ウィスの交渉にて
護衛依頼も終盤に差しかかり、道中は驚くほど順調に進んでいた。昨日の野営では盗賊の気配もなく、魔物の襲撃もなかった。商人たちの荷車は揺れることなく街道を進み、やがて大きな城門が見えてくる。
「……着いたな」
ガルドが先頭で声を上げると、荷車を操る商人たちがほっと息をついた。街の外壁は高く頑丈で、警備兵の姿も多い。大きな交易都市らしく、門前には人と馬車が行き交い活気があった。
「無事にここまで来られてよかったです」
ラウルが穏やかな笑みを浮かべる。
「皆さまのおかげで、商人たちも安心して取引ができます」
シズクは門をくぐりながら肩を回した。数日間の護衛は緊張の連続だったが、終わってみれば心地よい疲れだ。
街に入ると一行は冒険者ギルドへと向かい、依頼完了の報告を済ませた。
「確かに確認しました。依頼達成、お疲れさまでした」
受付嬢の言葉に、商人たちも笑顔を浮かべて頭を下げる。
報酬の受け取りを終えると、ガルドが大きな声で言った。
「よし、腹が減った! どっかで飯にしようぜ」
「それは賛成」
バランも手を挙げる。
「護衛中はずっと質素な飯だったからな、今夜は肉をがっつり食いたい!」
シズクは笑いながら頷いた。
「たまには羽を伸ばすのもいいな」
その後、一行は街の中心にある賑やかな食堂に入った。店内は活気に溢れ、大皿に盛られた肉や魚がテーブルを埋め尽くす。仲間たちは笑いながら杯を交わし、冒険談に花を咲かせた。
「お前、戦い方がずいぶん板についてきたな」
バランが骨付き肉を齧りながら言う。
「石槍の魔法、あれは見てて爽快だったぜ」
「慣れてきただけだよ。みんなが前に出てくれるから安心して打ち込めるんだ」
「そういうところが頼もしいんだよな!」
バランは豪快に笑い、周りもつられて笑った。
夕食を終える頃には腹も心も満たされ、護衛の疲れがようやく解けていくのを感じた。ギルドからは翌日も休息日として自由に過ごしていいと告げられており、シズクたちは思わぬ「隙間時間」を得ることになった。
夜、宿に戻ったシズクは一人、窓際に腰かけて考える。
(明日は自由……だったら、ウィスの仕入れについて話をしてみるか)
以前この街で出会った琥珀色の酒――ウィス。水や炭酸で割れば、日本で飲んでいたハイボールに近い味になる。試しに酒場で出した時もみんな喜んでたし、出せば間違いなく人気が出るはずだ。独立を見据える今、定期的な仕入れの道を確保しておきたい。
翌朝、仲間たちはそれぞれ思い思いの時間を過ごすことになった。ミナは武具屋へ行くと言い、ガルドとバランは鍛冶屋に顔を出すらしい。
「シズクはどうするんだ?」と聞かれ、彼は軽く笑って答えた。
「ちょっと、街でやりたいことがあるんだ」
そして昼過ぎ。シズクは酒樽の並ぶ路地裏を歩いていた。商人たちに聞いて回り、ようやく目的の店に辿り着く。大きな樽を構えた老舗の酒商だ。
「いらっしゃいませ。おや、冒険者さんかい?」
店主らしき男が人懐っこい笑みを浮かべる。
「少し、この前飲んだウィスについて伺いたくて」
シズクは事情を説明し、酒場を営む予定があること、定期的に仕入れたいと考えていることを伝えた。
店主は顎を撫でながら「ほう」と目を細める。
「定期的な取引となると、量もある程度決まってきますが……なるほど、面白い話ですね」
「できれば値段も、もう少し抑えられれば助かります。安定して仕入れることができれば、こちらも長く続けられるので」
思い切って値を切り出すと、店主は驚いた顔をした。
「おやおや、ずいぶん商売慣れしてるじゃないか。冒険者にしては……いや、商人顔負けだな」
シズクは軽く肩をすくめた。
「必要だからやっているだけです」
交渉は思った以上にスムーズに進み、条件付きではあるが、定期的な仕入れの話がまとまった。
店を出たシズクは大きく息を吐いた。
(これで酒場を開いたとき、強い武器が一つできたな……)
夕暮れの街並みを歩きながら、シズクは仲間たちと合流する場所へ向かった。
仲間との護衛で得た信頼、街で繋がった仕入れの道。すべてが少しずつ、独立への道筋を形づくっていくのを感じていた。




