ほのぼの散策にて
森を抜けて辿り着いたのは、山間に広がる中規模の交易都市だった。狩人や職人、旅の商人が行き交い、活気が満ちている。シズクとミナは依頼を順調に終えたことで、珍しく心に余裕があった。
「まずは宿を取るか」
「うん」
ギルドを通じて紹介してもらった宿は、清潔で食事も評判の店だった。荷物を置き、汗を拭った後、二人は街へ繰り出した。
通りには露店が立ち並び、香辛料の香りや焼き串の匂いが漂う。旅人や子どもたちの笑い声に混じり、楽師が笛を奏でていた。
「こうして歩くのも、たまには悪くないな」
「……依頼の時と違って、静かでいい」
ミナがほんの少し柔らかい表情を見せる。その様子にシズクも自然と笑みを浮かべた。
露店の一角に、色鮮やかな果物が並んでいた。赤紫の小粒の実はカシスを思わせ、艶やかな赤い実はイチゴにそっくりだ。さらに琥珀色の果実まで並んでいる。
「……お、これは」
シズクは思わず足を止め、果物を手に取った。甘酸っぱい香りが漂い、どこか懐かしい気持ちになる。
「シズク、気になる?」
「ああ。これ、酒に合わせられそうだ」
売り子の女性に話を聞くと、これらはこの地方でしか採れない特産で、主にそのまま食べるか菓子に使う程度らしい。酒と合わせる発想はなかったという。
「……ふむ。これは面白いかもしれないな」
「酒に使う?」
「そうだ。果実酒や、酒に混ぜて飲む方法がある。俺の店で試してみたい」
カクテルという言葉こそこの世界には存在しないが、シズクには日本での知識がある。甘酸っぱい果実を加えた酒は、きっと女性客や若い客層に受け入れられるだろう。
「……新しいお酒」
ミナが小声で呟く。
「ミナも飲んでみたいか?」
「……うん。シズクが作るなら、きっと美味しい」
即答されたことに、シズクは思わず照れ笑いを浮かべた。
その後も二人は街を歩き、雑貨や装飾品を眺めては軽口を交わす。武具屋の前を通れば、ミナが真剣な眼差しで剣を見つめ、シズクは「今度ゲルハルトにでも相談しよう」とからかってみせる。
夕暮れ時、広場で大道芸人が火を吹く姿を見て子どもたちが歓声を上げる中、二人は宿に戻った。
宿の食堂は賑やかで、焼きたてのパンと煮込み料理の香りが漂っていた。シズクとミナは向かい合って座り、注文した料理を分け合うように食べる。
「依頼が順調に終わったおかげで、こうしてのんびりできるんだな」
「……たまには、悪くない」
「だな」
テーブルに置かれた果物の籠を見て、シズクは改めて思う。
――この街での収穫は、ただの観光じゃない。酒場に新しい風を吹き込む材料になる。
「楽しみだな。どんな酒になるのか」
「……あたしも、楽しみ」
二人の視線が交わり、自然と微笑みがこぼれる。穏やかな時間が流れる中、翌日の帰路に何が待っているのか――その時の彼らはまだ知らなかった。




