採取依頼の準備にて
翌朝
まだ朝靄の残る時間帯に、シズクは市場を回っていた。保存食の干し肉や乾パン、日持ちする野菜や豆類を買い込み、さらに水袋や火打石も追加で揃える。今回はただの護衛依頼ではない。目的は危険な山中での採掘、そして“上級冒険者の証”と呼ばれるルミナ鉱の入手だ。準備に抜かりがあっては命取りになる。
大きな荷物を抱えて商人ギルドを訪ねると、ラウルが出迎えてくれた。
「おや、シズクさん。随分と用意が多いですね。次の依頼は長丁場でしょうか?」
「はい。ルミナ鉱を取りに行くことになりまして。鍛冶師に必要だと言われたんです」
ラウルの表情が一瞬で険しくなる。
「……ルミナ鉱、ですか。あれは山奥の飛竜の縄張りに近い場所にしかないと聞きます。並の依頼とはわけが違いますよ」
「危険なのは承知しています。それでも挑まなければならないんです」
シズクのまっすぐな言葉に、ラウルはしばし黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。ですが、必要な物資は惜しまないでください。命を落としてしまえば剣も酒場もありませんからね」
「助言、ありがとうございます」
商人としての冷静さと、友人としての心配。その両方が混じった視線に見送られ、シズクは荷を背負い直す。
昼前にはギルドの前に仲間たちが集まった。
「おう、準備万端か?」
ガルドが大剣を担ぎ、笑みを浮かべる。
「俺は保存食の干し肉ばっかり買いすぎたかもな!」
バランは大袋を抱えて豪快に笑う。
「……私は剣を研いできた。大丈夫」
ミナは短く言葉を交わすだけだが、その瞳は揺るがない。
シズクも肩の荷物を軽く叩いて答えた。
「こっちも準備できてる。行こう」
ギルド前を出発すると、街道にはいつもと違う緊張感が漂っていた。街を出ればもう安全圏ではない。商人や旅人の姿もまばらになり、やがて野鳥の鳴き声と風の音だけが耳に残る。
昼過ぎ。小川のほとりで一度休憩を取る。火を起こし、簡単な昼食を広げながらガルドが口を開いた。
「シズク、お前が本気でルミナ鉱を取りに行くとはな。前の護衛依頼でそれなりにやれる奴だとは思ってたが、ここまで腹を括るとは」
「俺も驚いたさ。でも、必要ならやるしかない。ゲルハルトさんに言われた時、迷いはなかったよ」
「フッ、いい目だな」
ガルドが満足そうに頷く。
バランがパンをかじりながら言葉を続けた。
「けどよ、飛竜とかに出くわしたらどうするんだ? さすがに俺もビビるぞ」
「その時は全員で全力だ。……ただ、俺にできることも探してみる」
「へっ、頼もしいな!」
ミナは黙って食事をしていたが、ふとシズクを見つめて小さく言った。
「……挑む顔してる。前とは違う」
それだけ告げると、また静かに食事へ戻る。だがその一言で、シズクの胸の奥に熱が灯った。
休憩を終え、再び歩みを進める。西の空には山脈の稜線が近づいてきていた。険しい岩肌の向こうに、彼らの目的地――ルミナ鉱が眠っている。
ここを越えれば、また一歩。俺自身の道を切り拓ける
———シズクは空を仰ぎ、心の中でつぶやいた。




