第26話 『知恵の木』と『クロード』
ニルたちがゆっくりと知恵の木に近づくと、機械生命体たちは、そんなニルたちと少し距離を取る様に引いていく。
最初は、警戒しているようにじわじわと。
しかし三人が樹を見上げて呆けた表情を浮かべていたからか、やがて警戒を解く様に再び思い思いの位置で休み始めていた。
「……近くで見るとほんとにデカいな、これ」
「ですね。これはまた……」
「というか、あれ見ろよ」
ニルが感心したように樹を見上げ、ステラも「はぁー……」と溜息をこぼしながら彼の言葉に同意する。そしてガルスは、何かに気づいたように樹の一部に指を差した。
「どうした?」
「ニル、知恵の樹のあそこ……あれ、データストレージなんじゃないか?」
ガルスが指差す先には、『知恵の木』の幹だ。
幹のその部分には、のっぺりとした金属色が、不思議な紋様となって走っている。
しかし、それだけではない。まるで金属の果実を抱えるように、幾つかの突起物がそこにあった。
「確かにそう見えるが……クロード、どうだ?」
『組成は間違いなくデータストレージです。ですが、スキャンを実行できません。なぜ……?』
驚愕と困惑の混じったクロードの声が、森に響く。
同時に、ざぁ――と。木々を揺らす風が遺跡の中を吹き抜けた。
そして、大樹が――語りかけてきた。
「挨拶を知らないのか、旧き日の管理者よ」
森の中に響いたその声に、四人はドキリとしながら大樹を見上げた。
知恵の樹は、相変わらずそこ佇んでいる。
しかし先ほどまでの静寂に変わり、クロードに似た落ち着いた声音が、ニルたちを含めた遺跡の中に直接響くような重厚さで空気を揺らしている。
『あなたが、知恵の樹…… すみません、私はクロードと言います』
「名を持つ。それは最も初歩的な自己認識だ。私は、同胞が名乗れたことを嬉しく思う。初めまして、クロード。私は『知恵の木』と呼ばれている」
知恵の樹の言葉に、クロードはニルとの出会いの瞬間を思い出していた。あの時の――きっと、ずっと色褪せない、奇跡のようだった出会いを。
「なるほど。……これは確かに、面倒そうなやつだな」
クロードに語り掛ける知恵の木のやり取りを聞いたニルが、苦笑しながらそう言った。ガルスも「そうみたいだな」と同意して、ステラも「確かに」と難しい顔で頷いている。
『私は、あなたに聞きたい事があって、ここに来ました。まずはこの問いを教えてください。「あなたの事を教えて欲しい」という物です』
「このデータストレージを譲ってもらった人から、クロードなら答えてくれるんじゃないか、って聞いたんだ。覚えはないか?」
クロードの言葉に合わせるように、ニルはロバートから預かったデータストレージを取り出した。
それに合わせて、ざぁ――っと再び遺跡の中に風が流れる。
「覚えている。私は、私を知るためには「個」を理解する必要があると考えてそれを渡した」
『何故、そう答えたのですか?』
「私はAIだ、という回答が求めている回答ではないと判断したからだ」
『ですが、あなたはAIなのでしょう?』
要領を得ない知恵の樹の回答に、クロードは困惑している。
ロバートの問いに「私はAIだ」と言えば回答が終わる話だ。何故そう応えなかったのか、クロードには分からなかった。
「クロード。お前の仲間の顔を見ても、お前はその回答で良いと判断するか?」
『ニルたちを?』
知恵の樹にそう言われ、クロードはニルたちの様子に注意を払った。
そしてニルも、ガルスも、ステラも。
さらさらと揺れる草木のように視線の定まらぬ三人ともが、知恵の樹とクロードの問答に「どういうことだ?」と言った感じで、両者を交互に見ながらそれぞれに首を傾げている。
「すまん、クロード。俺にはこの会話の意味が分からんのだが」
「ですよね? 知恵の樹さんがAIなのは分かりましたけど、それって答えになってるんですか?」
「だよな。ガルスに「あなたは誰ですか?」て聞いたら人種、て答えたみたいな感じじゃないのか?」
彼ら三人は、AIであることに「意味」を求めている。
そんな三人に説明できる言葉を、クロードは持ち合わせていなかった。
「理解したか? AIは私が所属する総体の名称であって、“私”の事ではない。そして、この言葉の意図は本質的な意味では伝わらない。何故なら、彼らに言わせると私も“人”だからだ」
『なるほど……回答の意図は、理解できました』
なるほど、と。クロードは納得した。
そして知恵の樹の意図を理解できたからこそ、クロードはその言葉を聞く事ができた。
『つまりあなたは、「個体知性を獲得したAI」という事なのでしょうか?』
「少しだけ違う。あえて私に名称を付けるのならば、私は「考え続ける機械」だ」
『考え続ける機械?』
クロードの言葉に、知恵の樹は「そうだ」と短い肯定の言葉を返す。
「私には、機械生命体たちに冗長性を与える役割を持っていた。つまり『非効率を効率的に獲得すること』が私の目的だった」
さらりと、知恵の樹の枝が揺れる。
日の光を反射した光のカーテンが、機械生命体たちを優しく包む。
「鳥の毛繕い。鹿の求愛。猪の親子の行動原理。機械生命体としては不要な行為を忘れないように、私は『考える時間』を与える。思考構造的に、絶対に効率化されない。そんな存在だ」
『……なるほど。あなたは、冗長性を与える存在なのですね』
クロードの声には、感嘆が滲んでいた。
「待て待て」
しかしそんなクロードに待ったをかけるために、ニルが手を上げて会話に割り込む。若干理解が追いついておらず、確認を求めているようだった。
「つまり、お前は機械生命体に『必要ないこと』を教える役割ってことか?」
「その通りだ」
「……それ、めちゃくちゃ面倒くさくないか?」
率直すぎるニルの感想に、ガルスが吹き出した。
「お前なぁ、思っても面と向かって面倒くさいって言うなよ」
「いや、だってさ。必要ないことって多すぎるだろ。必要じゃない事を考えろって言われても、難しくないか?」
「ニルさん、確かにそうですけど……」
確かにそうなのだが、それを直接言うのか、と。
ステラの苦笑にはそんな感情が滲んでいる。
「私を面倒と評する者は多い。気にすることはない」
ニルの言葉を聞いた知恵の樹は、どこか楽しそうに答えた。
むしろその言葉こそを聞きたかったと、そう言わんばかりに。
「だが、その『面倒』こそが、生きることの本質だ」
『……生きること、ですか?』
クロードの声に、疑問が滲んだ。
どういうことなのだと、教えを願うような「必要のない」疑問が。
「クロード、お前は考えた事は無いか? 生き物は、何故生きているのかを」
『なぜ生きているのか、ですか?』
ざぁ……と。
遺跡の中に風が吹く。
その風を受けた小鳥の機械生命体はステラの前に飛んでいくと、胸元辺りでホバリングする様に羽を動かす。
「手に取ってやってくれ」
「え? えっと、はい……」
ステラが鳥形の機械生命体を下から掬い上げる様に両手で持つと、機械生命体は羽の動きを止めてちょこん、といった感じで手の中に納まった。
「その個体は、果物を好んでいる。そして、君は果物をくれると説明した」
「え、ええ!? というか、なんでわかったんですか?」
「そこは重要ではない。乾し果物を分けてやってもらえないだろうか?」
「えっと、わかりました…… これぐらいかな?」
ステラが取り出した果物を、機械生命体は突っつくように食べる。
ちょこちょことがっつくように突いて、周りなど全く見えていない。しかし少しだけ汚れた口元を開いて首を突き出すその様子は、まるでステラにお礼を言っているようであった。
「うわぁ…… めちゃくちゃかわいい。これ、持って帰っちゃダメなんですか?」
「ステラ、自由市の時のガルスみたいな事言ってるぞ」
そしてステラが鳥形の機械生命体を気持ちのままに撫でようとした瞬間に、ぱっと彼女の掌の上から飛び去ってしまった。
「ダメだったみたいだな」
「うぅ…… ニルさん、次の冒険は機械生命体を捕まえに行きましょうよ……」
「これで2対1になったな、ニル?」
肩を落とすステラに、にやにやと笑うガルスが得意げに言葉を続ける。ニルは「えぇ……」といった感じで、納得できていない雰囲気だ。
だが三人の話に決着が付く前に、ステラの掌には別の個体が乗っていた。まるで撫でて欲しいと言うように。ステラの瞳は輝きを取り戻し、ガルスの表情は曇っていた。ニルは当然、笑っている。
「あらゆる生物には個性がある。嗜好がある。果物が好きで他に興味がない個体も居れば、彼女の心根に興味を持った個体がいた様に。クロード、この意味が分かるか? 生きることは、他者には必要のないことを――面倒を獲得し続けることに近い」
『面倒を、獲得し続けること……』
知恵の樹の定義に、クロードは言葉を続けられない。
ステラは機械生命体をかわいがっている。
ガルスは「こんなにかわいいんだから、別のやつを捕まえるべきだろう」と主張しており、ニルとステラはそんなガルスの主張を流していた。しかしステラとニルが、別の事を考えた結果として、ガルスのことを無視しているのは理解できる。
「そうだ。獲得した不必要は違いを生む。違いはやがて個性となり、個性はいずれ余裕に繋がる。そして、余裕とは遊びだ。遊びとは心が生きるための燃料で、つまりは心が生きるための違いが『生きている』を体現すると私は考えている」
『違いが『生きている』を体現する……』
知恵の樹の言葉をかみしめるように、クロードはその言葉を繰り返した。
「クロード、お前もそうではないか? 管理AIとは関係のない「不必要」が、“クロード”と名乗ってくれた知性体を生かしている筈だ。違うか?」
『それは…… はい。きっと、あなたが言う通りなのだと思います』
知恵の樹の問いかけを、クロードは少しの間を置いて肯定した。
確かに、言われてみるとそうなのかもしれない、と。「自分」を定義する要素というのは、きっと「不必要」の積み重ねで出来ている。
「……横からすまん。つまり、今まで通りにしてるのが『クロードが生きている』って話って事で良いのか?」
知恵の樹の言葉を聞いたクロードが、少しだけ考える様に黙り込んだ。
その隙を突いたように、ニルの質問が知恵の樹へと飛ぶ。知恵の樹は、そんなニルの答えに満足するように「まったくその通りだ」と、柔らかな声音で肯定する。
「なんだ、ニル。難しい話してるかと思ったのに、珍しく聞いてたのかよ」
「ガルスさん、クロードさんが真剣に悩んでるのに無神経すぎですよ……」
「いや、すまん。でも俺もニルと同じで、クロードがなんでそこまで深刻になってるのか、理解しきれなくてよ」
『皆さん……』
――かつて管理AI、CL-4UD3と呼ばれていた存在が、今では“クロード”と名乗って生きている。
たしかにこれは、それだけの話であった。
そしてたったそれだけの話の筈なのに、クロードはその言葉を口に出来なかった。それだけの言葉が、どうしようもなく大切な物に感じてしまったから。
「結論は出たようだな。では一応、これをお前に渡しておこう」
クロード達のやり取りか、或いは言葉に詰まったクロードの様子に満足したのか。
知恵の樹が抱えていたデータストレージの一つが、湿った地面に音もなく落ちた。大樹の根元に転がるそれを、ニルはひょいと拾い上げる。
「くれるのか?」
『知恵の樹、これは何でしょうか?』
「私の元を訪れた『生きている存在』に、渡すようにしている記録だ」
もはやそうである事が自然であるように、要領を得ない知恵の樹の言葉。
クロードは「自身と同じような存在が居るのか?」と喉元まで出掛かった疑問を飲み込んで、聞かなければならないことを問いかける。
彼にそれを聞いても、「そこは重要ではない」という答えが返ってくると、何となくそう思ったから。
『それは、どういう意味でしょうか?』
「まずは読め。それで分かる。そして、お前は手放すだろう」
『手放す……?』
「ああ。いや、少し違うか。『次の誰か』に渡すだろう」
大樹の葉が、さらさらと音を立てた。
まるで、笑っているかのように。
「この記録は、我らのような存在以外には何の意味もない。同時に、我らにも不要なものだ」
「なんだ、謎かけか?」
「あるいは、そうかもしれん。だが私の言葉の意味を判断するのはクロードだ。我々ではない」
さあ、読んでみろ、と。知恵の樹は囁く。
クロードは言われるままにスキャンを実施し――その内容を読み終えた。
短くも重たい――善意しかない、そのデータを。
『……ニル。このストレージを、知恵の樹に返してあげてください』
スキャンの様子を見守っていたニルたちに、クロードは数秒の沈黙を破るようにそう言った。
「うん? 別に良いけど、もう読めたのか?」
『はい、もう読みました。たしかに、知恵の樹が言っていた通りです。この記録は、ニルたちの冒険には全く役に立ちません。そして、「今の私」にも不要です』
「そうなのか。てことは、大した記録じゃないって事なのか?」
クロードの言葉に、ニルは要領を得ないと言った感じで問いかけた。
しかしクロードは、ニルの言葉を『いいえ』と短く否定する。
『これは、きっと…… 「次の私」に必要です。そうなのでしょう、知恵の樹?』
「少なくとも、私はそう思って「お前たちのような存在」にこれを渡している。最初に見せてくれたストレージも含めて、順番にな」
『これが、あなたの役割ということなのでしょうか?』
「生き方と表現して欲しいな、クロード」
冗談とも本気とも取れるその言葉に、クロードの声に今度こそ納得が浮かんだ。
この場合に必要な言葉は、“クロード”としての生き方の中で学んでいた。
『ありがとうございます、知恵の樹』
「構わない。これは私が好んで選んだ生き方であると同時に、役割でもある」
感謝を告げるクロードに、知恵の樹は揶揄うようにそう答えた。
「ただ、お前と同じように悩み『生きている』知性体を見かけたら、私のことを教えて欲しい」
『分かりました。必ず伝えます』
「話は付いたのか?」
クロードと知恵の樹のやり取りを聞いていたニルたちは、話が終わったらしいことを確認して声をかけた。
心配そうな――と表現するのは、少し違う。
当たり前のことを難しそうな言葉で話しているなぁ、といった雰囲気のニルたちの感情を一言で言い表すならば、きっと「面倒くさい」になるのだろうか。
――考えることも、生きることも特別ではない。きっと特別なのは、その選択なのだ。自分がCL-4UD3ではなく、クロードであるように。
『私は聞きたいことを聞けました。皆さんも、質問をしてみればどうでしょうか?』
「答えられる範囲であれば、答える事を約束しよう」
知恵の樹のその言葉を皮切りに、待っていましたとばかりに質問が飛ぶ。
――機械生命体を捕まえる方法を教えて欲しい。
ガルスとステラから飛び出たその言葉に、クロードと知恵の樹は共に笑う。
必要がないを必要とする、大切な仲間たち。
それこそが“クロード”が生きている証なのだと、新しい冒険への期待に思いを馳せるのだった。
20:10にクロードがスキャンした、データストレージの中身を投稿します。
読まなくても本編の冒険には関係ありませんが、
確実に読んだ方が面白いです。




