討伐後の日常にて
ドラゴン討伐から数日。街の空気は落ち着きを取り戻し、ギルド酒場もいつもの喧騒に包まれていた。
この日、シズクは久しぶりにゆったりとした気持ちでカウンターに立っていた。
「おいシズク! 竜の話もう一回してくれよ!」
バランが斧を背に、大声で叫ぶ。
すぐに他の冒険者たちも「聞きたい!」「あの石槍のやつ!」と乗ってくる。
シズクは苦笑し、手元のジョッキを軽く磨いた。
「俺ばっかりが目立ってたみたいだけど、あれは全員でやったんだぞ。俺一人じゃ逃げてただろうしな」
その言葉に「またまた〜」と笑いが広がり、冒険者たちは勝手に武勇伝を盛って語り始めた。
カウンターの端では商人たちが酒を片手に話し込んでいた。
「ところで、この街って甘い酒がないよな」
「そう言われればそうだな。俺も他の町に出張で行ったが、飲んだ覚えはねぇな」
「蜂蜜酒くらいは聞いたことあるけど、実際に飲んだことはないな」
その会話を耳にしたシズクは、ふと手を止めた。
(そうか……甘い酒がこの世界にはほとんどない。ってことは――カクテルで使う果実酒やリキュールは、俺にとって大きな武器になるかもしれない)
そう考えた瞬間、シズクの中でまた新しいアイデアが芽生えた。
そのとき、豪快な笑い声が酒場に響いた。
「ガッハッハ! 相変わらず賑わってるじゃないか!」
扉から入ってきたのは、屈強な体格の女――ハンナだった。
シズクは思わず目を見開いた。
ハンナはこの酒場の前々任で、子育てのために現場を離れていた人物だ。
ヴァンが後任を探す際に真っ先に名前が挙がるほど、客からの信頼も厚かった。
「ヴァンから聞いてるよ。あんたが独立するなら、この店は誰が回すんだって話さ。ま、安心しな。いざとなりゃ私が引き受けてやる」
冗談めかして言いながらも、その目は本気だとシズクには分かった。
「……ハンナさんがこの場所を継いでくれたら、安心ですね」
「当然だろ。ウチのも手伝わせりゃ、なんとかなるさ」
周囲の客も「そりゃ心強い!」と笑い、酒場はさらに賑やかになった。
夜が更け、ランタンの灯りが揺れる。
笑い声と音楽に包まれる中、シズクは心の奥で感じていた。
――この日常も、少しずつ変わっていく。




