第32話 鉄の国の依頼:後編
「危なすぎますっ!」
冷や汗を流しながら向き合うニルとガルスが何かを言う前に、立ち上がりながら放たれたステラの一喝が場の空気を震わせた。
「お二人の強さは廃村で見ました! でも、ゴールさんの強さも見ました! 確証はないのかもしれませんけど…… 本当に鉄の国がゴールさんの故郷だったら、あんなに強いゴールさんに並ぶ強さの人たちが纏めて滅ぼされたって事じゃないですか! 絶対に依頼を受けるのは反対ですっ!!」
絶対に譲らないぞ、と。
立ち上がった勢いのままに腕を組んだステラは、まるで仁王立ちしているかのようだった。
『……確かに、ゴールの強さは驚異的でした。最終的に炎を纏った姿を見せていましたが、出力上昇は継続していました。戦闘を続けたとしても、ニルとガルスが勝てる可能性は低かったと考えるしかありません。戦闘が目的ではないとはいえ、そのゴールよりも強い相手と対峙する可能性があるのは、危険であると判断できます』
クロードも、ステラの言葉に同意する。
ニルとガルスは、改めてお互いに顔を見合わせる。そして二人とも「それは分かってるんだがなぁ……」といった感じに頷いて、難しそうな顔でニルが口を開く。
「ステラとクロードの言いたいことは分かるぞ? でもさ、現実問題としてそろそろ纏まった金が欲しいってのはあるんだよ」
「そこなんだよな。別に一月…… いや、二月ぐらい無収入でも問題ないけど、この前のロバートさんみたいな話もあるかもしれん。ここらで纏まった資金をプールしておきたいってのは、正直ある」
ニルとガルスも、ステラとクロードの言い分は十分に理解している。
しかし現実問題として考えた時に、そろそろ「纏まった金が欲しい」と感じているのも事実であった。急ぎの話ではないが……報酬が旨いのであれば、掴んでおきたいという気持ちはある。
『なるほど…… たしかに、最近の冒険は出費の方が多かったように感じますね』
「でもそれは、魔物を狩ったりしてお金にすればいいのでは?」
クロードはニルとガルスの言い分に理解を示した。そして、ステラのいうことも一理はある。しかし、あくまでも一理である。
「オルビアンの周りは、かなり治安が良いからな。だいたい町に居る狩人で話が済んでる。一応ステラと会った時にやった森の探索なんかも出来るけど、そっちは粗方拾い終わったからな。ちっと時間を置きたいってのがある」
ニルの言葉にガルスは頷き「それになぁ」と言葉を続ける。
「俺たち冒険者は、商隊の護衛とかで町の間を移動して護衛料貰ったり、移動した先で何でも屋みたいな依頼を受けるのが本業の流れだからな。オルビアンみたいな大きくて治安の良い場所だと、どうしても儲けが渋い依頼が多くなるんだよ」
「『燻ぶりの樹海』とかはどうですか?」
ガルスがそう言ったので提案したステラの言葉に、ニルとガルスはお互いに顔を見合わせてから渋い顔をする。
「あそこ、話聞く感じまあまあ危なでなぁ…… そのうち軽い間引きみたいな動きもあるみたいだし、それに乗っかって雰囲気掴んでからにしたいんだよ」
「んで、そうなるとさっきガルスが言った通りだ。そこを外すなら、依頼料が渋くなる。んでそうなってくると、次に考えるのはデカい遠征か、店を持ってある程度の収支予定を立てるとかって話になる訳だ」
そこまで語ったニルの言葉にガルスが、「だからニルも、今朝いきなり商売始めようって話を――」と言葉を続けた所で、ニルは「今は関係ないだろ」と腕を組んだまま肘をぶつけて黙らせる。
「というか、マグナスさんもその辺の話に気を使ったからこの話をしたってのもあるんじゃないのか?」
ガルスに話を振られたマグナスは「まあ、全く無いとは言わん」と難しそうな顔で腕を組んでいる。
「お前さんたち、大きな儲けがありそうには見えなかったからな。ここらで金を稼いでおけば良いのではないか、とは確かに思った。勿論、ゴールの装備品の手掛かりや資金的な意味での判断になるから、最後はお前たちが決めろとは思ったが」
そこまで言ったマグナスは、口数が少なくなってきたステラにチラッと視線を向けた。
「ただまあ、この話はステラの学びにもなると思った。ニルたちとは面白い冒険ばかりしておったようだからな。実際に冒険者として生きていくなら、こういう話も付いて回る、という事を知るいい機会だとも思ったのだ」
なるほど、難しい問題である。
ステラは最初の勢いが完全に消え失せており、しかし頑として譲らないぞと仁王立ちは継続している。要するに、かなり迷っているようだった。これがマグナスの狙い通りなのだとしたら、流石に彼女の父親である。
そしてニルとガルスも、ステラの言い分は十分に理解しているからこそ、どう声をかけるべきかを決めかねているようだった。
マグナスはお前たちの判断が全てだ、と言った感じで何も言わない。
『……ニル、提案があります』
そんな空気の中、しばらく黙っていたクロードがゆっくりと口を開いた。
「どうした?」
『一旦、依頼人の話を聞いてみませんか?』
「依頼人の話をか」
『はい。生き残りの方々です。 彼らがどんな状況なのか、何を求めているのか。それを聞いてから、判断しても遅くはないと思います』
「……それは」
ステラが、何か言いかけて止まる。
或いはクロードは、ステラはが依頼人の話を聞いてしまえば断れないと。そんな内心を感じ取っていたのかもしれない。
「とりあえず、クロードの案が良いんじゃないか? 話を聞くだけなら、危険はないし。 その上で、やるかやらないか決めても遅くはないだろ」
「良い案だと思う。依頼人が何を考えてるのか聞いてみたいし、そっちに行くまでの往復で金も稼げる。それに絶対辺境だろうから、その町でちょっと依頼を受けてからこっちに戻ってきてもいいしな」
『そうですね。訪れた事のない森なら、私も金策に貢献できます』
クロードの提案にニルは頷き、ガルスも同意する。
「……分かりました。でも、危ないと思ったら絶対に断りますからね!」
「ああ、分かってるって。それで良いよ」
そんな三人の様子に、ステラは渋々と言った感じで同意した。そんな彼女の様子に、ニルは安心させるようにそう答える。なんだかステラには少し勘違いされているような感もあるのだが、別に死にに行きたいわけではないのだ。
冒険者の仕事の性質の話だ。危険が大きければ高額な報酬で、危険が少ないと報酬が少ない。これはある意味、それだけの話ではある。
「話は決まったようだな。改めてだが、絶対に無茶はするなよ?」
「任せて! 嫌だって言っても連れて帰るから!」
何だかんだと言いながら心配そうな感情を隠せていないマグナスに、ステラは私に任せろ、と胸を張っている。
「なんか、俺たちが馬鹿なことやりたがってるみたいな空気になってるな」
「だな。仕方ないだろって感じもするんだがなぁ」
『ですが、ステラの言い分には安全の理があります。否定はできません』
ニルとガルスは、苦笑しながらステラとマグナスのやり取りを眺めている。しかしクロードの言葉を聞くと「そりゃそうだ」と苦笑と共に手を上げるしかできない。事実、彼女の言い分は何も間違ってなどいないのだから。
「じゃあマグナスさん、その依頼を出してる町の場所を教えてくれないか?」
「ああ。東に向かって出ている、行商馬車に乗り合わせていける町だ」
マグナスは「地図を貰っとる」と言って、それを広げて指差した。ニルはマグナスの指を追うように、地図を覗き込む。
「ここだ。――『鉄嶺の町』と呼ばれている」
「鉄嶺……鉄の国の麓、か」
「当たり前かもだが、そのままの意味だな」
「そうだ。生き残りたちが集まって、故郷を見守っている。そんな町だ」
『こちらはなんでしょうか?』
マグナスの指が示す場所には、確かに小さな町がある。
しかしその北には、何やら巨大なものが描かれている。山の断層ようにも見えるそれは、しかし直線的な構造や対照的な線も多く、何かしらの構造物なのだろうとは推測させる。
「……これは?」
『何かしらの構造物には見えますが』
「……多分だけどこれ、町だろ。デカすぎるけど」
普段から地図を描き、マッピングの魔法も使えるガルスがその事実に最初に気が付いた。地図に描かれていたのは、山を削る様にして作られた巨大な町の跡だ、と。
しかし地図に載っている町の一部は、黒い水を落としたように何かに塗りつぶされてしまっている。
「この黒い点はどういう意味なんだ?」
「これを渡した商人も正体は分からんと言っていた。ただ、こうも言っておった『鉄の国の上空には、黒い穴が浮いている』とな」
「なんだそれ?」
「分からん。まあ地図に書かれている黒い点の事だろうよ」
マグナスは地図を閉じながら、口を開く。
「『黒い穴』は、現地に行けばすぐに分かる。そして一度実物を見たなら、正気であれば 引き返す、とも言っておった。この地図も、もう使う事は無いから、タダで譲ってもらった。余程の何かがあるのだろう」
「近づけないって事か?」
ニルの質問に、マグナスは「いや」と首を振る。
「鉄嶺の町までは馬車が出ておる。そこより先には行くつもりはない、という意味だ。少なくとも、今回の話を聞いた商人はそう言っていた」
そう言ってマグナスは「これが役に立つか分からんが、一応渡しておく」と、ニルたちに地図を渡す。
ニルはマグナスから渡されたその地図が、少しだけ重たく感じられた。
「なんにしても、やばいと思ったら引き返せ。ステラ、こいつらが無茶しないように頼んだぞ。お前らもだ。ステラを危ない目に合わせるんじゃないぞ?」
「うん、任せて。絶対、皆で帰ってくるから」
真剣な雰囲気で頷くステラに、ニルとガルスは苦笑する。
馬鹿にした訳ではない。当然の認識として、そのつもりであったからだ。
「俺もだ。死にたいわけじゃないからな、やばいと思ったら引き返すよ」
「だな。ただの往復になるかもだし、とりあえず現地を見てからだな」
『安全を優先すると約束します』
――鉄嶺の町
そして、その先に待つもの。
四人はゆっくりと、東へ向かう準備を始めるのだった。




