう。【鉄の国の装備回収】依頼の話を聞いてるんだろう?」

「そうそう、依頼料がいいって聞いてな」

「危ないって話とセットじゃなかったかい、その話?」

「そう聞いたけど、装備品の回収だけだろ?」

「その言葉が出る時点で甘く見てるのさ」


 ガルスが商人の問いに答えると、商人はやれやれと言った感じで首を振る。


「ビビッて途中で戻るって言われても困るから、今のうちに教えておくよ。あの国の上空は、「空に穴が開いてる」としか思えない状態になってる」

『空に穴が開くいている……ですか?』

「そりゃどういう意味なんだ?」


 商人の言葉は、ひどく抽象的である。

 クロードの混乱を代弁するようにニルも疑問を投げかけるが、商人も「うーん」と、難しそうな顔で腕を組むだけだ。


「言葉にするのが難しいんだ。まあとりあえず近づいたから死ぬとか、そういう話じゃないってのは保証できるんだが……」


 商人は腕を組んだまま、しばらく黙っていたが、やがてポツリとつぶやくように口を開く。


「……空ってのは、まあ晴れてるか雨降ってるか、他にはせいぜい夕焼けか? まあ、そのぐらいの違いしかないだろ? けどな鉄嶺の町――まあ、正確に言えば鉄の国の上だが。あそこは、違うんだ」

「……違う、とは。どういう事なんでしょうか……?」


 恐る恐ると言った感じで質問を投げるステラに、商人は目を瞑ったまま口を開く。


「まるで空が破けたみたいに、幾つもの黒い穴みたいなもんが浮かんでるんだ。泡みたいにいきなり湧いたと思ったら、次の瞬間には消えたりもする。俺たちは穴って呼んでるけど、実際にあれが穴なのかも分からん」


 話しているうちに何かを思い出したのか、商人は鳥肌が浮かんだ腕をさする。


「空があんなになっちまった理由は分かってる。たぶん……いや、間違いなく【暴竜】のせいだ。アイツが居座ってから、空の色が変わっちまったって話だ。鉄の国が滅びたのも、その少し後だって聞いてる」


 ニルたちは思わず互いに顔を見合わせる。

 ガルスが低く息を吐いた。


「……そりゃ、甘く見るなって言われても仕方ねえな」


 商人はガルスの言葉に、ようやく「そうそう」と頷いてみせた。


「依頼料がいいのは、本当に“危ないから”だと思っときな。装備回収だけ、なんて思ってたら、帰りの馬車には乗れないかもしれないぞ」


 商人そう言って、視線を空へ向けたまま口を閉ざすのだった。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇





「おい、あれ……」


 ニルたちが、荷馬車の行く先に目を向ける。

 霞がかかった山並みの向こうに見える雲の流れが、その場所を避けるように“歪んでいた”。


 ――そこにあるのは、穴と呼ぶには形が曖昧すぎる黒。


 風の流れすら飲み込まれてしまっているかのように雲は無く、しかしゆらゆらと浮かんでは消える黒色が流動している。

 それはまるで空という一枚の布が、引き千切られたように黒く不気味に沈み込んでいるかのようで。いや、逆に捲れ上がっているのだろうか。ぶくぶくと緩やかに湧いては消える黒い塊は、空が沸騰して天空に穴が開いたかのような、底知れない不安を見るものに抱かせる。


『……あれは、大気の乱流では説明できません』


 あんまりと言えばあんまりな光景に唖然と言葉を失っているステラの横で、クロードが混乱したように低く呟く。それを聞いた商人は、なるべく明るくするような感じで肩をすくめた。


「言っただろ? 言葉で説明できるもんじゃないってさ」

「ニルさん、ガルスさん……これ、帰った方が良くないですか?」

「これは確かに……あそこに行けって言われたら、俺も嫌だわ」


 ステラが呟く言葉に同意するガルスの軽口が、今ではやけに安心する。しかしニルは、この光景を前にして逆に心が決まっていた。


「……いや、行こう」


 ニルの声は、いつもよりも低かった。


「話だけでも聞く。その上で判断しよう。だが、もしやるなら――一度きりだ」


 これから向かおうとしているのは、あの“空の下”だ。

 自分たちが、どれだけ危険な場所に足を踏み入れようとしているのか。それを理解し無意識に喉を鳴らしながら、ニルたちは『鉄嶺の町』へと足を踏み入れるのだった。




  ◇




 鉄嶺の町へ続く街道は、近づくほどに静けさを増していった。

 そして門を抜けた瞬間、ニルは思わず息を呑んだ。


 ――確かに、寂れてはいる。


 建物はどれも手入れはされているが新しくはない。

 だが、決して荒廃している訳ではない。


 ――緩やかに削れ続けている町。


 そんな言葉がニルの脳裏に浮かんだ。

 町は冷えた鉄のように崩れ落ちることはなく、しかし活気も見えない。

 ただ、人々の瞳には鋼のような冷たい炎が灯っていた。


「おや、いらっしゃい。こんな場所に来る物好きは珍しいね」


 そんな中、露店の老婆だけが気安く声をかけてきた。

 年の功とでも言うべきなのだろうか、それとも本当に気にしていないのか。他の住人に比べると、遥かに自然体でいるように感じられる。


「ああ。この町で鉄の国の装備品を回収する、て依頼を受けられるって聞いてね。話を聞かせて欲しかったんだ」

「おや。商隊の護衛じゃなくて、命知らずの方だったのかい」


 しかしニルの言葉を聞いて、からからと面白そうに笑った。ニルたちのような者を、何人も見てきた。そんな感じの笑い方だった。


「その話なら、この大通りをまっすぐ進んだ大きい建物で聞けるよ。あいにく、うちの町には冒険者ギルドがなくてね。直接あいつらから聞いておくれ」




  ◇




「君たちが、依頼を受けてくれる冒険者か」


 老婆に聞いた建物で【鉄の国の装備品回収】の話をして、通され部屋で待っていたのは真っ白な白髪を持った老年の男であった。

 罅割れたように張りを失っている肌はかなり年がいっているように見えるが、ガッシリと鍛えこまれた筋張った首元など、衰えというものを全く感じさせない。

 立ち上がった際にギシリと椅子を軋ませる姿など、そんなつもりは無くても圧力をかけているようにすら感じる程だ。


「まずは、感謝を」


 堅苦しい見た目のその男は、しかし見た目に反してすぐに立ち上がって感謝と共に頭を下げた。そしてニルたちが何かを言うより早く、綺麗な姿勢で口を開く。


「私の名前はバルトラン。この町の代表のようなものだ。よくきてくれた、若き冒険者よ」


 流れる様な挨拶に一瞬呆気に取られたニルであったが、すぐに我を取り戻して口を開く。


「こっちこそ、会えて嬉しいよ。俺はニルヴァード。ニルで通ってるから、そう呼んで欲しい。背中のこいつはクロード。武器の見た目だけど、相棒だよ」

『クロードと言います。よろしくお願いします、バルトラン』

「俺はガルス。愛称はないけど、よろしくしてくれ」

「私はステラと言います。バルトランさん、よろしくお願いします」


 順番に挨拶を終えたニルたちに、バルトランは「座ってくれ」と椅子を指さした。そしてバルトランは、ニルたちが座ったのを確認してから腰を下ろす。


「単刀直入になってしまうが、鉄の国の装備品回収を行ってくれると報告を受けている。間違いないだろうか?」


 そしてバルトランは、見た目通りの実直さでずばりと本題に切り込んだ。その言葉に、ニルは「ああ」と短い肯定と共に、言葉を続ける。


「オルビアンに来てたって商人から、依頼の話を聞いたんだ。危険な場所で重たい装備品を回収する代わりに、報酬も桁違いだ、て話だ。とりあえずは話だけでも、と思って足を運んでみたんだ」

「ふむ、なるほど。まずは話を、という事か」


 ニルの言葉を受けたバルトランは、ギシリと椅子を軋ませて姿勢を正す。


「報酬は、持ち帰ってくれた装備品と同じ重さの金だ」

「……聞き間違いか? 同じ重さの金?」


 ガルスとステラは「まじで?」といった感じで困惑する様に固まっており、ニルだけが思わず聞き返す。


『金は現在でも価値が高いのでしょうか?』

「金は精製黄金オリハルコンの素材になる。纏まった量なら、かなりの額になるんだが……」


 あくまでも「纏まった量であれば」精製黄金(オリハルコン)の素材にする事ができるので、高く売れるものだ。それをバルトランは金の状態で渡す、と言っている。

 当然ニルの言葉には、「何故そうしないのか?」という疑問が浮かぶことになる。


「この町では精製黄金を作れないからだ。だから、金のまま渡す」


 ニルの疑問へのバルトランの答えは、実にシンプルだった。

 ずばりである。腹の探り合いはしないと。隠すものなどないのだとばかりに、彼は短い答えを返す。


「鉄の国は【暴竜】が居座っているが、鉱山は使える。この町はそれを頼りにやっているからな。主要な輸出品目は鉱石素材になる」

「でも、それにしても随分な額じゃないか? あの素材の重さを知らない訳じゃないんだろ?」

「知っている。それぐらい本気だ、という気概の表れと思ってくれ」

「……なるほどね。了解だ」


 バルトランの言葉に、ガルスは考える様に腕を組む。

 金と精製黄金(オリハルコン)のレートは知らないもの、持ち帰れるであろう重さを考えれば、かなりの量になるのは間違いない。


「……でも、危ないんじゃないですか?」


 ステラは以前にゴールの短剣を持ち上げようとして、持ち上がらなかったのは覚えていた。具体的な重さこそ分からないが、おそらく「かなり纏まった量の金になる」であろうことは想像できる。

 しかしそれでも、彼女はそれを聞かずにはいられなかった。


「当然だ。危ないに決まっている」


 バルトランは、やはりステラの問いに短く答えた。

 そして窓の外を――鉄の国の方に視線を向けた。


「【暴竜】は、鉄の国を滅ぼしてから姿は見せていない。だが、時折あの闇の中に、奴の瞳が浮かぶことがある」

「暴竜の瞳が?」

「そうだ。黄金より輝く、巨大な月のような瞳。眺められるだけならまだいいが、あれに意識的に“見られた”と感じたならば、既に死んでいる。塵も残らん。やつは…… そういう類の怪物だ」


 そう語ったバルトランは、再び視線をニルたちの方へ戻す。


「私は、この話を必ずするようにしている。鉄の国に足を踏み入れるという事は、死んで来いと言われているに等しい。だからこそ私は、君たちには敬意と報酬を払う。これが、見せられる精いっぱいの誠意だからだ」


 バルトランの言葉に、ニルたち四人はそれぞれに考えを巡らせていた。それによって部屋の中に沈黙が降り、少しだけ空気が重くなる。


「……私は、やめておいた方が良いのではないかと思います。バルトランさんの話を聞いて改めて思いましたが、危険すぎます」


 最初に口を開いたステラの声は真剣だ。

 マグナスと話をした時のような、感情と勢いに任せた反論ではない。

 報酬もよさそうだ。バルトランの人柄も、言っていることも理解できる。しかし彼女の直感が、これは手に余ると全力で告げているが故の選択であった。


「だが、報酬は破格だぞ?」

「だよなぁ…… かなり迷うぜ、これは」


 しかしステラの言葉に反論する、ニルとガルスの言葉にも一理はある。

 ここで依頼を受ける事ができれば、当面の資金問題は解決するだろう。


『……問題を先送りにしてしまうようですが、一晩考えるのはどうでしょうか?』


 皆が、お互いの言い分に一理はあるなと感じて再び部屋に沈黙が降りる。

 バルトランは何も言わずにニルたちの選択を見守っており、何も言わない。故にこそこれだという答えを出せずにいた三人に、クロードが静かに口を開いた。


『バルトランの話を考慮に入れました。まず、暴竜に見られてはならないのであれば、明かりは使えません。この時点で夜の探索は不可能です。つまり探索は早朝に開始し、日が落ちるまでに完了する必要があります。この時点で、本日の探索は不可能です』

「確かに。そりゃそうだな」


 クロードの言葉に、まずはニルが納得した。


『そして、今から明日の朝までであれば、半日以上の時間的猶予があります。それだけあれば、バルトランのいう暴竜の瞳を見かける事ができるかもしれません。実物を目にする事ができるなら、その脅威度はある程度レベルで推測できる可能性もあります』

「筋は通っている……半日この町に居れば、奴の瞳を見ることは可能かもしれん」

「とりあえずは見てみるだけ……ということですか」


 バルトランがクロードに同意した事で、次にステラが納得した。

 勿論彼女も本心から納得している訳ではないが、決断を先送りにするの自体は問題にならない、といった雰囲気である。


『また、私のスキャンが暴竜にどのような影響を与えるかもわかりません。ガルスのマッピングの魔法も同様です。つまり私たちは、手探りでの探索を強いられます。こうなってくると、ガルスが持つ地図を記憶してルートの選択を行うしかありません。私は既に記憶していますが、全員が可能な限りを覚えるための時間も必要だと考えます』

「クロードの言う通りだわ」


 そして最後に、ガルスが納得した。


『という訳で、皆さん。一晩寝てから結論を出す、でどうでしょうか?』


 確認するようなクロードの言葉に、三人は異議なし、と頷く。

 それを見たバルトランが「では宿屋を紹介しよう」と声をかけて、その日は解散の流れになるのであった。







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