第28話 城下町の話
「……なあ、二人とも。本当に悪いと思うんだが、あの廃墟の城に行ってみてもいいか? ちょっとで良いんだ」
ロスタの町から離れ、廃墟からも少しづつ遠ざかっている。
そんな時に呟かれるように漏らしたニルの言葉に、ガルスは「は?」と首を傾げるて足を止めた。
ステラも、ガルスと同じだ。声こそ上げなかったものの、驚愕の表情で足を止めており、ニルにかける言葉を見つけられずにいる。
「どうしてそうなった? 意味が分からんのだが」
「それは……いや、すまん。正直に言えば言葉に出来ん。でもなんか、行かなきゃって感じがするんだ」
ニルは、確かに直感に優れている。実際外す事も多いのだが、ニルの“何となく”にはいつも一定の説得力があるのは事実であった。
しかしそれは、ニルが優れた分析能力と経験則を回す事ができる、俗にいう天才的な感性というやつで瞬時に状況を判断できるが故に発生する現象である。
—―本当の意味で根拠のない“何となく”で、ニルが勘という言葉を使うことは殆どない。少なくとも、クロードはそう考えていた。
「はぁ…… 分かったよ。お前がそこまで言うなら、付き合うわ」
「ですねぇ…… そんなに行きたいなら、付き合いますよ」
『……っ』
――だからこそ、ガルスとステラがニルの言葉に同意した事に、凄まじい違和感を感じた。
意図的か、そうではないのか。
ガルスはニルと反対のスタンスを取ることが多い。そして頭が回る二人だからこそ、自然と道理の違和感はなくなっている。
ステラもそうだ。
彼女は一見すると優しさが前面に出ているようなかわいらしい雰囲気こそあるが、その実、頑として譲らない意志の強さを秘めている。自分がおかしいと感じることであれば、雰囲気に流されて意見を変えましたとはならない。……たとえ、ニルとガルスの意見が揃ったとしても、である。
――そんな二人が、これだけ不自然な提案を続けたニルの言葉を「何となく」で同意するものなのだろうか?
『……ニル。ガルスに、ステラも。本当に行くのですか?』
膨れ上がった疑問をなるべく表に出さないようにしながら、クロードはニルたちに問いかけた。もしかすると、いつもの合理的な返答が返ってくるのではないか、と。そんな期待も込めながら。
「ああ。なんか……行かないとダメな気がするんだよな」
「だなぁ…… ニルが話題に出すもんだから、なんか俺も行っといた方いいって気がしてきた」
「実は私もなんですよ…… まあオルビアンにつくのがちょっと遅れるかもですけど、オルビアンなら勝手知ったるってやつですから、多少遅れても良いかなと」
ニルたちの言葉に、クロードは沈黙した。
違和感が、膨らむ。
そしてこの瞬間を持って、クロードは一つの確信を抱いた。
—―彼らの中で「廃墟に行く」が前提となっている。
「廃墟に行く」という前提がありきで、まるでそれに「廃墟に行く理由を肉付けしている」かのような。これは、そう言う類の違和感だ。
つまり、良い悪いの話ではなく。
おそらくだが「廃墟には行く必要がある」のだろう。まるでこのルーチンが、何かによってピンで留められたように、行動の理由がそこに収束している。
『……分かりました。では、慎重に行動しましょう』
「ああ。クロードも頼りにしてるぜ」
「だな。マッピングとスキャンを使うことになるかもだし」
「おお! 実は私、マッピングって見た事ないんですよね」
「クロードが居ないと使いにくい魔法だけどな」
「うるせーよ」
そうしてニルたちは「違和感を感じないまま」に、自然な感じで廃墟に向かった。まるで、それが当たり前であるかのように。
ロスタの町からオルビアンに向かうような——本来の目的を行うような自然さで、全く関係のない場所に行く不自然を実行しようとしている。
『皆さん……一つだけ、約束してください』
「うん? なんだ?」
だからクロードは、その言葉を言わずにはいられなかった。
おそらくは自分だけが、この“違和感”の外側に居て……“違和感”の内側にいる皆も、「話せば理解が得られる」ことは理解できているから。
『今回は、私の選択を優先で動いてくれませんか?』
「別に良いけど…… なんだ、変なことを言うな」
「だな。別に構わんけど」
「ですね。私も構わないですよ」
『わがままを言ってすみません』
きっと——何かを変えられるのは「自分だけ」なのだ。
密かに決意を固めたクロードの言葉に頷いた三人は、改めて廃墟へ向かうのだった。
◇
そうして四人は街道を少しだけ戻り、廃墟の城へ向かう。
自然に浸食された苔むした廃墟は、昨日見た時と同じように静かに佇んでいた。
「やっぱり、でかいな」
「ですねぇ…… 近くまで来ると、余計に大きく感じます」
『少し待ってください。スキャンを実施します』
ガルスとステラが城を見上げるその横で、ニルの背中に居たクロードが声を上げる。同時に空色の燐光が一瞬だけ強くなり、すぐさま元の状態に戻る。
『――スキャン範囲にある建物の構造は、ほぼ健全と判断できます。崩落の危険性は低いかと』
「じゃあ、入っても大丈夫そうだな」
『はい。ですが、妙です』
「なんか変なのか?」
ニルが聞き返すと、クロードは『はい』と短く答える。
『この城下町、人の気配が全くありません。動物も、虫も、何も』
「いや……そりゃ廃墟だし、気配がないのは当たり前じゃないか?」
『言葉を変えます。廃墟にしては、静かすぎます』
その言葉に、ニルは「……そうなのか?」と首を傾げる。
ガルスはニルの横で「違いが分からんが……」とこれまた首を傾げており、ステラも「すみません、私も分からないです」と頷いている。
「まあ、気をつけるに越したことはないってことだろ? とりあえず入ろうぜ」
そう言って、ニルが城下町の入り口へ足を踏み入れた。
——その瞬間、であった。
世界が、わずかに——――しかし、確かに揺れた。
「……ん?」
『今のは……ニル、何か感じませんでしたか?』
「いや、なんか揺れたような気が…… 気のせいか?」
「どうしたんですか、ニルさん?」
「いや……なんでもない」
ステラの疑問に、ニルは首を振って歩き始めた。
ガルスとステラはニルに続くように廃墟に足を踏み入れるが、ニルのように何かの違和感を感じている様子はない。
——しかし、クロードは気づいていた。
『……やはり』
「なんだ、クロードは何か分かるのか?」
『いえ……正確には、不明のままではあります』
—―城下町に足を踏み入れた瞬間、何かが変わったことを。
空気が、わずかに重くなった。
いや、錯覚ではある。
しかし廃墟の外からでは観測できなかったが——廃墟の中の空気の、魔力密度が異常なまでに濃い。その変化は、まるで空気が水になったように。あるいは、時間の流れが僅かに遅くなったかのようにすら感じる。
「別に想像でも良いぞ?」
『分かりません…… 私には、魔法の知識がありませんので』
クロードの声が、わずかに震えている。
『少なくとも、この現象は……私が「認識できない」何かです』
そう言いながら、クロードは慎重に周囲をスキャンする。
そして、気が付く。城下町の中心――王城の方角から、魔力が流れてきていることに。
『あれは——』
クロードは、その魔力の流れを解析しようとする。
しかしクロードの高負荷処理による解析は、実に呆気なく失敗した。まるで「ここから先の現象は科学では説明ができない」と、そんな事実をクロードに叩きつける様に。
「……なんかわかったか?」
『いえ。分からないことが分かりました』
「なんだそりゃ」
「何もないって意味じゃないか?」
「なるほど。何もないなら、さっさと探してしまいましょうか!」
「だな。何もないなら探索も楽だろ」
「俺は楽ならいいぜ」
『……何もないのに、なぜ探すのですか?』
クロードは、その疑問を飲み込んだ。
今、それを聞いても——おそらく、答えは返ってこない。
いや、一応答えは返ってくるのだろう。
でも、その答えはきっと——「理由のない答え」だ。
『とにかく——ニルたちを守らなければ』
「了解だ。頼むぞ、リーダー」
『はい。かならず、あなた達を守ります』
何が起きているのか、まだ分からない。
でも、確実に何かが起きている。
クロードは、警戒レベルを最大まで引き上げた。
◇
四人は荒廃した城下町を歩く。
石畳の道は、草木に覆われている。
崩れて瓦礫になっている建物もあれば、ほぼ原形を留めているものもある。
しかし、生き物の気配は全くない。比較的どこにでも見られる機械生命体すらも。
「……本当に、静かだな」
ガルスが、周囲を見渡しながら呟く。
「ですね。何も聞こえません」
「まあ、廃墟だしな。当たり前っちゃ当たり前だが……」
ガルスの言葉に、ステラが同意する。そんなステラの言葉を肯定しながらも、ニルは、何とも言えない違和感を覚えていた。
ずっと感じていた違和感だ。
何かが、おかしい。
でも、何がおかしいのか、分からない。
「そういえば、ガルス。お前、さっきからマッピングしてないな」
「え? あ、そうだな。まあ、廃墟だし必要ないかと思って」
『……』
ガルスは、普段なら必ずマッピングをする。
「必要ない」などと言うはずがない。
しかも今回の場合、廃墟を訪れる際の会話で「廃墟に行ったらマッピングを使う」と自分で言っていたはずだ。なのに、誰もその違和感に触れない。
「それ言えば、ステラ。お前は廃墟怖くないのか?」
「え? 別に怖くないですよ」
『……』
ステラは、かなり慎重だ。
出会った時、自分一人だと行き慣れた廃村の探索もしないぐらいの慎重さだ。
でも、今は……全く怖がっていない。まるで通い慣れた店に通うような気軽さで、警戒もなくずんずんと廃墟を進んでいる。
「……クロード、何か気づいたことはあるか?」
『はい。仮定になりますが、一つ報告があります』
クロードの声が、真剣な響きを帯びる。
『この城下町——おそらく、何かの魔法が展開されています』
「魔法?」
ニルが聞き返すと、クロードは『はい』と答える。
『城の中心から魔力が流れています。おそらく、何かの効果が発動している可能性があります』
「……ヤバいやつか?」
『今のところ、直接的な影響は感知できていません。しかし——』
少し考える様に、クロードはそこで言葉を区切った。
『——何が起きても、おかしくありません。気を付けてください』
深刻そうに呟かれたその言葉に、ニルは「分かった」と頷いた。
「じゃあ、とりあえず——王城を目指すか。そこに何かあるかもしれない」
「だな。行こう」
ガルスが頷き、ステラも「はい」と答える。
そうして、四人は王城へ向かって歩き始めた。
時には瓦礫を乗り越えて、時には道を迂回して。
蛇行しながら、緩やかに歩みを進めていく。
そうして歩き始めてしばらくして——先頭を歩いていたニルが、足を止めるという形で、ニルたちは違和感に気が付いた。
「どうしたんですか?」
「いや、大したことじゃないんだが…… なんか、違和感があると言うか……」
ニルの言葉に、ガルスは「うん?」と首を傾げる。
「何言ってんだ? 俺たち、ちゃんと前に進んでるだろ」
「ああ、そうなんだけど……」
そう言って、足を止めていたニルは周囲を見渡した。
確かに、景色は変わっている。
さっきとは違う建物が見える。
——でも。
「なんか、違和感を感じると言うか……」
その言葉に、ガルスは「なんか、お前今日はそればっかりだな」と呆れるように呟く。
「それは認めるんだけど、そうじゃなくて……」
ニルは、言葉を探すように口ごもる。
『あなたの感覚は、正しいかもしれません』
「え?」
ニルが驚いて聞き返すと、クロードは『はい』と答える。
『ニル…… いえ。ガルスとステラも。皆さんは、右後ろの廃屋を見て、なにか違和感を感じますか?』
クロードは、言葉を選ぶように間を置いた。
その言葉に、三人の視線が一つの廃屋に向く。
――どこにでもありそうな、ただの廃屋である。
「……ただの廃屋に見えるが?」
「俺にもそう見える」
「私もですね」
クロードの言葉に三人ともが「何を言いたいの?」とばかりに首を傾げている。クロードはそんな三人に、誤解が産まれないように端的な言葉で告げる。
『あの廃屋は、約30秒前まで「瓦礫の山」でした』
「……うん?」
「え? でもあそこ、廃屋ですよね?」
「だよな。廃屋に見えるが」
『そうです、「今は」廃屋です。ですが少し前まで、あそこは瓦礫の山だったのです。そしてあなた達三人は、「瓦礫の山」が「廃屋」になっていることに違和感を持てないでいる』
混乱する三人に状況を飲み込ませるように、間を置いてから、クロードは次の言葉を続ける。
『瓦礫の山が、廃屋になっていることが問題ではありません。あの光景を見て、違和感を感じない皆さんの認識が問題です』
クロードの言葉に、ニルとガルスは真剣そうな表情で考え込む。ステラは、まだ状況が呑み込めていないらしく「うん?」といった感じで、難しそうな顔で腕を組んでいる。
「……つまり、どういことですか?」
「俺たち四人が、何かしらの魔法の中にいるってことだ」
「魔法の中に?」
ガルスの言葉におうむ返しに言葉を返すステラの言葉に、ニルは「ああ」と小さくうなずく。
「違和感を感じられないってのがやばい…… 基本的に、解決法ってのは間違い探しだ。間違いが見つけられないって、解決策が見つけられんってこととほぼ一緒だぞ」
『……一先ず、お二人に話が通じる用で良かったです』
誰かが“違和感”の外側にさえいれば、“違和感”の内側にいる皆にも違和感を解耐えられる。その予想が当たった事に、クロードは一先ずの安堵のため息を漏らす。
「すまん、多分俺の所為だな。廃墟を見た時になんか食らったのかもしれん」
「そこはどうでも良い。とりあえず引き返すで良いだろ?」
「当たり前だ。さっさと出るぞ」
違和感に気付いたニルとガルスの提案は素早かった。有無を言わせぬ口調でそう言って、ガルスとステラもこくりと頷く。
『ようやく、いつもの皆さんに戻った気がします』
「すまん、迷惑かけた」
『いえ、まだ終わっていません。影響を抜けなければ』
クロードの言葉に全員が頷き、四人は来た道を引き返し始めた。
「おい…… 入り口、なくなってね?」
そして辿り着いた場所で、全員が——固まった。
確かに、入り口があったはずの場所に——何もない。
ただ、石壁があるだけだった。
「マジかよ。ガルス、マッピングではどうなってるんだ?」
ガルスはニルに言われる前からマッピングの魔法を使い、現在地を確認していた。しかし「あー……」と、あまり嬉しく無さそうな声を上げている。
「……壁になってる。手書きの方サボるんじゃなかった」
「いや、これはしゃーないわ。というか俺も、お前が手を動かしてない時点で違和感持つべきだった」
「でも、これは…… 困りましたね」
さて、どうしたものかと。
そんな風に頭を抱える三人が、あまり深刻そうに見えなくて、クロードの不安はさらに募る。しかし自分がしっかりせねばと思い、クロードの声が冷静に響く。
『まだ、方法はあるはずです。とりあえず——』
クロードが、言葉を続けようとした。その言葉は、背後から聞こえた、場違いなほど澄んだ声に飲み込まれた。
「——あの」
突然、声がした。
ニルたちが振り返ると——
そこには、一人の少女が立っていた。
そしてその少女は、唯の少女ではなかった。薄っすらと、向こう側が透けて見える。そういう、明らかに普通ではない少女であった。
「……幽霊?」
ステラが、震える声で呟く。
少女は、悲しそうな顔でニルたちを見ていた。
「……ごめんなさい」
少女は、小さな声で言った。
「あなたたち……もう、出られません」




