第22話 交易都市カイサリア:後編
そうしてベンチに腰を下ろした三人と一人は、手に持った串を頬張っていた。
「いやぁ、偶然だったけどいい昼飯になったな」
「だな。めっちゃ美味いわ。黒猪の肉って言ってたけど、ありゃ特上だぜ」
「だと思います。この味、明らかにお店に並ぶものとは違いますし」
四人の周囲では、自由市の喧騒が変わらずわいわいと続いている。
客を引く声、笑い声と足音。
そして……他の匂いを寄せ付けない、圧倒的な肉の匂い。
「この柔らかさですから、黒猪の子どもなのかも……」
『母猪である可能性はないのですか?』
「その可能性もありますが、成体だともう少し脂が乗ってるか筋があるような気もするんですよね」
ニルとガルスは美味いと言って終わりだが、どうやらステラは肉の正体を当てようとしているようだ。
むんむんと唸りながら肉を一口頬張って表情が緩み、そしてまたうんうんと唸るのを繰り返している。
その様子が面白くて、ニルは揶揄うように口を開く。
「ビーストの旦那に聞いた方が早くね?」
「なに言ってるんですか!? それじゃ面白くないじゃないです!」
ちょっとした軽口のつもりで口にしたそれに、ステラは「信じられません」とばかりに勢いよく立ち上がりながら、力強く否定する。
「ニルさん、今から仕掛けを解こうとした宝箱の鍵を持ってるって言われて嬉しいですか!? ワクワクを返せと言いたくなりませんか!? せめて考えを出すまで待ってくださいよ!」
『ニル、これは全面的にあなたが悪いかと』
「だな。この類のネタバレはお前も怒るじゃん」
「なんかすまん」
ステラに言われて全面的に同意したニルを見て、ステラも「い、いえ。私も熱くなりました」と、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら腰を下ろす。
「しかし、このスペアリブは絶品ですね。厚焼きもおいしかったですけど、こちらは更に一つランクが上がっている感じがします」
ステラが肉を押さえると、ピンク色の断面から透明な肉汁が溢れ出した。
じゅわりと流れるその肉汁に、ニルとガルスは自分の分があるにもかからわず、ごくりと生唾を飲み込む。
スパイスなど使っていない。
しかし炭火で焼かれて焦げの付いた肉の表面は、うま味の凝縮された油を吸って、上質なバターのように柔らかくなり解れていく。
「それに、ほら。見てください」
そのまま骨の部分を持って、ゆっくりと少しだけ肉を持ち上げれば、自重でするりと肉片が落ちて皿に乗っかる。
「肉の重さで骨が軽く剥がれていってます。かなりじっくり焼き込んでいる証拠ですよ、これは」
「へぇ、全然気づかなかったわ」
「だな。 美味いって事しか気にしてなかった」
『……そう言えば、ステラは料理が得意でした』
ステラは真剣な表情で肉の分析を行っているが、ニルとガルスはあまり興味がないらしい。二人の思考は、美味かったで話が終わっている。
クロードだけが、以前のステラとの会話を思い出すことで、彼女の話を拾えていた。
「多分ですけど、朝から……いえ、もしかしたら早朝から、蓋を落としてじっくり仕込んでいたんじゃないかと。少し昼が遅れましたけど、そのおかげで最後の仕上げに立ち会えたのかも……」
ステラのその言葉を証明するように、先ほどまで全く人が居なかったビーストの出店には、チラホラと人の流れができ始めていた。
店主がニルたちにも言っていたように、あまり広めてはいないのだろう。しかし彼がこの場所で定期的に出店をやっていること自体は、知っている人であれば知っているのだろう。
『どうやら、ステラの推測が当たっていそうですね』
「ぽいな。ありゃすぐに売り切れるぜ」
「スペアリブも小さくはなかったけど、あの切り方じゃすぐ無くなるだろうしな」
客に対応している店主を見ながら、ニルが「もっと食いたいんだがなぁ……」と呟いて、ステラは「2つ目の厚焼きを頼めたので、良しとしようよ」と言いながら肉を頬張る。
「それに、黒猪のお肉を買えば作れるとは思いますよ」
「まじか!?」
「はい。オルビアンにも、狩人が卸しているお肉はありますので。このレベルのお肉は、流石に置いてないと思いますけど……仕入れを頼んでおけば、スペアリブは用意できるとは思います」
ステラの言葉に、ニルとガルスは顔を見合わせ頷いた。
「おいガルス、次にやる事が決まったぞ」
「岩塩買うか? スパイスもいるだろ」
「そっちは当然買うけど、スモークチップも必要だろ」
「ニルさん。このお肉に香りをつけるかどうかは、揉め事の切っ掛けになるような気がするのですが……」
ニルの言葉にステラが控えめに言葉を続けると、クロードが疑問の声を上げた。
味覚――というよりは、食事を行う、という行為ができないが故なのか。この話題に対して、クロードの思考はイマイチ追いつけていないらしい。
『スモークチップの有無が、そこまで変わるのでしょうか?』
「まあ、好みではありますね。苦みとか香りが付きますし。私は好きですが」
「だよな、俺も好きだぜ」
「でも好みですからね、それ」
ステラが同意した事で、ニルは強力な援軍を得たとばかりに話に乗っかった。
しかしステラは、ニルの言葉をばっさりと切り捨てる。
その様子に、ガルスは「勝ったな」と言わんばかりにいい笑顔を浮かべ、話の流れを見守る様に腕を組んだ。どうやらこの話題のパワーバランスは、非常に分かりやすいらしい。
「それにこのお肉ぐらい脂の甘みと、うま味があれば問題ないと思いますけど……別のお肉を使ったら、私もちょっと考えますね。店主さんも塩以外は使っていませんし、おそらく味の感覚が過多になるんだと思います」
『なるほど…… 料理とは奥が深いのですね』
そう締めたステラの言葉に、クロードは納得していた。
しかしニルは「俺は使いたいから絶対買うぞ」と息巻いているし、ガルスは「どう考えても、ステラに任せた方が良くね?」と、揶揄うように笑っている。
「肉が焼けたぞ」
実にタイミング良く、店主から声が掛かる。
どうやら人の波が落ち着いたらしく、肉を持ってきてくれたようだ。
ニルたちは感謝の言葉と共に代金を渡して、代わりに肉を受け取る。
――そうして肉を受け取ったその時に、周囲の動きがざわりと揃った。
何人もの視線が、同時に空を向いている。
何事だと、ニルもガルスもステラもクロードも、皆で釣られるように顔を上げる。
――そこで、彼らは見上げることになった。
交易都市カイサリアの上空を、巨大な影が覆っているのを。
「……なんだ、あれ」
ニルが、溢すように呟いた。
視線の先には、一隻の船が空に浮かぶように飛んでいた。
いや……その存在感は、「浮かんでいる」と表現するよりも、「鎮座している」と言い換えた方が正しいかもしれない。
材質は鋼――ではないのだろうが……ニルの目には、鋼に見えた。
船体を覆う鈍い輝きは、間違いなく金属ではあるのだろう。合わせられたそれらの隙間からは、脈動するような青色が空に還っていくようにゆっくりと漏れ出している。
通常風を受けるために張られている帆は、魔力によって形作られているのか、空に溶けてしまいそうな青色だ。
『あれは……船が、空を飛んでいる?』
「凄い大きさの魔導戦艦ですね。しかも飛んでるなんて…… 初めて見ました」
「実用化が進めば、カイサリアとオルビアンの定期便に使うそうだ」
クロードの驚愕と、ステラの言葉が重なる。
二人と一緒に空を見上げながら、店主は少しばかり興奮したような声音でそう答えた。
「へぇ? てことは、俺たちも乗れるのか?」
「今回は無理だろうな。今回の自由市は、あれを見たくてやって来た連中も多い。それに、搭乗料金も今はかなりのものだと聞いた」
「今回は縁がなかったと思うしかないか」
店主の言葉に、興味深そうにニルが食い付く。
しかし続けられた店主の言葉に仕方ないかと肩を落とし、ガルスは「まあ今回は色々と準備不足だったし仕方ないって」と声をかけている。
『ニル。魔導戦艦とはどんなものなのでしょうか?』
「どんなものか…… 俺の中だと、船の形をしたでっかい魔道具ぐらいの認識なんだが…… ガルスかステラは、説明できたりするか?」
そんな話をしているうちに、店主は客の対応をするために露店に戻ってしまっている。
そんな彼に聞けなかった疑問を、クロードはニルに投げていた。
しかしニルも詳しくないらしい。困ったように頭をかきながら、曖昧な言葉でガルスとステラに助けを求めた。
「世界を循環する魔力流を捉えてエネルギー源にしてる『超大型のアーティファクトだ』みたいな話は誰かに聞いた記憶はあるな」
ガルスは空を見上げながら、記憶をたどるように目を細めた。
彼の視線が記憶を見ているのか、それとも空に浮かぶアーティファクトが捉えているという魔力を見ようとしているのか、果たしてどちらか。
――しかしというか、この場でクロードが気になるのは別だったらしい。
『船の形をしている意味はあるのでしょうか?』
「この話を聞いた奴は、『その方がかっこいいから』って言ってたな。どこまで本気で言ってるのかは知らんぞ?」
クロードの質問にガルスが苦笑しながらそう応えると、クロードは『そんな理由で……』と衝撃を受けているようだった。
しかしニルの方は、逆に納得したようで力強く頷いている。
どうやら、この魔導戦艦の製作者たちは、クロードではなくニルに近い感性を持っているらしい。
「私は、全然知らないですね…… でも、お父さんは詳しい筈ですよ。気になるなら、オルビアンに戻った時に改めて聞きに行くのはどうでしょう?」
『……そうですね。そうする事にします』
きっと、クロードに体があったら溜息をついて肩を落としていたに違いない。
そんな調子の彼の言葉に、ニルは「まあなんにしても」と笑って言葉を続けた。
「まだ昼間だ。まだまだ見るものはあると思うし、さっさと次を回ろうぜ」
「だな。俺は絶対に岩塩とスパイスは買わせてもらうぞ」
「俺はスモークチップな。まあ、別になくても良いけど」
「とりあえず、子どものお肉かどうかの答え合わせはさせてください」
『……あなたたちと一緒に居ると、必要がない筈なのに味覚機能の搭載が必須であるように感じてしまいます』
クロードの恨めし気な言葉に、ニルは「悪かったって」と平謝りしている。
ガルスは「それ聞いて思ったけど、クロードって魔法金属くっ付けたら食ったみたいになるんじゃね?」みたいなことを言い出して、ステラは「ガルスさん、意味が分かりませんよ……」と呆れている。
そうしてただの棒や生ごみになったものを露店の横に置かれたゴミ箱にいれた四人は、店主に感謝を伝える。
そしてステラがスペアリブについての答えを確認している。
というか、ニルもガルスも、二人の会話がサッパリ理解できなかった。
クロードは分からないなりに真面目に聞いてはいるようなのだ。なのでニルはクロードに「サポートは任せた」と笑いかける。
「――そんな感じだ。まあ、祭りになったらまた来い」
「頼まれなくても覗くつもりだった、また頼みたい」
「また勉強させてください!」
そんな軽いやり取りと共に、四人は改めて肩を並べて自由市に繰り出す。
ニルとガルスは、岩塩とスモークチップを買おうとして――結局、ステラの一声で岩塩だけを買うことになったり。
ステラが珍しい素材に興奮を繰り返して、ニルとガルスがひっそりと冒険先の候補を思い浮かべたり。
クロードは様々な魔道具や素材をスキャンして、世界に散らばりながらも流れ着いた、様々な欠片に驚きながらも楽しんでいる。
――結局その日、四人は日が傾くまで自由市を遊び尽くし。
西日が露店を照らし、売り声が少しずつ静かになっていく。
しかし、祭りは終わらない。
夜には夜の祭りがあるのだと、祭りが着飾っていた服が別のものへと変わっていく。
店舗を持たない少し怪しい行商人が見え始め。
あるいは商品の薄くなった棚を補充する様に、店番が入れ替わり。
昼の祭りのような雰囲気とは少し変わり、少しばかり商売や専門性が漂っているような……一言で言えば、「よく分からないけど興奮する」ような雰囲気が、夜と共に深まっていく。
「……すまん、もうちょっとだけ見て良いか?」
『とてもいいアイデアです、是非そうしましょう』
好奇心を抑えきれないニルがそう言って、クロードもそれに乗っかる。
もしかすると、クロードが一番楽しんでいるかもしれない。
「先に宿を取っといて正解だったな」
「……でもこれ、宿を使うんですか?」
「流石に使うだろ。……たぶん」
そうして四人の笑い声が、夜着で着飾るカイサリアの街に溶けてく。
――結局その日、四人は自由市を散策した。
代わりに次の日は少しばかり寝不足で、出発が遅れてしまったのだが。




