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第17話 亡霊騎士、ゴール


 ――デウェの宿屋での会話から数日後の早朝。

 四人は約束通りに、宿屋の前に集まっていた。


「神の酒、できました。……キーラさんが、私の代わりに持って行けって」


 ステラが小瓶を掲げ、ニルとガルスも、ステラの動きに合わせて小瓶を見る。

 ゴールの蜜を薄めたような琥珀色の液体が、朝日を受けて柔らかく輝いていた。


「私の代わりに、ね。やっぱ何かあるのかね」

「色々あるんだろ。掘り返すみたいな真似はやめようぜ」

「……まあ、そうだな」


 ガルスの言葉に、ニルは己の中にあった疑問を吐き出した。

 少なくとも、今は関係がない。そう思うことで思考を切り替えて、ニルはいつもの表情で口を開く。


「確認だ。ガルスは短剣使いこなせるか?」

「かなり馴染んだ。今まで通りに任せてくれて良いぜ」


 ――この数日で、ガルスは短剣をかなり使いこなせるようになっていた。


 この武器は重くはあるが非常に固く、力任せに振り回しても歪まない。

 リーチの短さこそあるが、体の動きに馴染ませていくうちに、ガルスは己の戦い方や性にはかなり合っている武器である事に気が付けていた。この武器を戦闘へ使うことへの不安は、完全に消えている。


「ステラも、神の酒は用意してくれてる」

「はい、ゴールの蜜の位置もばっちりです」


 ニルの言葉に、ステラはふんすと胸の前で握りこぶしを作った。

 その拳の中では神の酒がたぷりと揺れて、ステラの元気そうな様子と相まって、まるで任せと言わんばかりに見えてくる。


「クロードも、大丈夫だよな?」

『問題ありません』


 クロードは、その殆どをニルと一緒にいる。

 聞かなくても答えは分かっているが、それでもニルは言葉に出して確認した。案の定と言った感じのクロードの返事を聞いて、ニルは「だよな」と笑って頷いた。


「よし。じゃあ、まずは廃村奥の湖に行くか。無茶しないように、な」


 気を引き締め直した四人は、森へと向かうのだった。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 その日の森は、静かだった。


 柔らかな日差しはいつもと変わらず降り注ぎながら、しかし今日は小鳥のさえずりの一つも聞こえない。

 肌を撫でる優しい風も吹いておらず、木々のざわめきも草の喧騒も聞こえない。それはまるで森全体が息を潜めているような、あるいはニルたちに道を譲っているかのような、不思議な静寂となって朝の冷たさと共に満ちている。


 別に、おかしな部分は何もない。

 しかしニルには、自分の足音が何時もより大きく感じられて、無意識のうちに少しだけ歩幅が小さくなっていた。


「……妙に静かに感じないか?」

「はい。いつもはもっと、穏やかな雰囲気の筈なんですけど……」


 なんとなく、と言った感じに呟かれたニルの言葉に、森に詳しいステラがいち早く同意した。

 彼女の声音には、不安よりも混乱が混じっている。


 それはお気に入りの飲食店で、何時も座っている席に座れなかったような……言葉にすることが難しい、何とも言語化しにくい座りの悪さのようなものを、彼女も感じていたからだ。


『生体反応は――ありません。少なくとも、付近には』

「一応確認だけど、機械生命体もだよな?」

『同様です』


 念のためにと聞いたニルの言葉を、クロードは短く肯定した。

 しかしニルもその答えが分かっていたからか、「そりゃそうだよな」と小さく溜息を吐くしかできない。


 違和感の正体を、言語化できない。

 しかし確かに、不気味な予感を感じていた。


「じゃあ、なんでこんなに静かなんだ?」

「……分からん」


 軽い感じでニルに話しかけたガルスの言葉に、ニルは短くそう返した。

 てっきり何時もの軽口が返ってくると思っていたガルスは、珍しいなと彼の方へ顔を向けた。その表情は真剣で、何かを考えていることが一目でわかる。


「どうした、今日は最初から真面目だな」

「何となく嫌な予感がしてきて、何か見落としが無いか考えてた」

「偶然だな。俺もだ」

「お前は見落としが多いだろ」

「代わりに空気は読めるぜ。どうも息がし難いみたいだから、ちょっとだけ空気を軽くしてやろうと思ったんだよ。これで深呼吸ぐらいはできるんじゃないか?」


 おどけた様に肩を揺らすガルスのその言葉に、ニルは小さく息を吐き出した。

 なるほど確かに。最初からこんな調子では、すぐに息切れしてしまう。


「すまん、固くなってたわ」

「気にしてくれて良いぜ」

「だな。次は俺が言うことにする」

「次も俺でいいぜ? お前がそれぐらいの方が、俺は楽だし」

「俺がしんどいだろ」

「……ニルさんって、真面目にしてればかっこよく見えますよね?」

『ステラに同意しておきます』

「……なるほど。このタイミングでそれはズルくないか?」


 大きく息を吸い込んで、凝り固まっていた空気を入れ替える。

 しかしニルは、身振り手振りを交えながら会話をしつつ、周囲の警戒は怠らない。ガルスはニルに向かうように体を動かしているが、お互いに背後を確認し合っていた。


 程よい緊張感を纏いながら、四人はゆっくりと森を進んでいく。

 今はまだ、何もない。

 静寂だけが、森の中に落ちている。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




「――あれがデウェさんが言ってた湖か」


 木々の隙間をかわして影の中を抜けると、その先に小さな湖が現れた。


 底が見える程に浅く透明な水面は、まるで大きな鏡のような様子で静かに凪いでいる。そして日の光を受けて空を映したその湖の淵では、周囲には同種ではなさそうな白い花が幾つも咲いていた。


 まるで空に向かって向けられた鏡の淵を彩る様な美しい光景に、ステラの口から自然と感嘆の声が漏れる。


「こんな場所があったなんて……」

「村からも近いし、ちょっとしたデートスポットらしいぜ」

『なるほど。人が立ち入る頻度が多いから、ここでの目撃が多かったのですか』

「そんな感じらしい」


 感動しているステラに、ニルはこの数日の間で追加した情報を披露する。

 ガルスはニルの言葉に、なるほど確かにと納得しているようだ。

 実際ニルも、この話を聞いた時には納得したものだ。実物の美しさとステラの反応を見る限り、確かにこれなら「亡霊が出るって噂があるんだ」と言った口実で、軽くデートするには鉄板だろう。


「もしかして、この白い花って全部ゴールの蜜だったりするのか?」


 湖の淵に腰を下ろしたガルスは、花を確認する。彼は種類が分からないままに、近いものからざっくりと確認しているようだ。

 ニルも同じように見渡してみるが、少なくとも、地面に向かって花弁を下げている白い花は見当たらない。


「……幾つかは生えているようですけど、全てではないかと。それに、蜜も取れそうにないですね…… もしかすると、群生し過ぎているのかも……」


 ステラもガルスと同じように、腰を落として花の種類を確認していた。

 ゴールの蜜ではない花が幾つも混じっているが、ゴールの蜜も幾つか咲いているのは間違いないらしい。しかし他の場所のように単体で生えていないからか、それともある程度群生していることが理由なのか。

 数が生えている割に、蜜を出せる状態ではないらしい。


「しかし確かにきれいな場所だし、ゴールの花もあったが、鎧姿は――――」


 と。

 ガルスやステラと同じように腰を落とそうとしたニルの言葉が、唐突に止まった。

 何時も快活な笑みが浮かんでいる表情は、引き締まった真剣さへと切り替わっている。

 その視線は、イズミの対岸に固定されているらしく、よく動く目線は一点に定まり動いていない。


「――――いた」


 呟かれたようなニルの声に、ステラとガルスが彼の視線を追った。


 そして――湖の対岸に、鎧姿が立っていた。


 鈍い鉛色を基調とした、赤黒い錆びの浮く金属製の鎧。

 実用性を重視しているのか、余計な装飾はついていない。しかし全身を覆う鎧の金属には、枯れた血管のようにも見える深い溝が無数に走っており、異様な風貌を湛えて居る。

 特に腕部は、遠目でもわかる程に、かなりがっしりとしているのが見て取れる。しかし堅牢に見えその手には、何の武器も握っていない。


『――スキャンを実施しましたが…… 信じられません。鎧の形状は検知できますが、中身が一切ありません。伽藍洞の鎧が自立稼働を? エネルギーが観測できない?』


 そしてクロードのスキャンは、文字通り「何も」観測していなかった。


 中身のない伽藍洞の鎧。

 ゴールの短剣と同じ、エネルギーを検知できない鉛色の鎧。

 しかし不気味な存在感で静かな森に佇むゴールは、確かにそこに「いる」のだと言う重たい事実を、ニルたちに突き付けていた。


「……お前がゴール、か?」


 ニルの問いかけに、しかし鎧は何も答えない。


 ただ静かに、四人を見ている。

 いや、正確には――――




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 ――鎧の奥で。錆び付いていた何かが、ギシリと軋んだ。


 透き通った瞳。

 夜を纏う髪。


 ――どこか覚えのあるその姿に、何かが再びギシリと軋む――


 ここは。どこだ。

 故郷ではない。森の中。

 何かを、探していた。そんな気がする。

 約束があった。誰かとの。


 ――古い歯車が動いて錆が剥がれ、零れ落ちる代わりに純化されるように――


 見知らぬ姿。

 見覚えのある面影。

 誰かとの約束。

 何かを。


 ――――守らなければ。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 お互いに、どれだけそうしていたのか。


 一瞬だったのか。それとも、暫くだったのか。


 誰も言葉を発せない、時間を忘れるような緊張感が張り詰める中を、不意に不気味な鎧が――ゴールが、動いた。


 鈍重に見えるのに素早く、まるで湖面を滑るような滑らかさで。

 鎧の表面に走った亀裂がその現象を引き起こすのか、尾を引くような不気味な風切り音が、静寂が支配していた森の中に木霊する。


「構えろ、来るぞ!」


 ――襲い掛かってくるとは、誰も考えていなかった。


 図らずも真正面から不意をつかれた形になってしまったニルとガルスは、様子見の選択肢を捨てて迎撃を選ばざるを得なかった。

 ニルが長剣を引き抜き、ガルスは双短剣を構えて腰を落とす。


『――これは!?』


 クロードが何かに驚愕するが、ゴールの接近の方が早かった。

 そしてガルスを無視するように恐ろしい速度でニルの方へ接近したかと思えば、流れるような動きで拳を振りかぶっている。接近の速度こそ驚異的だったが、しかし次の動きは動作の大きな拳の振りかぶり。

 それは非合理としか言えない、ちぐはぐな戦闘行為の選択。


 ――この動きに、ニルはゴールの正気は既にないのだと判断した。


「……っ!」


 しかし、正気であるかどうかは、脅威度が下がった事とイコールではない。

 握り込まれた鋼の砲弾が発射されるその直前、ニルは殆ど反射的に回避を選択していた。無理矢理に体を捻って拳の延長上から体を逃がし、距離を取るため後ろに飛ぶ。


 ――同時に、選択の結果が具現する。


 ゴールが振るったのは、水面を砕く打ち下ろし。

 直接当たっていない筈なのに、腕の延長として叩き付けられた空気の塊が、ゴールの突貫によって波打っていた水面を轟音と共に捲り上げ、美しい虹を作り出す。


『この出力は!?』

「冗談だろ!?」


 己の代わりに、砲弾でも打ち込まれたのかとばかりに粉砕された水面の様子に、ニルとクロードは驚愕の声を上げる事しかできない。


「驚いてる場合か! まだお前を狙ってるぞ!」


 ゴールは先ほどよりもゆっくりとした動きになっていた。

 しかし横にいるガルスなど視界に入っていないかのように、がしゃり、がしゃりと金属がこすれ合う不気味な足音が、ニルとステラに近づいている。

 先ほどまでの動きの素早さや力強さなど幻であるかのように、異様な鎧は暴れ狂うでもなく、何かを掴もうとするように「手」を突き出して歩を進める。


「とりあえず俺の事を無視するなよっと!」


 接敵からこっち、徹頭徹尾無視されているガルスが切り込んだ。


 それは重たい短剣という特性を生かした、遠心力を生かした切り下ろし。

 短剣でありながら斧を振り回したような破壊的な一撃は、ガルスの剛力をも乗せてゴールの鎧に吸い込まれる。しかし――


 ――ギィイン


「っ! クソかてぇっ!?」


 短剣と鎧が衝突した衝撃でビリビリと空気が震えるガルスの一撃は、決して軽いものではなかった。

 それでもゴールの鎧は、切り込まれた首元付近の板金を多少歪ませただけであった。しかも、それだけでは終わらない。


『――形状が元に!?』

「おいおい、この固さで再生すんのかよ!」


 ――ガルスによって歪められた板金が、時間が巻き戻るように音もなく元に戻る。


『しかもエネルギーが観測できません! アンデットとは別種の可能性も!』


 ガルスからの攻撃を受けた事でゴールは少しだけガルスの方を向いたが、驚異にならないと判断したのか、すぐにニルたちの方へ向き直って歩みを再開する。


「考えるのは後でいい! 一回逃げるぞ!」

「でもこいつ、明らかにお前のこと狙ってやがるぞ!」

「亡霊って離れたら攻撃してこないんじゃなかったんですか!?」

「その筈なんだがな。俺がその答えを聞きたいぐらいだよ!」


 ニルはステラを背中に庇うような格好になりながら、じりじりと後退する。


 幸い、ゴールの歩みも遅い。

 出会った当初のような高速移動も行わず、馬鹿みたいな剛腕を振り回して暴れまわる事もない。ただ「手」を突き出して、ゆっくりゆっくりとニルたちとの距離を詰めている。まるで、何かを掴もうとするように。


「おい、ガルス。俺が全力で攻撃して隙を作るから、こっちに合流しろ!」

「なんだよ、やれんのか!?」

「倒すつもりじゃないならだが!」


 ニルはガルスに声をかける。そしてゴールから視線を切らないまま、ステラを庇う形を維持しながら彼女に声をかける。


「ステラ、俺とガルスが突っ込むから、合図したら廃村に向かって走れ! 俺たちもすぐに追いかけるっ!」

「りょ、了解しましたっ!」


 ――その会話の間も、ゴールはニルを見据えている。


 ガルスはまるで眼中にない。

 まるでニルの存在が「邪魔」だと言わんばかりに、執拗なまでにニルを狙っている。


「俺の方がガルスよりも弱いとでも思ってんのか?」


 原因など分かる訳がないが、ニルは悪態を付きつつ警戒を続ける。

 そして視線を動かさないまま手を動かし、背中に背負った投げ槍の位置を確認してから、長剣を構え直して腰を落とす。


「ガルス、合わせろよっ!」

『ニル、提案があります!』

「今かよっ!?」

『ゴールの移動速度は現在一定です。次の一歩を踏み出す瞬間を狙えば――』

「悪かった、いいタイミングだ! それをやろうと思ってたから、合図をくれ! 失敗できんっ!」

「やるならさっさとやれっ! 距離がねぇぞ!」


 合図を送るニルに、ガルスの急かす様な了承が響く。ニルは「二人とも頼むぞっ!」と応えて距離を測り直し、大きく息を吸い込んだ。


『今ですっ――』

「――食らっ、とけッ!」


 クロードの合図とともに、吸い込んだ息を吐き出すように。

 ニルの背中が弓のように反り返り、一歩を踏みしめるように全身のバネを使って背負った短槍が一喝と共に投擲される。


「―――――――――」


 ゴールは、手を伸ばした腕で迎撃しようとしたのだろうか。

 しかしゴールの行動に先行した投擲は、鎧の足首を打ち抜き鈍い破砕音を響かせ砕け散った。だが派手な破砕音こそあるものの、その実砕けているのは槍の方だ。

 堅牢な鎧にダメージはなく、しかし足を踏み出そうとした瞬間を的確に撃ち抜かれた所為で、ゴールは足を引っかけられたかのようにバランスを崩して体勢が崩れる。


 ――がくんとつんのめるように、ゴールの膝が前に折れる。


「今だっ!」


 ――ようやく作り出した明確な隙に、ニルとガルスは獣ように食らいついた。


 大地に不可視の足跡を刻みながら走り込み、勢いを殺さぬまま踏み込みを軸足として体を捻る。

 踏み込んだ勢いのままに頭上に長剣を振り上げて、突撃(チャージ)による力をさらに溜め込む。限界まで引き絞った強弓を放つように、ニルは裂帛の一喝と共に解放する。


 ――一閃


 振り下ろされた剣閃が、鈍い音と共に鋼の肘を打ち据える。


 いいや、それだけでは終わらない。

 ニルは振り抜いた剣を円運動の要領で再度背中に構え直していた。

 足指に力を込めて大地を掴み、しっかりと腰を据え、一撃目の勢いすらも加えた二撃目を全身の回転とバネを使って打ち下ろす。


 ――――二閃


 そしてニルの連撃を受けたゴールに、ガルスは更なる一撃を叩き込む。

 ガルスのそれは、ニルが行った流れるような連撃ではない。大地に根を張った大樹のような背筋を全力で引き絞り、裂帛の気合と共に反りを裏返すだけの単純な――それ故に混じりっ気のない、純粋な力の大解放。


「こいつで、どうだぁアッ!」


 ――――一撃


 静寂を破る金属音が森の中に響き渡り、ゴールの重厚な巨体が吹き飛ばされる。

 しかしそれでも、届かない。派手な轟音と共にゴールを吹き飛ばしこそできたものの、やはり鎧の傷は瞬く間に修復される。


『――対象の再生行動を確認! 損傷箇所:左肘、胸部中央、右肩――右肩のみ15秒、他二つは10秒以内に修復と推定!』

「早すぎるだろっ!」


 クロードの戦況分析に、ニルとガルスは悲鳴に近い絶叫を上げる。

 距離が空いただけでゴールは体勢すら崩れておらず、二人の絶叫を引き裂くようながしゃりという低い音だけが不気味に響く。

 歩みは、止まっていない。


『物理攻撃での撃破は不可能と判断します。ステラ! 戦闘区域の離脱を!』

「はっ、はい!」

「やっぱ無理かっ!」

「無理なのは分かってただろっ! 俺たちも逃げるぞっ!」


 ニルの背中から、焦ったようなクロードの声が響く。

 彼の声に急かされるように、ゴールが体勢を立て直す前にステラが動く。悪態をつきながら、ニルとガルスもそれに続く。


 ――そして、ゴールも。


『――信じられません。ゴールが、こちらの追跡を開始しました』

「は? まじか?」


 クロードの驚愕の声に、「うそだろ」と言いたげな顔のニルが振り返る。

 すると確かに湖畔の淵に立っていた鎧姿が、ゆっくりと、しかし確実に森の中へと入ってくる。がしゃり、がしゃりと、不気味な音を響かせながら。


「亡霊って追いかけてくるんですかっ!?」

「知らんぞ!? 俺も初めて聞いたんだが!?」


 ステラの声は驚愕で震えている。

 それはニルも同様だ。意味が分からんと混乱している表情は、とにかく考えを整理させてくれと言わんばかりである。

 偶然からの遭遇戦で削られたニルの思考リソースは、息継ぎを欲していた。


「ニルさん、私――――」

「すまん、考えは後で聞く! 今は一旦逃げさせてくれ! 考えが纏まらん!」

「――――分かりました! 後で、必ず!」


 ステラが何かを言いかけたが、しかしニルの離脱を優先する意見に同意する。そうしてニルは、横に並んだガルスに悪態をついた。


「デウェさんの話と違うじゃねぇか! 明確にこっちを狙ってやがるぞ!」

「それに、明らかに俺よりニルを優先してる。意味が分からん!」


 ガルスの疑問に、誰も答えられない。

 四人は息を切らしながら、廃村の方角へと走り続けた。


 背後で鎧の足音が重なるたびに、湖畔の白い花が踏み潰される音が混じっている。それはまるで、止まっていたが故に美しかった景色が、動き始めることで壊れてしまうように。


 ゴールは止まらない。


 まるで、何かに取り憑かれたように――




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