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第24話 考えるクロード


『スキャンを行います』


 クロードの言葉に、部屋が静まり返った。

 彼の言葉を待つような静寂の中、四人は息を潜めて待つ。


 ――ロバートの指が、僅かに震えていた。


 彼が十年抱いた疑問が、ようやく明かされようとしていた。

 その事実を目の前に、クロードの沈黙が永遠のように長く感じられた。


『……解析は、完了しました。ですが、これは……』


 しかしそう告げたクロードの声には、いつもとは違う何かが混じっていた。

 それは戸惑いか。あるいは、困惑か。

 少なくとも、珍しい類の反応であるのは間違いがなかった。


『これは……私も、この設計思想で作られている?』

「すまん、クロード。どういう事だ?」


 ニルは、まずは説明が欲しいんだが、と言った感じでクロードに問いを投げた。

 ロバートも、クロードの次の言葉に期待する様な様子で待っている。


『……申し訳ありません。混乱していました』


 そんな二人の視線を受けて、クロードはストレージの中身を整理する様に、少しだけ沈黙した。


 そうして一拍置くような沈黙が場を支配する。

 しかし考えを整理したクロードは、すぐに言葉を続けていた。


『このストレージに残されているデータは、【機械生命体の設計思想】という物です。簡単に言えば……「完璧を目指さない理由」が記されています』

「……すまん、どういうことだ?」


 クロードの言いたい事が分からず、ニルははてなと首を傾げる。

 しかしクロードも『すみません、これは表現し難いです……』と歯切れが悪い。その様子に、ロバートもニルに続いて首を傾げる。


「内容が専門的なのでしょうか?」

『そうではありません。データの中身では分かりやすい事例を挙げているので、旧時代の知識があれば簡単に読む事ができますが……』


 そして、何事かの言葉を自己言及的にぶつぶつと並べ始めたクロードの様子に、ニルたちとロバートは顔を見合わせる。

 聞き慣れない単語の羅列であるそれは、スキャンしたデータストレージの中身のことなのだろうか。


 なるほど。表面上は冷静に見えるが、確かに混乱しているらしい。


「おーい、クロード。すまんが戻ってきてくれー」

『ああ、はい。申し訳ありません。興味深い話だったもので、つい』


 ニルはクロードの柄をこんこんと叩くと、クロードは正気に戻ったように謝った。

 その様子を見たガルスは、何となくこうなる予感はしていた、と言った感じに苦笑している。


 そしてクロードは『このような表現で通じるのか、不安なのですが……』と。不安そうな前置きを入れてから、意味を選ぶようにゆっくりと言葉を続ける。


『例えば……人間の臓器は2つあります。効率だけなら、1つで十分。しかし2つあることで、片方が壊れても生き延びられる。これが「冗長性」……効率の観点では不必要に見えるものが、実は不要ではない、ということです』

「なるほど…… 中々に、考えさせられる話ですね」


 クロードの言葉を、ロバートは静かに噛み締める。

 ロバートも商人である。

 冗長性……とは違うのかもしれないが、似たような感覚は生きていても感じる。例えば、不測の事態に備えて在庫を抱えたり、予備の販売ルートを確保したりする、なんてのがそうだろうか。


『そして……私自身も、この設計思想で作られている可能性があります』


 そうして続けられたクロードの言葉に、ニルたちとロバートは顔を見合わせた。


 これは、先ほどの話とは違う。

 理解できないのではなく、それがどういう意味を持っているのかが分かっていなかった。この「冗長性」という言葉の意味が、どのようにクロードと繋がると言うのだろうか。


「ロバートさん、俺の言った通りだろ? クロードが本気で説明したら分からん」

「……ガルスさんのおっしゃる通りですね、これは」


 少なくともこの場では、クロードの発言の意味はクロード本人にしか分からなかった。

 ガルスが苦笑を浮かべながらロバートに話しを振った。すると彼もお手上げだ、とばかりに苦笑いを浮かべ、肩を竦めて手を挙げる。


「確かに、私には難しすぎるようですね。ですが、クロードさん。あなたには意味のあるものだった。 きっとそれは……あなたこそが、私が抱いた『知恵の木』への疑問に答える事ができるという事なのでしょう」

「ロバートさん……」


 ステラが何か声をかけようとするが、ロバートはそれより早く立ち上がっていた。

 そして隣に置いていた荷物の中から地図を取り出すと、「ここに行ってください」とチェックマークを書き入れてニルに渡す。


「私の地元――アサルビ半島のここに、『知恵の木』が居ます。この遺跡は危険な場所ではありません。アサルビ半島にはオルビアンから商船が出ていますので、そこに乗り合わせるとよろしいかと」

「ロバートさんは一緒に来なくてもいいのか?」


 チェックマークを書き入れられて渡されたアサルビ半島の地図は、彼の商品の一つなのだろうか。

 手の油が付きそうな小奇麗な地図。


 ニルとしては、売り物らしいそれをタダで貰っても良いのか? と言った感じにゆっくりそれを受け取るが、ロバートはまるで気にしないように地図を渡す。

 そしてそのまま、軽く笑ってニルの疑問に頷いた。


「同行したい気持ちはありますが、自由市で商売をしたいですからね。商売を終えたら自分の店に帰るので、その時にでもお話を聞かせてください」


 聞きたいことは聞けた。

 そして、言うべきことも言った。

 そんな調子で迷っていた何かを振り払うように頭を下げたロバートは、短く「それでは」と言ってニルたちに背を向けようとした。


 ――しかし立ち去ろうとするロバートに、ステラが「あのっ」と声をかける。


「お店の名前を、教えてください。その……必ず、話に行きますので」

「『アオギリの麓』と言います。……お話し、楽しみにしておきます」


 真剣なステラの言葉を顎に手を当てて聞いたロバートは、ふっ、と笑った。


 思えば、ニルもそうだった。

 若さゆえの真剣さが、ロバートにとっては眩しいのだ。

 知恵の樹にはいつでも会えるから、真剣に考えなくても良いですよ、なんて。そんな野暮な言葉を飲み込みながら、彼は言葉を言い換える。


 「それでは……また、会いましょう」


 そう言い残して、ロバートは今度こそニルたちと別れるのだった。


 若いころの気持ちを思い出させてくれる若者たちだった。

 そんな感情を、胸に仕舞いながら。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




「なあ、クロード」


 ロバートが去った後、ニルは剣の柄を軽く撫でた。

 ニルも、クロードの内心は分からない。しかし普段よりも言葉少ないような感じのするこの相棒が、何かを考えているらしいのは感じられた。


「お前、『効率的には不要なものが、実は生きるためには必要』って言ってたよな」

『はい。そのような意味で言いました』

「この前、自由市で味覚機能ないのに料理の話聞いてたじゃん。 あれって、必要ない機能なんだろ?」

『それは……そうですね。ですが、興味がありましたから』


 ニルの言葉に、クロードは興味があったと結論を下した。

 自分の思考を。「心」と定義される見えないものを、言葉に起こすように。


「俺には難しい事は分からんけど、それが『不要なものが必要』ってもんなんじゃないか? 必要ないのかもしれないけど、あった方が良い」

「そうですね。というか、必要なくてもこの果物とか美味しいですよ?」

「だな。俺も飲みたいから酒飲んでたし」

『……なるほど。たしかに、そういうものかもしれません』


 ニルがそうだったように、ステラもガルスも。本質的には、クロードの言いたい事はよく分からなかった。

 だって。必要じゃないものが必要なことなんて、彼らにとっては当たり前だったから。


 おそらく【機械生命体の設計思想】とやらは、それを少しだけ理屈っぽく説明しているのだろう。

 何となくだが、ニルはそう感じた。


『私は……施設の管理AIとして「最適化」されていた。そう考えていました』

「昔はな。今は違うんだろ?」

『はい。気付けば今の私には、必要のない機能がたくさんあります』


 ニルの静かな言葉に応える様に。

 あるいは、今までの騒がしい冒険を思い出すように。

 クロードは大事なものを発表する様に、ゆっくりと言葉を続けた。


『料理の味を知りたいと思う機能。

 ニルたちの冗談に笑いたいと思う機能。

 不必要な何かを知りたいと思う機能』


 一つ一つの「必要のない」を噛み締めるようなクロードに、ニルはいつものように軽い調子でそう聞いた。

 まるで、俺にはそっちの方が大事だぜ、と言わんばかりに。


「その機能があるってのは、悪いことなのか?」

『いえ……おそらく、それが正しいのでしょう』


 「おそらく」という言葉を使っている割には、クロードの「正しい」と発言する声には、静かな確信が滲んでいた。


 矛盾している。しかし、矛盾していない。

 そもそも自分の発言を矛盾と捉えたのも、やはりクロードだけであった。ニルたちは、彼の発言が気にならなかったようである。


『私は……「必要がない」を持っている。一先ずは、それで構いません』

「その先は、『知恵の木』って人に聞いてみましょうよ」


 クロードの言葉を締めるように、ステラの声が続いた。

 ギシリと床を軋ませ力強く立つ様子に、場の空気が少し和む。


「じゃあ、次の行き先は決まりだな」


 彼女の言葉に合わせるようにニルが机を見ると、果物の皿は空になっていた。


 どうやら、いつの間にかステラとガルスは食べ終わっていたらしい。

 出遅れた己に苦笑して、ニルは軽い調子で口を開く。


「『知恵の木』に会いに行こう。二人とも、それで良いよな?」

「勿論いいぜ。というか『知恵の木』ってずっと気になってたし」

「ですね。というか、ニルさんたちは気にならなかったんですか? 珍しく反応しませんでしたけど」


 ニルの言葉に、ガルスは軽い調子で頷いた。

 ステラもガルスと同じように頷いているが、同時にはて、と首を傾げている。ニルが反応しなかったことに、疑問を感じているらしい。


「いやいや。それ、俺もめっちゃ気になってたからな?」

『私もです。ロバートの話を優先しましたが、本当はすぐに確認したかったです』

「俺の味方はクロードだけだわ」

「はいはい、また大げさなのが始まったよ」


 いつもと変わらぬその調子に、クロードの「思考」は確かな温かさを感じていた。


『ありがとうございます。皆さん』


 呟かれた言葉の柔らかさに、ニルたち三人はそれぞれ笑って頷く。

 いつも通りだろ、と。そう、態度で示すように。


「そういえば、クロード。お前、『知恵の木』に何を聞くつもりなんだ? ロバートさんの質問は、聞くって前提だけど」

『それは……』


 ニルが何の気なしに聞いたその言葉に、クロードは少し間を置いてから答えた。


『実は……まだ思いついていないのです。漠然とした疑問で「必要のないものを持つ必要性」について、『知恵の木』がどう考えているのかは聞きたいのですが』

「なるほどね。まあでも、そんなもんか」


 ニルとしては、その問いに深い意味はなかったのだろう。

 クロードの言葉を聞いた彼は、「よしっ」と手を叩いてガルスとステラに向き直った。


「じゃあ、早速準備するか。船の手配は俺がしとくわ。三人分で良いよな?」

「頼む。俺は酒場に戻るわ。難しい話だったから、頭冷やしてくる」

「私は山鯨の皮から油を取る作業を終わらせておきますね。というか、出かけるのはこの作業が終わってからで良いですか?」

「結構時間かかるんだったか? クロードが良いなら構わないけど、どうだ?」

『はい、問題ありません。皆さん、お願いします』


 クロードの言葉にニルは「なら決まりだな」と頷いた。


「んじゃ、とりあえず明日の朝に予定確認に集合って事にしよう。お互いに今日の進捗纏めて、改めて出発までの日程を決めるって感じで」


 ニルはそう言葉を締めて、自分にだけ残されていた果物を口に運んだ。


 ――とても甘い。


 クロードの話は難しかったのだが、胸に浮かんだこの感情は分かりやすい。

 影の無くなった皿を持って、ニルたちは部屋を後にするのだった。




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