酒場にて
報酬日が過ぎた夜の酒場は、いつも以上に賑わっていた。
冒険者たちがジョッキを掲げ、笑い、叫び、肩を組んで歌い出す者までいる。
それを相手に、俺は慌ただしくカウンターに立っていた。
「はいよ、冷えたエールお待ち!」
魔力を込めて冷やしたジョッキを滑らせると、受け取った男が大声で笑った。
「やっぱりお前の酒は格別だな、シズク!」
声の主はガルド。大柄で筋骨隆々、戦士そのものの風貌だ。
豪快な性格で、飲みっぷりも人一倍。ここ数日で完全に常連となっている。
「大げさですよ。ただ冷たいだけですから」
「その冷たいってのがいいんだろうが!」
ガルドは腹を揺らして笑い、周囲の冒険者たちも「そうだそうだ!」と相槌を打つ。
別の席では、若い冒険者がこちらに手を振ってきた。
「シズクー! 聞いてくれよ、今日の依頼でさ――」
始まったのは自慢半分の武勇伝だ。
俺は適度に驚き、適度に笑い、話を促す。
「へぇ、それでどうなったんです?」
「いやぁ、俺が一発で仕留めてさ!」
仲間が「お前は転んでただけだろ!」と突っ込みを入れ、席は笑いに包まれる。
俺は思わず吹き出しそうになったが、抑えて微笑んだ。
こういう場の空気は嫌いじゃない。
聞き役に回り、相手の気分を盛り上げる――長い接客業で身についた癖だ。
ふと視線を巡らせると、奥のテーブルに女性冒険者の姿があった。
短く切り揃えた髪、落ち着いた雰囲気。
仲間たちと談笑しているが、時折こちらをじっと観察するような目を向けてくる。
(……ん? どこかで見たような)
だが思い出せず、すぐに仕事に戻った。
「お前、冒険者相手に物怖じしねぇな」
背後から響いた低い声に振り返ると、ヴァンが立っていた。
ごつごつした手でジョッキを掴み、一息に飲み干す。
「普通ならあの熱気に気圧されるもんだ。だが、お前は自然に溶け込んでやがる」
「ただの慣れですよ。場数を踏んできただけです」
俺が肩をすくめると、ヴァンはにやりと笑った。
「何でもソツなくこなすってのは、立派な武器だぜ」
その言葉に、胸の奥でちくりとする感覚が走った。
俺は苦笑を浮かべながら、心の中でだけ呟いた。
(……器用貧乏、ってやつなんだろうな)
深夜、客足がようやく落ち着いた。
俺はカウンターを拭きながら、静かになった酒場を眺める。
冒険者たちは明日も依頼に出るのだろう。
死と隣り合わせの世界で、今日を生き延びた喜びを分かち合う場所。
その中心に、自分がいる。
「……悪くないかもな」
ぽつりと呟いた声は、木の壁に吸い込まれていった。




