薬草採取にて
酒場の従業員には、小さな部屋が与えられるらしい。
案内されたのは木造二階建ての裏手にある、簡素なワンルームのような部屋だった。
木の床にベッドと机、それに小さな収納箱。窓からは広場の喧騒が遠くに聞こえる。
必要最低限だが、俺ひとりなら十分すぎる空間だ。
「……まあ、寝る場所があるだけでもありがたいか」
昨夜はここに体を沈め、深い眠りに落ちた。
そして翌朝。冒険者としての初仕事に挑むことにした。
掲示板の依頼の中から選んだのは「薬草採取」。
手軽で危険度も低いと説明されていた。
地図を頼りに森へ入ると、湿った土の匂いと鳥の鳴き声が広がる。
群生地帯を探し、地面を覆う細長い葉を見つけた。
「これが……薬草か」
一枚ずつ慎重に摘み取り、袋に入れていく。
集中して作業をしていると、ふと違う香りが鼻をかすめた。
「ん? これは……」
摘んだ葉を指で擦ると、清涼な香気が立ち上る。
爽やかで、どこかミントに近い。
「……使えそうだな。カクテルに入れたら面白いかも」
未来の酒場を想像しながら、数本だけ別に取っておいた。
十分に集め、帰ろうとしたとき。
――ギャウッ!
鋭い獣の鳴き声。
さらに、短い悲鳴のような声が混じった。
足音を殺し、茂みの隙間から覗く。
そこでは、大柄な狼型の魔獣が三体。
剣を構えた女性冒険者がひとり。だが足を引きずり、動きが鈍い。
「……やばい」
女性が膝をついた瞬間、魔獣の牙が迫る。
俺は迷わず、両手を突き出した。
無詠唱で氷の壁を作り、獣の突進を止める。
さらにもう一体の足元を凍らせて動きを鈍らせた。
「氷槍!」
声を張り上げる。
空気がきしむような冷気と共に、鋭い氷の槍が飛び出し、魔獣の肩を貫いた。
残りの二体も怯んで唸り声をあげ、森の奥へと逃げ去る。
女性冒険者は荒い息を吐きながら、氷の槍を見つめていた。
「……助かった……」
その声を背に、俺は木々を抜けて静かにその場を去った。
街道へ戻ると、胸の奥にずしりとした重みを感じた。
血の匂い、鋭い牙、ほんのわずかな隙で命を落とす現実。
「……やっぱり、この世界は死と隣り合わせなんだな」
昨日、酒場で笑っていた冒険者たちの姿を思い出す。
陽気に飲み騒ぎながらも、彼らは毎日こうした危険と隣り合わせに生きている。
油断すれば、死ぬ。
それを嫌というほど思い知らされた。
「……気を抜かないようにしないとな」
革袋を背負い直し、深く息を吸う。
森を抜ける風は、やけに冷たく感じられた。