第15話 亡霊騎士を追って
昼の終わりを告げる鐘が鳴り、人々が仕事に戻り始めた頃。
午後の活気が戻ってきた大通りを抜け、四人は冒険者ギルドに併設されている食堂に座っていた。
別に、冒険者のふりをして何かしらのサボりを行っている――という訳ではない。
彼らは正真正銘の冒険者であり、話す内容も冒険の話であったからだ。
様々な料理が混じり合った食堂に腰を下ろしながら、水を飲んで一息ついて、ニルはちょっとした疲労を吐き出すように長い息を吐き出した。
「さて……んじゃ、飯でも食いながら作戦会議と行きますか」
「まだ飯来てないけどな。ちょっと話して時間潰そうぜ」
「いや、そこは重要じゃないだろ? 言葉の綾じゃん」
「そりゃ分かるんだけど、割と重要だろ。腹減ってたら思考力落ちるし」
『ニル。ガルスの言い分は妥当だと判断できます』
口火を切る様に軽口を叩くのは、いつも通りにニルとガルスだ。
どちらが軽口を言うのかはその時によるが、二人のやり取りにクロードが補足をおこなうのが、最近では流れとして定着しつつあった。
「なら、最初はお父さんをどうやって説得するかの話にしませんか?」
――そしてそんなやり取りに加わったのが、ステラであった。
「マグナスさんか……ステラを溺愛してるからなぁ。この話にどう反応するか、イマイチ予想しにくいんだよな」
『ニルに同意します。非常に難しい仮定が必要になるかと』
ニルとクロードが難しそうな声音でそんな事をいう物だから、マグナスに会った事のないガルスは「え、ステラちゃんの親父さんって面倒くさい人なの?」とステラの方を見る。
「いえ、そんな事ないですからね!?」
『ガルス。マグナスは非常に良い人です。面倒な訳ではありません』
「あ、そうなんだ」
ステラの否定をクロードが肯定し、ガルスはすぐに納得しながら水を飲んだ。
そんなガルスの様子を、少しだけ待つように間を置いたクロードは『ですが』と真剣な感じで言葉を続けた。
『マグナスは、ステラを非常に大事にしています。気持ちを優先して探索を了承するのか、肉体を優先して探索を否定するのか。その判断が私には不可能です』
「そういう事だ。まあマグナスさんなら、ちょっとぐらい忠告しても最終的には『ステラがやりたいようにしろ』で折れる気はするんだがなぁ……」
『ですが、今回は“危険へ向かう”選択です。前提条件が前回とは違います』
軽く提案したつもりの話題が、思っていた以上に真面目に議論されていた。
そんな様子に恥ずかしさとありがたさのような、何とも言い難い感情を覚えたステラは「うーむ……」と、腕を組みながらかわいらしく唸っている。
「なんか、すみません。私はニルさんあたりが、『俺が頭下げたら終わりだろ』みたいに言うのかと思ってたのですが……」
「まあ、ステラちゃんが本気で言えば伝わると思うぜ。あと、こいつは真面目に判断する時は意外と慎重だ」
ガルスが笑いながら補足を入れると、ニルから「意外は余計だろ」と軽い感じの抗議が入る。しかしガルスの方はと言えば「でも勘違いされてたじゃん」と軽く流して受け取らない。
放っておけばそのままそちらの話に流れていきそうな二人を無視して、クロードは素早くステラに言葉を投げた。
『ステラ、申し訳ありません。心の機微は非常に複雑です。私の仮定は役に立ちません』
「い、いえいえ! 別に責めてる訳じゃないので! 本当に!」
少し落ち込んだようなトーンのクロードに、ステラはワタワタと手を振っている。そんな彼女を笑って見ながら、ニルはクロードの柄を叩く。
「こういう時は冗談でも言って場を和ますのが良いぜ」
『どのような冗談でしょうか?』
「そうだな……俺なら『キーラさんの頼みなんです!』で押すっていうな」
話を戻そうとしたら、別の方向に流れたらしい。
ニルの回答に、ガルスはやれやれといった感じで呆れているが、クロードは興味深そうに待ちの姿勢を見せている。もう、話を戻すものは誰も居なかった。
「いや、それは冗談じゃなくて嘘だろ」
「ガルス、それは違うね。お前の反応まで織り込んだ“成立する冗談”だ」
『意図は理解できました。確かに、構造としては冗談です』
「ほらな? つまり完璧って事だ。俺の冗談に隙はないね」
クロードの反応を確認したニルは、改めてそう言い切った。
「ステラちゃん、これはずるだと思わない?」
「えーっと…… ニルさんが、こう……いつもみんなを明るくしようとしてるのは、分かるのですが……」
ステラの控えめなその言葉に、ガルスの敗北が確定する。
ガルスは話を振った相手を間違えた事に気付いて「しまった」という表情を浮かべるが、もう遅い。この場には言い包められたクロードと、言い張っているニルしかいない。この流れに乗せられた時点で、ガルスの敗北は決まっていたのだ。
「戦いに卑怯はない」
「へいへい。もうそれで良いよ」
若干得意げなニルの顔が、ガルスには腹立たしかった。
「――お待たせしました。煮込みシチューと黒パン、野菜のローストです」
しかし、ガルスの援軍は意外なところからやって来た。
店員が料理を運んできて、すぅっとテーブルから離れる。
「逆転だな。どっかの神様が『まずは食え』って言ってるわ。冗談はここまでってことで良いよな?」
得意げなガルスにそう言われ、ニルはパンを恨めしそうに見てから「納得いかねぇ……」と天を仰ぐのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お父さん、ただいま」
ステラが家の扉を開けながら声をかけると、すぐに奥から「おう、帰ったのか」という声が返ってきた。
人のいない店の中ではあるが、今回、マグナスは以前とは違い作業をしていなかったらしい。カウンターに座って魔道具を磨いていたらしいかれは、ステラの登場にすぐさま反応して、「お帰り」と手を動かしている。
「ニル、今日も世話になったな」
「薬草採取だけだからな。ステラちゃんがリーダーだったから、楽しい冒険になったよ」
「ほう、そりゃ良かった」
ニルの言葉に「お前さん分かっとるな」という感じで、マグナスはにやにやと笑いながら頷いている。ニルの返答は、マグナスが聞きたかったものだったのだろう。
「で、そっちがガルスか?」
「そうそう。自己紹介は要らないっぽいけど、俺がガルスだ。よろしく」
「ワシはマグナス。ステラはお前さんたちには懐いとるからな。よろしく頼むぞ?」
「了解だぜ、マグナスさん」
ガルスとマグナスが簡単にあいさつを交わすと、ニルが「それで、実は相談があるんだ」と話を切り出す。ニルの言葉に、ステラが「実は私も相談が……」と言葉を被せると、マグナスは若干怪訝そうな顔をした。
「ふむ……? まあ良い。とりあえず聞こうじゃないか」
ニルがそう切り出すと、マグナスは「とりあえず座れるものを持ってくる」と、店の奥へと消えるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
椅子に座った四人は、これまでの経緯をマグナスに説明した。
廃村の冒険。
そして廃村で見つけた短剣のこと。
オルビアンに帰ってきてからキーラに聞いた、騎士ゴールの話。
そして森で目撃されているという鎧姿の亡霊のこと。
「――それで、ゴールという騎士を探してみようと思ったんだ。……できれば、ステラも一緒に」
ニルがそう締めくくると、マグナスは腕を組んで黙り込んだ。
「……ゴール、か。まさか今頃になってその名を聞かれるとはな……」
マグナスの口から漏れた言葉はどこか懐かしさのある、そして少しばかりの重たさを含んだものだった。
何かを思い出すようなその様子は、何でも明け透けにしゃべる普段のマグナスの様子とは少し違って見える。
「お父さん、知ってるのか?」
「オルビアン育ちのワシぐらいの年齢なら、ギリギリ知っとるぐらいだがな。生きている筈がないって話にはなっておったが……」
マグナスは目を細めて、記憶を手繰り寄せるように続ける。
「……だが時間が経った今でも、“鎧姿の亡霊”の噂は消えん。たまにではあるが」
「うん。キーラさんも、そう言ってた」
ステラの言葉に、マグナスは深く息を吐いた。
「ステラ、本気なのか? 理由を聞かせてくれ」
「私は……ゴールさんに【神の酒】を渡してあげたいの」
「本当に、それが理由か?」
マグナスがその深い海のように落ち着いた色合いの瞳を向ける。ステラは、美しい紫色の瞳で真っすぐと見返して口を開く。
「悲しい終わりは、嫌だから」
胸の内に抱えたような言葉を聞いて、マグナスの目から力が抜ける。「お前らしいな」と笑って呟かれたその声には、父親としての温かさが感じられた。
「分かった。ゴールを探してみろ」
マグナスの言葉に、ステラの顔がぱっと明るくなる。
「ただし、条件がある」
ステラが「条件?」と聞き返すと、マグナスは「ああ」と頷き真剣な表情で四人を見回す。
「まず、ワシが知っている情報を教える。それを踏まえてもやると言うなら、ワシは止めん。ただ、絶対に無茶はするな。約束できるな?」
「うん、わかった」
「マグナスさん、俺も約束する」
ステラが同意し、ニルが頷く。
それを確認したマグナスは「よし、分かった」と腕を組んだ。
「まず、お前らが見つけた短剣ってのを見せてくれ」
「ああ。こいつだ」
ガルスが腰からゴールの短剣を取り出す。
溶けた鋼を無理やり刃の形に固めたような、歪な形状の重たい短剣。
冒険者として鍛えこんでいるニルとガルスが重たいと感じる重量は、マグナスが持っても同じである。
長く持てば手が痺れると感じた彼は素早く短剣を調べたが、「やはり、ワシが見ても分からんか」と呟き、ゴトリと机の上にそれを戻す。
「ゴールの武器は、強力な魔法武器だと聞いた事があってな」
「やっぱり、普通の武器じゃないのか」
マグナスの言葉に、ニルはむしろ納得する。
呪われてこそいないのだろうが、この武器を持った際に感じた不気味な感覚は幻ではなかったらしい。
「どんな武器なんだ?」
「そこまでは知らん。ただ鍛冶屋の親父は、斧の破壊力と短剣の取り回し、槍のリーチを持つ最強の武器だ、と興奮しとったが……」
「……重たいけど、ただの短剣に見えるよな。流石に大げさすぎないか?」
「だな。ワシも同じ意見だ。もしあの言葉が本当なら、何か使い方のようなものがあるのだろう」
現在ゴールの短剣の持ち主の様になっているガルスは気になるようだが、マグナスもその答えは分からないらしい。思い出そうと、あるいは思いつこうと考えている様子はあるのだが、答えにはたどり着けていないようだ。
「クロードのスキャンで分かったりしないか?」
『念のため再度の高負荷処理を実施しましたが、廃屋で見つけた時と同じ結果でした。魔力を含め、何かしらのエネルギーは観測できません』
「クロードさんでもダメなんですね」
クロードの言葉に、ステラは残念そうに肩を落とした。
ステラ以外の面々は、まあそうだよな、とばかりに納得ているものの、分からないという言葉にある種の納得も滲ませている。
『……魔力や電力ではない「第三のエネルギー」のようなものがある可能性はあります』
「第三のエネルギー? そんなものがあるのか?」
『正確な回答が難しいです。以前見つけたデータストレージにそれらしい事は書かれていましたが、観測成功の明言はありません』
「まあ、よく分からんって事か」
クロードの言葉に、改めて、よく分からないという結論が出る。
少しばかり煮詰まったようにも見える場の様子を見たクロードは、少し考えるように間を置いて『――一応ですが、推測は可能です』と言葉を続ける。
「おお! 聞かせてもらえませんか?」
『斧の破壊力、短剣の取り回し、槍のリーチ。これを併せ持つために必要な武器構造は、“形態変化”である可能性があります』
「形態変化?」
『はい。刀身が伸縮する、あるいは刃の形が変わる。仮説ではありますが』
「だが、魔力は感じなかったんだろ?」
クロードがステラに説明を続け、ガルスはクロードの仮説に疑問を投げた。
言いたい事は分かるのだが、魔力がないのにそのような事があり得るのだろうか? と、ピンと来ないないような口ぶりだ。
『他の可能性もあります。ニルの用いる投げ槍に鎖を付ければ、「何度でも投げる事が可能な投げ槍」になります。形態変化が短剣に由来しているとは限りません』
「あー、なるほど。そういう考え方もあるのか」
それはガルスたち魔力を扱うのが当たり前である考えと、クロードのように魔力がないことが当たり前である考えの違いが故に導き出す事ができた結論だった。
指摘されてみると、確かにクロードの言う通りではある。
短くなければ得られない取り回しの良さと、長くなければ存在しないリーチを両立できる時点で矛盾があり、その矛盾を解決する方法が魔力を用いた解決法である必要もない。
再び考え始めたように黙ってしまったニルとガルスに、しかしマグナスは「まあ、この話は前置きみたいなもんだ」と話題を区切り、難しそうな顔で腕を組みながら話を続ける。
「ワシが本当に懸念しとるのは、ゴールの鎧がこれと同じ材質で作られているのではないか、と考えられる事だ」
『推測は妥当です。同一の素材で武具を揃えるのは合理的かと』
「……いや、待てよ。もしそうだとしたら――」
ニルが何かの可能性に思い至ったように眉をひそめる。一瞬遅れてガルスもニルと同じ結論に至ったらしく、「あー、そういう」と、嬉しく無さそうに腕を組む。
「どういうことですか?」
ステラは思い至らなかったらしく、小首を傾げる。
そんな彼女に、ニルは短剣を指差して説明した。
「ステラ。親父さんは"この素材が重い"って言いたいんだよ」
「この短剣、重くても小さいから扱えるんだ。でもそれが鎧なら話が変わってくる。そんなもん身に着けてちゃ、まともに動けねぇぞ」
呆れたようなガルスの言葉に、マグナスが頷く。
「そうだ。だがゴールは、毎日毎晩、森を探索していた」
「……もしかして、ゴールさんってめちゃくちゃ強い?」
ようやく思い至った彼女の言葉に、マグナスはそういうことだとばかりに小さく笑いながら頷いている。
「マグナスさんに言われて気づいたが、言われると納得はある。『ゴールが居れば村が滅びなかったんじゃないか』なんて発想が出るのはおかしい。そもそも人一人の有無が、村一つの存続に関わると思うか?」
「だよな。だってそれって『ゴール一人で村の戦力に匹敵する』ってのとほぼ同じ意味だろ」
冷や汗を流す二人に、ステラが「でも、そんなことがあり得るんですか?」と問いかけた。実際、このような事を言われてもイメージができないのだろう。
彼女の言いたいことも、確かに分かる。ニルとガルスも、自分で導き出した答えではあるが、あまり納得している風ではない。
『……あり得ないと判断したいのですが、ニルたちの戦闘力の高さは知っています。この一件では、私には推測が不可能です』
クロードの言葉に続けるように、マグナスは「もう一つ付け加えとくとだな」と、言葉を続ける。
「鎧と短剣が同じ素材かもしれないという事は、ゴールの鎧も短剣と同等の強力な防具である可能性すらあるのではないか、とも思っていた。だから何かカラクリがあれば、ここで確かめておきたかったが……」
マグナスはばつが悪そうしているものの、同時に「まあ仕方ないか」という感じの雰囲気も滲んでいる。
「なんにしても、昔のこと過ぎて確かめようがない。ここで並べた話も、ほとんどがワシの推測だ」
『しかし、理屈は通っていました』
「だから、最初に言ったんだ。今から聞く情報を踏まえてもやるのか判断しろ、と」
たしかに、マグナスの言いたいことはよく分かった。
ニルもガルスもクロードも、まだ見ぬゴールの脅威度を密かに上方修正する中、で話を言い終えたマグナスは長く重たい溜息をつく。
「これ以上亡霊の話を聞きたいなら、とりあえずデウェのところに行ってみろ。冒険者連中に聞いても、入れ替わりが激しすぎておそらく何もわからん」
「デウェさんの所にか?」
なぜ彼女のところに? と疑問符を浮かべながらニルがマグナスに聞き返すと、マグナスは「そうだ」と言って頷き言葉を続ける。
「あいつは宿屋をやって長いし、あの宿屋は冒険者や旅商人がよく使っている。今のオルビアンでこれ以上の事を知りたければ、あいつに聞くのが一番だろう」
そしてマグナスは「まあ、キーラの婆さんに聞くのもありだが」と、少しだけおどけた。
「了解。デウェさんのところに行ってみるよ」
「ああ。……マグナスさん、助かったよ。ありがとう」
「おう。まあ、気を付けな」
ステラの冒険の了承を得るだけのつもりが、予想外の収穫になった。
四人はマグナスに感謝の言葉を告げて、デウェの宿屋に向かうのだった。




