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第21話 交易都市カイサリア:前編


 ――人種(ヒューマン)


 この世界では二本の手があり二つの足が付いている生命体は、大体はそう呼ばれている。


 かつて森に済み長命種(エルフ)と名乗っていた英知を持つ貴種も、山で熔鉄を鍛えた屈強で誇り高き鱗土種(ドワーフ)も。

 平地を駆けて狩りを行う獣化種(ビースト)や、雪深い霊峰から動かなかった巨人種(タイタン)も。

 そして――かつては別の世界に住んでいたと言われる、特徴のない人だって。


 ――今では、皆が人種(ヒューマン)である。



 ガヤガヤとした声が、空気を満たしている。


 香辛料の匂い、焼けた肉の匂い、そして人の熱気。

 露店が立ち並ぶ大通りは、様々な種族が行き交い、売り声が飛び交っている。

 背の高いタイタンの頭が人波の上に見え、獣の耳を持つビーストが素早く人混みを抜けていく。


 ――ここが、交易都市カイサリアの自由市。


 あらゆる種族が、あらゆる物を売り買いする、混沌と活気に満ちたイベントだった。


「おお……聞いていた以上に派手にやってるんですね」


 四人組の先頭を歩くのは、紫水晶の瞳と黒い髪が特徴的な少女――ステラであった。楽しそうに、或いは興味深そうに。きょろきょろと小動物のように周囲を見回している。


『ステラ、前を見なければ危ないです』

「言われてるぜ」


 そんなステラに声をかけたのは、ニルとクロードであった。彼らはステラの少し後ろを、控えるような形でゆっくりと歩いている。


「つっても、久々に来たら目を奪われるな。見ろよあれ。ちっこい機械生命体アーティファクト・クリーチャーを売ってるぜ?」


 窘める様なニルとクロードの言葉に反し、ステラの言葉に同意したのはガルスだった。ニルよりも目敏い彼は、興味深いものを見つけたらしく「ほら、あれだよ」と控えめな感じで指をさす。


「え、まじかよ。よく捕まえたな」

『鳥形の機械生命体でしょうか?』

「みたいだな。どんだけ大きくなるのか知らんけど、小さいままでも高いところのアイテム取ったりスイッチ触ったりなんかはやれそうだよな」


 ガルスの口ぶりは、一言で言えば「凄く欲しい」であった。

 自分の物でもない使い方を考えている様子など、一見すると冷静に見えるが、内心はかなり興奮しているのがよく伝わる。


「……いやいや。ガルスさん、あれ高すぎますよ。桁を二つぐらい間違ってませんか?」


 ステラはガルスが指差す先を興味深そうにのぞき込んだが、そこに張られている値札を見てドン引きしていた。払える人もいるのだろうが、割合として考えれば「同じ金額ならば家を買う」と答える人の方が多いだろう。


「金額は見ないようにしてた。ニル、次は機械生命体捕まえに行かないか?」

「面倒な提案するんじゃねぇよ」


 ガルスも、ステラの指摘に同様のこと考えていたらしい。かるく指を刺したが足は完全に止めず、ゆっくりとした足取りで露店の前を通り過ぎる。


『機械生命体を捕獲するのは難しいのでしょうか?』

「まあ、難しいな。機械生命体の幼体って壊れやすいし、幼体を作ってる時の機械生命体はめちゃくちゃ気性が荒い。追加で言えば、機械生命体って昼夜問わずに動き続けるのも珍しくないから、住処を見つけるの自体がかなり難しいんだよ」

「行動範囲がある程度絞れるって意味じゃ、生体の子供攫ってくる方が楽だよな」


 クロードの言葉にニルが答え、ガルスが「まあなぁ」と言った感じ同意しながら補足する。


「おお!? 二人とも、あの皮とか面白そうですよ!」


 そして、次はステラが露店に足を向けていた。

 ステラが立ち寄った隣の露店では、気難しそうな背の低い頑固オヤジのような顔つきの男の横で、人懐っこい笑みを浮かべたオークの少女が武具を売っている。

 親父は「なんでうちじゃないんだ」と無言の雰囲気で語っており、少女の方は「あんたが不愛想だからだよ……」と言葉に出して呆れている。


「ほら、これ!」


 ステラが指差す先にあるのは、褐色の分厚い皮が吊るされている。

 見るからに油を含んでいるようなテカったような質感で、空気に揺られる様子は柔らかそうに見て取れる。


「この皮は?」

「分かんねぇ。なんの皮だ?」

「これ山鯨の皮ですよ! 薬に使える凄く上質な脂が取れるんです!」


 ステラの声が弾む。

 そんな彼女の様子に、露店の店主は獣の面影を残す顔にニヤリとした笑みを浮かべた。


「ほう、嬢ちゃん物知りだな?」

「はい、あまり見ないもので。珍しいなぁ…… おじさん、これ幾らですか?」

「まあ…… 祭り価格でちょっと安くして、これぐらいだな」


 少しだけ考えて店主が提示した金額を見たステラは、「う゛っ」と、少しばかり苦しそうな声を上げる。

 ステラに続くようにニルとガルスもその値段を見るが、確かに中々の金額だ。そこそこの距離の商隊護衛で稼げるぐらいの金額で、それはあまり町から動かないステラにはかなりの大金に見えるだろう。


「まあまあするな」

「この嬢ちゃんも言ってるが、珍しいからな。どうだ、買ってくかい?」

「……いえ……珍しいと言えば珍しいのですが、すぐに加工しないと脂の質が落ちる筈なので…… 今買ったとしても、オルビアンに戻るころには鮮度が一枚落ちる気も……」


 むむむ、と。

 自分の中の葛藤と戦い始めたステラから視線を切った店主は、ニルに視線で問いかけた。


 ――買ってやれよ。

 ――了解。


「親父さん、これ売ってくれ」

「はいよ」

「ええ!? ニルさん、良いんですか?」

「構わないって。さっきの機械生命体よりは安いし」

「いや、あれ持ち出すなら大体が安くなるだろ」


 そんなやり取りをしてる間に店主は皮を素早く丸めると、筒のような物に入れて持ちやすいようにしてステラに渡した。


「はいよ。結構良いつくりの筒だから、開けないならそこまで脂の質は落ちない筈さ」

「えっ、そんなものまでオマケしてもらって良いんですか?」


 受け取った筒は確かにしっかりと作り込まれており、オマケというにはいささか立派だ。しかし店主は「営業みたいなもんだ」と軽く笑って手を振った。


「そっちの筒も、うちの工房が作ってんのさ。裏に入ってる狼印が工房のマークな。もし良いと思ったら、別の製品を買ってくれよ。多分、山鯨の皮が分かるなら価値が分かる物も多い筈さ」

「はい、見かけたら寄らせてもらいます!」


 「西門の裏手に工房があるから、よろしく頼むぜ」なんて言葉を背中に露店を後にした四人は、手を振りながら歩き始める。


『幸先の良い買い物でしたね』

「ですね! いやぁ、これは嬉しいです! キーラさんにもいいお土産になりましたよ!」


 見ている方が幸せになる笑顔でステラは筒を抱えている。

 そうしている時にニルたちの横を、巨大な壁が過ぎ去った。


『――あれは――』

「ん? クロード。なんかあったか?」

『いえ、あの剣が気になったもので』


 クロードが示したのは、ニルの隣を横切った壁――のように見える、巨大な人であった。ニルよりも大柄なガルスの頭が、胸元ぐらいまでしか届いていない長身で、腕も足も太く胸板も分厚い巨躯の男。


 そんな彼が背負っているのは、少しばかり銀色が強い巨大な大剣。


「おい、そこのデカい兄さん。ちょっと良いか?」

「……うん? 俺か?」


 大男は、ニルに呼び止められて振りむいた。呼び止められた理由に心当たりがないらしく、その表情には困惑が浮かんでいる。


「ちょっと、うちの相棒が兄さんの大剣が気になったみたいでね。話を聞かせてもらっても良いかい?」

『すみません。その剣の材質が見た事のないものだったもので、気になって呼び止めてしまいました』

「ほう! お前さんこれが分かるのか!」


 クロードが申し訳なさそうにそういうも、しかし大男はむしろ機嫌がよくなっていた。彫りの深い顔に笑みを浮かべ、自慢する様にこんこんと背中の剣を叩く。


「タイタンが鍛えた魔銀鋼(ミスリル)の剣だ」

魔銀鋼(ミスリル)!? その大きさの剣が全部そうなのか!?」


 男の言葉に、ニルとガルスが驚く。

 クロードとステラはあまり聞かない名前の素材に、はてなと首を傾げている。


『すみません、普通の素材とは違うことしか分かっておらず。どんな素材なのか、教えてもらってもよろしいですか?』

「おお? なんだ、ミスリルを知らんのか。まあ一言で言えば、軽くて丈夫な素材だ。ついでに錆びないし、あと魔法の触媒にもなる」

『スキャンさせてもらっても構わないでしょうか?』


 クロードの言葉に、大男は「スキャン?」と首を傾げたが、ニルが「クロードはAIなんだ」と補足を入れると納得したように頷いた。


「ああ、別に構わないぞ。というか、意思を持つ武器インテリジェンス・ウェポンかと思ったら、お前さんAIだったのか」

『はい。色々ありました』


 大男はクロードに背中を向けようとしたが、クロードの『許可さえもらえたらすぐ終わるので、そのままで大丈夫です』という言葉に動きを止める。そしてその言葉通りに動きを止めた数瞬の後には『終わりました』と言葉が続く。


『ありがとうございます。分子構造が、私の知る鋼とは根本的に異なっていました。魔力浸透率が極めて高いように見受けられます』

「……これが分かるのか。お前さん、だいぶ高性能なAIだな。もしかすると見かけた中で一番かもしれん」

『もしかすると、そうなのかもしれません』


 感心したように頷く大男に、クロード短くそう返した。

 そんなクロードの様子に、ニルは得意げに剣の柄をコツンと叩く。


「お、クロード褒められてるじゃん」

『施設の管理AIだったからでしょうか。思考アルゴリズムやスキャン性能など、客観的に見て私の性能は優れていると判断できます』

「嫌みなのか自慢なのか判断難しいよな、それ」


 揶揄うようなニルと本人は真面目に答えているつもりのクロードのやり取りを見た大男は、「じゃあ俺は行くわ」と言って別れた。

 なんて事のない世間話を終えて、四人は再び歩き出す。



 ――ステラが珍しい薬草を幾つか見繕っている。


 ――クロードはアーティファクトに興味を示してスキャンを使って構造を読み解いて。


 ――ガルスは目敏く掘り出し物の魔道具を見つけ、しかし金額を見て戻すを繰り返し。


 ――ニルは、店員と馬鹿話に花を咲かせていた。



「いやあ、金が無くても見るもん多いな」

「だな。というか、そろそろ腹も減ってこないか?」

『確かに、もう昼過ぎですね』

「そうですね。何か食べましょうか」


 そんな会話をしながら、大通りにある露店を四人で見ながら歩いていると、ニルの鼻に香ばしい匂いが届いた。


「お……」


 ニルが足を止めた先には、

 裏路地の入口で肉を焼いているビーストの出店があった。

 通りの反対側で売っている、最新の魔道具を売っている出店に注目が集まっているからだろうか。値段と量の割には意外な程に繁盛しておらず、並ぶ必要もなさそうだ。


「旦那、この黒猪の厚焼きを1つずつ頼む」

「小硬貨2枚だ」

「はいよ」


 出された値札通りの金額を手渡して、ニルは渡された串を受け取った。

 筒を持っていたステラの手は塞がっていたが、ガルスが「預かっとくよ」とそれを受け取った事で、ステラの手にも肉が行き渡る。


「悪いなガルス。気付かなかったわ」

「重くないし構わねーよ。俺の分もくれ」

「はいよ、これな」


 そうして皆に行き渡ったのを確認してから、三人は同時に串にかぶりついた。


 ――かりっ。


 表面の香ばしい焦げ目が、一瞬だけ歯に心地よい抵抗を与える。

 しかし、そう感じた次の瞬間には肉の抵抗は失われ、新たな感触が舌に広がる。


 ――じゅわり……


 固い焦げ目に守られていた肉の内側から、熱い旨味が溢れ出した。

 塩と胡椒で大雑把に味付けされただけの、しかし肉本来の甘みを十全に引き出した野生の味覚。

 噛み応えのある厚さと柔らかさが、程よい弾力となって噛むたびに肉汁を解き放つ。


「――美味い……」


 ニルが思わず呟く。

 ガルスとステラも、無言で頷いていた。


「この時期に取れる、脂が乗った良い猪だ。一人で食うには勿体なくてな」

「これは確かに……そう思うのも納得です」

「だな。こりゃ美味いわ」


 それなりの量をぺろりと平らげる頃には、三人の空腹は紛れていた。しかし腹は落ち着いたのだが、気持ちは次の肉へと向かっていた。


「美味かったよ。普段はどっかに肉を卸してたりするのか?」

「店に出せる程取れるわけではない」


 思わずと言った感じでニルがそう聞くと、ビーストの店主は言葉少なく否定する。


「残念だな。てことは、この肉を食べれるのは今だけか」

「そういう訳でもない」


 心底残念そうに肩を落とすガルスの言葉を、店主はやはり言葉少なく否定した。そして彼は「大抵の祭りには、ここで肉を焼いている」と言葉を続けて新たな肉を網に乗せる。


「あまり広めてくれるな。言ったように、多くは取れんからな」

「分かった。なら、その肉が焼けたらそれも買わせて欲しい。幾らでも食えそうだ」


 そんなニルの言葉に、店主はごつごつとした指からは想像しにくい器用さで肉を刺しながら頷きで応える。


 その手際は非常に良い。

 ビーストが狩人として優秀なのは有名な話ではあったが、これを見るに優秀な狩人とは、狩った後の事も含めてのものなのだろうと思い知らされる。


「すみません、私はそっちのスペアリブも気になります。良い焼き具合に見えるのですが……」

「ほう。お前さん、いいやつに目を付けたな」


 ステラの言葉にニヤリと笑った店主は、網の端でじっくりと火を通していたスペアリブを網の中心に持ってきた。

 そしてそのまま骨の隙間の肉を切って一口大の大きさに仕上げると、ガリガリっ、っと音をさせながら素早く岩塩を削って振りかける。淡いピンク色の断面からは肉汁が零れ、じゅわりとした音と匂いをあげている。


「さて、仕上がったばかりのスペアリブだ。食うか?」

「「「いただきます!!」」」


 三人の言葉が同時に響く。

 店主は苦笑と共にスペアリブが乗った皿をニルたちに差し出すと、顎で近くのベンチを指した。


「次の厚焼きが焼けるまで時間がかかる。そこにでも座って待っていてくれ」


 スペアリブの乗った皿を満足げに受け取った三人は、店主に礼を言ってベンチに向かった。


『こういう場合に、感動を共有できない事に理不尽を感じます……』


 そして一人だけ蚊帳の外となってしまったクロードの落ち込んだ声が、ニルの背中から響いた。


「クロード、お前も食べたいのか?」

『食べるという行為がどのようなものか、非常に興味があります』

「なら次は、お前も食べれる方法を考えるか」

『……本当ですか?』

「おう、次の課題だな」


 そう言って笑うニルの言葉に、クロードの声が少しだけ弾むのだった。




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