ウィスの目途にて
「シズクさん、例の物件ですが――」
昼下がりの酒場。仕込みを終えたシズクを見つけたラウルが、帳簿を小脇に抱えてやって来た。
「候補に挙げた三軒のうち、あの住居併設型の物件。大家が貸し出しに前向きです。すぐに契約とまではいかなくても、抑えておくことは可能ですよ」
「本当ですか! ……ぜひお願いします。戻ってきたら契約したいので」
「かしこまりました。では私のほうで話を進めておきましょう」
シズクは胸の奥が熱くなるのを感じた。
(ついに、場所が決まる……)
数字の積み重ねで実感していた独立計画が、いよいよ形になり始めた。
その日の夕方、ギルドで依頼掲示板を覗いていると、見覚えのある名が目に入る。
【護衛依頼:街道を通って西の街まで。積荷は酒類】
依頼主は、以前ウィスを分けてもらった商人だ。
「……これは、いい機会だな」
シズクは迷わず受付に向かった。カウンターにはエリナが立っており、書類を整えている最中だった。
「エリナさん、この護衛依頼、まだ人は足りてますか?」
「はい、あと二人枠がありますよ。……シズクが行くんですか?」
「ええ。実はその街で、定期的に仕入れをしたいものがあって。ついでに直接話をしてみようかと」
「なるほど。さすがですね」
エリナは小さく笑みを浮かべ、シズクの登録用紙に印を押した。
その夜。酒場で常連たちに依頼のことを話すと、すぐに盛り上がる。
「ウィスの仕入れ? おい、それなら俺らも飲めるのか!」
「定期的に仕入れられるようになったら最高じゃねぇか!」
「シズクの店ができる前から楽しみが増えるな!」
賑やかな声に苦笑しつつ、シズクはグラスを磨きながら答える。
「上手く話がまとまれば、の話ですよ。相手次第ですから」
「お前なら大丈夫だろ。交渉も器用にやっちまうんだろ?」
「はは……そううまくいけばいいんですけどね」
だが内心では、シズクも手応えを感じていた。現代で学んだ交渉術と、この世界で培った信用。両方を組み合わせれば、必ず成果を出せると。
翌朝。出発のためギルド前に集まると、護衛に参加する冒険者たちが次々に姿を見せた。見知った顔も多い。
「シズク、今回は同じ班だな!」と笑いかけてくるのはバランだ。斧を担ぎ、いつもの調子で陽気に手を振っている。
「よろしく頼む。俺、積荷に酒があるって聞いただけでテンション上がってるんだわ!」
「……仕事中は、油断禁物」ミナも顔を出し、淡々と釘を刺す。
シズクは二人に軽く手を上げて応えた。
「まあまあ。帰りにみんなで飲めると思えば、頑張れるだろ」
「そういうことだな!」とバランが笑い、ミナもわずかに口元を緩める。
ラウルが馬車の横から歩み寄り、シズクに声を掛けた。
「物件の件は話をつけておいたので帰ってきたら契約までスムーズに行える状態です。」
「ありがとうございます。おかげで依頼に集中できます」
こうして、馬車の護衛隊は西の街へ向けて出発した。揺れる荷車の奥には樽が並び、その中に例のウィスも積まれている。
未来の店の柱になるかもしれない酒。その重みを感じながら、シズクはカウンターではなく街道での一日を始めた。




