第23話 勘違いの依頼
交易都市カイサリアで行われていた自由市を楽しみ、オルビアンに戻ったニルは、宿屋で休憩を取っていた。
ガルスは冒険者ギルドに併設された酒場に繰り出してる筈で、ステラはカイサリアで入手した山鯨の皮から油を取るのだと言っていた。
ちなみにクロードは、ニルに付き合って彼の背中で待機中である。
窓から差し込む暖かな光と背中の重みが、少しだけ眠気を誘う。
しかしまあ、完全にオフのつもりの休憩である訳なので、そんなゆるみも許される。
お互いにやる事がなくて手持無沙汰な感はあるが、たまにはこんな空気も良いだろうと、のんびりと過ごしている訳で――
――そんな穏やかさを、宿屋の扉が開くカラン、という呼び鈴の音が鳴った。
「この宿に、ニルヴァードさんかガルスさんという方はいらっしゃいますか?」
だらりと過ごしていたニルの耳に、聞き慣れない声が届いた。
『ニルが呼ばれているようですね』
「ぽいな。でも知らない顔だぞ?」
眠気を覚ますように額に手をやり様子を見ると、物腰の柔らかそうな男がデウェに話しかけているのが見て取れた。
大きな荷物を背負ってた、旅慣れた商人風の男である。
「あそこの、食堂の隅っこに座ってる赤い髪のやつがニルヴァードだよ。ガルスはあいつの仲間だから、そっちは本人に聞けばわかるんじゃないかね?」
デウェが指差した先には、当然ニルが居る。
ニルとして心当たりがないので、何の話か聞いておきたかった感はある。とは言え、指名されたならば話は別だ。ニルの方を向く男に向かい、彼は手を上げながら立ち上がった。
「すまない、知らない顔だったから反応するのが遅れちまった」
ギシギシと床を軋ませながらニルの方に近づいて来た男は、「おお、あなたがそうですか」と嬉しそうに顔を緩めている。
「初めまして。私はロバートと言います」
男はそう言って手を差し出し、ニルも笑顔でその手を握る。
「知ってるみたいだけど、俺がニルヴァードだ。ニルって呼んでくれ」
そして握手を終えたその手で、背中の柄をコツンと叩く。
「で、こっちは仲間のクロード。とりあえずよろしく」
『クロードです。初めまして、ロバート』
ニルに促されるような形で挨拶をしたクロードの言葉に、男――ロバートと名乗った彼は「なるほど、あなたが……」と、何かに納得したような、それでいて興味深そうな感じでクロードを眺めた。
「旧文明に詳しいのだと伺っております。間違いないでしょうか?」
『はい。旧文明の質問には、ある程度答えられるかと』
クロードの肯定の言葉に、ロバートはうんうんと頷いている。
その態度は、彼がその答えが聞きたかったのだと、言葉以上に分かりやすく物語っている。
「実は、これを買い取ろうとしている冒険者が居る、という話を伺いましてね。自由市に来たついでに、そのお話をさせていただきたかったのですよ」
そう言ってロバートが取り出したのは、ニルたちにとっては見覚えのある小さな結晶であった。
それを覗き込んだニルは、何かに気が付く。そしてクロードに確認する様に、誰に聞くでもない短い疑問を投げかけた。
「これ…… データストレージか?」
『ええ。データストレージで間違いありませんね』
「おお、やはり分かるのですか!」
ニルたちが、取り出した結晶――データストレージであるそれの正体を一目で見抜いた事で、ロバートは興奮しているようだ。
しかし、ニルはもう一つの言葉も告げなければならなかった。
「……でも、俺たちはデータストレージを『買い取る』んじゃなくて『買い取って欲しい』って話だぞ。ちょっと行き違いがないか?」
その言葉に、ロバートの笑みがぴたりと止まった。
言葉は何もなかったが、少しばかり開かれた目には、何かしら驚きの感情が表に出ているのは間違いなさそうだ。
「……おや? そうなのですか?」
「ああ。俺たちが売るって話だな」
「……私が買う側ではなく?」
「そうそう、俺たちが売る側って話」
そこまで言って、お互いに少し間を置いた。
なるほど、と。ニルは何となく話の輪郭を理解する。
『どうやら、話が少し混線しているようですね』
「……すみません、こちらの勘違いのようで」
整理する様にゆっくりと呟かれたクロードの言葉を聞き、ロバートが謝罪と共に一歩引いた。
しかしその様子を見たニルは「いやすまん、俺の話し方が悪かった」と、引き留める様に言葉を続けた。
「俺たちも話自体には興味はあるんだ。……クロードも興味あるよな?」
『はい。可能であれば、データストレージの中身を見せて欲しいです』
ニルの言葉を、クロードは素早く肯定した。
その言葉を聞いたニルとロバートは顔を見合わせて、しばし無言で見つめ合う。さてどうするものかと、それぞれに思考を回している。
「……ロバートさん、とりあえず俺の仲間を集めてきても良いか? 買い取る買い取らないってのは一旦置いといても、仲間と一緒に話を聞きたいんだ」
「ええ、勿論構いませんよ。私も焦ってしまったようです。申し訳ありません」
「いや、こっちもすまなかった。とりあえず個室で話をいいかな?」
「私としても、その方が助かります」
「了解、ありがとう」
お互いにぺこりと頭を下げてから、そう言ってニルはデウェの方に近づいた。
話の推移を見守っていたらしいデウェは既にコップの準備を始めている。
「デウェさん、個室を使わせてもらうけど、良いよな? それと、ロバートさんに飲み物も出して欲しい」
「支払いはあんた持ちって事で良いんだろ?」
「勿論、後で俺が払うよ」
ニルがそう言って頷いたのを見て、デウェはニヤリと笑って口を開いた。
その様子に、ニルはしまったと感じながら言葉を続けようとするも、ニルの動きよりもデウェの口が動いた方が早かった。
「高いやつを頼んどくれよ。難しい話には甘いものだ」
「……遠慮しなくていいよ。酒以外は高くないし」
デウェににやりと笑われ、ニルは負けたと感じた。
せめてもの抵抗を口走るも、しかしデウェには応えなかったらしく「あんたらの分も用意しとくよ」と付け加えられる。
「とりあえず、飲み物でも頼んで待っていてくれないかな? ガルスが酒臭いかもしれないけど、そこは許してやって欲しいんだけどさ」
溜息を飲み込み、ニルは笑いながらそういうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガルスとステラを呼んだニルは、改めてという感じでロバートと向かい合っていた。
机の上には、デウェが宣言した通りに、旬の果物や飲み物が並んでいる。
「そっちの本題から入る感じになって申し訳ないんだけど、データストレージを買い取って欲しいって話なんだよな?」
「ええ、そうなりますね」
ニルの言葉に、改めてと言った感じでロバートは懐から小さな物体を取り出した。
見覚えのある形と輝き――データストレージだ。
「ちなみにだけど、中身は見れたのか?」
「いえ、実は解析できずに困っておりまして」
ガルスの言葉に、ロバートは困ったように頭をかいた。
ただ言葉の割に真剣さはない。彼の雰囲気には、気にはかけているが心のどこかで既に踏ん切りがついているような、柔らかい傍観のようなものが滲んでいた。
「昔に『知恵の木』の問答に答えてこのストレージを手に入れたのですが、解析を行おうとしても複雑すぎると断られてしまいましてね」
――『知恵の木』
何やら聞き慣れない単語にニルとクロードの口が動きかけるが、ロバートの話はまだ終わっていない。彼は一呼吸置いて「そんな時にです」と言葉を続ける。
そんな様子にニルとクロードは、話を最後まで聞くべきと判断して、浮かんだ疑問に蓋をしロバートの言葉に耳を傾ける。
「カイサリアの自由市に向かう途中で立ち寄ったオルビアンで、『旧文明のデータストレージを解析できる冒険者が居る』『その冒険者は他のデータストレージを探していた』という話を伺いまして」
そこまでロバートの話を聞いたニルとガルスは、お互いに何事かを察したらしく「あー……」と、バツが悪そうに頭を下げた。
「すまない。それ、多分俺とガルスが混ざってるんだと思う。確かに俺はクロードと一緒に、他のデータストレージを探してるって話もしたよ。買い取りじゃなくて、中身を見せて欲しいって交渉だったけど」
「んで俺も『他のストレージがあったら解析できる筈だ』って謳い文句で売買交渉してたわ。ロバートさん、すまん」
ニルとガルスのその謝罪に、ロバートよりも先にクロードが納得した。
そしてさらりと、フォローにも聞こえるような補足を入れる。
『確かに売買交渉は、どちらか一方が手の空いている時に行っていました。混在するのは、ある意味仕方ないのかもしれません』
「なるほど。そういう事だったんですか」
納得したようなステラの言葉に、ロバートは「とはいえ、確認を怠った私の勇み足でもありますから」と、苦笑と共に手を振った。
「それにしても、『知恵の木』って不思議な名前ですね」
「だよな。実は俺も気になってたんだ」
横で行われるステラとガルスの会話に、ニルも内心で同意する。
しかし「俺も気になってるんだから、ちょっと待てよ!」なんて口にする訳にもいかず、真面目な顔のままロバートの話を聞きながらゆっくり頷く。
「なんにしても、足を運んだので話をさせてもらおうと思った。簡単に言ってしまえば、そういう話です」
「なるほど、話の流れは分かった」
ロバートが話し終えたのを確認してから、ニルは一息置いた。
少しばかりの沈黙が部屋の中を支配して、その間でロバートは商人の雰囲気を即座に纏う。切り替えが早い。
「次は俺たちの話だ。俺たちはクロードの居た遺跡でデータストレージを拾って、中身を確認して、もう不要だと思ったから売ろうとした。ただまあ、ロバートさんと同じ理由で売れなかったよ」
「……ふむ。なるほど」
ロバートも旅商人らしく、頭の回転は速いらしい。
そこまで言われると、すぐにニルの言いたい事の察しは付いたらしい。それを確認するため、ニルも言葉を続ける。
「まず一つ。俺たちは今、そこまで金に余裕がある訳じゃない。ここは理解して欲しい」
そうしてニルは、人差し指を立てた。
「二つ。クロードならデータストレージの中身を今すぐに見る事ができる。中身さえ見たら、ストレージは不要だ」
次に、中指が。
「三つ。俺たちは『知恵の木』ってのを知らない」
最後に親指を立てて、ニルはロバートを静かに見据えた。
「なるほど、仰ることは理解できました」
飲み物で口元を湿らせながら、ロバートは一つずつ頷く。
彼はニルの言い分に納得してくれた。
つまりは――ここからは、交渉の時間だ。
少なくともニルは、そう思って構えた。
「ロバートさん。この三つの条件で、俺たちが提示できる回答は二つだ」
ニルは椅子に座り直し、ギシリと乾いた音が部屋に響く。
少しだけ考えを纏めるように腕を組んで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一つは、お互いに金は払わず、物も受け取らない。こっちの要望は、クロードのやつにデータストレージの中身を見せてやって欲しいって話だ。中身はクロードが教えてくれる。それで良いよな?」
『はい。私は中身が気になるだけなので、データストレージは不要です』
「という訳だ。クロードは嘘をつかないって俺が保証するけど、難しすぎる話なら俺たちが理解できないってのも保証しとく」
「ちなみに、クロードの本気の説明はマジで意味わからんぜ」
ガルスが管を野茂口に運びながら、場を和ますようにそう言った。
するとロバートもガルスに倣うように「なるほど、考慮に入れる事にします」と苦笑で応える。
「もう一つは、俺たちに『知恵の木』ってやつの情報を買わせて欲しいって話だ。どんな価値の情報かは分からんが、なるべく高く買うってのは約束する」
「それは言い値と捉えてもよろしいでしょうか?」
「勿論、払える額ならって頭に付けといて欲しいがな」
「ふむ……なるほど」
ニルとガルスの言葉を聞き、ロバートは手を口元に置いて考え始めたようだ。
おそらく損得を弾いているのだろうと考えながら、ニルたち四人も飲み物を飲みながらロバートの返事を待つ。
「……少し考えさせて貰ったのですが、このような案はどうでしょうか?」
しばらく待っていると、ロバートの考えは纏まったらしい。
大きな深呼吸を一つしてから、ニルの方へ視線を向ける。
「私が持っているデータストレージは、お渡ししましょう。そして『知恵の木』の話もお伝えします。勿論、代金もいりません」
「えっ? でもそれ、ロバートさんにメリットがないんじゃないですか?」
ロバートの話を聞いたステラは「何故?」という感じで首を傾げた。
小首こそかしげないが、ニルも当然の様にステラと同じ疑問を覚えている。
「いいえ、そうはなりません。まずは、誤解を解きましょうか」
ロバートはステラの疑問に答えると、飲み物に口をつけてから言葉を続ける。
そもそも――損得の話をしたい訳ではないのだと、発生しているであろう誤解を解くような柔らかい口調で。
「そもそも『知恵の木』は私の地元でそこそこ有名な、旧文明の遺跡跡に生えている大樹でしてね。この情報でお金を取るつもりはありません」
「なんだ、そうなのか?」
「でも初めて聞く名前ですよ?」
ガルスとステラの疑問に、ロバートは「まあ、あくまで地元では有名という話ですので」と小さく苦笑する。
どうやらこの話、あまり重要ではなかったらしい。
「イメージしにくいでしょうが……『知恵の樹』は、聞いた質問に対して答えを教えてくれる植物なのですよ」
『……それは……AIのようなものなのでしょうか?』
クロードの言葉に、驚きが滲む。
しかしロバートは「どうなのでしょうね」と言葉を濁した。
「確かに、問いに答えを出すという意味ではAIのようではあります。ですがもし『知恵の木』がAIだとしたら、一目ではAIだと分からない非常に高度なAIなのでしょうね。何といいますか……言っていることが、非常に人間臭いので」
「へぇ。つまりクロードみたな感じの木って事なのか?」
「もっと神父か学者に近い感じといいますか…… まあ会ってみればわかるのですが、非常に面倒です」
ロバートはガルスの言葉を、何とも言えない苦笑いと共に否定する。
悪い意味での苦笑ではない。その存在を言葉で言い表すのが難しいから言葉に出来ないのだと、彼の表情が物語る。
「とにかく私は以前に『知恵の木』に、「あなたの事を教えてくれ」と質問をしました。その答えが『このデータストレージを解析できれば、その問いの答えを知る事ができるかもしれない』だった。これが、そもそも事の始まりです」
『答えが入っているかもしれないのに、ストレージを売ろうとしたのですか?』
ロバートの言葉を聞いたクロードは、彼が何故こんなことをしたのか疑問を感じているようだった。
そんなクロードの疑問にロバートは、自分の失敗談を告白するかのように、小さい苦笑と共に口を開く
「実はそのストレージを手に入れたのは、十年以上も昔でしてね。その間、ずっと解析できずにいたんですよ。正直に言えば、もう解析を諦めていました。ですが――」
ロバートはクロードを見るように視線を向けた。
その視線は、十年などではない。もっと遠い場所を見ているような雰囲気を湛えていた。
「実際にお会いして、あなた方が『解析できる存在』を連れていると知って……諦めていた疑問が、また顔を出してしまった。まあ、そんな感じです」
ロバートは、言葉を区切って一拍置いた。
ニルたちを――いや、クロード見る様に。
「――クロードさん。あなたのために、お金が少ない中で情報を買うと言ったニルさんも。それを当然と思っているガルスさんとステラさんも。そんなあなた達を見てしまうと、私も昔の疑問を思い出してしまいました」
そう答えたロバートは、自身の持つデータストレージを机の上にコトリと置いた。
そして――その輝きから、手を放す。
「まずは、私に教えてくれませんか? ここに何が入っているのかを」
ロバートの声には、十年以上抱き続けた疑問への期待が滲んでいるようだった。
いつかの少しだけ失敗した過去と、失敗に支えらた興味というやつを。
「……クロード。頼んだ」
『了解しました』
クロードの声だけが、部屋に響く。
ロバートの十年越しの問い。その答えが、今、開かれる。
『スキャンを行います』




