護衛依頼二日目にて
二日目の行路は順調だった。
天候にも恵まれ、馬車の列は大きな遅れもなく進む。途中、小型の魔物が姿を見せることはあったが、護衛の冒険者たちが連携して対処し、被害はなかった。
夕暮れが迫るころ、街道脇の小さな開けた場所で一行は野営の準備を始めた。馬を繋ぎ、焚き火を組み、荷を降ろす。昨日と同じ流れだが、少しずつ仲間の顔ぶれにも馴染んできている。
俺は手際よく薪を並べ、火を起こした。炎がぱちぱちと音を立て、周囲を暖かく照らす。
「やっぱりシズクの火は便利だな」
ガルドが笑うと、他の冒険者も頷いた。
「夜の冷え込みもこれで安心だ」
簡素な夕食をとり、商人たちも穏やかに談笑していた。
――その時だった。
焚き火の向こうで、かすかな物音。
耳を澄ますと、足音が複数。魔物ではない、規則的な気配。
「来たな……」
ガルドが低く呟き、剣を抜く。
茂みから現れたのは、粗末な鎧と武器を持った数人の男たち。顔を布で覆い、目だけを光らせている。
「野党か……」
誰かが吐き捨てるように言った。
俺は息をのんだ。魔物ではない。人間が、敵として剣を構えている。
(……人間同士で命を奪い合うのか)
その現実に、思わず手のひらが汗ばむ。
「おとなしく荷を置いていけ!」
野党の一人が叫んだ瞬間、ガルドが豪快に笑った。
「ガッハッハ! てめぇらみてぇなチンケな連中に渡すもんはねぇ!」
次の瞬間、冒険者たちが一斉に動いた。
斧が振り下ろされ、剣がきらめき、野党たちは慌てて防御する。だが腕も動きも鈍く、訓練された冒険者たちの敵ではない。
「シズク、下がってろ!」
ガルドの声に従い、俺は商人たちの前に立ち、氷槍を構える。だが出番はなかった。
数合交えただけで、野党たちは形勢の差を悟ったのか、あっという間に退散していった。
背を向け、闇の中へ消えていく足音が、夜風に紛れて遠ざかる。
「……終わったな」
ガルドが剣を収め、深く息を吐く。
「早かったな……」
俺はまだ胸の鼓動が収まらず、思わず呟いた。
斧を担いだ護衛の男が笑う。
「野党なんざ、所詮素人の寄せ集めだ。冒険者の敵じゃねえよ」
「……でも、人間相手なんだな」
正直な心境が口をついて出る。
ガルドが俺の肩を叩いた。
「魔物より厄介な時もある。だから護衛ってのは気が抜けねぇんだ。今日みてぇなのは序の口だぜ」
その言葉に、背筋が伸びる。
(本当に気を抜けない世界なんだ……)
しばらくして、場の空気は徐々に落ち着きを取り戻した。商人たちも焚き火の周りに戻り、安堵の表情で酒を口にする。
「いやぁ……冒険者の皆さんがいて助かりました」
一人の商人が頭を下げると、仲間の商人たちも口々に感謝を述べた。
「大げさだな。これくらい慣れっこさ」
斧使いが笑い、酒をぐいと煽る。
俺も商人に向き直り、静かに言った。
「とにかく無事で良かったです。しっかり見張ってるのでゆっくり休んでください」
そう言いながら、焚き火の炎を見つめる。
魔物とは違う、人の影。あの一瞬の緊張感を思い出し、改めて気を引き締めた。
翌朝。
澄んだ空気と鳥のさえずりに目を覚ます。夜の出来事が嘘のように、空は晴れ渡っていた。
「よし、出発だ!」
ガルドの掛け声と共に列が動き出す。
馬車の軋む音を聞きながら、俺は背筋を正した。
(気を抜かずに、やりきらないとな)
三日目の旅路が、再び始まった。




