鍛冶屋にて
「親方には話しておいたから、行けば見てもらえる」
翌日、ミナにそう言われたシズクは、指定された鍛冶場へと足を運んだ。
街はずれ、石畳を抜けた先に黒煙を吐き出す工房がある。
打ち続けられる槌音と、熱気。近づいただけで汗がにじんだ。
扉を押すと、鋼を打つ巨躯の男が顔を上げる。
「失礼します。冒険者のシズクといいます。ミナに紹介されて来ました」
「……ゲルハルト=アイアンハンドだ。で、用件は?」
「剣を見てもらいたくて」
シズクは腰の片手剣を抜き、差し出す。
ゲルハルトは黙って受け取り、じっと観察する。
刃の湾曲に気づいたのか、低く鼻を鳴らした。
「……歪んでやがるな」
「え?」
「普通に使ってりゃあこんな歪んだりしねぇ。変な使い方をして自分の命と同等の剣を大事にしねぇ奴は気に入らねぇ。そんなもの持ってくる奴に、俺が打つ剣は渡さんし打たん」
鋭い声に、シズクは思わず息を呑む。
「でも、まだ戦える状態ですし……」
「甘えだ。俺の剣は命を預ける道具だ。歪んだ剣を見過ごすような奴に、相応しいとは思わん」
それ以上の余地はなかった。
「……分かりました。お時間を取らせてすみません」
シズクは一礼し、背を向ける。
その時、奥から若い声が響いた。
「おい親父!また客を追い返したのか?」
現れたのは、まだ煤の匂いに染まりきっていない青年だった。
栗色の髪をバンダナでまとめ、工具を片手にしている。
「親父が頑固で悪かったな。気にすんなよ」
「いや、大丈夫だ」
青年はにっと笑うと、手を差し出した。
「俺はカイル。親父の弟子っていうか……息子だな。名前は?」
「シズク。冒険者で、今はギルドの酒場で働いてる」
「へぇ!じゃあ、シズクって呼ばせてもらうわ」
「なら俺も、カイルで」
「いいね!そっちのがしっくりくる」
二人は軽く握手を交わし、空気が和らぐ。
「ところでシズク、さっき剣がどうとか言ってたけど……」
「あぁ。今使ってるやつがダメになったから、知り合いに紹介されて来たんだけど...」
「なるほどねぇ。親父はこだわりが強いからな」
「そうみたいだな。...あっ、近いうちに自分の酒場を開く予定なんだ。その時に欲しい道具があるんだけど、どこにも置いてなくて困ってるんだけど、良いお店知らないか?」
「道具?」
「例えば、決まった量を量れるカップとか、混ぜやすい長いスプーンとか。そういうのが欲しい」
カイルの目が一気に輝きを増した。
「……それ、面白ぇな! 俺も前から思ってたんだよ。親父は武器ばっかで、生活で役立つもん作らねぇからさ」
「じゃあ、作れるか?」
「試作なら任せろ!むしろ挑戦してみたい!」
カイルは満面の笑みを浮かべ、胸を叩いた。
「俺に任せとけ、シズク!」
「ありがとう、カイル。すごく助かる」
頑固親父には拒絶されたが、工房の隅で芽吹いた縁が確かなものになりつつあった。




