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第10話 オルビアンの人々:前編

 そうしてステラに案内されたのは、大通りから逸れた場所にあるこじんまりとした家だった。


 石造りの壁に小さな煙突。

 立派な扉の傍には布が掛けられた荷車が止まり、小さなガラスが嵌められた窓の傍にある小さな畝には薬草として用いられる草花が生えている。

 立ち並ぶ他の家よりは一回り立派であるその家は、一軒家と言い張ればそう見えなくもないが、田舎の工房と呼ぶのが一番しっくりと来る雰囲気の家であった。


「お父さん、帰ったよ!」

「おお、お帰り。カイサリア行きの商隊が出発する鐘までに帰らないなんて、今日は遅かったんじゃないか?」


 扉を潜った先にある内装は、ニルにも馴染みのある小さな工房のそれであった。

 壁に掛けられた武器、ガラス瓶に入った幾つかのポーション。最近性能の向上が著しいと噂の銃や、それに付随する弾や部品(パーツ)

 そして何より目を引くのは、使い道の分からないアーティファクトが店主の――ステラに父と呼ばれた男の背後の棚に、ピカピカに磨かれ並んでいる事。


「ちょっとだけ待ってくれ、少し手が離せなくてな」


 ステラに呼ばれた件の彼は、一見しただけでは何をしているのかさっぱり分からない鋼の道具を組み上げている。


 広がっている部品は細かく、描かれた模様は複雑だ。

 十中八九は魔法的な仕掛けも施されているであろう部品がみるみると言う間に組み上がり、立体的で複雑な凹凸へと成っていく。組み込んだギヤを細い針で回したと思えば、小器用に別方向へと伸びたギヤを組み合わせる。


 ――アーティファクト職人だ。それも、かなり熟練の。


 このような小さな店を構えている事にこそ驚いてしまう技量を惜しげも無く見せる男に驚くニルに気付いているのかいないのか。

 ぱちりと小気味良い音が鳴るのを区切りに、男は深く息を吐いて顔を上げた。


「すまん、どうしてもキリが悪くてな」


 と。

 そんな事を言いながら顔を上げた男の声は、徐々に小さくなっていった。彼の視線は色々と汚れたステラの恰好と、その後ろに立つニルの間を往復している。幾らなんでも、この組み合わせは怪しすぎた。


「……ステラ。お前さん随分な恰好になっとるが、何があった?」


 そうして僅かな間を置いて、男はそう訊ねていた。


「実は森で機械生命体アーティファクト・クリーチャーに襲われたの。で、この人が助けてくれたんだ。冒険家のニルヴァードさんと、その相棒のクロードさん。宿を紹介して欲しいって言われたんだ」

「……ふむ。……そうか」


 じ、っと。

 ステラの説明のお陰か一旦ニルから視線を切った店主は、蒼玉(サファイア)の瞳を彼女に向けた。


 ステラが気まずげなのは夜の月に照らされたような、深い海のように落ち着いた色合いの瞳を向けられたから――だけではないだろう。

 彼女はばつが悪そうな雰囲気を出しながらも目を逸らさず、しっかりと父に向き合っている。


「……」

「…………ふ」


 しかし、それも長くは続かなかった。

 不意に表情を崩したステラの父は、ごつごつとした手を彼女の黒髪に伸ばす。


「助かったならワシから言う事はない。ま、次からはもう少し周りを見る事だな!」


 ワシワシと頭を乱暴に撫で、ステラがくがくと頭を揺らされながら頷いた。


「うん、ごめんなさい」

「生きてるならそれで良い。巡り合せってのはあるもんだからな。……お前さんたちも、ありがとよ。あんたらのお陰で運が悪いで済んだみたいだ」


「ほら、さっさと着替えて温まって来な」とステラの頭から手を放した彼は、改めてニルに頭を下げた。

 ステラも「すぐに着替えて飲み物を持ってきますね」と頭を下げるが、ニルは「気を使わなくていいよ」とひらひらと手を振って見送ってから、彼の言葉に答える。


「助けたのは本当に偶然だよ。巡り合わせが良かった。感謝ならこいつにしてやってくれ」


 ニルはステラの父親に頭を下げられたが、俺の事は気にしてくれるなといった感じでクロードの柄を叩いてその存在を示す。


「ふむ? そっちがクロードさんって人か?」

『――人ではありません。AIです。それと、さん付けも不要ですよ』

「AI? 剣に入ってるのは初めて見たな。まあ人種は何でも良いんだが、娘が世話になった。ありがとよ」


 クロードの自己紹介を聞いて、ステラの父親は改めてクロードに頭を下げた。


『――何度経験しても、慣れません』

「うん? なにがだ?」

「ああ、人扱いされる事さ。クロードはそれに慣れてなくてね」


 数瞬の間を置いて呟かれたクロードの言葉に、ステラの父親は首を傾げた。

 人が居る町に来てから何度となく繰り返したそのやり取りに、ニルは軽く笑いながらテンプレートになりつつある言葉を返す。


「クロードは、かなり昔のAIなんだ。人扱いされるのに慣れてない」

「そうなのか? 珍しいな…… どれぐらい古いのか、少し気になるな。クロードは、年を聞いても怒らない人か?」

『ええ。大破壊前後に産まれたと推測しています』

「ははぁ……長命種の半分ぐらい年齢か。それは確かに、ワシらとは常識が違いそうだな。失われている機械技術の知識にも強いんじゃないか?」


 クロードのその言葉に、ステラの父親は興味が湧いたぞとばかりに目を輝かせている。


『その通りなのですが……どうやら専門用語が失われているようで、説明が困難である事が多いのです。申し訳ありません』

「そうなのか……いやまあ、変な事を聞いたな。忘れてくれ」

『こちらもです。それと提案なのですが、普段通りにしてくれるのが助かります』

「だな。少なくとも俺は、堅苦しいのが苦手だよ」


 クロードの言葉に乗っかる様に続けたニルの言葉に、彼はニヤリと笑って頷いた。


「おう、そう言ってくれると助かる。実は俺も苦手だ」


 とにかく立ったままも何だし座ってくれ、と。

 男に促されるままにニルは椅子に腰かける。


「自己紹介が遅れたが、ワシはマグナス。あの子の父親で、アーティファクト職人をやっとる。さて……宿屋を紹介して欲しいんだったか。不躾でも単刀直入で構わん、どんな希望があるんだ?」


 何でも来いと背を正し、マグナスはニルに向かい合う。

 そんな真摯な彼に対し、しかしニルはばつが悪そうに頬を掻く。


「構えて貰ったとこを悪いんだが……正直な話、拘りは無くてね。ステラちゃんの手前、ああ言っただけなんだ。敢えて希望を言うなら、朝早くに飯を出してくれるとか、ある程度部屋を開けていても宿を取ったままにできるとか、それぐらいかな」

『もう一人仲間がいるので、2部屋取れる宿が理想です』


 実際のところ、ニルの希望は特になかった。

 一言で言えば、一般的に冒険者や商人が使うような宿屋であれば良いという話である。まあ寝る場所に拘るような人間が冒険者などやっている訳もないので、当然と言えば当然ではあるのだが。


「そうなのか…… ふむ……」


 要するに、気を遣わなくて良い、とニルは言っている訳だ。

 しかしマグナスとしては、どう言われようとも娘の恩人の頼みである。どうでも良いと言われたからと、はいそうですか、では気が引けた。


「……お前さん、暫くはこの町で活動するつもりはあるんだよな?」

「まあ遠出する事はあるだろうけど、基本的にそのつもりだよ」

「なら、大通り裏の【ヒノキの止まり木】って宿屋がお勧めだ。あそこなら冒険者ギルドに近いし、朝早くでも飯を出してくれるからな。冒険者にお勧めだ」


 ついでに言えば、飯も美味いし女将の人柄も良い。

 行商人などの商隊が使う事も多い宿なので、時期によっては空いているかが微妙だが、この時期なら確実に宿は取れるだろうとマグナスは判断していた。


「案内はステラにさせるから、ちょっとだけ待ってくれんかね」

「いや、そこまでしてもらうのは悪いよ」

『そうですね。場所さえ教えてもらえれば、迷う事はありません』


 ――そしてそんなマグナスの目から見ると、ニルは遠慮しているように見えた。


 マグナスとしても、何でもござれと言った手前ではあるのだが、実際にあれもこれもと強請られるのは鬱陶しいので、その姿勢自体は非常に助かった。

 しかしだからと言って、変に遠慮されるのも、それはそれで面白くない。むしろ目に入れても痛くない娘の案内を付けるとまで言ったのだから、そこは男なら歓喜の一つでも言って小躍りすれば良いのに、なんて感情が芽生えるのも事実なのだ。


「いやいや、あの子にも何かさせてやってくれ。なに、すぐに戻るさ。あんたらには手間は取らせん。なんなら、明日の薬草採取の依頼も出したいぐらいだ」


 ――人間なんて、勝手なものである。それが年頃の娘を持つ父親となれば、面倒さも一入だった。


 褒めればなんだこいつはと邪険にするし、褒めなければ見る目がないと感じてしまう。つまり端的に言えば、マグナスとはそういう男であるという話である。




  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 ステラに案内されたニルとクロードは、大通りの裏に面している宿屋にやって来ていた。


 ドアの上には看板がかかり達筆な字で『ヒノキの止まり木』と書かれている。


 扉を開けると同時にちりんちりんと来客を告げる鈴が鳴れば、カウンターに座っていた女性がこちらを向く。


「おや、ステラじゃないか。昼から男連れとは珍しいね?」

「デウェさん! 誤解を与えそうな言い方はやめて下さいって!」

「ははっ、最近は面白い話題がないもんでね。すまなかったよ。それで、そっちの背の高い彼は一体誰だい?」


 謝罪の言葉とは裏腹に気にしている素振りは微塵も無い。デウェと呼ばれた女性は、馴れ馴れしさよりも気安さから来ているであろう調子でステラを揶揄っているようだった。

 そんな彼女の視線を受けて、ニルは軽く笑って言葉を返した。


「冒険者のニルヴァード。ニルで通してるからそう呼んでくれ」

『AIのクロードと言います』


 ニルだけだと思ってそう言った彼女は「おや、二人だったのかい。すまなかったね」と小さく頭を下げる。


「ここで女将をやってるデウェだよ」

「ステラの親父さんにここを勧められたんだ。2部屋借りられるか?」

「空いてるよ。隣が良かったりするのかい?」

「いや、それはどこでも良いんだが…… 早朝の飯も頼めるって聞いてるんだが、それは大丈夫かな?」

「前日に言ってくれたらね。当日じゃ材料次第だから、出せないかもしれないよ」

「おお、ありがたい」


 ちょっと待ちなよ、と言い残してデウェは奥へと引っ込むと、ややあって鍵を片手に戻ってくる。


「四つ空いてるが、希望はあるかい?」

「隣が静かな方が良いが、そういう部屋はあるかね?」

「なら108号室が角部屋だよ。もう1部屋はどこにする?」

「……クロード、頼んだ。お前が選んだなら、ガルスも文句は言わんだろ」

『食堂に近い部屋はどうでしょうか? ガルスは酒好きで、ニルに比べると遅くまで飲んでいる事があります。食堂に近い方が良いのではないかと推測しますが』


 クロードはニルに話題を振られるも、すぐさまガルスの好みそうな部屋を選定した。


「なら101号室かね。誤差みたいな距離だけど、構わないんだろう?」

『肯定します。おそらく問題ありません』

「そうかい? まあ部屋割りの文句は、空きがあるうちしか受け付けてないからね」

「了解だ。で、料金は幾らなんだ?」

「ステラの良い人だ、一日ぐらいはタダで良いさ」


 ニルはカウンターに広げられた四つ鍵の中から二つを選んでそう聞くと、デウェの返事はそれだった。

 一瞬驚き固まるニルに、デウェは笑って言葉を続ける。


「マグナスん所じゃ何も出来やしないだろ?」

「いや、そういうつもりじゃないんだが……」

『――ニル、…… それ以上は、……』


 ニルは、その言葉に後ろを向く事が出来なかった。

 クロードはデウェの言葉に黙ってしまう。

 ステラがどんな顔をしているのか、振り向いて確認できないニルの様子を面白そうに笑うデウェは、「ちょいとしつこかったね、悪かったよ」と豪快に笑う。


「お前さんも、冗談さね。ホント言えば、赤い髪で大剣背負った兄ちゃんがステラの命の恩人って話を聞いてただけさ。だからこれは、私からの気持ちばかりのサービスだと思ってくれて良いよ」


 流石に悪いと思ったのか――既に遅きに失した感もあるが――デウェはカラカラと笑ってネタばらしをする。


「最初からそう言ってくれよ。ありがたいが、ほんとに良いのか?」

「丁寧に説明して良いと言ってるだろうに。まったく、いい男なら好意は素直に、感謝で受け取るもんだよ?」

『ニル、デウェの主張は正しいと判断します』


 デウェはやれやれと大げさに肩を落とす。


「……悪かった、素直に好意に甘えさせてもらうよ」

「ははっ、最初っからそう言えばいいのさ」


 そうしてニルは感謝の言葉と共に、今度こそ鍵を選ぶのだった。










後半は10分後に投稿です。

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