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第29話 真相の話

 ニルたちは、少女の言葉に——固まっていた。


『出られないとは、どのような意味なのでしょうか?』


 気構えができていた分、最も早く復帰したクロードが、なるべく冷静な声でそれを聞く。そんな彼の言葉を聞いた少女は、悲しそうな顔でニルたちを見ていた。


「……この城下町は、時間が壊れているんです」

『時間が壊れている?』


 少女の言葉を聞き返すクロードに、少女は「そうです」と小さな声で頷いた。


「ここに住んでいた人たちは……もう、死んでいます。勿論、私も。でも皆、死んだことを諦めずに生きようとしています」


 その言葉に、ステラが「え……」と声を漏らす。


「死んでるのに……生きようとしている?」

「……すまん、どういうことだ?」

『少女さん。教えていただけると、非常に嬉しいのですが』

「はい。それを教えたくて、声を掛けましたから」


 少女は、頷く。


「この城下町の人たちは…… まだこの町の中に“います”。ですが、あなたたちはそれを見ることができないんです」

「……すまん、どういうことだ?」

「……あまり詳しくは、教えられないかもしれません。私も、よく分かっていませんから」


 ニルの言葉に、少女は悲しそうな苦笑を浮かべて自分の手を差し出した。


「赤い髪のお兄さん。あなたには、私の手がどう見えますか?」

「……透けてるように見えるが」

「私には、あなたたちが透けているように見えます。そして——」


 少女はニルに近づくと——そのまま彼の体を少女の腕が通り過ぎた。

 まるで、そこに存在していないように。

 少女の腕は確かに見えるのに、空気の輪郭を確認する事ができないような自然さで。まるで触れられないのが当たり前であるかのように、少女の腕は何も掴まず空を切る。


 そうして「――見ての通りです」と苦笑する少女のその行動に、ニルたちはどきりと固まった。


「もう、ずっと昔のことです。いえ、もしかしたら最近なのかもしれませんけど」


 少女は透けている手を下ろし、ニルたちに向き合う。


「この国は、タイム・エレベーターと呼ばれる大型のアーティファクトを使うことで繫栄しました」

『タイム・エレベーター?』


 クロードの言葉に、少女は「はい」と短く頷いた。


「私たちはそう呼んでいましたけど、正式な名前は分かりません。ですが、その効果は分かります。タイムエレベーターを使えば、【過去を変えられる】んです」

「過去を変える?」

「……すまん、どういうことだ?」


 ぴんと来ていないらしいステラとガルスの疑問に、少女は少しだけ言葉を選ぶように悩んでから、ゆっくりと口を開く。


「例えばですけど、道に剣が一本落ちています。この剣を、先頭を歩いている赤い髪のお兄さんが拾うとします。なら、そっちの大きいお兄さんは剣を拾えませんよね?」

「まあ、当然そうなるな」

「タイム・エレベーターを使えば、赤い髪のお兄さんじゃなくて、大きいお兄さんが剣を拾った事に出来ます」

「……どういうことだ?」


 少女の説明がよく分かっていないらしいニルが、改めて聞き返す。そんなニルの疑問に答えたのは、少女ではなくクロードだった。


『過去改変による、現実の置換? そんな事が可能なのですか?』

「難しい言葉は分かりませんが、多分あっているんだと思います。そして、可能でした」


 一言置くように言葉を区切ってから、少女の言葉は続く。


「赤い髪のお兄さんが剣を拾って剣を持っている、という事実を。大きいお兄さんが剣を拾って剣を持っている、という事実に置き換える。これが、タイム・エレベーターの効果なんです」

「つまり、どういうことです?」

「……たぶん、順番を無視して結論を変えるんだ。これがしっくりくる」

『そうですね。おそらく、ニルの表現が一番分かりやすいと思います』


 ステラの疑問に、ニルが答える。

 そして、クロードがニルの言葉を肯定した。


「でも、それが何で時間が壊れることになるんだ?」


 少女の言いたいことに最も理解が及んだらしいニルは、そう疑問の口火を切った。そしてそれは、クロードの疑問でもあった。

 たしかに驚異的としか言えない効果ではあるが、それがどのような形で時間を壊す事と繋がるのか、それが全く分からなかった。


「このタイム・エレベーターには、重大な制約があります」

『制約ですか?』

「そうです。タイム・エレベーターは【矛盾は解決できない】これが唯一にして最大の制約です」

「……すまん、また意味が分からなくなってきた。どういうことだ?」


 ニルの反応に、少女は「いきなり言われても分かりませんよね」とくすりと笑った。


「さっきの剣の話を延長します。例えば、赤い髪のお兄さんが剣を拾って、それを売ったとします。そして、お金を持っています。その状態で、タイム・エレベーターを使って大きいお兄さんが剣を持っている状態にしたとします。剣は大きいお兄さんの手に渡りますが、お金は赤い髪のお兄さんの手元に残っているままです」


『矛盾は解決できない…… なるほど…… タイム・エレベーターとは「誰か」が矛盾を引き受ける必要があるのですか』

「どういうことだ?」


『先ほどの説明だと、ニルから剣を買い取った商人は何も手元にないのにお金が消えており、ニルは剣がない筈にもかかわらずお金は持っています。明らかに矛盾していますが、その矛盾……つじつまを合わせないまま、ガルスの手元に剣を持ってくる事ができる』


 一拍置いて、クロードは一言で締める。


『ニルが最初に言った通りです。手順を無視して、結論だけを変える。これはそういう物です』


 クロードの言葉に、ステラが眉間に皺を寄せた難しそうな顔で首を傾げる。


「つまり……剣を売った商人は、お金が消えて悲しいけど、剣を拾ったガルスさんは嬉しいってことですか? そういう気持ちの矛盾は?」

「気付けません。最初からそれが当然であるように、結論が先に来ていますから」

『それはっ!?』


 結論ありきで、行動が後から付いてくる——それはまさしく、今ニルたちに起こっている異変そのものだった。


「……とりあえずの理解としては、矛盾が解消できなくなって、その結果として時間が壊れたってことか?」

「なるほど……」


 クロードの驚愕を横目に、ガルスが簡単に纏めるとステラは余り納得していないように、ようやく頷いた。


「そして、この矛盾は使えば使うだけ積み重なります。どう影響を及ぼすのかは、使った本人すら分かりません」


 そして少女は、悲しそうに微笑んだ。


「私は……つい最近、気づいてしまったんです。自分が死んでいることに…… いえ、矛盾した存在として“認識されなくなっている”ことに。たぶん、誰かがタイム・エレベーターを使ったんだと思います。その時に生まれた矛盾の隙間で、私は違和感に気付いたんだと思います」


 そして——少女は、ニルたちを見た。


「あなたたちも……きっと、同じようになります」


 その言葉に——ニルは、ゾッとした。


「……待てよ。俺たちは、生きてる。皆が皆を認識できてる。」

「今は、そうです」


 少女は、静かに言った。


「でも……あなたたちは、この城下町に足を踏み入れました。私にも仲間は居ました。今は、誰も居ません。……少なくとも、私は仲間を認識できていません。仲間が私を認識して、隣に立って呼びかけてくれていたとしても、気付く事も出来ません」


 少女は、言葉を切る。


「——この城下町の一部になるとは、そういうことです」


 その言葉に、ステラが「そんな……」と呟く。ニルとガルスも、これはいよいよやばいのではないかと考え始めたのか、額を揉むようにしながら目を閉じている。


『……待ってください。質問させてもらえますか』


 しかし、クロードにとってはその違和感は一度通り過ぎたものだった。

 クロードの問いに、少女は「……あなたは?」と首を傾げる。


『私はクロードと言います。ニルの剣に宿ったAIです』

「剣に宿ったAI…… もう、声しか聞こえない程に“ずれている”のかと思っていました」


 少女はそう言って苦笑して、不思議そうにクロードを見た。


「あなたは……私たちとは、違うんですね」

『はい。おそらく、私はこの城下町の……タイム・エレベーターの影響を受けていません。この城下町で起こっているあり得ない違和感を、あり得ない違和感として認識できます』


 クロードの言葉に、少女は初めて驚愕の表情を浮かべた。


「それは…… 具体的には、どんなものですか?」

『瓦礫の山がいつの間にか廃屋に戻っていました。他にも、三人の行動的違和感を感じ取れます』


 クロードのその言葉に、ニルはいつの間にか自分の左肩に触れていた。

 そこにあった誰かの手を払ったような、かすかな痺れを感じた気がしたからだ。……勿論、錯覚である。おそらく。


「なるほど…… それは確かに、クロードさんは『タイム・エレベーター』の認識の外にいるのでしょうね。たぶんですけど、タイム・エレベーターは『この城下町の歴史』を書き換える装置なんです。でも、クロードさんは……この城下町の歴史の中にいない」


 少女は、クロードを見つめる。


「だから——クロードさんは、書き換えの対象外なんです」

『つまりタイム・エレベーターの射程から抜けている私であれば、タイム・エレベーターを攻略する事ができる。これは間違っていませんか?』

「おそらく……としか言えませんが。」


 クロードが、最も聞きたい言葉が聞けた。

 つまりクロードが考えていたように、自分ならこの城下町を抜ける事ができるのだ。しかし少女は「ですが、気を付けてください」と言葉を続ける。


「あなたが瓦礫の山が廃屋になった事を確認したように…… そして、私があなた達の前に現れた事ができたように。今この瞬間にも、どこかの誰かがタイム・エレベーターを使っています。それは新たな矛盾を生み、あるいは避けられない必然を生みます」


 そして一拍置いて、少女は言葉を絞り出した。


「あるいは……あなたたちがこの場所に来たことすら、何かしらの必然に導かれた結果である可能性もあります」

『忠告、感謝します』


 クロードの言葉に満足したのか、少女はほっと息をついた。


「……ちょっと思ったんだが。あんたは、自分がそうなってることに気付いてるんだろう? タイム・エレベーターを使えば、その状態から抜ける事ができたりしないのか?」


 そんな少女に、疑問の声をあげたのはニルだ。

 クロードと少女がやり取りしていた間に考えを纏めていたらしく、その指摘はいつもの切れ味を取り戻している。


「……無理です。私は既に、タイム・エレベーターが生み出した矛盾の一部になってしまっています。剣の例えを持ち出すなら、私は商人の手を離れたお金のようなものです。お金()商人(元の世界)に戻ることそれ自体が、タイム・エレベーターが解決できない矛盾になります」


 ニルの指摘に、少女は悲しそうに首を振って言葉を続ける。


「もし、仮にですが。お金を商人の手元に戻すようにタイム・エレベーターを使った場合、商人は【本来は存在しない利益を手に入れる】必要が出ます。道でお金を拾っても良いですし、何かしらの取引で多めに得をしてもかまいません。ですが、赤い髪のお兄さんの手元から商人にお金が戻る、という行動を強いることはできないんです。タイム・エレベーターの補正能力は、私たちには理解できません」


 少女の説明に、ニルは「あー……」と、納得する様に腕を組んだ。


「つまりあれか。剣の話は、拾ったのが俺で、受け取るのがガルスだったから成立する例えなのか。対象が広ければ広いほど、時間が経ってれば経ってるほど、矛盾が大きくなる訳か」

「……つまり、どうにかできるってことですか?」

「いや、無理だな。肉は焼いたら骨と肉で別けられるけど、煮込んだら色々混ざるってる感じだろ。要するに、逃げたければ煮込まれる前に逃げろってことだわ」


 希望を見出したようなステラの言葉に答えたガルスは、そのまま腕を組んで眉間に皺を寄せている。ニルも、少女の言葉の意味を理解したのだろう。歯噛みしているが、言葉をかけられないでいる。


『……少女さん』


 クロードの声が、静かに響く。


『最後に一つ、質問があります』

「……はい」

『あなたは、なぜ私たちに話しかけてくれたのですか?』


 クロードのその問いに、少女は——少しだけ、驚いたような顔をする。


「それは……」


 少女は、言葉を探すように間を置いた。


「……あなたたちに、知ってほしかったからです」


 少女は、静かに言った。


「私は……ずっとここにいます。誰も気づきませんし、誰も助けてくれません。自分自身ですら……この会話すら、次の瞬間には忘れているかもしれません」


 少女の声が、震える。


「最初は、この城下町にも人が居ました。壊れた時間の中でも、たとえ外に出られなくても。ですが、いつの間にか人が居なくなっていました。たぶん、誰かが解決しようとしていたんだと思います。でも、矛盾の中からでは本当の意味での矛盾の解消はできません」


「だから、せめて知っていて欲しかったんです。私がいた、と。あなたたちが城下町に飲まれたとしても…… この会話が、私にとっては救いになります」


 少女は、静かに微笑んだ。


「私たちは……もう、死んでいます。でも、誰かが死んでいない事にしているから、死んでいないだけです。矛盾が解決される、その日まで」


 少女は、王城を見上げる。


「タイム・エレベーターは、城門を入ってすぐの中央広場にあります。……皆さんは、行ってください。私はもう、十分に救われましたから」

「っ、あなたも、一緒に行きませんか?」


 ステラが食い下がる。

 その目には、涙が浮かんでいた。


「一人で残したくないです。一緒に、行きましょう」


 ステラが食い下がる。

 しかし、少女は首を振った。


「残念ですが、時間のようです。また、誰かがタイム・エレベーターを使いました」


 手を伸ばした少女の姿が、空気に溶ける様に薄れていく。


「頑張ってください、クロードさん。私のことは気にしないでください。どうせ私も、あなた達のことは忘れてしまいますから。——いいえ、違いますね。そもそも最初から、あなたたちに会っていなかったことになるかもしれませんから」


 最後にそう言い残して——少女は、消えた。




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