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第13話 廃村探索:後編

 そうして、比較的綺麗な廃屋に三人はやってきた。

 先頭を歩くのは勿論ステラだ。


「では、開けますね?」

「了解、後ろで見とくよ」

「……なんか、俺たちがそれを言うと悪い事してるような気がするよな」

「おいやめろ。そう思えてきたじゃん」

『ステラ。少なくとも扉の向こうには生体反応は検知していません』


 やいのやいのと言いながらもステラの様子を見守る三人に、ステラは「わかりました」と頷きドアに手をかけた。


 ――すると、すっかり朽ちていた扉がその役目を完全に終えた。


 どうやら家の中にも浸水は及んでいるらしく、薄く張った水面に向かった扉が、ばしゃりと音を立てて倒れ込んだ。真新しい木くずと成った残骸が、自らの作り出す波紋に揺られてゆらりゆらりと揺らめいている。


「見事に朽ちてたな」

「まあ、当然と言えば当然ですよね」


 玄関から覗く内装も、やはりと言うか朽ちていた。

 誰も触れていないから形を保っている、というのが正直な所だろう。

 遮る物の無くなった窓からは日の光が差し込み、苔に浸食された台所に人の痕跡は見られない。木製の家具の尽くは緑に覆われて、バランスを崩して倒れているものも少なくない。


「っと……こっちは寝室か」

「こっちは簡単な倉庫か? 崩れててよく分からんな」


 ニルとガルスは部屋の中を軽く見渡すも、どこもかしこも同様だ。

 苔色の絨毯となったベッドに、枠ごと落ちた壊れた窓。崩れた屋根からは舞い上がった埃で作られた光のカーテンが下ろされて、重なった瓦礫にもたれかかった屋根梁を緑の蔦が這い上がっている。


「こっちは通れそうにないですね。完全に塞がってます」


 屋根に植物の種でも落ちたのだろうか。

 屋根を突き破った巨木の根が、朽ちた扉を取り込みながら成長している。ステラが扉を開けられないか試してみているものの、びくともしない様子である。


「流石にその状態じゃあ開かないか。壊すか?」

『部屋の奥を高負荷処理で探ってみましたが、魔力反応はありません』

「どうする、リーダー」

「やめておきましょう。光が入ってないからか、薬草もなさそうです」


 収穫は無し。

 薬草の一つでもあればクロードから質問が飛んだかもしれないが、廃屋の中にあったのは苔ばかりだ。

 特に何をするでもなく一つ目の廃屋から出た四人は、顔を見合わせる。


「なんか、凄く冒険してる感じがします」

「してる感があるんじゃなくて、冒険中だぞ?」

『肯定します。この行為は冒険と定義して問題ないと思います』

「次はあっちを見てみましょうよ!」


 そんな風に先を行くステラを先頭に幾つかの廃屋を確認しながら、四人は村の探索を勧めていく。しかし、意外――ではないのかもしれないが――探索結果は芳しくない。


「ふーむ…… 意外と何もない物なんですね」

「まあ、使えるものって基本的に持っていくしなぁ」

「つっても、折角だし何か見つけたい感はあるって」


 少し気落ちしているステラに、ニルは「まあこんなもんさ」と言わんばかりである。ガルスもそんなニルに同意しているが、口ぶり的には二人とも何か見つけたいと思っている事がうかがえる。


『――あの廃屋の探索を行うのはどうでしょうか?』


 そんな三人に、クロードは少しの間を置いて方向性の提示を行う。


『広域スキャンを実行しました。この廃村の中にある廃屋の中で、もっとも大きいと判断できます。何かある可能性は高いかと』

「でもなんだ、スキャンしたならクロードにはネタバレしてるんじゃないか?」

『いえ。広域スキャンでは、簡易的な把握しかできません。建物の中は、形状も含め未確認です』

「おぉ……なら、そこに行きましょう」


 クロードが示したその先には、そこそこの大きさの廃墟がこれと言った損傷のないまま佇んでいる。仮になにも無かったとしても、この冒険に一区切りをつける目的は果たしてくれるだろう。


「本命ってやつですね!」

「だな。区切りとしてはちょうど良いだろ」

「終わったら休憩入れるか」

『ガルスの提案の採用を推奨します。パフォーマンスの低下を防止するため、その選択は良いと思います』

「お、分かってるね」

「ま、この後の話な? とりあえず調べてみようぜ」


 軽口を叩きながら、四人は大きな廃屋に足を踏み入れる。

 先頭は勿論、このパーティーのリーダーであるステラだ。彼女の背中に、ニルとガルスが続く。


「なんかありそうな気がするな。勘だけど」

「お前の勘、あてにならねーからな。黙っててくれてた方が嬉しかったぜ」

『実際のところ、ニルの直感の的中率はどの程度なのでしょうか?』

「そうですね、たしかにそれ、私も気になります」

「聞かれてるぜ、ニル」


 クロードとステラの問いかけに、ガルスがニルを揶揄う。そしてニルは「あー……」と、多少ばつが悪そうに頭をかいて苦笑した。


「真面目に言えば、場合による。俺の勘って、ぶっちゃけ経験則だからな」

『それは、どういう事でしょうか?』

「例えばだな? この空間を見てくれよ」


 そういい、ニルは部屋の中で立ち止まる。


 ――そうしてステラは、言われるままに改めて部屋の中を見渡す。


 蔦と苔の這い上がった緑色の石の壁。

 頑丈そうな外壁ながらも湧き水による隆起と沈下によってか壁は傾き、高い天井が僅かに落ちる様に圧迫感を増している。おそして廃屋が傾いている所為なのか、外壁の一部も崩れていた。

 そして崩れた外壁に絡み付くように蔦が入り込み、緑の彩りを加えると共に、自然による浸食が家の中にまで深く及んでいる事を見る者に伝えている。


「……どう思った?」


 水面は、静かに四人の姿を映している。

 少しの間を置いて、ニルはステラにそう聞いた。


「大きいですね。それと床に水が張ってて、壁が崩れています」

『私の意見を付け足すなら、床にある水の所為で地面方向へ向かってのスキャンができません』


 ステラとクロードの言葉に、ニルは「そうそう、そんな感じだわな」と満足げに頷く


「つまり、大きい建物って事は、金をかけられる余裕があったって考えられる」

「なるほど、確かにそう言われるとそんな気もします」

「んで、これは傾向としてなんだが。こういうデカイ建物には動かしにくい財産を隠しておく場所がある」


 木々の葉を揺らしていた風の音もいつの間にか静まって、ぱしゃりぱしゃりと水を踏む音と声が静かに響く。日の当たらぬ室内は薄暗く、しかし水が流れているお蔭か、かび臭さは感じられない。

 うっすらと茂った深緑の水苔たちの逞しさと、音の無い湧き水の涼しさが火照った肌に心地良い。


「んで、動かしにくい財産ってのは大体は魔法合金とかの貴金属だ。専用の隠し部屋に隠されてる事が多いが、こんな感じで廃村になったら回収できてなかったりすることもある」

「ふむふむ……なるほど?」


 つまりどういう事だ? と首を傾げるステラに、ニルは満足そうに言葉を続けた。


「補足しよう! この廃村の様子はどうだった?」

「えっと……機械生命体アーティファクト・クリーチャーの残骸がありましたね」

「もうちょっと言えば、荒らされていない残骸だ。つまりこの村は機械生命体アーティファクト・クリーチャーに襲撃を受けて、逃げてそれっきりに見えた。ここまでは良いか?」


 ニルの言葉に、ステラがこくりと頷く。 


「んで、残骸が荒らされていない、てことは村に縁があるやつは戻って来ても居ない可能性があるってことだ。さっき幾つか調べた廃屋も、持って行けるだろう小物も残ってたしな」

「まあ、使えるものはなかったけどな」


 ニルの説明に、ガルスが苦笑しながら補足を入れる。


『つまり現状を総合的に判断し、何かが残されている可能性が高いと判断したわけですか』

「だな。だからまあ、カッコつけて言えば、“勘”って言葉に収まる」

「こいつはよく外すがな」

「絶対当たるなら、勘じゃなくて予知だろ」


 「人が気持ちよく話してるんだから空気読みやがれ」とニルが言い、「外すって言っとかないと、お前がスゲー奴みたいになるじゃん」とガルスが笑う。


「まあ、俺は何かあるって思ってるって話だよ」

「だな。というか、こいつの言葉はあんまり深く考えなくて良いぜ」

「うるせーよ」


 ニルとガルスは軽口を叩きながら、「とりあえず探してみようぜ」と廃屋の奥へと足を踏み入れる。


 火照った体から流れる汗が引っ込む絶妙な気温の部屋の中を、四人は見落としが無いように注意深く観察する。


 ――まず目に入ったのは、左右にある無数の棚。


 苔に覆われた幾つかのそれの足元には、苔まみれの武具が転がっている。流石に古すぎるからだろうが、めぼしいものは見当たらない。


「武器屋っぽいですね」

「そんな雰囲気だな」


 ――カウンターの脇を抜けて奥へと足を向ければ、そこは簡素な倉庫のようだった。


 置かれている物は一つも使い物にならないものの、表に並んでいる物よりは幾らかまし。鞘ごと朽ちた剣に、柄が腐って穂先だけが地面に転がる槍の残骸。湿気にやられた鎧は留め具が朽ちてバラバラになっており、半分ほどが水に浸かっている盾は苔に覆われ使い物にならない。


『スキャンを行いましたが、使えそうな物はなさそうです』

「まあ、見るからにって感じだしな。次の部屋に行こうぜ」


 ――そうして四人は、武器の残骸が武器庫を抜けたさらに奥へ。


「ここが一番奥か?」

『その可能性は高いかと。ガルス、念のためにあなたのマッピングと私のスキャンデータの照合を行いますか?』

「いや、今回はそこまでしなくても良いだろ」

『了解しました』


 ――辿り着いたその場所は、金床や炉が備え付けられた広い部屋となっていた。


 作りかけたまま放置されたのであろう武具の他には、外に通じる裏口らしき物が見えている。

 しかし、そこから先には何もない。裏口は生い茂った蔦によって大部分が塞がれている。家の基礎分だけが僅かに地面より高い家だからか、地面に沿って静かに水が流れ落ち、村中に薄く張っている水へと合流を果たしているように見える。


「作業場っぽいな」

「使えそうな物はありますか?」

「パッと見た感じは無さそうに見える」

『肯定します。おそらく、この空間は先ほどの空間と大きく変化は無いかと』


 部屋の中は見たままに、長年放置されていた廃村の一室でしかなかった。

 使えそうな物どころか、持って帰ろうと思う物も見当たらない。


「すまんが、ちょっと時間をくれ。俺の直感は何かあると言ってる」

「お? 本職の出番という事ですか?」

「そういう事だ。ま、見ててくれ」


 クロードは『高負荷処理のスキャンを実施しましょうか?』と問いかけるが、ニルは「冒険者の探索を見せてやるから任せとけって」と笑う。


 ――確かに、一見すると何もない。


 それでもニルには、ここに何かがあるような気がした。

 直感だ。しかしこの場所には何かあるに違いないという前提の元に予想を立てた以上、ニルは己の直感を信じて注意深く辺りを調べる事にした。


 ――壁に天井、そして水の張った床。


 クロードのスキャンが及んでいない地面が怪しいと考えながら、ニルは見落としが無いよう部屋の中をくまなく探す。しかし本命の床には水が張って見難くなっており、確認の手が遅々として進まない。


「……泥が舞っているせいで、探し難くそうですね」


 何気なしにだろう。

 ニルの様子を見ていたステラの言葉に、彼はすぐさま見落としに気が付いた。


「泥と湧き水……ステラ、ナイスだ」


 そしてニルは、思いついた予想のままに足を動かした。

 その行動に、水底に積もっていた泥が舞う。


「え、そんな事したら余計に床が見えなくなりますよ?」

「いや、これで良い。ステラに言われるまで気づかなかったが、気付いたら当たり前の事だった。水ってのは何処にでも湧いてくるような物じゃない。普通は井戸を掘ったりして、《《湧かせる》》物だ」


 そんな当たり前の事実を、村中が水浸しであるという光景を前に、すっかり失念してしまっていた。


「……? 確かにそうですけど、それがどうしたんですか?」


「この建物にはそれなりの高さの基礎があった。つまり、村の地面より結構高い位置にあったって事だ。なのに建物の中には水が張ってるし、外に向かって水も溢れている。という事は、この建物の床のどこかから、水が湧いてるって事になる筈。つまり――」


 その先は分かるよな? とニルはステラに視線をやる。


「――床下のどこかに穴があって、そこから水が湧いている?」

「その可能性が高いと思うって話だ」


 ばしゃばしゃと水を濁らせながら進むニルは、解いた疑問の答え合わせを行うように足元に視線を落とす。


「――大当たりだ」


 そうしてしばらく水を濁らせながら作業場の中を歩いていたニルであったが、ある一点で足を止めた。そこには泥で濁った水と泥が、舞い上がりながらも同じ方向に向かって流れている。


 ――そこに、水が流れ出してる穴がある。


「……おおおおぉぉ! ……ニルさん、今、凄い冒険者っぽいですよ!」

「おいおい。言われてるぜ?」

「イチイチ訂正しなくても良くね? 実際冒険者だし」

『流石ですね、ニル』


 笑みを浮かべたニルは腕捲りをして視界不良となった水に手を突っ込むと、手探りで床石の縁を探り始める。


 少しばかりそうしていると、ニルの笑みが深まった。

 場所を確認しながら長剣の鞘を突き込むと「ふっ」という掛け声と共に力を籠めれて床石をずらす。

 すると舞い上がった泥で濁っていた水がぶわりと勢い良く拡がった。どうやら、床石という蓋を失った事で水量が増えたらしい。滾々と溢れる澄んだ水が濁った水を押し流し、隠されていた床石の下を徐々に徐々にと晒していく。


 いよいよ舞い上がった泥水が流れ出し、残ったのは湧いたばかりの澄んだ水。


 透明度の高い水を汚さないように足元に気を配りながら、ニルとステラはゆっくりと床石の下を覗き込んだ。


「お……?」


 剥ぎ取った床石の下には、布にくるまれた何かが沈んでいた。

 当然の権利としてニルはそれを拾い上げ、水に濡れた布を取り払う。


「同じ意匠の短剣が二本……双短剣ですか?」

「そうなんだろうとは思うが、ちょっと変わってるな」


 そうして取り払った布の下から現れたのは、二刀一対の双剣であった。


 それは、刃というよりも獣の爪のようであった。

 溶けた鋼を、獣の爪の形に削り出したような、分厚く歪な形の刀身。大型の短剣と言える長さの刃には、罅が入ったようにも見える深い溝が無数に走っている。

 その材質は鋼――ではないだろう。鈍い鉛色をした双剣は、大きさや分厚さの割には不自然な程にずっしりと重たい。

 見た目は若干黒ずんでいるだけの鉄に見えるが、手に持つ武器としての感触は、ニルが知るどのような素材とも違うように感じられた。


「このサイズの短剣にしちゃ、えらく重い。双短剣だけど、これを片手で自由に振れるのかは怪しいな」


 双剣らしく両手で持って構えてみると、双剣は随分重かった。

 その所為か体は自然と前傾姿勢のようになり、剣を持つ腕にも力が籠る。自然と膨らむ筋肉が、余計に獣らしさに拍車をかけた。


 ――澄み始めた水面に移った己の姿に、ニルは、巨大な爪を構えた肉食獣が、前傾姿勢で飛び掛かろうとしている姿を幻視した。


 今更ながらに呪われているのではないかと思い、ニルは少し考えて双剣を手放した。


「何やってんだ、お前」


 ニルが双短剣を手放した事でそれが水に落ち、跳ねた水が足元を濡らす。その様子をみたガルスが呆れたようにニルを見ている。


「いや、呪われてるのかと思うぐらい重かったからさ」

「初対面なのに惚れられたのか?」

『少なくとも、何かしらのエネルギーは感知できません』


 何言ってんだこいつ、という表情を浮かべるガルスに、「いや、マジで重いんだって」と、ニルは水の中から拾い上げた短剣の一本をガルスに渡す。


「振り回せるとは思うが…… 確かに重いな」

「でもまあ、呪われている事はないと思いますよ? 水源に呪物が置かれていたら、この辺一帯がもっと淀んでると思いますし」


 ニルとガルスのやり取りに、ステラは奇麗な水質でなければ育たない水草が育っている、と言ってそのやり取りを否定する。


「……言われてみれば、確かにそうだったか」


 やはり、知恵を出すなら人数が多い方が良いのだろう。

 すっと腹に落ちたステラの言葉に、ニルとガルスはなるほどと顔を見合わせ頷いた。


「しかし重いですね、これ。持ちあがらないんですけど。ニルさんもガルスさんも、力が強いんですね」

『ステラの言葉を肯定します。特にガルスのパワーは異常であると判断しています』

「おいクロード、異常は言い過ぎじゃない?」

「いや、お前の馬鹿力は実際やばいだろ。……という訳で、持って帰るのはお前の役目ってことで」


 ステラが奮闘している残った一本を拾い上げたニルは、そちらの短剣もガルスに押し付けるように渡した。


「えー、重いんだが」

「お前が重いって感じるって事は、俺はもっと重いって思うからな?」

「へいへい、なら俺が持って帰るって事で良いよ」

「すまんな、埋め合わせは後でするよ」

「晩飯で一杯奢りな?」

「了解」


 ぐるりと周囲を見渡せば、太陽は真上に近くなっていた。

 今から帰路に付けば、昼過ぎには町に帰れるだろうという、丁度良い時間である。


「んじゃ、これで探索は切り上げって事でも良いよな?」

「はい、大丈夫ですよ! あ、でも最後に裏側を見ませんか?」

「構わないけど、なんか理由があるのか?」


 さて帰るか、と確認のつもりで声をかけたニルであったが。ステラはそれを肯定しつつ裏側を見ようと提案した。別に急いでいる訳でも無し、構わないと同意しつつも理由が気になった。


「実はニルさんが部屋の中を探索してる時に、裏口の先にゴールの花を見つけたんです。こんな所にあるなんて、知らなかったので状態を見ておきたいんですよ」

「なるほど。そういう事なら了解だ」


 ステラの話を聞き、今度こそ四人は部屋の外へ向かう。四人が向かった先の裏口の奥では、彼女が見つけた白い花が、何も言わずに静かに咲いていた


 ――これが、ステラの小さな冒険の終わり。


 そしてやがて関わる事になる、とある出来事の始まりでもあるとは、この時は誰も気づいていなかった。




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