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物件契約にて


 シズクはラウルと並んで、石畳の通りを歩いていた。向かう先は、新しい酒場として選んだ住居併設の建物。その前で待っていたのは、背筋こそ少し曲がっているものの、朗らかな笑みを浮かべた老爺だった。


「おお、来たか。君が借り手になる若いのだな?」


 白髭を揺らしながら、老人はにこやかに声をかけてくる。


「はい、シズクと申します。本日はよろしくお願いします」


「私はマーリン。この建物の貸主でな。まぁただの年寄りと思ってくれていい」


 老人は豪快に笑い、シズクの肩を軽く叩いた。

 ラウルが一歩前に出て、書類を手にした。


「本日は契約のご相談を。建物の賃貸について条件を確認させていただければと」


「おうともおうとも。わしは細けぇ話は苦手でな。だが、若い者に使ってもらえるのは嬉しいもんだ」


 マーリンは家の中へ案内し、三人は古びた木のテーブルを囲んで腰を下ろした。



「さて……まずは家賃だな。月に金貨十枚でどうだ?」


「はい、その条件でお願いしたいです」


 シズクが頷くと、マーリンは満足げにうなずいた。


「だがな、わしももう年寄りだ。この先いつまで生きてるかわからん。だから一つ提案がある」


 そう言ってマーリンはおどけたように片目をつむる。


「この建物ごと土地を、いずれ買い取ってもらえたらどうだ? もし君の店が軌道に乗って、余裕ができたときでいい。その時は……金貨五百枚で譲ろう」


「……金貨五百!?」


 シズクは思わず目を見開いた。ラウルも軽く息を呑む。

 マーリンは笑みを崩さず、指を二度机にとんとんと叩いた。


「わしの代で誰も継ぐ者もおらんしな。どうせなら、夢を持つ若いもんに渡したい。相場よりはるかに安いが……まぁ、寿命が先か、君が買うのが先か。どっちが勝つかって勝負だな!」


「ははっ……ずいぶん冗談好きなんですね」


「冗談半分、本気半分ってとこさ」


 シズクは一度深く息を吸った。


「今は……とてもその金額は用意できません。ですから、まずは賃貸でお願いします。ただ、いつか必ず店を軌道に乗せて、資金を整えて……必ず買い取らせていただきます」


 その答えに、マーリンは大きくうなずき、目を細めた。


「いい答えだ。わしはそういう約束が好きでな。ほらラウル、お主も証人だぞ」


「もちろんです。今の言葉、私が立会人として記録しておきます」


 契約書に署名と印を押し、金貨の袋が机に置かれる。

 マーリンはそれを受け取りながら、楽しげに笑った。


「よし、これで晴れてこの建物は君の店だ。……いや、まだ借り物か。だが、今日からはもう『シズクの場所』だな」


「……ありがとうございます。本当に、大事に使わせてもらいます」


 ラウルが横で軽く肩を叩き、声をかける。


「シズクさん、これで本当に一歩を踏み出しましたね」


「ええ……もう戻れませんし、戻る気もありません」


 マーリンは豪快に笑い、椅子から立ち上がった。


「いい顔してる。そうだそうだ、若いもんはそうでなくちゃ。わしも酒を飲みに来るぞ。安くしてくれるよな?」


「ふふっ……考えておきます」


 三人の笑い声が、古い建物に朗らかに響いた。


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