第14話 亡霊騎士の噂
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日帰りの冒険から帰った四人は、太陽が頂点を通り過ぎた昼過ぎだった。
守衛のレアンに軽く挨拶をしながら門をくぐると、がやがやと活気に満ちた喧噪があたりを包んでいる。ふわりと肌を撫でる柔らかな風の感触が、“帰ってきたな”という実感をステラの中に湧かせた。
「腰が重くなる以外は、良い探索だったな?」
『肯定します。このような冒険も良い物ですね』
「腰が重たくなる」の部分を若干強調しているガルスを、ニルは「今晩奢るんだから文句は受け付けねぇぞ」といった感じで知らん顔を決め込んでいる。
「とりあえず、薬草をキーラさんのところに持って行くんだったよな? それで依頼は完了って感じか?」
「はい、それで正式に今回の依頼は完了です」
そんな様子のガルスをくすりと笑い、 ステラはニルの言葉に返事を返す。
「キーラさんってのは?」
『ステラの薬草学の師範です。私の事も最初から気付いていましたし、知識も深いようでした。高確率で“凄い人”と判定できます』
「へぇ、なるほどね。……美人なのか?」
そしてニルが相手をしてくれないと判断したらしいガルスは、クロードとやり取りをする事に決めたらしい。背中を向けたままなら丁度良いとばかりに、ニルの事など気にもせずに話をしている。
『美しい年の取り方をしていますね。若い頃は、ステラに匹敵する“かわいらしさ”であったと想定できます』
「了解、わかった」
クロードの言葉に興味を失ったらしいガルスの声音に、ようやくニルが振り向いた。その表情は、明らかにガルスの反応を面白がっている。
「なんだよ、詳しく聞かなくて良いのか?」
「理由が分からんが、何故か腰が重たくなっただけだよ。多分、誰かさんに持たされた短剣が、今更になって負担になってるんだろうな」
「まあ、そういう事にしといてやるよ。“重いから”な」
「ニル。そんな言い方しても、一杯はチャラにしないぞ?」
「しなくていいっての」
溜息をつきながらニルの隣にガルスが並ぶ。門を抜けた事で、横に広がっても良いだろうと判断したらしい。実際昼飯時だからか、人通りは少しだけ少ないように感じられた。
「でも、クロードさんの予想は当たってると思いますよ。お父さんが、キーラさんは昔は憧れのお姉さんだったって言ってましたもん」
「俺がステラちゃんの親父さんと同じ年なら、多分俺も同じ事言ってると思うよ」
そんなガルスにステラはフォローを入れる。しかしガルスはそういう事じゃないんだよと肩を竦めて、ニルが笑う。
「残念ながら、年が離れすぎてるってやつか」
「そういうことだ。いやぁ、実に残念だよ」
『ガルス。冗談なのは分かりますが、もう少し残念そうにするべきではないでしょうか? その声のトーンでは、本気に聞こえてしまいユーモアに欠けると思われます』
「おいガルス、先生から指導が入ったぞ?」
クロードの指摘が刺さり、ニルに追撃を食らう。
ガルスは「はいはい、俺が悪かったよ」と両手を軽く上げた。
「子どもかよ」
「年が離れてるからな」
「俺とは変わんねーだろ」
「クロードとも離れてる」
かなり無理のあるガルスの逃げ口上に、若干言い過ぎたかなと感じていたニルの気持ちが一気に呆れに傾いた。
「マジでガキみたいな言い訳で逃げるじゃんか」
『きっと頭の良いクソガキだったんでしょうね』
「クロードさん、もしかして怒ってますか?」
『いえ、怒ってなどいません。空気を読んでみました』
「クロード。その言葉は覚えない方が良いぞ? 使い方を間違えたら危険だ」
『記憶領域にはまだまだ余力があります。ユーモアの学習にリソースを裂くのは問題ありません』
「こっちもこっちで、そう言う意味じゃないんだがなぁ……」
若干一名を除く全員が、大なり小なり「何言ってんだこいつら」と感じながら、四人はオルビアンの町並みを歩く。
そんなやり取りをしているうちにニル達の今日の出発地である【ヒノキの止まり木】に通じる道を通り過ぎ、ガヤガヤとした喧騒の大通りを抜けていくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして先日より一人増えたパーティーは、キーラの店にやってきていた。
「こんにちは、キーラさん」
「ステラか。今日は特段遅かったね。昼ご飯でも食べて来ていたのかい?」
「ううん、まだ。今日はニルさんたちが居たから、廃村の中を探索してみたんだ」
ステラはキーラの言葉を軽く否定する廃村の中を探索した話をしながら、「とりあえず、大きめのグロフィラ草だよ」と言って今日の成果物を手渡した。そしてすぐさま、「それでね!」と嬉しそうに言葉を続けた。
「あの廃村の中にある廃屋を冒険したんだ! いつもは薬草採取してすぐ帰っちゃうから、今日は凄く新鮮で。色々あの村の中を回ってたら、新しいゴールの蜜まで見つけちゃって!」
ステラが嬉しそうに今日の“冒険”の話を口にする。そんなステラに、キーラは「そうかい」と微笑ましいものを見る様に小さく笑う。
「私は、もうあの村に使えるものなんか薬草ぐらいしか残ってないと思ってるんだが……何か見つけられたかい?」
「あったよ! ニルさんが見つけたんだ」
「ああ。持ってるのは俺のパーティーメンバーなんだが…… という訳で、キーラさん。こいつが俺のパーティーメンバーのガルス。多分俺より薬使う事が多いと思うから、よろしくしてくれると助かるよ」
ニルに紹介されたガルスは一歩前に出て「ガルスだ。キーラさん、よろしく」と頭を下げる。
「ほぅ…… そっちの赤髪の子も強かったが、あんたもなかなか強そうだ」
「お、わかる? 俺、ニルより強いんだよ」
「自称なら何とでも言えるだろ」
ガルスは褒められて気分が良いのか、大通りでのテンションの低さは殆どない。
「そんな事より! ガルスさん、キーラさんにも見つけた武器を見せましょうよ!」
「おいおい、俺の事はそんな事なのか?」
ステラに軽く扱われている事を「まあ良いけどよ」で流したガルスは、「これを見つけたんだ」とごとりと机の上に置いた。
「ステラもガルスの扱いが分かってきたな」
「ええ。ガルスさんならこれぐらいで……」
――ガルスがその短剣を机の上にごとりと置いた、その瞬間だった。
「……キーラさん?」
それまで穏やかな表情でステラの話を聞いていたキーラは、その場に縫い付けられたように動かなくなった。 彼女の視線は、錆びついた短剣に釘付けになっている。
「この形……いや、間違いない……」
掠れた声が漏れ、 キーラは信じられないものを見たかのように、震える指先で口元を覆った。彼女の瞳には驚愕と同時に、遠い昔の記憶が映し出されているようにも感じられる。
「ステラ。この短剣、どこで見つけたんだい? もしかして、廃村にある大きい建物じゃなかったか?」
「あ、はい。そうですね。大きい建物で見つけました」
『補足します。その建物は武器屋のようでした』
ステラの返事とクロードの言葉を聞いたキーラは「やっぱりそうかい」と、目を閉じながら溜息をついた。
「……知ってる武器なんですか?」
「知っていると聞かれると、まあ、知っているって事になるんだろうね」
『――由来を聞いても良いのでしょうか?』
明らかに、何かあるのだろう。
そんな雰囲気をひしひしと感じながら、ある意味で“空気を読んだ”クロードがキーラに切り込んだ。
キーラはクロード質問を聞いて呼吸を整える様に一度息を吐いて「まあ、今となっちゃ古い話さ」とポツリと語り始めた。
「この短剣は、ゴールって騎士が持っていた短剣さ」
「ゴール……?」
「確かそれって、ステラが集めてた蜜の名前じゃなかったか?」
「そう、『ゴールの蜜』の名前の由来になった騎士だよ」
ステラの疑問の声に乗っかたニルがそう聞くと、キーラは何とも言えない表情で頷いた。
「その騎士が、花の蜜を集めていたのか?」
「ああ。私がまだステラぐらいの年頃だった頃の話になるのかね。ゴールって騎士がこの店に来たんだ。不治の病に侵された主を救うんだって息巻いてね」
ガルスの問いに答えたキーラは、昔日に思いを馳せる様にゆっくりと目を瞑って少しの間を置く。
「ゴールは連日連夜、森に入って白い花の蜜を集めていた。その花には名前がなかったから、私が『ゴールの蜜』と呼ぶようになったんだよ」
「そうだったんですか……」
ステラも初めて聞いた話であったらしい。
独白の様にぽつりぽつりと呟かれるキーラの語りに驚いているようだった。
「ゴールが探していたのは【神の酒】という霊薬さ。あいつが言うような不治の病を治す……という霊薬じゃない。ただ、痛みを和らげて、体の調子を戻したように錯覚させる……まあ、凄く高級な麻薬みたいなもんさ」
「病は……治らないんですか?」
「ああ、治らない。本来の使い方は、どんな状況でも最高のパフォーマンスを発揮できる薬だからね。病が治らないまま使っても、ただ苦しまずに死ねる……その程度が関の山さ」
「……で、その騎士はどうなったんだ?」
暫く黙ってキーラの話を聞いていたガルスは、話の続きが気になるらしい。
少し急かすような声音で、キーラに話の続きを促している。
「武器の整備が間に合わなかったある日、何も待たずに森の奥に入っていってね。結局それっきり、戻っては来なかった」
「それは……」
――自ら死にに行ったようなものではないだろうか?
キーラの話を聞いていた四人の心中が一致する。しかしそれを誰かが意味のある言葉に変えるよりも早く、キーラの言葉が続いた。
「あんたらの言いたい事は分かるさ。当時の私もそう思ったよ。ただまあ……必死だったんだろうね。今となっちゃ、私はそう思うようになった」
「じゃあ、この短剣は……」
「多分、ゴールと仲の良かった鍛冶屋の親父が残していたんだろうね。あの場所にあったって聞いて、すぐにぴんと来たよ。もしかすると、あいつが戻ってくるのを信じてたのかもしれない」
「良い人だったんですね」
「だが、間が悪いやつだった」と言いながら、キーラが息を継ぐ。
「ゴールが村から出て行った後、あいつが拠点にしていた村が機械生命体に襲われてね。話自体はよくあるんだが、時期が悪かった。なんとなく『あいつが居てくれたら村は滅ばなかったんじゃないか』みたいな空気ができちまってね。ゴールのやつを探そうって事を、誰も言わなくなっちまったのさ」
「そんな事があったのか……」
『私には、そちらの方が馴染みがありますが……』
かける言葉がないとばかりに言葉を濁すニルと、納得に寄った声音のクロード。しかし二人とも言葉を最後まで続ける事ができず、言葉を濁す。
「今でも、たまに森で鎧姿の亡霊を見かけるって話はあるんだ。まあ、真相なんて誰も探さないが」
「……もしかして、それがゴールなのか?」
「正確なところは、何も分からないよ。ただまあ…… 私は、何となくそれがゴールなんじゃないか、なんて。今でも、少しだけ思っちまうんだよ。……考えれば、私も、年を取ったもんだね」
「キーラさん……」
キーラは内心の読み取れない複雑そうな顔で、喋りながら言葉を整理するようにゆっくりと語る。
おそらく、きっと。いや、たぶんと言った方が良いのだろうか。彼女とゴールには、色々あったのだろう。余人には計り知れない、色々が。
ガルスとステラは、踏み込んだ言葉をかけられないでいる。
「月並みな助言になるが、亡霊は生前の執着に引かれると聞く。今頃になって、お前さんたちがゴールの武器を見つけた事には、もしかしたら何か意味があるのかもしれないね……」
――キーラが語り終えたタイミングで、遠くで鐘の音が聞こえた。
商隊の馬車が出発する鐘の音。
昼の時間が終わった合図だった。
「まあ、昔話さ。昼飯でも食べてきな」
キーラは重たい雰囲気を振り払うように立ち上がり、店の奥へと消えていく。気難しい訳ではないキーラの背中に声をかけられるものは、誰もいなかった。
冒険者ギルドに併設されている食堂で飯を食おうと移動を開始した四人であったが、その雰囲気は少し前とは違っていた。
「……なんか、ただの昔話には聞こえなかったな」
キーラに話しかけた時こそ軽い感じのガルスであったが、話の途中からはキーラの話に聞き入っていたようであった。重たい重たいと文句を言っていた短剣を手に取って、興味深そうに眺めている。
――その横顔には、少なくとも重たいなんて不満は浮かんでいなかった。
『今でも森で見かける、鎧姿の亡霊ですか…… ステラは、そのような噂を聞いた事がないのでしょうか?』
「私は、全然…… 頻繁に森に入ってますけど、見かけた事もありませんし……」
「まあ、仮に噂になったなら冒険者の間での話じゃないかな」
『なるほど。ステラは冒険者ギルドには立ち寄っていないと発言していました』
「予想だがな」
クロードが確認し、ステラは記憶を掘り返そうとしているようだが、たぶんと言った感じの声音で出た言葉は否定を紡ぐ。そんなステラに対してニルが代わりに答えると、クロードは納得の様子を見せた。
「……ガルス、クロード」
「おう?」
『何でしょうか?』
「頭金を作ってカイサリアの自由市に行こうって話してただろ? 金稼ぐのはこの辺で一旦終わりにして、この話を追いかけてみないか?」
考えを整理する様に少しだけ黙って歩いていたニルは、真剣な表情でガルスにそう言った。ガルスはそんなニルに応える様に、にやりと獰猛な笑みを浮かべる。
「当然OKだ。俺もその提案をしようと思ってた」
『私も賛成します。この話、少し気になります』
「よし、決まりだな」
ニルが提案し、ガルスとクロードが同意する。
三人で頷き合って拳を合わせようとしたその時に、「あのっ!」と彼らの横から声がかかった。
声の主は、一人しかいない――ステラである。
「私も、パーティーに入れてくれませんかっ!?」
「……ステラちゃん、今回は結構危ないと思うぞ?」
「だな。親父さんが許してくれるかもわからんし。というか、わざわざ危なそうな話に首を突っ込む理由はあるのか?」
ニルとガルスは、否定的だ。
その通りではある言葉。ステラは反論の言葉を並べようとするが、援護は意外なところから飛んでくる。
『――私は、ステラの加入に賛成します』
「クロード。一応確認しとくけど、冗談じゃないんだよな?」
真剣な声音のニルの問いに、クロードは『冗談ではありません』と肯定する。
『騎士ゴールが探していたのは、森にある「ゴールの蜜」だ、とキーラは発言していました。そしてステラは廃村で「ゴールの蜜の位置を知っている」と発言しています』
間を置く。
『つまり、現状でもっともゴールという人物に近いのは、ステラであると仮定が可能です。協力を申し出てくれているのであれば、受けるべきだと判断します』
「そう言われると……」
「そんな気はするが……」
『――それに、まずはステラの理由を聞くべきです』
クロードにそう言われた二対の真剣な目が、ステラを捉える。そんな二人に、彼女は迷いを振り払うように大きく息を吸い込み、答えた。
「――私は、ゴールさんに【神の酒】を渡してあげたいんです。だって、そんな最後……悲しいじゃないですか」
ステラの言葉に、ニルとガルスはぽかんと口を開けた。
そして自分たちが作り出した沈黙を破る様に、二人は笑った。
快活に。納得と共に。
――それはそうだと、理屈ではなく心が同意していた。
「ステラ」
「はい?」
「パーティー再結成だ。今度は、リーダーじゃないけどな」
「お前がリーダーって訳でもないがな」
『今、そこは重要ではないと考えます』
ニルとガルスが、ステラに向かって拳を差し出す。
ステラは元気よく、二人に拳を突き合わせた。
『私も、拳を……は無理ですが、一緒に頑張りましょう』
「クロードさんも、よろしくお願いします!」
四人は笑い合い、新たな冒険へと歩き出すのだった。




