初めての同行依頼にて
夜の喧騒が嘘のように、翌朝の酒場は静まり返っていた。
昨日まで冒険者たちの笑い声や歌声で揺れていた空間は、今は椅子が整然と並び、床にはかすかに酒の匂いだけが残っている。
従業員用に与えられた部屋で目を覚ました俺は、軽く身支度を整える。
ベッドと机と収納だけの簡素な部屋だが、昨日の疲れを癒すには十分だった。
窓の外では、すでに商人や旅人たちの往来が始まっている。
「さて、今日もやるか」
革袋を肩にかけ、ギルドの広間へと向かった。
掲示板の前は、朝一番で依頼を確保しようとする冒険者たちでごった返していた。
簡単な採取依頼から、護衛任務、小規模な討伐まで様々だ。
「お、シズクじゃねぇか」
背後から豪快な声がして振り向くと、ガルドが腕を組んで立っていた。
昨夜もたっぷり飲んでいたはずなのに、疲れを見せる様子はない。
「調子はどうだ? 酒場だけじゃ退屈だろ。ひとつ一緒に行かねぇか?」
「依頼に……ですか?」
「ああ。街道沿いの魔物退治だ。危険度は低いし、慣れるにはちょうどいい」
ガルドの目は真剣だった。酔っ払って豪快に笑う姿しか見ていなかったが、こうして依頼の話になると、確かにベテランの戦士の顔になる。
「……わかりました。ご一緒させてもらいます」
「よし、そう来なくちゃな!」
ガルドは肩を叩き、嬉しそうに笑った。
準備を整えて広間を出ようとしたとき、声をかけられた。
「シズクさん」
振り向くと、カウンターの傍にラウルが立っていた。
いつものように整った服装に落ち着いた笑み。その目はどこか優しげだ。
「初めての同行依頼と聞きました。……どうか無理はなさらないように」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
俺は自然と敬語になる。
この場所で働けるように取り計らってくれた恩は忘れられない。
「きっと良い経験になるはずです。帰ってきたら、一杯ご馳走しますよ」
「その時はぜひ」
ラウルに頭を下げ、俺は仲間のもとへ向かった。
集合場所には、ガルドの他に二人の冒険者が待っていた。
軽装の弓使いと、落ち着いた雰囲気の女性剣士。
その女性の姿を見て、一瞬心臓が跳ねた。
(……あの時の?)
森で助けたあの冒険者に、どこか似ている気がした。
だが彼女はこちらに特別な反応を示すこともなく、淡々と自己紹介をしている。
「私はミナ。剣を使ってる」
名前を聞いた瞬間、胸の奥に微かな確信が芽生えた。
「よし、それじゃあ行くとするか!」
ガルドの声に、俺たちは頷き合い、門を抜けて街道へ向かう。
広がる空は澄み渡り、街道には行き交う馬車や旅人の姿があった。
俺は歩きながら、胸の奥にじわじわと高揚感が広がるのを感じていた。
酒場のマスターとしての生活。
そして、冒険者としての一歩。
二つの道を同時に歩み出していることを、改めて実感する。
「……さて、器用貧乏なりに頑張ってみるか」
心の中で小さく呟きながら、俺は仲間たちと共に街道を進んでいった。