初戦闘にて
街道を歩き出してしばらくは、穏やかな時間が続いた。
馬車を護衛する依頼ではないため、俺たちの目的はあくまで街道沿いに出没する魔物の排除だ。
通行人や商隊が安全に移動できるよう、危険を先に摘み取っておくというわけだ。
「今日はいい天気だな!」
ガルドが豪快に笑い、両肩に担いだ大剣を揺らす。
「街道沿いは人も多い。気張らずとも小物退治で終わるだろう」
弓使いの青年――ライルが淡々と返す。
その後ろを歩く女性剣士――ミナは、静かに剣の柄を握りしめていた。
落ち着いてはいるが、どこか緊張が張りつめているようにも見える。
ちらりと横目で見られ、俺は軽く会釈を返した。
(森で見かけたのは、やっぱり彼女だったんだな)
名乗られるまで確信はなかったが、いまではほぼ間違いない。
ただ、あの時助けたことを自分から言い出すつもりはなかった。
最初に現れたのは、背丈ほどもある巨大なウサギだった。
真っ赤な目をぎらつかせ、鋭い牙を剥いて飛びかかってくる。
「おっと、早速のお出ましか!」
ガルドが大剣を振り下ろすと、地面が震えるほどの衝撃とともに魔物は叩き伏せられた。
「へっ、朝の運動にはちょうどいいな!」
血飛沫を浴びても豪快に笑う姿に、俺は内心舌を巻く。
次に現れたのは、数匹の狼型の魔物だった。
ライルが素早く弓を引き絞り、矢が一閃して一匹の眉間を貫く。
残りが散開し、俺たちを囲もうとする。
「シズク!」
ガルドの声に反射的に反応し、俺は杖を構えた。
「――氷槍!」
トリガーワードを口にした瞬間、地面から氷の槍が突き上がり、一匹の狼を貫いた。
確かな手応えに胸が熱くなる。
(……やれる。俺にも、ちゃんと戦える力がある)
そう実感したのも束の間、背後から迫る気配に気づき振り返る。
飛びかかってきた狼の牙が目前に迫った瞬間――
金属音が響き、目の前で剣が閃いた。
ミナが鋭い一撃で狼を切り伏せていた。
「助かりました」
俺が礼を言うと、彼女は小さく頷き、表情を崩さない。
だがその胸中は、静かにざわめいていた。
(今の魔法……氷槍。……あの時、私を助けてくれたのも……?)
問いを胸に押し込め、ミナは再び剣を構えた。
戦闘は短時間で終わった。
地に伏す魔物を見下ろしながら、ガルドが満足げに笑う。
「おう、悪くねぇ連携だったな! シズク、お前なかなかやるじゃねぇか」
「いえ、皆さんのおかげです」
俺は汗を拭いながら答える。だが、胸の奥は妙な高揚感に満たされていた。
これまで一人で戦ってきたが、仲間と肩を並べることで力以上の成果が出せる。
そのことが、嬉しくて仕方がなかった。
戦いの後、俺たちは街道脇に腰を下ろし水を分け合った。
木漏れ日の中で涼しい風が吹き抜ける。
緊張が解けたのか、俺は思わず深く息をついた。
「……本当に、命のやり取りなんだな」
独り言のように呟く。
昨日まで酒場のカウンターで笑い合っていた連中も、外に出れば常に死と隣り合わせ。
その現実を、目の前の血に染まった土が突きつけていた。
「シズク...さん」
顔を上げると、ミナが静かにこちらを見ていた。
彼女は一拍置いてから、淡々と告げる。
「戦い慣れていないのに、よく動けてた。……でも油断は禁物」
「はい。肝に銘じます」
短いやり取りだったが、彼女の真剣な眼差しは胸に強く残った。
再び歩き出す仲間たちの背を追いながら、俺は心の中で自分に言い聞かせる。
(器用貧乏でもいい。……この世界で、生き残るためにやれることは全部やってやる)
決意を胸に、俺は杖を握り直し、街道を進んでいった。