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第25話 『知恵の木』の遺跡


 オルビアンの港から出た商船は、穏やかな海を進んでいた。


 ニルは甲板に立って、潮風を浴びている。

 その近くではガルスが「この酒、美味いな」と言いながら、昼間から飲んでいる。そんなガルスを、ステラは若干呆れながら見ている。


「ガルスさん、まだ昼間ですよ?」

「良いじゃないか。船旅なんて久々だし」

「お前、最近飲みすぎじゃないか?」


 ニルが呆れたように言うと、ガルスは「訓練だって」と笑った。


「ゴールの短剣、魔力消費が激しくてさ。魔力酔いに慣れるために、 酔った状態で動けるようにしとこうと思ってな」

「……それ、本当に訓練なんですか?」


 ステラが疑わしそうに言う。


「マグナスさんも似たようなこと言ってたぞ。 魔力を活性化させた状態に慣れるのは大事だって」

「お父さんも言ってたって……あれ?」


 ステラは何かに気づいたように首を傾げた。


「もしかして、お父さんもガルスさんも、ただ酒が好きなだけでは……?」

「細かいことは気にすんな。それより、油はどうだったんだ?」

「うまくいきましたけど、なんか誤魔化された気がするのですが……」

「たぶん気の所為だろ」


 ステラがじとっとした目でガルスを見ている。

 しかしガルスは気にしていないらしく、笑って誤魔化していた。実際、この訓練方法のアイディアをくれたのはマグナスなのは嘘ではない。


 その様子を見て、ニルは小さく笑う。

 いつものガルスと、いつものステラだ。


 ――しかしいつもと少し違うのは、クロードだろうか。


 ニルは甲板の手すりに寄りかかって、海を眺めた。


 ロバートが言っていた『知恵の木』

 クロードが混乱していた【機械生命体の設計思想】


 ニルは正直に言えば、難しい話は分からない。

 だが、クロードが何かを真剣に悩んでいるのは伝わってくる。


 ――できる事は、なにかあるのだろうか。


『ニル、質問があります』


 ニルがそんな事を考えていると、丁度良くクロードが口を開いていた。


「どうした?」

『私は、『知恵の木』に何を聞けば良いのでしょうか?』


 どうやらクロードは『知恵の木』について考え事をしていたらしい。


「まだ決まってないのか? 俺は別に何でも良いと思うけど」

『漠然と「必要のないものを持つ意味」は聞きたいです。しかし…… それをどう問えば良いのかが思いつかず』

「クロードは難しく考えすぎじゃないか?」


 そう問いかけるクロードに、酒を飲んでいるガルスが横から答える。


「そのまま聞けば良いと思うぜ」

「だな。俺もそう思う」

『そのまま……ですか?』


 ニルは横から話に入ってきたガルスに同意する。

 少しばかり困惑した感じのクロードの言葉に、ガルスは「そうそう」と頷きながら同意する。


「ロバートさんは『知恵の木』って面倒なんだって言ってたし、色々考えて聞いても思った答えを返してくれる訳じゃないんじゃないか?」

「それだよ。俺もそう思ってたんだ」

「そう言えば、学者とか神父みたいだって言ってたましたね。問いかけても、問いで返事がされるんじゃないですか?」


 ガルスの見解にニルが同意し、ステラもそれに続く。

 学者にしても神父にしても、彼らが提示するのは答えではない。

 それは「何故そう思うか?」の確認に近い。そういう意味では、確かに面倒なことを言っているのだろうとは思う。


「とりあえず俺なら『必要のないものを持つ意味はなんですか』って聞いてみるかな。そっから先は、聞いてから考える」

『……なるほど』


 ニルの言葉に、クロードは少し考え込むように沈黙した。


「クロードさん、もしかして『正しい問い方』を探してるんですか?」


 ステラの言葉に、クロードは『……もしかすると、そうなのかもしれません』と答えた。それは言葉にできない葛藤を抱えたような声にも聞こえる。


「多分なんですけど、問いに正解なんてないと思いますよ?  クロードさんが知りたいことを、素直に聞くのが一番ですよ」


 そんなクロードに、ステラは笑った。

 柔らかくお姉さん風を吹かせた風なその言葉は、クロードの固い言葉を柔らかく包んだ。


『素直に……』

「そうそう。難しく考えすぎるのは、クロードの悪い癖だぜ」

「お前は適当過ぎるけどな」


 どこか戸惑いと期待が混じったようなクロードの声。

 そんなクロードの様子にニルが笑いながらステラに同意するも、ガルスが揶揄う。


『……ありがとうございます』

「いえいえ! どういたしまして!」

「まあ到着まではまだ時間はある。ゆっくり考えようぜ」

「もし思いつかなかったら、『どうやったら私も飲酒が出来るのでしょうか?』って聞いてみようぜ」

『もしかすると、それも良いのかもしれませんね』


 クロードの声には、いつもの冗談が戻っていた。


 ニルは笑いながら、海を見た。

 穏やかな波が船を揺らして、潮風が流れる。



「おい、あれがそうじゃないか?」


 少しの間ぼうっと海を眺めていたニルの耳に、ガルスの声が響いた。彼が指差したその先には、緑色の陸地が見え始めていた。


「あれが、アサルビ半島か」

『……ついに、ですね』


 クロードの声には、期待と緊張が混じっていた。

 そんなクロードの気持ちに応える様に、ニルは剣の柄を軽く撫でる。


「ああ。もうすぐだ」


 船は、ゆっくりと半島へ近づいていく。

 その先に何があるのか、まだ誰も知らない。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 港に上陸したニルたちは、さっそく聞き込みを始めた。


「すみません、『知恵の木』について教えてもらえませんか?」


 ステラが港の商人に声をかけると、男は「ああ、遺跡のことか」と頷いた。


「森の中に旧文明の遺跡があるんだ。『知恵の木』ってのは、そこにある大樹のことだね」

「危険な場所では?」

「いや、完全に探索済みだ。……冒険者が欲しがるようなものはないぞ?」


 そう言って、男は肩をすくめた。

 何でもないことを軽い感じで伝えるその様子に、どことなくロバートの姿が重なる。


「ただ、機械生命体がたくさんいるな。見た目以外じゃ見分けがつかんくらいだ」

『見た目以外に……見分けがつかない?』


 クロードの声に、驚きが混じった。


「ああ。まあ……あれは、言葉じゃ伝わらん」



 他の人たちにも聞いてみるが、返事は似たような物であった。


 ――この港町からしばらく歩いた森の中に、『知恵の木の遺跡』と呼ばれている旧文明の遺跡があること。


 ――その名の通りに『知恵の木』が存在している遺跡であること。


 そして――『知恵の木』と呼ばれる大樹は、問いに応えてくれること。



「さて、いくか」


 聞き集めた情報を胸に、ニルは知恵の木の遺跡へ続く森を見上げた。

 深い緑に覆われたその森は、どこか静かで穏やかな空気を湛えていた。


「流石に宿屋は空いてたな」

「まだカイサリアで自由市やってる最中だしな。こっちには人は少ないだろ」

「なるほど、そういう事情もあるんですか」


 森の中を歩く四人の足取りは軽い。

 ニルの言葉に「納得しました」という感じで頷いているステラであったが、ガルスが笑って言葉を付け足す。


「でもそれ、ニルの勘だろ?」

「そうだけど? なんか問題あったか?」

『ニルの場合は適当な発言なのか、当たっているのかの判断が難しいです』

「……なんか、さらっと騙されたみたいで悔しいのですが」


 森に吹くのは、活気と少しの猥雑感を感じさせる磯の香りが混じった独特の潮風。

 カイサリアでもかぐことのできる、どこか懐かしさを持った匂いは、未知の土地を歩くという緊張感を打ち消してくれていた。


「あ、見てください。機械生命体ですよ」


 ステラが指差した先に、金属の羽を持つ鳥がいた。

 いや、鳥のような見た目の機械生命体である。

 もはや馴染みとなっているオルビアン近郊の森でもよく見かけるタイプであり、外観自体は珍しいものではない。しかしこの機械生命体は、オルビアンに住んでいるものとは、何かが決定的に違っていた。


『機械生命体ですね。しかし、これは……』


 クロードの声に、驚きが滲んでいた。


『非常に生物に近い動きをしています』

「だな。これは凄いぞ……」


 ニルも、クロードの言葉に同意した。

 ステラの指差にいるその鳥型の機械生命体は、木の枝に止まって羽繕いをしている。いや、正確には羽繕いをしているような動きをしている。

 まるで本物の鳥がそうするように。

 有機的な羽なんか生えていない筈なのに、まるで羽がそこにあるかのように。銀色の羽を軽く開きながら、小さな顔を小刻みに動かしている。


「あ、見てくださいよ。別の鳥も来ましたよ」


 そして驚くべきことに、そんな風に羽繕いをしていた機械生命体の近くに、生きている鳥が止まったのだ。

 ぐぐぐっ、と胸を張る様な動きを見せたその鳥は、埃を払うようにぶるぶると羽を広げてから再び羽を閉じる。

 ひゅぃ、ひゅぃと小さく鳴きながら動きを止めた鳥の様子を首を傾げながら見ていた機械の鳥は、何を思ったのか、生きている鳥の羽繕いを始めた。生体の方の鳥も、当たり前のようにその行為を受け入れている。


『すごい……』


 ――思わずという感じで呟かれたクロードの言葉と共に、どこかで草むらが揺れる様な音が聞こえる。


 それを切っ掛けに、機械と生き物の鳥は枝から離れていた。

 ばささ、かちゃちゃ、と。全く違う音を立てながら、しかし不思議なぐらい同じような速度で、二羽の鳥は木々の葉っぱの中に飛び去ってしまう。

 まるでそこに居たものは幻だったのかと錯覚してしまいそうなほど、少しだけ揺れる枝だけが後に残った。


「今のみたよな? まじで機械生命体アーティファクト・クリーチャーなのか?」

「見た目はな。実物見てもちょっと信じられんが」

「私もです。あんなに本物っぽいのは初めて見ました」

『これが、知恵の樹の遺跡…… 独立稼働の進化……』


 呆然とするように呟かれたクロードの言葉には、確かな期待が滲んでいた。

 ここには、きっと何かがある。

 たった一体の機械生命体と出会っただけで、ニルたちはそう思った。


「とりあえず、先に進もう。聞いてる話なら、遺跡はもうすぐの筈だ」

「そうだな。とりあえず進んでみようぜ」

「これは絶対何かありますよ」

『はい、よろしくお願いします』


 四人は、期待を膨らませながら森を進むのだった。




  ◇




 しばらく歩くと、木々の間から緑の中に沈みかけている建物が見えてきた。


「あれか」


 ニルが立ち止まる。

 蔦と苔の緑色に覆われた遺跡は、森の息吹に湿りながら静かに佇んでいた。


「ここって何の施設だったんだろうな?」


 四人の目の前には、蔦に覆われた建物があった。

 壁の一部は崩れ落ち、屋根もほとんど残っていない。


『研究施設だと思います。使える設備は残っていませんが』


 ニルとガルスは、緑に飲まれた崩れた建物の残骸を見ながら「まあそうだろうな」と頷く。


「クロードの施設と違うのは、湿気にやられたからかな」

「森の中にありますから、痛むのも早いでしょうし」

「なのに、機械生命体はあんな風に生きてるのか。凄いな」


 ニルたちの感嘆の呟きを、クロードが静かに同意するように拾い上げる。


『独立稼働型システム……という物です』

「なんだ、それ?」

『中央システムが停止しても、独立している末端個体は生き続ける。そんな、当たり前のシステムの名前です』


 クロードの声には、感嘆が滲んでいた。


「……群れのリーダーが死んでも、群れそのものが無くならないって感じか?」

『そうですね。ニルの表現であっていると思います』

「俺は逆に聞きたいんだけど、リーダーが死んだからって群れ全体が死ぬなんてあり得るのか?」


 ガルスはニルとクロードの問答が腑に落ちずそう聞くと、クロードは『類似する状況は幾らでもあります』と言ってから、言葉を続けた。


『例えば、水源が枯れると川も枯れます』

「つまり、水源が幾つかあれば川は枯れないって話か?」

『その通りです』

「……でもそれって、普通に生きているって話なのでは?」


 川の話をかみ砕くように少し考えてから呟かれたステラの言葉に、クロードは軽い衝撃を受けたようだった。


『普通に生きている…… すみません、少し考えさせて貰えないでしょうか?』

「え? はい、別に構いませんけど」


 何かを考えこむように静かになると、それを切っ掛けに四人の口数も減る。

 マッピングを担当するガルスを中心にロバートからもらった地図を頼りに遺跡の中を進んで行くと、巨大な木が姿を現した。


「……あれか」

「でけぇな」

「はぁー…… これは凄いですね」


 地図に記された遺跡の中心には、巨大な樹が立っていた。


 ――いや、正確には樹のような何かだ。


 幹は金属と有機物が融合したような質感で、枝には緑の葉が茂っている。

 巨木を支えるに足る太い根は地面深くまで伸びており、その一部は機械のケーブルのようにも見えた。しかし生物的な機械生命体アーティファクト・クリーチャーのケーブルのそれと違い、赤黒く脈打つような不気味な力強さはない。

 それはまるで深い湖のような、動いているのに静かさを内包するような不思議さで佇んでいる。


『これが……知恵の樹』


 クロードの声には、なにか巨大な物を見たような畏怖が滲んでいた。


「これ、植物なのか? 機械にも見えるが……」

「……両方なんじゃないですか?」


 ガルスの疑問に、ステラが静かに答えた。


 樹の周りには、様々な機械生命体が思い思いに集まっている。

 枝にとまる鳥型の命。寝に寄り添って動かない鹿のような個体。小さな猪のような個体は樹を盾にするようにニルたちとの距離を取り、大きな猪のような個体は樹とニルたちとの間に陣取っている。


「行くか」


 ニルは一歩を踏み出した。


 知恵の樹は、静かに佇んでいる。

 まるで、彼らを待っていたかのように。



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